第51話 王子と王女の差
【メイ視点】
カワリは今、使われていない教室に拘束している。
見張りについているのは、ミルロと、その兄であるアーサーだ。
カワリの背後に何者かがいることは、ほぼ間違いない。カワリの奪還、あるいは口封じのため、何者かが学園へ侵入する可能性もある。
そうなれば、たとえ学園内であっても戦闘になる。
学園内での魔法の使用は、原則として禁じられている。それでもわたしは2人に、襲撃を受けた場合は遠慮なく魔法を使ってよいと伝えた。
最悪の場合、相手を殺してしまっても構わない。
その責任は、ウィシュタリア王国の王女であるわたしが取る、と。
本気を出したミルロは強い。アーサーもマルチーズ家の嫡子であり、盾で味方を守りながら戦う剣術に長けている。
2人に任せておけば、カワリを奪い返されることは、まずないだろう。
本来であれば、王国の騎士や兵士に警護を任せるべきだ。
しかし、この学園には3つの国から生徒が集まっている。各国が自由に兵士を連れ込めば、それだけで戦争の火種になりかねない。そのため、学園内へ騎士や兵士を伴って入ることは禁止されている。
加えて、今回の件には学園の関係者が関与している可能性もあった。
だから、学園側にはカワリを拘束したことを伝えていない。
まずは王国だけで対応する必要がある。
わたしはシリルに命じ、学園に通っているウィシュタリア王国の高位貴族の子息令嬢を集めてもらった。
用意した会議室の上座には、第1王子であるお兄様が座っている。
その隣が、わたしの席だった。
集まったのは、王族であるわたしたち兄妹を除いて10人。
2年生のクラウス=ジーエルン。王国唯一の公爵家の子息だ。
同じく2年生の、ガーネット=カール。
3年生からは、アルス=ケーキ、ダンデ=ナマクリ、ガルド=シャトール、コロン=プティング。
そして1年生のシリル=シュクリン、ジュリア=ソフトクリン、ロベルト=マカロニル、セシル=クリム。
王国にある伯爵家以上の代表者が、ほぼ全員そろっている。
わたしは全員が着席したことを確認し、立ち上がった。
「皆さんを呼んだのは、王国を揺るがしかねない重大な事実が判明したためです」
一斉に視線が集まる。
「ニュギュウ伯爵家の令嬢、カワリ=ニュギュウには、契約精霊がいませんでした」
それだけで、会議室の空気が変わった。
精霊との契約は、この学園へ入学するための絶対条件だ。
契約精霊がいない者は、試験を受けることすらできない。
「契約精霊がいないということは……カワリ嬢は不正な手段を使って入学したということでしょうか?」
ガーネットの問いに、わたしは頷いた。
「その可能性が高いと考えています。さらにカワリには、ポッキーヌ子爵家のダルタンから精霊を奪った疑いがあります」
「精霊を、奪う……?」
誰かが息を呑んだ。
「ダルタンの契約精霊はクルールという名です。入れ替え戦の記録に残された精霊と、カワリが現在使役している精霊は、同一の存在である可能性が極めて高いと判断しました」
「お待ちください!」
ジュリアが勢いよく立ち上がった。
「精霊を奪うとは、なんなのですか、その技術は! 他人と契約している精霊を奪えるというのですか!?」
「そんなことが可能なら、契約制度そのものが成り立たないぞ」
「ダルタン本人は、今どこにいるんだ?」
「ニュギュウ伯爵家が、その技術を隠し持っていたということか?」
皆が口々に声を上げる。
わたしは説明を続けるため、手を上げようとした。
けれど、それより先にお兄様が片手を前へ出し、わたしを制した。
「事情はおおよそ理解した」
それまで黙っていたお兄様が、ゆっくりと立ち上がる。
「メイ。独断で調査を進めたことはあとで話すとして、ここまで事実を突き止め、王国の者だけを集めた判断は見事だ」
「お兄様……」
「ここからは、第1王子である俺が引き継ぐ」
お兄様は騒然とする会議室を見渡した。
「鎮まれ!」
鋭い一喝が響いた。
先ほどまで好き勝手に意見を述べていた者たちが、一斉に口を閉ざす。
会議室に静寂が戻った。
全員の視線が、第1王子へ集まっている。
「まず、事実関係を確認する。シリル=シュクリン。お前は当事者の1人だ。メイの報告に相違はないか?」
「はい」
名前を呼ばれたシリルが立ち上がる。
「入れ替え戦の記録に残っていたダルタンの精霊と、カワリが使役していた精霊を見比べました。姿は完全に一致しています」
「見間違いの可能性は?」
