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第46話 作戦の真相

【ミルロ視点】


『午後の課題は終了だ! 全員、開始地点の草原へ戻れ!』


 森に響き渡ったバルド先生の声を聞き、その場で立ち止まった。


 どうにか、逃げ切れた。


 そう思った途端、張り詰めていた糸が切れたように全身から力が抜けていく。


「……どうやって戻ろう」


 足元を見る。


 靴はセラさんの魔法から逃れるために脱ぎ捨てたまま。靴下も破れ、ほとんど裸足と変わらない。


 おまけに、残っている魔力はほとんどない。身体強化を使って森を歩く余裕なんて、どこにもなかった。


 近くに落ちていた枝を杖代わりにして歩き始めたものの、足の裏へ小石が当たるたびに痛みが走る。


「いた! ミルロ、いたよ!」


「ミルロ!」


 しばらく進んだところで、聞き慣れた声がした。


 顔を上げると、リリスとテラがこちらへ駆けてくる。


「2人とも、どうしてここが分かったの?」


「地図に青い印が出てるじゃん」


 リリスが地図を広げて見せた。


 帽子には、まだ本物の青い水晶がついている。課題が終わっても、地図の印は消えていなかったらしい。


「ミルロ、大丈夫?」


「うん。ただ、魔力を使い切っちゃって……」


「わたしが肩を貸すよ」


「ありがとう、テラ」


 テラが隣に並び、わたしの腕を自分の肩へ回してくれた。


 大きな身体に寄りかかると、ずいぶん歩くのが楽になる。


 わたしの姿を上から下まで眺めたリリスが、呆れたように笑った。


「ミルロ、ボロボロじゃん。でも、あれだけ追いかけられて逃げ切ったんでしょ? やるじゃん」


「必死だったよ。最後は本当に危なかった」


「テラもすごかったよ。あんな大きなの、よく作れたよね」


「う、うん……。でも……」


 テラがしょんぼりと耳を伏せた。


 リリスも先ほどまでの笑顔を消し、ため息をつく。


「結局、メイ様を捕まえられなかったんだよね。それどころか、1度も会えなかったし」


「わたしたち、何もできなかったね……」


「そんなことないよ!」


 2人の言葉を、慌てて否定した。


「わたしが助かったのは、2人のおかげだよ。あれがなかったら、絶対に水晶を割られてたもん」


「……あたしたちのおかげ?」


「どういうこと?」


 リリスとテラが、不思議そうに顔を見合わせる。


「ん?」


 どうして、そんな顔をするんだろう。


 3人揃って首を傾げながら森を進んでいると、やがて中央の大岩が見えてきた。


 周囲の地面には大きな穴が開いたままだった。


 穴の斜面を覆っていた氷はところどころ溶け、上からは1本の太いロープが垂らされている。課題が終わったあと、先生たちが救助のために用意したのだろう。


 すでに全員が脱出したらしく、穴の中には誰も残っていない。


「あっ、ほら。これだよ。わたし、このおかげで助かっ――」


「ちょっ、待って!」


 言葉を遮り、リリスが穴を指差した。


 その肩が小刻みに震え始める。


「誰か落ちたんだけど! ちょーウケるー!」


 森の中に、リリスの笑い声が響き渡った。


「ちょっとリリス。誰かが落ちたなら、笑ったら失礼だよ」


 テラがたしなめる。


 だけど、口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「でも、ちょっと寂しいね。せっかく2人で一生懸命考えたのに、メイ様は来てくれなかったし……」


「ほんとだよ。まさか別の誰かが落ちるとは思わなかったっしょ」


「え?」


 2人の顔を交互に見た。


「これって、わたしを守るために作ったんじゃないの?」


「なんで、あたしたちがミルロを守るの?」


「わたしたちが狙わないといけなかったのは、メイ様だよ?」


「え?」


 やっぱり、話が噛み合っていない。


 その後も説明を求めたけれど、リリスは笑い続け、テラも要領を得ない返事を繰り返すだけだった。


 結局、何がどうなっていたのか分からないまま、わたしたちは草原へ戻った。


     ◇


 開始地点の草原には、すでにほとんどの生徒が戻っていた。


 わたしたちも自分の班の位置へ並ぶ。


 もっとも、1人で立っているのも難しく、今もテラに肩を借りたままだ。


 周囲を見渡すと、疲れ切った顔をしている生徒が多い。


 服が泥だらけになっている人。髪を濡らしたままの人。転んだのか、顔を赤く腫らしている人までいる。


 その中で、メイ様だけは服も髪もほとんど乱れていなかった。


 ただし、とても不機嫌そうだった。


 頬を膨らませ、腕を組み、時折地面を蹴っている。


 無傷で逃げ切ったはずなのに、どうしてあんなに怒っているんだろう。


「これより、今回の課外授業の結果を発表する」


 全員が揃ったことを確認し、バルド先生が口を開いた。


「その前に、異議がありますわ!」


 ジュリアさんが勢いよく手を上げた。


「先ほど先生は反則ではないとおっしゃいましたが、わたしは納得していません! あの落とし穴は、明らかにミルロ班がミルロを助けるために用意したものです。同じ班の生徒が逃走者を守るのは、反則だったはずですわ!」


