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第47話 様子が違う

【ミルロ視点】


 メイ様と一緒に教室へ入ると、いつもと様子が違っていた。


「メイ様、おはようございます!」


「今日も相変わらずお綺麗でござる!」


「朝食は何を召し上がりましたか?」


 教室へ入った途端、元Aクラスの生徒たちが一斉にメイ様を取り囲んだ。


「えっ? 朝食?」


 突然のことに、さすがのメイ様も目を丸くしている。


「パンとスープだけど……」


「メイ様はパンがお好きなのですか?」


「今度、お勧めのお店を紹介させてください!」


「昨日の課外授業では、どうやって2時間も逃げ切ったのですか?」


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 1度に話しかけないでよ!」


 次々と浴びせられる質問に、メイ様がたじろぐ。


 すると、いつの間に移動したのか、メイ様の隣にはシリルさんが立っていた。


「1度に話しかけては、メイ様がお困りになります。質問がある方は、順番にお願いします」


 シリルさんが間に入り、みんなの話を整理していく。


 メイ様が答えに困ったときには、さりげなく話題を変えていた。


 さすがシリルさん。


 だけど、そのおかげで人の輪はさらに大きくなり、押し出されるように教室の端へ追いやられてしまった。


「どうなってるの……?」


 昨日まで、元Aクラスの人たちはメイ様へ積極的に話しかけようとしなかった。


 王女であることに遠慮していたのかもしれないし、メイ様の強気な性格を怖がっていたのかもしれない。


 それなのに、今日は人が変わったように話しかけている。


「昨日の課外授業で、考えを改めたんだろう」


 背後から声をかけられ、振り返った。


「ゲイルさん」


「班だけでは解決できない課題もある。ほかの班と協力する必要があると分かった。それに、メイ様も自分たちと同じ生徒なのだと、ようやく実感できたんじゃないか」


 ゲイルさんは、人に囲まれているメイ様へ目を向けた。


「もちろん、クラス1の実力者と親しくなっておきたいという打算もあるだろうがな」


「やっぱり、そうでしたか。同盟を組んだシリルさんとジュリアさんが、行動評価点をもらっていましたからね」


「ああ、その通りだ」


 課外授業では、ただ強いだけでなく、ほかの班と協力する姿勢まで評価された。


 それを知ったみんなが、次の課題を見据えて動き始めたのだろう。


 だけど、様子が違うのは元Aクラスだけではなかった。


 普段なら、教室ではテラとリリスが2人で話している。そこへ、わたしとメイ様が加わるのが日常になっていた。


 ところが、今日は2人の輪にラビットさんたちが加わっていた。


 テラ、リリス、ラビットさん、コレットさん、ラファエルさんの5人が楽しそうに話している。


 わたしも、その輪へ近づいた。


「みんな、おはよう」


「あっ、ミルロ! おはよう!!」


 真っ先に気づいたラビットさんが、長い耳をぴんと立てた。


「昨日はすごかったね、だけどにんじんがあれば勝っていたのはわたしだったわ!」


「それもこれもラビットがニンジンに釣られるからでしょ!」


 コレットさんが頬を膨らませた。


「だ、だって、あんなに立派なニンジンが森の中にあったら、気になるじゃない!」


「どう考えても怪しかったよ! 周りに同じニンジンが何本も並べられてたじゃん!」


「もしかしたら、野生のニンジン畑だったかもしれないでしょ!」


「そんなわけないよ!」


 2人のやり取りを見て、リリスが楽しそうに笑っている。


 その隣で、ラファエルさんがテラへ顔を向けた。


「お嬢さん――いや、名前で呼んでもよいかね?」


「えっ? う、うん。もちろんだよ」


「では、テラ。昨日は本当にありがとう。あのまま置き去りにされていたら、わしはどうなっていたか分からんかった」


「わたしは、大したことをしてないよ」


「テラ、何かしたの?」


 尋ねると、テラは照れくさそうに頬をかいた。


「森へ入る前に、ラファエルさんが動けなくなっているのを見つけたの。それで、森の中まで背負っていっただけだよ」


「だけって、あのときは敵だったのに助けたの?」


 リリスが呆れたように聞く。


「だって困っていたから、かわいそうだよ、ね?」


「テラらしいね」


「ほんと、テラらしいわ」


 リリスと顔を見合わせて笑った。


 テラは困ったように眉を下げている。


「それで、ラファエルさんはそのあとどうしたの?」


「しばらく休んだあと、ラビットとコレットには合流できたんじゃが、結局、途中で力尽きてしまってのう」


「ラファエルを休ませている間に、ラビットがニンジンを見つけたの!」


「だから、あれは罠だって知らなかったの!」


 またラビットさんとコレットさんが言い争いを始めた。


 ラファエルさんは2人を止めることもできず、困ったように見守っている。


 課題には失敗してしまったけれど、3人の仲は悪くなさそうだ。


「その……」


 少し遠慮がちな声が、会話に割り込んだ。


 眼鏡を指で持ち上げながら、セシルさんが近づいてくる。


 隣には狐獣人のフォックスさんがいるものの、ロディスさんの姿はなかった。まだ教室へ来ていないらしい。


「昨日はお疲れさまでした」


「お疲れさま、セシルさん」


「入れ替え戦のときから、あなた――いえ、あなたたちは、とても優秀だと思っていました」


 セシルさんは、わたしだけでなくテラとリリスにも視線を向けた。


「よろしければ、これから少しずつ交流できればうれしいです」


「もちろんだよ」


 答えると、セシルさんはわずかに表情を緩めた。


「へえ。昨日はミルロを捕まえようとしてたのに?」


 リリスが意地悪そうに笑う。


「あれは課題です。課題が終われば、わたしたちが敵対する理由はありません」


「そういう切り替え、あたしは嫌いじゃないよ」


「それはどうも」


 そこへ、ゲイルさんたちも加わった。


「リリス。昨日のことは忘れていませんわよ」


 ソフィアさんが目を細める。


「何かあったっけ?」


「わたくしたちを穴へ落としたでしょう!」


「あれ、メイ様用だったって説明したじゃん」


「だからといって、笑ったことまで許した覚えはありませんわ!」


「だって、綺麗にみんな落ちてたからさぁ」


「次は、落とし穴ごと吹き飛ばして差し上げます」


「できるといいね」


 2人は睨み合っているものの、本気で怒っているようには見えない。


 ソフィアさんも、どこか楽しそうだった。


「テ、テラ。おはよう!」


 ダンさんが、やけに大きな声で挨拶をした。


「う、うん。おはよう、ダンさん」


 驚いたテラが返事をすると、ダンさんは満足そうに何度も頷いた。


 挨拶をしただけなのに、どうしてあんなにうれしそうなんだろう。


「なるほど」


 ゲイルさんがセシルさんを見る。


「メイ様へ近づくのは難しいと判断して、ミルロと親しくなる方が費用対効果に優れていると考えたのか?」


「そ、そんなことはありません」


 セシルさんの肩が、わずかに揺れた。


 もしかして、少しは図星だったのかな。


「以前から、お話ししたいとは思っていました。ただ、いつもミルロさんの隣にはメイ様がいらっしゃいます。王族であるメイ様を差し置いて会話へ入るのは、なかなか難しかっただけです」


