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第50話 責任

【カワリ視点】


 2週間前。


 わたしは、全身を黒い外套で包んだ男のあとを歩いていた。


 舞踏会の夜、男から声をかけられたときは、半信半疑だった。


 精霊を持たないわたしに、精霊を与えてやる。


 そんな夢のような話を、簡単に信じられるはずがない。


 それでも、わたしは男についていった。


 精霊さえ手に入れば、もう誰にも馬鹿にされない。


 ミルロにも負けない。


 そう思ったからだ。


 人目のない場所に停められていた馬車へ乗せられると、すぐに目隠しをされた。


「どこへ行くの?」


「お前が知る必要はない」


 男はそれ以上、何も答えなかった。


 馬車に揺られてどれくらい経ったのか分からない。


 やがて馬車が止まり、男から降りるよう命じられた。


 目隠しを外されたわたしの前に、鬱蒼とした森が広がっていた。


 王都からどれほど離れた場所なのか。そもそも、ここがまだウィシュタリア王国なのかさえ分からない。


 森の中には、古びた洋館がひっそりと建っていた。


「入れ」


 黒外套の男に背中を押され、洋館へ足を踏み入れる。


 外観とは違い、中には見たことのない器具や薬品が並んでいた。白衣を着た男たちが何人も行き交っている。


 黒外套の男は、そのうちの1人へわたしを引き渡した。


「新しい実験材料だ」


「実験材料……?」


 聞き捨てならない言葉に足を止める。


「待って。そんな話、わたしは聞いてない!」


「精霊が欲しいのだろう?」


 男が冷たく言い放つ。


「欲しいものを得るためには、それ相応の対価が必要だ」


「でも……」


「ここまで来て、怖くなったのか?」


 挑発するような言葉に、わたしは奥歯を噛み締めた。


「怖くなんてない」


「ならば、黙って従え」


 わたしが渋々頷いたところで、廊下の奥から1人の少女が現れた。


 腰まで伸びた紫色の髪。両目の下には、大きな隈が刻まれている。


 年齢は、わたしと同じくらいにしか見えない。


 少女の隣には、何匹もの蛇がとぐろを巻いて1つになったような、不気味な精霊が付き従っていた。


「マーネス様」


 白衣の男たちが一斉に頭を下げた。


 その名前を聞いた瞬間、わたしの身体が固まった。


 学園へ入学する前、各国の主要人物について散々覚えさせられた。


 わたしは物覚えがよくない。


 子爵や男爵など、末端貴族の名前はほとんど覚えられなかった。伯爵でさえ怪しい。


 それでも、公爵家や侯爵家の人間については、何度も叩き込まれている。


 マーネス。


 キルラルド帝国の公爵家当主にして、帝国3将軍の1人。


 毒魔法を操り、20年ほど前の戦争で多くの王国兵を殺したことから、《蛇毒のマーネス》と呼ばれている。


 でも、どうして?


 20年前の戦争で将軍を務めていた人物が、なぜわたしと同じくらいの少女にしか見えないの?