「そうだ!」


 ガゼルも声を張り上げた。


「俺たちは、あいつらの罠にはめられたんだぞ! どう考えても反則だろ!」


「確かに、あれはずるいよな」


 ダンさんが大きく頷く。


 隣のソフィアさんも、納得できないといった様子で頷いていた。


 一方、ゲイルさんとシリルさんは何も言わない。


 2人とも、先生がどう答えるのかを待っているようだった。


「それは――」


 バルド先生が説明しようとした、そのときだった。


「えっ、ちょっと待って!」


 リリスがジュリアさんたちを見つめた。


 次の瞬間、その場にしゃがみ込んで笑い始める。


「あんたたちが落ちたんだ! ちょーウケるんだけど!」


「ちょっとリリス、さすがに失礼だよ」


 テラが注意したものの、我慢できなかったのか、最後に小さく吹き出した。


「な、何がおかしいんですの!」


「俺たちは真面目に抗議してるんだぞ!」


 ジュリアさんとガゼルが顔を真っ赤にする。


 だけど、わたしには分かってしまった。


「あっ……」


 ゲイルさんとソフィアさんも、ほとんど同時に声を漏らした。


 2人も気づいたらしい。


 リリスは今、本気で笑っている。


 つまり、みんなを落としたことまで計算していたわけではない。


「何なんだよ! 笑ってごまかすつもりか!」


 ダンさんが反論しようとした。


 ところが、笑ってしまったことを恥ずかしそうにしているテラを見ると、急に口を閉じた。そのまま、ぼんやりとテラを見つめている。


「ダン、説明はあとでする」


「今は黙っていなさい」


 ゲイルさんとソフィアさんに言われ、ダンさんは困ったように頷いた。


「こいつ……ただの馬鹿だったのか?」


 ガゼルが小さく呟いた。


 自分まで真剣になって抗議したのが恥ずかしくなったのか、それ以上は何も言わずに顔を背ける。


 ところが、シリルさんだけは難しい顔でリリスを見つめていた。


「まさか……先生を納得させるところまで含めて、すべて作戦だったのか……?」


 なぜか、さらに深く考え始めている。


 ジュリアさんは周囲を見回した。


 みんなが次々と黙っていくのを見て、額の金貨に手を当てる。


「な、なるほど。そういうことでしたのね。もちろん、わたしも分かりましたわ」


 たぶん、分かっていない。


「ごほん。その……なんだ」


 バルド先生は、残念な子を見るような目をリリスへ向けた。


「リリス。お前の作戦を、最初から全員に説明してやれ」


「えー、全部?」


「全部だ」


「仕方ないなぁ」


 リリスは立ち上がり、まだ笑いの残る目元を指で拭った。


「あたしとテラは、最初からメイ様を狙ってたんだよ。ほかの班が邪魔だったから、開始前にちょっと煽って、みんながミルロを狙うようにしたの」


「ちょっとではありませんわ!」


「話の途中でうるさいなぁ」


「なんですって!」


「ジュリア、最後まで聞け」


 バルド先生に止められ、ジュリアさんは悔しそうに口を閉じた。


「最初の1時間半は別行動って話も、周りに作戦を聞かれないため。あとでテラと合流してから、本当の作戦を考えたんだよ」


 リリスはメイ様へ視線を向ける。


「あたし、メイ様ってミルロのこと大好きだと思ってたからさ」


「なっ――!」


 メイ様の顔が、一瞬で赤くなった。


「ほかのみんながミルロを追いかけたら、メイ様のところには誰も来なくなるでしょ? そうしたら退屈になって、絶対にミルロのところへ行くと思ったんだよね」


 リリスの説明は続く。


 テラが森の北側に、ミルロが中央の大岩にいるという伝言を書く。


 大岩の近くには、傷ついたわたしそっくりの土人形と偽物の青い水晶を置く。


 そして、土人形か水晶に触れれば地面が崩れ、大きな穴へ落ちる仕掛けを作った。


「穴の中に落としたら、あたしたちが上から水晶を割る予定だったんだけど、待っても全然来ないんだもん。だから最後の30分は、2人でメイ様を探しに行ったんだよ」


「見つけられなかったけどね……」


 テラがしょんぼりと付け加えた。


「つまり、あの落とし穴は、わたしを助けるためじゃなくて……」


「メイ様を捕まえるために決まってるじゃん」


「わたしがあそこに来たのは?」


「知らないよ。課題が終わるまで、1度もミルロに会ってないし」


 偶然だった。


 2人に助けられたと思っていたけれど、2人はわたしが来ることすら知らなかったらしい。


「はん!」


 メイ様が鼻を鳴らした。


「そんな見え見えの罠に、わたしが騙されるわけないじゃない!」