「俺は普通に話していたが?」


「伯爵家のわたしですら遠慮していたのに、護衛のミルロさんはともかく、他国のあなたが平然と話しかけていた方が図々しいのです」


「身分の違いを理由に話しかけなければ、いつまで経っても関係は築けない」


「限度というものがあります」


「結果として、俺たちはこうして話せている」


「結果だけで過程を正当化しないでください」


 2人とも冷静な口調なのに、言葉だけは妙に刺々しい。


 だけど、セシルさんの言葉を聞き、初めて気づいた。


 いつもメイ様と一緒にいたことが、ほかの人たちを遠ざけていたのかもしれない。


 メイ様と過ごす時間は楽しい。


 これからも、ずっと一緒にいたいと思っている。


 だけど、いつもメイ様と2人でいる必要はない。


 たまには別々に行動して、ほかの人たちとも話してみよう。


 そのとき、ヘルミーナ先生から教わった言葉が脳裏によぎった。


 魔法で大切なのは、イメージすること。


 知らないものを、はっきりと思い描くことはできない。多くのものを見て、たくさんの経験をすることが、新しい魔法を生み出す力になる。


 それなら、人との交流も同じなのかもしれない。


 メイ様だけでなく、もっといろいろな人と話して、知らないことを教えてもらおう。


 そうすれば、今まで思いつかなかった魔法を想像できるようになるかもしれない。


     ◇


 その日の放課後、談話室へ向かった。


 さっそく1人で行動してみようと思ったのだけれど、なぜか隣にはメイ様がいる。


「どうしてついてくるんですか?」


「別にいいでしょ。わたしもお兄様に用があるのよ」


 本当かな。


 少し疑いながら談話室へ入ると、アーサーお兄様とゼノン様が同じテーブルに座っていた。


「お兄様、ゼノン様。こんにちは」


「お兄様、来たわよ」


「やあ、ミルロ。メイも一緒か」


「2人とも、昨日は大活躍だったそうだな」


 わたしたちも席に着くと、自然と昨日の課外授業が話題になった。


「2人揃って、最後まで水晶を守り抜いたんだって?」


「はい。わたしは本当にぎりぎりでしたけど……」


「わたしは余裕だったわ!」


 メイ様が胸を張る。


「誰もわたしのところに来なかったんだけどね」


 最後だけ、少し不満そうだった。


「それでも、2時間逃げ切ったことに変わりはない。2人とも大したものだ」


 アーサーお兄様に褒められ、頬が熱くなるのを感じた。


 隣を見ると、メイ様も照れているのか、落ち着きなく髪を指に巻きつけている。


「ところで、どうして逃げる役にわたしたちが選ばれたんでしょう?」


「あれは1年生のAクラスとBクラスが合同で行う、毎年恒例の交流行事なんだ」


 アーサーお兄様が説明してくれる。


「逃走役に選ばれるのは、班の成績とは関係ない。先生が、個人の実力を最も高く評価している2人だ」


「ということは……」


「お前たちは、1年生の中で特に高く評価されているということだよ」


「当然ね!」


 メイ様は得意そうに答えたものの、やっぱりうれしいのか、口元が少し緩んでいる。


 わたしも胸の奥が温かくなった。


 入学試験では、本来の成績を認めてもらえなかった。


 それでも今は、先生がわたしの力を見てくれている。


「ゼノン様たちのときは、誰が選ばれたんですか?」


「俺とジークだ」


 ゼノン様が答えた。


「俺は最後まで逃げ切った。ジークも健闘したが、最後にはAクラスの1班に水晶を割られたな」


「俺もあのときは、誰にも追いつかせなかったんだぞ」


 ゼノン様が誇らしげに笑う。


「俺はメイと同じ属性だからな。身体強化で一気に加速して、追ってきた連中を引き離してやった」


「やるじゃない、お兄様!」


「当然だ。兄を誰だと思っている」


 ゼノン様はさらに胸を張った。


 だけど、すぐにその表情が曇る。


「……あのときは、俺も活躍したんだがな。だが、今は……」


 その口から、重いため息が漏れた。