 目の前の光景が理解できずにいるわたしを、マーネスは気だるそうに眺めた。


「それが新しい材料?」


「はい」


「ふうん……」


 頭から爪先まで、品物を確かめるような目で見られる。


 わたしが思わず身を引くと、マーネスは片手をかざした。


 その掌の上に、緑色の液体が生み出される。


「器」


「ただいま」


 白衣の男がコップを差し出した。


 マーネスは緑色の液体をその中へ注ぎ、わたしへ突きつける。


「とりあえず、これを飲んで」


「え……?」


 見るからに怪しい。


 しかも、目の前にいるのは《蛇毒のマーネス》だ。


 毒魔法で多くの王国兵を殺した人物から渡された液体を、素直に飲めるはずがなかった。


「何をしているの? 早く飲みなさい」


「これ、本当に大丈夫なの?」


「死にはしないと思う」


「思うって……」


 わたしがコップを受け取らずにいると、マーネスが白衣の男たちへ目配せした。


 次の瞬間、背後から両腕を押さえつけられる。


「ちょっと、何するの! やめ――んぐっ!」


 鼻を摘ままれ、無理やり口を開かされた。


 緑色の液体が喉へ流し込まれる。


 苦い。


 吐き出そうとしたが、口を塞がれて飲み込むしかなかった。


 直後、指先から力が抜けた。


「な、に……これ……」


 痺れが全身へ広がり、立っていられなくなる。


 倒れる寸前に白衣の男たちへ抱えられ、そのままベッドへ寝かされた。


「まずは身体の確認からね」


 服を脱がされ、身体の状態を隅々まで調べられる。


 腕、脚、心臓の鼓動。


 まるで人間ではなく、本当の実験材料になった気分だった。


「魔力はほとんどない、まあ悪くないか」


 マーネスは何かをぶつぶつと呟き、手元の紙へ書き込んでいく。


 やがて確認を終えると、わたしに興味をなくしたように部屋から出ていった。


「待って……。わたしは、これからどうなるの……?」


 声を絞り出しても、誰も答えない。


 身体の痺れが消えるまで、わたしは丸1日、ベッドの上へ放置された。


 それから1週間、毎日のように薬を飲まされた。


 苦いもの。


 酸っぱいもの。


 腐った泥のような味がするもの。


 飲むたびに腹痛や吐き気に襲われ、何度も逃げ出したくなった。


 それでも耐えた。


 ここで逃げれば、精霊は手に入らない。


 お姉ちゃんの代わりに精霊と契約して、人生を切り開く。


 あの日に誓ったのだから。


 1週間が経ったころ、マーネスが再び現れた。


 その手には、いつもの薬とは明らかに違う、どす黒い液体が入ったコップが握られていた。


「飲んで」


 もう抵抗しても無駄だと分かっている。


 わたしは震える手でコップを受け取り、どす黒い液体を飲み干した。


「うっ……!」


 身体の内側が燃え上がった。


 熱い。


 心臓を中心に、炎が全身へ広がっていく。


 だけど、不思議と苦しくはない。


 身体の奥から、これまで感じたことのない力が次々と湧き上がってくる。


「これが……魔力?」


「ふむ。第1段階は成功ね」


 マーネスがわたしの胸元へ手をかざし、満足そうに頷いた。


「魔力をほとんど持たない人間にも、後天的に魔力を宿らせることができた。やはり、生命力を削って魔力へ変換することは可能なのね」


「生命力を……削る?」


 不吉な言葉に、胸の奥が冷たくなる。


 しかし、それ以上に魔力を得られた喜びの方が強かった。


 わたしにも魔力がある。


 これでもう、何もできない役立たずではない。


「これから第2段階を始める」


 マーネスが告げた直後、部屋の扉が開いた。


 以前の黒外套の男が、ぐったりした人間を背負って入ってくる。


 床へ下ろされた顔を見て、わたしは息を呑んだ。


「ダルタン先輩……?」


 目つきが悪く、近づきがたい雰囲気の男子生徒。


 2年生のAクラスとBクラスの入れ替え戦で、Bクラス代表としてジーク皇子と戦った人だ。


「どうして、ダルタン先輩がここに……?」


「これから精霊の移植術を行う」


「移植……?」


 質問する間もなく、白衣の男から新しい薬を渡された。


「飲め」


「待って。精霊の移植って、何を――」


 口へ薬を流し込まれ、急激な眠気に襲われた。


 倒れていくわたしの視界に、無表情でこちらを見下ろすマーネスの姿が映る。


 そのまま、意識は闇へ沈んだ。


     ◇


 目を覚ましたとき、わたしの身体は変わっていた。


 以前よりもはるかに大きな力が、身体の中を巡っている。


「成功ね」


 ベッドの横に立っていたマーネスが、淡々と告げた。


「お前には精霊が宿っている。呼び出してみなさい」


「呼び出すって……どうやって?」


「目を閉じて念じればいい。お前に宿った精霊なら、呼びかけに応えるはずよ」


 言われたとおり、目を閉じる。


 わたしの中にいる精霊へ向かって、必死に呼びかけた。


 お願い。


 姿を見せて。


 わたしの精霊――。


 瞼の向こうに、淡い緑色の光を感じた。


 目を開く。


 そこには、頭上にクローバーの葉に似たプロペラを持つ、小さく愛らしい精霊が浮かんでいた。


