第7話 王女の戦い方
メイ様と握手を交わした、その直後だった。
「お待ちください、殿下!」
演習場の端にいた老魔術師が、慌ててこちらへ駆けてくる。
「その娘は今日、従騎士見習いになったばかり。魔法の指導など任せられません」
「わたしが任せると言ったのよ」
「しかし――」
「それに、ミルロはわたしに才能があると言ったわ」
メイ様は両断された鋼鉄の標的を指し示し、挑むように顎を上げた。
「先生とミルロ、どちらが正しいのか。今ここで確かめればよいでしょう?」
どうやら、明日から相談しながら訓練計画を立てるという、穏当な選択肢はないらしい。
「ミルロ。何をすればいいの?」
青い瞳が、まっすぐにわたしを射抜く。
期待と不安。その両方を隠すために、メイ様は胸を張っていた。
「まずは、防護結界を張り直すべきです」
「……分かっているわ」
先ほどの事故を思い出したのか、メイ様は気まずそうに目をそらした。
演習場にいた侍女や使用人たちが、安全な場所まで退避する。
続いて護衛騎士たちが、演習場の四隅へ桶ほどの大きさをした道具を運び始めた。
中へ魔力を注ぎ、決められた位置へ置くと、四つの道具を結ぶように半透明の膜が広がっていく。
魔力を蓄え、魔法に関係する働きをする道具は、この世界ではまとめて《魔道具》と呼ばれている。
いま騎士たちが設置しているのは、魔法や魔力を帯びた物体を防ぐための《防護結界》を生み出す魔道具だ。
防護結界は、国や町を魔法による襲撃から守るために編み出された設置型の魔法である。
魔力を蓄えた複数の魔道具を、決められた配置で並べることで発動する。置かれた魔道具の数と位置によって、結界が覆う範囲も変わる。
王都にも同じ魔道具が数多く配置され、外部からの魔法攻撃に備えている。
ただし、結界も無限に攻撃を防げるわけではない。
攻撃を受けるたびに、魔道具へ蓄えられた魔力は減っていく。すべての魔力を使い果たせば結界は消え、許容量を大きく超える攻撃を受ければ、魔道具そのものが壊れることもある。
使っていない間にも、蓄えられた魔力は少しずつ失われていく。そのため、定期的な魔力の補充と整備が欠かせない。
メイ様が繰り返した攻撃によって、演習場の魔道具に蓄えられていた魔力はほとんど尽きていた。そのうえ、四つのうち一つには大きなひびが入っている。
壊れかけた魔道具が新しいものへ交換され、再び演習場全体が半透明の膜に覆われた。
お父様は結界の状態を自分の目で確かめてから、わたしへ向き直った。
「ミルロ。試すだけなら許可する。ただし、お前が一人で殿下を指導するのではない。私たちが危険だと判断すれば、その場で中止する」
「分かりました」
「メイ様も、それでよろしいですな?」
「仕方ないわね。それでいいわ」
結界の準備が整ったところで、わたしはメイ様の頭上を飛ぶ小さな精霊へ顔を向けた。
「ライラ様。先ほどメイ様が剣を振るったとき、魔力はどのように流れていましたか?」
『僕?』
黄色い小鳥の姿をしたライラ様が、目を丸くする。
「メイ様の魔力を雷へ変えているのは、ライラ様ですよね。何か気づいたことはありませんか?」
『うーん……メイの中を、ばちばちーって走って、それから剣へ、どーん!』
「もう少し詳しくお願いできますか?」
『ばちばちばちーって走って、剣へ、どどーん!』
「……あまり詳しくなっていませんね」
『そうかな?』
ライラ様が不思議そうに首を傾げる。
その横で、メイ様が小さく吹き出した。
初めて見る笑顔はほんの一瞬で、すぐに澄ました顔へ戻ってしまったけれど。
『でもね、メイの魔力を外へ飛ばそうとすると、僕が雷に変えたあとで、ばらばらに散っちゃうんだ』
「身体の中にあるときは?」
『そのときは、すっごく速いよ。さっきも足から身体へ走って、最後に腕と剣へ集まってた』
やはり、そうだ。
先ほどの一撃で、メイ様は離れた標的へ雷を飛ばすことはできなかった。
けれど、雷をまとった身体は目で追えないほど加速し、鋼鉄さえ斬り裂いた。
失敗していたのは、魔法そのものではない。
メイ様はすでに、自分に合った魔法の使い方を感覚だけで見つけかけている。
ただし、その量も流れる方向も制御できていない。
だから速さを止められず、剣も壊してしまったのだ。
「メイ様。もう一度、《サンダー》を撃っていただけますか?」