「今はって、何かあったの?」


 メイ様が首を傾げる。


「2年生の課外授業の話だ。聞きたいか?」


「もちろんよ」


「わたしも聞きたいです」


 わたしたちが答えると、アーサーお兄様が説明を始めた。


「2年生は、フジリストへの登山だよ」


「フジリスト?」


「標高1万メートルを超える山だ。そこを2日かけて登る」


 標高1万メートル。


 数字を聞いただけで、足が震えそうになる。


「ただ登るだけではない。登頂までの速さと、道中で採取した素材の価値。その2つが評価される」


 素材については、集めた総額ではなく、提出した中で最も高価な1品によって順位が決まるらしい。


 つまり、安い素材を大量に集めても意味はない。


 どこに価値のある素材があるのかを見極め、それを採取する知識も必要になる。


「山の上層では空気も薄く、気温も極端に下がる。身体強化と防寒を同時に維持できなければ、登り続けることすらできない」


「そんな山を2日で登ったんですか?」


「正直、2度とやりたくないな」


 アーサーお兄様が苦笑した。


「それで、1位はどの班だったの?」


 メイ様が尋ねる。


「ジーク班だ」


 ゼノン様が悔しそうに答えた。


「登頂記録は歴代最速。俺たちも3位以下を大きく引き離していたのに、あいつらには2時間以上も差をつけられた」


「2時間も?」


「後半に入ってから、一気に差を広げられた。いくら追っても背中すら見えなかった」


 登頂部門ではジーク班が1位、ゼノン様たちの班が2位。


 さらに、素材採取でもジーク班が1位だった。


「班員のアリア嬢が黄金草を見つけたんだ」


 黄金草は、高級な回復薬の原料となる希少な薬草らしい。


 1本見つけるだけで、ほかの班が採取した素材では到底かなわないほどの価値があるという。


 ジークの班には、アリアがいる。


 それなら、圧勝するのも当然なのかもしれない。


 ゲームでも、この課外授業は物語の序盤に行われる。


 回復役のアリアが活躍し、攻略対象者たちから一気に認められる、出来レースのようなイベントだった。


 普通にゲームを進めれば、ジーク班は歴代最速記録を更新する。


 教師たちから絶賛され、黄金草を見つけたアリアも、伝説のミーティアと契約した少女として、改めて注目を集める。


 このイベントを終えるだけで、攻略対象者たちのアリアへの好感度も大きく上がったはずだ。


 現実でも、結果はゲームとほとんど同じだった。


 だけど――。


「そういえば、ダルタンは現れませんでしたか?」


「ダルタン?」


 アーサーお兄様が眉を寄せた。


「以前、お前が目つきがおかしくて、何をしでかすか分からないと言っていた男か?」


「はい。そのダルタンです。登山の途中で、襲ってきたりしませんでしたか?」


「いや。見かけなかったよ」


「本当に、何もありませんでしたか?」


「山の中腹までは、ジークたちとほとんど差がなかったんだ。何か起きていれば、俺たちも気づいたと思う」


 アーサーお兄様がゼノン様を見る。


 ゼノン様も腕を組んで頷いた。


「後半は完全に引き離されたから、あいつらの様子までは分からない。だが、あの高さでは登るだけでも精一杯だ。足場も悪く、空気も薄い。あそこで戦闘を仕掛けるなんて、考えられない」


「そうですか……」


 確かに、ゼノン様の言うとおりだ。


 普通なら、登るだけでも難しい場所で戦う余裕なんてないはずだ。


 だけど、ゲームでは起きた。


 確かに山の中腹で、ダルタンがジーク班を襲撃する。


 襲われたアリアを守るため、攻略対象者たちが協力して戦う。それも、アリアへの好感度が上がる理由の1つだった。


 登頂記録も、ジーク班の優勝も、アリアが黄金草を見つけたことも同じ。


 なのに、ダルタンの襲撃だけが起きていない。


 どうして、ダルタンは現れなかったの?

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