 どこかで見たことがある。


「この精霊……ダルタン先輩の……?」


「そう、あいつから移植した」


 マーネスが口元を緩める。


「しかも、移植したあとも元の契約者は生きている。生きた人間から精霊を奪い、別の人間へ移すことに成功したのよ」


「ダルタン先輩は、どうなったの?」


「人格が壊れた」


 あまりにも軽い口調だった。


「精霊を切り離した瞬間、心が耐えられなかったようね。今は自分の名前さえ分からない。廃人同然よ」


「そんな……」


「それを今後の課題として研究するため、帝国へ連れて帰らせた」


 胸が痛んだ。


 ダルタン先輩には申し訳ないと思う。


 だけど、わたしだって精霊を得られるはずだった。


 お姉ちゃんとわたしが得るはずだったものを、これまでずっと奪われてきたのだ。


 これは、誰かから奪ったのではない。


 奪われていたものを、ようやく取り戻しただけだ。


「お前は1週間眠っていた。術式は成功よ。あとの経過観察は部下へ任せる」


 マーネスは楽しそうに独り言を続ける。


「この技術が実用化すれば、帝国はもっと強くなる。精霊を分割して移植すればどうなる? 同じ精霊を複製することはできないの? 1人の人間に複数の精霊を宿らせることは……ああ、次々と試したいことが出てきて困ってしまう」


 それだけ言うと、マーネスはわたしに興味を失い、部屋から出ていった。


 その後、わたしは黒外套の男に連れられて洋館をあとにした。


 再び目隠しをされ、馬車で運ばれる。


 王都近くまで戻されたところで、男が告げた。


「お前の動向は、これからも監視させてもらう。余計なことはするな」


 何者かに監視される恐怖よりも、精霊を得た喜びの方がはるかに大きかった。


 どうやって魔法を使うのだろう。


 早く試したい。


 演習場は空いているだろうか。


 これで、もう誰にもわたしを馬鹿にさせない。


     ◇


【メイ視点】


 そして現在。


 ミルロは、カワリに精霊はいないと言った。


 しかし、カワリは精霊を呼び出してみせた。


 思えば、わたしもカワリの精霊を見るのは初めてだ。


 カワリは授業や演習にも何かと理由をつけて欠席していた。だから、1度も目にしなかったこと自体は不自然ではない。


 動きに不審な点は多い。


 だが、こうして実際に精霊を出している。


 それなら、嘘をついたのはミルロなの?


 けれど、あの精霊。


 初めて見た気がしないのは、気のせいかしら。


「やっぱり、ミルロは嘘つきです!」


 カワリが勢いよく立ち上がった。


「わたしを陥れようとしているんです! メイ様、こんな人の言葉を信じてはいけません!」


 ミルロは何も話さない。


 一瞬だけ驚いた様子を見せたが、それからずっと、記憶を探るように考え込んでいる。


 やがてミルロが顔を上げた。


「カワリさん。どうして、あなたがこの精霊と一緒にいるのですか?」


「どうしてって……」


「この精霊に、いったい何をしたのですか?」


 カワリは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


 しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「何もしていないわ。最初から、わたしの精霊だったもの。3年前のフェアリーデイズから、ずっと一緒にいた。ただ今まで人前へ出していなかっただけよ」


「メイ様、シリルさん」


 ミルロがこちらを見る。


「この精霊に、見覚えがありませんか?」


 わたしとシリルは顔を見合わせた。


「どこで見たのかまでは思い出せないけれど……以前、見たような気がするわ」


「僕もです」


 シリルが頷く。


 違和感を抱いたのは、わたしだけではなかった。


「それだけではないわ」


 わたしはカワリの精霊を見つめた。


「この子、元気がないように見える。うまく説明できないけれど、無理やり狭い檻へ押し込まれているような……。それに、どうして何も話さないの?」


 わたしの言葉を聞き、ライラが姿を現した。


 続いてシリルのサンとレイン、ミルロのユキメも現れる。


『ねえ、あなた。どうして何も話さないの?』


『元気ないぞ。どうしたんだ?』


『どこか苦しいの?』


 精霊たちが口々に尋ねる。


 カワリの精霊は怯えたように周囲を見回した。


 何かを伝えようと口を開く。


 しかし、声は出ない。


 やがて諦めたように、ふるふると首を振った。


 その姿を見て、カワリへの疑いがさらに膨らんでいく。


「メイ様、シリルさん。わたしには見覚えがあります」


 ミルロが静かに口を開いた。


「この精霊は、2年生のAクラスとBクラスの入れ替え戦へ出場した、Bクラス代表のダルタンさんの精霊です」


「あっ!」


「あっ!」


 わたしとシリルの声が同時に飛び出した。


 そうだ。思い出した。


 ジーク皇子に何の見せ場もなくコテンパンにされた、もの凄く目つきの悪い人だ。


「そんな! なんで、おま……ごほん!」


 カワリが大声を上げ、途中で不自然に咳払いした。


 今、「なんでお前が知っている」と言いかけなかった?