「否定しきることはできません。ですが、映像の中でダルタンがクルールと呼んだとき、精霊自身が明確に反応しました。その後、メイ様が本人へ確認した際にも、クルールであることを認めるように頷いています。偶然とは考えにくいです」
シリルは1度言葉を切り、わたしを見た。
「また、僕とメイ様、カワリは同じ班でした。ですがカワリは、何かと理由をつけて実務を伴う授業へ出席しませんでした。特に魔法や精霊を扱う授業には、ほとんど姿を見せていません」
「確かにいませんでしたわ」
ジュリアが答える。
「合同で実習を行った際にも、カワリの姿を見た覚えがありません」
「わたしもです」
ロベルトが同意し、セシルも眼鏡の位置を直しながら頷いた。
「出席回数を計算すれば、意図的に避けていた可能性は高いと思われます」
「なるほど」
お兄様は3人の顔を順に見たあと、再びシリルへ視線を戻した。
「ダルタン本人はどうしている?」
「学園内を捜しましたが、発見できませんでした。最近の授業にも出席しておらず、寮へ戻った形跡もありません。すでに学園の外へ連れ出されたか、何らかの事件に巻き込まれている可能性があります」
「つまり、行方不明ということか」
「はい」
「カワリ本人は、なんと?」
「メイ様が問いただしましたが、事実を語ろうとはしませんでした。それどころか、ダルタンとは会ったこともないと言いながら、彼が生きていると話ました」
お兄様がわたしを見る。
「それで拘束したのか」
「はい。逃亡や証拠隠滅の危険があると判断しました。現在は、マルチーズ家の兄妹に見張らせています」
「精霊を奪う技術の出所は?」
「分かりません」
わたしは正直に答えた。
「学園の関係者、帝国、共和国、あるいは王国のニュギュウ伯爵家に関係する者。現時点では、どの可能性も否定できません。そのため、学園側には報告せず、王国の高位貴族の子息令嬢だけを集めました」
ミルロとカワリの成績が入れ替えられた疑いについては、口にしなかった。
あの件には、まだ明確な証拠がない。
ここで話せば、学園の選抜制度そのものへの疑念まで広がり、混乱を招くだけだ。
「分かった」
お兄様はしばらく考えたあと、集まった者たちを見渡した。
「この件は、1人の生徒による不正入学では済まない。他者の契約精霊を奪う技術が存在するなら、王国の根幹を揺るがす大事件だ」
誰も声を上げなかった。
「他国の関与を避けたまま処理するためにも、カワリを速やかに王国へ移送する。国王陛下の判断の下、正式な取り調べを行う」
お兄様の言葉に、3年生たちが真剣な表情で頷く。
「同時に、ニュギュウ伯爵家と、その背後で暗躍している組織を調査する。必要であれば、王国から学園、帝国、共和国へ正式に協力を求める。拒むのであれば、相応の外交的圧力をかけることになるだろう」
そこまで言うと、お兄様はわたしへ顔を向けた。
「メイ。お前はマルチーズ家の兄妹に、襲撃を受けた場合の魔法使用を認めたそうだな」
「はい。学園の規則に反することは承知しています。ですが、カワリを奪い返しに来る者がいるかもしれません。戦闘になった場合、魔法を禁じたままでは――」
「防衛のために魔法の使用を認めた判断は正しい」
褒められたことに安堵しかける。
しかし、お兄様の声は厳しいままだった。
「だが、最悪の場合は相手を殺しても構わない、その責任を自分が取ると告げたそうだな」
「それは……はい」
「王女であるお前が1人で背負えるほど、その責任は軽くない」
いつもとは違う強い口調に、わたしは息を呑んだ。
「人の命が失われれば、相手が何者であろうと国家間の問題になる可能性がある。せめて、第1王子である俺の判断を待つべきだった」
「……申し訳ありません」
わたしはすぐに頭を下げた。
お兄様の言うとおりだ。
わたしは自分の責任でどうにかできると考えていた。けれど、王女であるわたしが責任を取ると言えば、それは個人の問題では済まない。
「反省はあとだ。今はカワリの移送を優先する」
お兄様は出席者たちへ、次々と指示を出していく。
「アルス=ケーキ。お前は国王陛下への伝令を務めろ。俺が封書を用意する。ケーキ侯爵家の家紋を使い、最優先で王都へ届けよ」
「承知いたしました」
「クラウス=ジーエルン。お前はカワリを拘束している教室へ向かい、アーサーとミルロから警護を引き継げ。カワリにも精霊にも近づくな。異変があれば、すぐに俺へ知らせろ」
「はっ」
「交代後、アーサーをここへ来させろ。彼の妹のミルロはそのまま寮へ戻して構わない。ただし、今回の件を誰にも口外しないよう伝えろ」