「……当たらないわよ」
「構いません。見せてください」
防護結界の内側へ、新しい標的が用意された。
全員が安全な場所まで下がったことを確認してから、メイ様が右手を突き出す。
掌へ金色の雷が集まった。
「――《サンダー》!」
金色の光が放たれる。
しかし雷は標的の手前で大きく枝分かれし、地面と壁を黒く焦がした。
「もういいでしょう」
メイ様が吐き捨てるように言う。
「ゼノンお兄様は、最初から当てられたそうよ。先生も、兄と同じようにしろとおっしゃったわ。でも、わたしにはできない」
「同じようにする必要はありません」
「慰めならいらないわ」
「慰めではなく、役割の話です」
わたしは氷弓を作り、標的へ向けて矢を放った。
青白い矢が胸の中央へ突き立ち、丸い氷の印を残す。
「遠くの敵を倒すのは、わたしの役目です。遠くからメイ様を狙う攻撃にも対処します。少なくとも、遠距離からの攻撃はメイ様まで届かせません」
氷弓を消し、メイ様の前に立つ。
「メイ様は前へ出て、わたしの矢だけでは倒しきれない敵に、とどめを刺してください。純粋な威力では、わたしの魔法はメイ様に及びませんから」
「それなら、お兄様は一人ですべてできるのではなくて?」
「いいえ。ゼノン様がどのように戦われるのか、わたしはまだ見たことがありません。ですが、わたしの兄のアーサーが、ゼノン様を守る盾となるために訓練しています」
「アーサーが、お兄様を?」
「はい。先日、ゼノン様の訓練に参加したそうですが、動きが速すぎて、ついていくのが大変だったと嘆いていました」
「そうなの?」
「それに、いずれ通う魔法学園でも、三人一組の班を作って集団戦を学びます。どれほど強くても、一人の力だけに頼っていれば、いつか限界が来ます」
「でも、お兄様は……」
「メイ様。魔法を使えば、必ず魔力を消費します。どれほど多くの魔力を持っていても、攻撃も防御もすべて一人でこなしていれば、いずれ尽きてしまいますよ」
「あっ」
メイ様が息を呑んだ。
「そして、メイ様。集団戦では、自分だけでなく味方のことも考えなければなりません」
「味方のこと?」
「はい。どれほど強い魔法でも、味方まで巻き込んでしまえば使えません。だからこそ、メイ様には魔力の制御が必要なのです」
メイ様が、自分の右手へ視線を落とした。
「先生も、意地悪をしたくて、メイ様に苦手な《サンダー》の練習を続けさせていたわけではありません」
「では、どうして?」
「雷を標的までまっすぐ届ける練習が、魔力の制御を身につけるうえで最も適していると判断されたからです。そうですよね、先生?」
わたしが視線を向けると、老魔術師は少し驚いた顔をした。
「……こほん。無論だ」
老魔術師は咳払いをしてから、姿勢を正した。
「雷を散らさず、一つの標的へ収束させることは、魔力制御の基礎となる。殿下にとっては難しい訓練だが、これを身につければ、ほかの魔法を扱う際にも必ず役に立つ」
「やっぱり、わたしには必要な訓練だったのね……」
「はい。決して、メイ様に才能がないからではありません」
老魔術師はわたしを見つめ、それから小さく頷いた。
「なるほど。どうやら、君のことを誤解していたようだ。先ほどの発言は取り消そう。続けてくれ」
「ありがとうございます。こちらこそ、先ほどは棘のある言葉を使ってしまい、申し訳ございませんでした」
わたしが頭を下げると、老魔術師は穏やかに首を横へ振った。
「先生の指導は、間違っていないと思います」
わたしはもう一度、黒く焦げた地面へ目を向けた。
「ですが、メイ様は先生が考えていた以上に、魔力を遠くへ飛ばすことが苦手なのではないでしょうか」
「……というと?」
「《サンダー》の練習を諦めるわけではありません。ただ、今のメイ様には難しすぎます。まずは得意な方法で、魔力を制御する感覚を覚えていただくべきです」
わたしは、メイ様が握っている折れた剣を指した。
「雷を飛ばすのではなく、剣へまとわせる練習から始めましょう」
「また剣を壊してしまうわ」
「最初は壊れても仕方ありません。ですが、少しずつ雷を抑え、標的や周囲を必要以上に破壊しないことを目指します」
「弱くする練習をするの?」
「いいえ。必要な場所へ、必要な分だけ力を届ける練習です」
メイ様は少し考えてから、大きく頷いた。
「分かったわ。やってみる!」