 わたしが睨むと、カワリは慌てて取り繕った。


「ミルロの発言はおかしいです! わたしはダルタン先輩と話したことはおろか、会ったことさえありません。そもそも、精霊を奪い取る技術なんて聞いたこともない。それともミルロは、わたしが奪ったと証明できるのですか?」


 言い終えたカワリは、うまく反論できたとでも思ったのか、勝ち誇った顔をしている。


 しかし、ミルロは慌てることなく答えた。


「はい。わたしも、そのような技術は知りません。どうやって奪ったのかも分かりません」


「ほら! だったら、わたしは無罪じゃない!」


「ですが、ダルタンさんの精霊と見比べることはできます」


「見比べる?」


「学園の公式行事は、すべて魔法水晶に記録されているはずです。その映像は、生徒なら誰でも閲覧できます」


 ミルロが廊下へ続く扉を指した。


「視聴覚室で、2年生のAクラスとBクラスの入れ替え戦をもう1度見ませんか?」


     ◇


 4人で2階の視聴覚室へ向かった。


「確認なら明日でもいいんじゃないですか?」


「わざわざ映像を見るなんて、時間の無駄ですよ」


「わたし、少し気分が悪くなってきました」


 カワリは歩きながら、しきりに引き返そうとする。


 もう、その態度だけで有罪ではないかと思ってしまう。


 逃げられないよう、ミルロとシリルへ目で合図した。


 2人が左右からカワリを挟み、半ば連行するような形で廊下を進む。


 視聴覚室へ近づくと、聞き慣れた笑い声が響いてきた。


「あはははは! 超ウケるんだけど!」


「ちょっと、そんなに笑ったら悪いよ。でも、この顔……くすっ」


「入るわよ」


 一声かけて、扉を開ける。


 部屋の中央にある大きなスクリーンへ向かい、リリスとテラが笑い転げていた。


 どうやら、先日の課外授業の映像を見ているらしい。ちょうどジュリア達が落とし穴へ落ちた場面だった。


 2人は最近、特に仲がよくなっている。


 こんなに楽しそうなら、わたしもミルロと一緒に加わりたい。


 そう思ったが、今はそれどころではない。


「こんにちは、リリス、テラ」


「やっほー、メイ様!」


「メイ様、お疲れさまです」


「あっ、ミルロとシリルさんもいるじゃん。ねえ、よかったら一緒に――」


 リリスが途中で言葉を止めた。


 わたしたちの表情と、左右を固められたカワリを順番に見る。


 それまでのおちゃらけた表情が消え、目つきが鋭くなった。


 普段は軽そうに見えるけれど、本当に勘の鋭い子ね。


「何か、大事な話があるみたいだね。視聴覚室を使いに来たの?」


「ええ。少し確認したいことがあるの。申し訳ないけれど、部屋を譲ってくれないかしら?」


「いいよ。ちょうど切り上げるところだったし。それに、この映像を見ていて新しい魔法を思いついたんだ」


「はい。わたしも試したいことができました」


 テラも頷いた。


「ちょうど演習場で試したかったから、好きに使って」


 2人はすぐに席を立った。


「その代わり、ミルロ、メイ様。今度、一緒にチョコレートパフェを食べに行こうね」


「はい。約束です」


「わたしも行くわ」


 リリスとテラは、ミルロへまた一緒に魔法の練習をしようと約束し、部屋を出ていった。


 この班は、本当に仲がいい。


 それに引き換え、わたしの班は――。


 改めてカワリを見る。


 顔を青くしたカワリは、わたしから目を逸らした。


「シリル、映像を出して」


「はい」


 シリルが記録用の魔法水晶を操作する。


 スクリーンに映像が現れ、すぐに試合開始の合図が鳴った。


「俺を舐めるなぁぁぁ!」


 開始と同時に、ダルタン先輩が大声で叫ぶ。


 その周囲に風が渦巻き、全身を覆う鎧へ変わった。


 映像がダルタン先輩の姿を大きく映し出す。


 同時に、彼の傍らにいる精霊の姿も鮮明に映った。


「止めて」


 シリルが映像を止める。


 わたしたちは、スクリーンに映った精霊と、カワリの隣にいる精霊を見比べた。


 粗暴な雰囲気の契約者とは対照的な、クローバーを思わせる可愛らしい精霊。