クラウスが立ち上がり、胸に手を当てた。
「必ず申し伝えます」
「アーサーには、王国の騎士団長への連絡と、護送部隊の編成を命じる。俺の名と王家の紋章を使う許可も与える」
お兄様は3年生たちへ視線を移した。
「ダンデ=ナマクリ、ガルド=シャトール、コロン=プティング。お前たちは学園側との手続きを行え。複数の生徒が急遽王国へ戻るとだけ伝え、詳しい事情は伏せろ」
3人が同時に立ち上がる。
「護送を担当する騎士団は、学園の門前まで入れる。その許可も取りつけろ。ただし、騎士たちを学園の敷地内へは1歩たりとも入れるな」
「承知いたしました」
3人の声が重なった。
「カワリには休学の手続きを取らせる。俺はアーサー、クラウスと共に護送へ加わり、そのまましばらく王国へ戻る」
「待ってください!」
わたしは思わず立ち上がった。
「カワリの護送には、わたしが同行します。お兄様のお手を煩わせる必要はありません」
お兄様の眉がわずかに動く。
「カワリはわたしの班員です。異変を見抜けなかったわたしにも責任があります。そもそもの当事者はわたしです。どうか、最後まで責任を取らせてください」
「認められない」
即答だった。
「ですが――」
「事は国家を揺るがす重大な事件だ。もはや、王女1人の権限で扱える問題ではない」
その言葉が胸に突き刺さる。
「わたしも王族です。王国に関わる問題から逃げるつもりはありません」
「逃げろと言っているのではない。役割を果たせと言っている」
「それなら、わたしの役割はカワリを王国まで連れていくことです。わたしが拘束を命じたのですから――」
「メイ!」
お兄様の叱責が、わたしの言葉を断ち切った。
「お前はまだ未熟だ。そして今は王女である以前に、学園で学ぶ1人の生徒だ。カワリの件は第1王子である俺に任せ、お前は学園に残れ」
「それを言うなら、お兄様だって学園の生徒ではありませんか」
「俺とお前では、立場が違う」
お兄様は冷たく言い切った。
「俺は王国の第1王子だ。国王陛下に次いで、この場で決断を下す権限を持っている。お前は王族ではあるが、1人の王女にすぎない」
「……っ」
反論する言葉が出てこなかった。
お兄様の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れたように見えた。
しかし次の瞬間には、第1王子の顔へ戻っていた。
「全員にも命じておく」
お兄様が会議室を見渡す。
「今日の話し合いの内容は、それぞれの当主にのみ伝えることを許可する。傘下の貴族、使用人、友人、そのほかの者へ話すことは一切禁じる」
静かな声なのに、逆らうことを許さない力があった。
「命令を破ったことが判明した場合、王国の重大な機密を漏洩した罪に問う。身分や家柄による例外は認めない」
皆の表情が引き締まる。
「役割を与えられていない者は、明日から普段どおり学園に通え。役割を与えられた者も、それを終え次第、速やかに学園へ戻り、通常どおり授業を受けろ」
お兄様の視線が、わたしの上を通り過ぎる。
「王国に何かが起きていると、学園や他国の生徒に悟られてはならない。普段どおりの学園生活を送ることが、お前たちに与える使命だ」
最後まで、わたしを見てはくれなかった。
「以上だ」
お兄様はそう告げると、席を立った。
扉へ向かうお兄様の背中に、会議室に残った全員が臣下の礼を取る。
わたしも王女として、頭を下げなければならなかった。
扉が閉じるまで、誰一人として顔を上げない。
わたしは俯いたまま、膝の上で拳を強く握りしめていた。
カワリの不正を見抜いたのは、わたしだ。
拘束を決断し、皆を集めたのも、わたしだ。
それなのに、お兄様が引き継ぐと宣言した瞬間、わたしの手には何も残らなかった。
王子と王女。
同じ王族であっても、その間には越えられない壁がある。
出席者たちが次々と会議室を出ていくなか、シリルがわたしのそばへ近づいてきた。
近くには、ジュリア、ロベルト、セシルも残っている。
「寮へ戻りましょう、メイ様」
シリルはそう言うと、ジュリアへ顔を向けた。
「ジュリアさん。メイ様を寮までお願いできませんか?」
「もちろんですわ」
ジュリアはいつもの刺々しさを見せず、静かに引き受けた。
「普段どおりの学園生活を送る。それが、僕たちに与えられた使命です」
シリルの言っていることは分かる。
わたしが今ここで騒げば、お兄様の命令に背くことになる。
わたしは胸の奥に残る悔しさへ無理やり蓋をして、しぶしぶシリルの言葉に頷いた。