 そう言いながら、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。


 目も、リリスとは違う方向へ泳いでいた。


 もしかしてメイ様、1度は行こうとしたのかな。


 そう思うと、なんだか微笑ましくなってしまう。


 笑みを向けると、メイ様は自分の気持ちを見抜かれたことに気づいたらしい。


「な、何よ!」


 耳まで赤く染め、勢いよく横を向いてしまった。


「これで分かっただろう」


 バルド先生が全員を見回した。


「あの罠はメイを捕らえるために作られたものだ。完成したのはミルロが中央へ来る前。課題中、ミルロはリリスやテラと接触も相談もしていない。その罠を偶然発見し、自分の判断で利用しただけだ。よって、反則には当たらない」


 ジュリアさんとガゼルは不満そうだったが、もう反論はしなかった。


「では改めて、結果を発表する」


 バルド先生が1枚の紙を広げる。


「1位、ミルロ班。300点」


「やった!」


 テラがうれしそうな声を上げた。


 リリスも笑顔で背中を叩く。


 加減してくれたつもりなのだろうけれど、今のわたしには少し痛い。


「2位、メイ班。270点」


「270点?」


 シリルさんが不思議そうに首を傾げた。


 メイ様の班は、午前の50点と、メイ様が逃げ切った200点で、合計250点のはずだ。


「3位、ジュリア班。120点」


「わたしたちも120点?」


 今度はジュリアさんが首を傾げる。


「同率4位、ゲイル班とガゼル班。ともに100点。そのほかの班は、すべて0点だ」


「どういうことでしょう?」


 セシルさんが眼鏡の位置を直した。


「メイ班とジュリア班へ加算した20点は、行動評価点だ」


 バルド先生はシリルさんを見る。


「誰かに共闘を持ちかけるのは、簡単なことではない。水晶を割れる班は1つだけだ。利用され、最後に裏切られる可能性もある」


 シリルさんの背筋が伸びた。


「シリル。お前は不安を抱えながらも、自分からジュリア班へ共闘を持ちかけた。裏切られる危険を承知したうえで、相手を信じた。それは勇気ある行動だ」


「僕の行動を……評価してくれたんですか?」


「そうだ。そして、その提案を受け入れ、最後まで約束を守ったジュリア班にも同じ20点を与えた。これは俺1人ではなく、同行した教師全員で協議して決めた評価だ」


 シリルさんは驚いた顔で先生を見つめていた。


 そこへメイ様が、満面の笑顔で右手を上げる。


「シリル、すごいじゃない! おめでとう!」


「あ……ありがとうございます、メイ様!」


 シリルさんも慌てて手を上げ、メイ様とハイタッチを交わした。


 ジュリアさんも、悪い気はしていないらしい。


「まあ、わたしが約束を破るはずがありませんもの。当然の評価ですわね」


 澄ました顔で手を上げる。


 セラさんとオモイさんも笑顔で手を重ね、3人でハイタッチを交わした。


「お待ちください」


 セシルさんが再び手を上げた。


「その計算はおかしいです。共闘を評価するのであれば、わたしたちもゲイル班と待ち伏せによる共闘を行いました。わたしたちにも20点が加算されるべきです」


「それは違う」


 答えたのは、バルド先生ではなくゲイルさんだった。


 セシルさんへ正面から向き直り、はっきりと否定する。


「確かに、お前たちから共闘を持ちかけられ、俺たちも承諾した。だが、お前たちは約束を破って待ち伏せ場所を離れた」


「それは……」


「ロディスが勝手に先行しなければ、あそこでミルロを倒せていたかもしれない。あれを共闘とは呼べない」


 セシルさんは何かを言い返そうとして、口を閉じた。


「ゲイルの言うとおりだ」


 バルド先生が告げる。


「約束を交わすだけなら誰にでもできる。互いを信じ、最後まで約束を守ってこその共闘だ」


 セシルさんは唇を固く結んだ。


「まあ、どんまいだな、セシル。お前の指示がもっと的確だったら、こんなことにはならなかった。つまり、お前が悪い」


「なっ……あなたが勝手に――!」


「さて、腹も減ったし帰ろうぜ。骨折り損のくたばれ儲けってな!」


「くたびれ儲けです! そもそも、すべてあなたのせいでしょう!」


「これで、今回の課外授業に関する発表は終わりだ」


 2人のやり取りを遮るように、バルド先生が声を張り上げた。


「以上で本日の課外授業は終了する。各自、帰路につけ。解散!」


 先生の号令とともに、生徒たちは班ごとに動き始めた。

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