 その姿は瓜二つだった。


 いや、同じ精霊だとしか思えない。


「違う! ほら、この線が違います!」


 カワリがスクリーンへ駆け寄った。


「映像の方は傾いているけれど、わたしの精霊は真っ直ぐです! それに、ほら! こっちの方が少し黒っぽい!」


「そこは腕を曲げているだけです」


 シリルが即座に否定する。


「色が黒く見えるのは影があるからでしょう」


「でも、ここが少し……」


「光の当たり方が違うだけです」


 カワリが違いを挙げるたび、シリルが冷静に指摘していく。


 やがてシリルは深く息を吐き、わたしへ向き直った。


「メイ様。僕にも、カワリの精霊とダルタン先輩の精霊は、同じ精霊としか思えません」


「ええ。わたしもよ」


「方法は分かりませんが、これは大変なことです」


「違う! 同じじゃない!」


 カワリが身を乗り出した拍子に、身体が操作用の水晶へぶつかった。


 止まっていた映像が再び動き始める。


「クルール、いくぞ! スカイ――ぐはっ!」


 ダルタン先輩が魔法を放とうとした瞬間、その顔面にジーク皇子の槍の柄がきれいに直撃した。


 見事なまでの完敗だった。


 しかし、今は試合結果などどうでもいい。


 映像の中でダルタン先輩が「クルール」と呼んだ瞬間、カワリの精霊が顔を上げた。


 わたしは、その小さな反応を見逃さなかった。


「あなたは、クルールなの?」


 精霊へ問いかける。


 クルールは怯えたようにカワリを見た。


 それから、本当に小さな動きで首を縦に振った。


 カワリの顔から血の気が引いていく。


「カワリ。この精霊の名前は、クルールで間違いないですか?」


「あ……いや……」


「答えなさい」


 カワリは口ごもったあと、渋々と頷いた。


「でも、違うんです! この精霊はクルールであって、クルールではありません! 同じ種類の精霊で、名前も同じなだけの別の個体なんです!」


「はあ……」


 思わず、ため息が漏れた。


 ミルロとシリルも呆れた顔をしている。


「あなたは、精霊について勉強しなかったのですか?」


 シリルが冷たい声で尋ねた。


「精霊は契約が結ばれた瞬間に生まれる、唯一無二の存在です。契約者が死ねば、その精霊は自然へ還る。新たな契約者から生まれるのは、まったく別の精霊です。同じ姿と名前を持つ精霊が、同時に2体存在することなどあり得ません」


「あっ、そうだった!」


 カワリが無理やり笑顔を作った。


「ダルタン先輩が死んだんです。それから新しいクルールが生まれて、わたしと契約してくれたんですよ!」


 誰も言葉を返さなかった。


 視聴覚室に、痛いほどの沈黙が流れる。


「カワリさん。あなたの言葉は支離滅裂です」


 ミルロが淡々と告げた。


「あなたは最初、10歳のときに精霊と契約し、3年間一緒にいたと言いました。それなのに、最近亡くなったダルタンさんのあとに、新しく生まれたクルールと契約したのですか?」


「それは……」


「それに、ダルタンさんが亡くなったとは、どういうことですか? あなたは話したことはおろか、会ったことさえないと言いましたよね?」


 ミルロの声は静かだった。


 だからこそ、逃げ道を1つずつ塞いでいく言葉が鋭く突き刺さる。


「わたしもダルタンさんのことを個人的には知りません。彼が亡くなったという公式発表も聞いていません。それなのに、どうしてあなたは知っているのですか?」


 ミルロが目を細める。


「もしかして、あなたが殺したのですか?」


「違う! あいつは生きている!」


 カワリが反射的に叫んだ。


「生きている?」


 ミルロが聞き返す。


「やはり、何か知っているのですね」


「いや、違う! わたしは何も知らない! ええと、それは……」


「ほかにも、矛盾はいくらでもあります」


 ミルロは言葉を続ける。


「精霊と契約できるのは、その年に10歳を迎えた子供だけです。年に1度の祭典、フェアリーデイズで教会に祈りを捧げ、選ばれた者だけが精霊と契約できる。それは、あなた自身が経験していますよね?」