◇
演習場へ、新しい訓練用の剣と標的が運び込まれた。
防護結界が正常に働いていることを確認してから、メイ様が剣を構える。
『メイの魔力を、僕が雷に変えるよ』
「ええ。今度は一気に流し込まないわ」
細い雷が、メイ様の右腕から刀身へ流れていく。
けれど、剣へ集中させようとした瞬間、金色の光が大きく膨れ上がった。
「それでは多すぎます!」
「もう止められないわ!」
メイ様が剣を振り抜く。
雷鳴が響き、訓練用の剣が途中から砕けた。
雷を帯びた破片は防護結界にぶつかり、力を失って地面へ落ちる。
「また壊れた……」
「今度は、剣へ流す魔力を半分にしてみましょう」
「半分も減らすの?」
「最初は、それでも多いかもしれません」
「わたしの魔法なのに、生意気ね」
「壊れた剣が証明しています」
「……分かったわよ!」
二本目。
今度は魔力を抑えすぎたため、雷が剣先へ届く前に消えてしまった。
三本目では刀身の途中まで雷をまとわせることができたものの、標的へ触れた瞬間に横へ飛び散った。
そのたびに、わたしは雷がどこへ漏れたのかを伝え、標的へ氷の矢を放って、次に斬るべき位置を示した。
老魔術師は、剣先へ向かって少しずつ魔力を流す方法を教える。
ライラ様も、メイ様の魔力を雷へ変えながら、その流れを本人へ伝えた。
一度失敗するたびに休憩し、原因を確かめてから、もう一度試す。
失敗するたび、メイ様は悔しそうに唇を噛んだ。
それでも、もう自分には才能がないとは言わなかった。
◇
やがて夕日が演習場へ差し込む頃、メイ様は新しい剣を構えた。
これが、今日最後の一回だ。
標的の胸には、わたしが放った氷の矢が刺さっている。
狙うのは、その一点。
「行くわよ、ライラ」
『うん!』
メイ様の魔力が、ライラ様を通じて雷へ変わる。
刀身を覆う金色の雷は、先ほどまでとは違って静かだった。
周囲へ飛び散ることも、地面を焦がすこともない。
メイ様が地面を蹴った。
先ほどまでのような、目で追えない速さではない。
それでも迷いのない足取りで標的との距離を詰め、剣を横へ振り抜く。
金色の刃が、氷の矢を正確に捉えた。
鋼鉄の標的が、まるで一枚の紙だったかのように、何の抵抗もなく斬り裂かれる。
爆発は起こらない。
雷も周囲へ飛び散らない。
そして訓練用の剣は壊れることなく、メイ様の手に残っていた。
静まり返った演習場へ、標的の上半分が落ちる音が響いた。
「……当たった」
「はい」
「わたしが、狙ったところへ……」
「お見事でした、メイ様」
『すごいよ、メイ! 剣も壊れなかったよ!』
「見ていたわ、ライラ。わたしたちの雷が、ちゃんと届いたのよ」
『うん!』
差し出された指先へ、ライラ様が小さな頭を擦り寄せる。
雷を無理やり引き出したのではない。
メイ様が自分の魔力を託し、ライラ様が雷へ変える。そして生まれた雷を、メイ様自身が必要な場所へ導いた。
出せる力を、ただ弱くしたのではない。
必要な分だけを、狙った場所へ届けたのだ。
まだ、止まっている標的へ一度成功しただけ。
全力の速さと雷を同時に制御するには、これから長い訓練が必要になる。
それでも、これは確かな一歩だった。
「ミルロ」
「はい」
「わたし、お兄様より強くなれるかしら」
期待に満ちた問いへ、わたしは少し考えてから答えた。
「それは分かりません」
「そこは、なれると言い切るところでしょう!」
「ですが、先ほどのメイ様より、間違いなく強くなりました」
頬を膨らませていたメイ様が、やがて仕方なさそうに笑う。
「いいわ。明日もわたしの訓練に付き合いなさい」
「承知いたしました」
「《サンダー》の練習も続けるわ。それから、もっと速く動いても、剣へ流す雷を抑えられるようにする」
「一日ではできませんよ」
「なら、できるまで毎日よ。わたしが最強になるまで、ずっと付き合いなさい」
王女の命令は、やはり無茶ばかりだ。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
「わたしはメイ様の護衛候補ですから。いつでも、おそばにおります」
メイ様が前へ出て、わたしが後ろから道を示す。
金色の雷と青白い氷が、初めて同じ標的を捉えた日。
それは、わたしたちが三年をかけて自分たちの戦い方を作り上げる、最初の一日となった。