 カワリの唇が震えた。


「それなのに、13歳のあなたが、どうやって新しい精霊と契約したのですか?」


「違う……違うの……」


 ついにカワリはまともに答えられなくなった。


 ただ、うわ言のように「違う」と繰り返している。


 カワリの嘘は、もう完全に崩れている。


 あとはミルロに任せよう。


 そう思ってミルロを見ると、彼女はふるふると首を振った。


「メイ様。カワリさんの処遇を、どうなさいますか?」


「処遇?」


「はい」


「それなら、直接被害を受けたのはミルロでしょう? ミルロが決めて」


「メイ様」


 ミルロは真っ直ぐにわたしを見た。


「わたしは、メイ様の友人である前に、あなたの護衛騎士です。このような重大な問題について、わたしが最終的な判断を下せる立場ではありません」


「でも……」


「わたしが申し上げられるのは、1つだけです」


 ミルロの視線がカワリへ向けられる。


「カワリさんは、王族であるメイ様に対して、平然と嘘をつき続けていました。それだけは、疑いようのない事実です」


 いつから、わたしはこうなったのだろう。


 ミルロと出会う前のわたしは、傲慢で未熟だった。


 相手の気持ちなど考えず、ミルロに自分の護衛騎士となるよう一方的に命令した。


 あれが正しかったとは思わない。


 それでも、あの頃のわたしは、自分の決断を誰かへ押しつけようとはしなかった。


 この3年間、ミルロと共に研鑽を積み、わたしは魔法使いとして強くなった。


 だけど、その一方で、面倒なことをミルロへ任せるようになっていたのではないか。


 王女としての責任まで、護衛騎士へ背負わせようとしていたのではないか。


 わたしは魔法使いである前に、ウィシュタリア王国の王女だ。


 カワリは、王国の臣下たるニュギュウ伯爵家の養女。


 彼女の処遇を決める責任は、被害を受けたミルロにはない。


 王家の一員である、わたしにある。


 状況から考えて、カワリがダルタン先輩から奪われたクルールを、不正な方法で得たことは間違いない。


 カワリ自身が精霊を奪ったのか。


 それとも、何者かから与えられたのか。


 そこまでは分からない。


 しかし、精霊を奪う技術など、今の世には存在しないはずのものだ。


 もし、その技術が広まれば、社会の仕組みそのものが根底から覆る。


 人々は強い精霊を奪うために争うかもしれない。


 親から子へ、子から孫へ、強力な精霊が受け継がれ、一族によって独占されるかもしれない。


 精霊に選ばれた者なら、平民であっても道を切り開ける。


 そのために存在していたフェアリーデイズの意味まで失われてしまう。


 カワリは、その技術を受けた当事者だ。


 何かを知っている彼女を、王女として逃すわけにはいかない。


 それでも、最後に1度だけ機会を与えよう。


 わたしは姿勢を正し、カワリを真っ直ぐ見据えた。


「カワリ。最後に機会を与えます。嘘偽りなく答えなさい。いいですね?」


 カワリが恐る恐るこちらを見る。


 返事はない。


 顔を青ざめさせ、全身をぶるぶると震わせている。


「あなたは、ウィシュタリア王国の王女であるわたしに、1度も嘘をついていないと胸を張って言えますか?」


 カワリの唇が何度も開閉した。


 ここで真実を話すなら、まだ考える余地はある。


 背後にいる者について話すのなら、守ることもできるかもしれない。


 長い沈黙のあと、カワリはか細い声で答えた。


「はい……。わたしは、嘘をついていません」


「そうですか」


 胸の奥に、僅かな痛みが走った。


「残念です」


 わたしはもう、カワリから目を逸らさなかった。


「カワリ。魔法学園の班長としてではなく、ウィシュタリア王国の王女として命じます」


 カワリの肩が跳ねる。


「あなたは、王女であるわたしの前で平然と虚偽を重ねました。また、王国の臣下たる貴族の義務に背き、我が国へ重大な損害を与えかねない技術へ関与しています」


 声が震えないよう、腹へ力を込める。


「王族への虚偽、貴族としての背信、そして王国に対する反逆の疑いにより、あなたを拘束します。身柄は王宮へ移送し、正式な裁きを受けてもらいます」


「メイ様……」


「ミルロ、シリル」


 2人が同時に姿勢を正した。


「彼女を捕らえなさい」


「承知しました」


「はい」


 2人が左右から動いた。


 カワリが抵抗する間もなく、その両腕を取り押さえる。


 わたしは、恐怖に歪んだカワリの顔を見つめた。


 彼女を信じようとしなかったこと。


 班員同士の関係を、面倒だからと放置していたこと。


 もっと早く異変に気づけなかったこと。


 それらはすべて、班長だったわたしの責任だ。


 だからこそ、ここから先の決断も、わたしが背負う。


 ウィシュタリア王国の王女として。

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