第45話 誰のための落とし穴
【テラ視点】
時間は、午後の課題が始まった直後まで遡る。
バルド先生の合図と同時に、ほとんどの生徒が森へ駆け込んでいった。
リリスもほかの班と足並みを揃え、そのまま姿が見えなくなってしまった。
「適当でいいって言われても……」
わたしは地図を手にしたまま、スタート地点に取り残されていた。
何をすればいいのか、まったく思いつかない。
先に行った人たちを追いかけるべきなのかな。
だけど、どこへ向かったのかも分からないし、下手に動いたら迷子になりそうだ。
開始後も残っている生徒は、ほかにも何人かいた。
派手な髪をした女の子は、木陰に寝転がって昼寝を始めている。競技へ参加する気はないらしい。
もう一人、亀獣人の男子が地面で手足をばたつかせていた。
たしか、ラファエルさんだったかな。
急いでいた誰かとぶつかったらしく、甲羅を下にしてひっくり返っている。
「だ、大丈夫ですか?」
「すまない。起こしてもらえるか?」
「はい。今、助けますね」
甲羅の端を両手で持ち、身体強化を使ってラファエルさんを起こした。
「ありがとう、お嬢さん。助かったよ」
「お、お嬢さん……」
そんな呼び方をされたことはなかったので、なんだか照れてしまう。
「いつまでそこにいるつもりだ!」
突然、バルド先生の怒鳴り声が飛んできた。
「早く森へ入れ! いつまでもスタート地点に残っていれば失格にするぞ!」
「す、すみません!」
慌てて森へ向かおうとした。
「待ってくれ、お嬢さん」
ラファエルさんに呼び止められる。
「申し訳ないが、森の入口まで運んでもらえないだろうか。この足では、間に合いそうにない」
「ええっ?」
ラファエルさんの短い足では、急いで移動するのは難しそうだ。
だけど、違う班の人だし、背中の甲羅も大きい。
「荷物になってしまうので、ちょっと困るんですけど……」
「入口まででいい。頼む」
「うう……分かりました」
置いていくのも可哀想だ。
ラファエルさんを背負い、身体強化を使って森へ走った。
甲羅が背中に当たって痛いし、見た目以上に重たい。
なんとか森の中へ入ったところで、ラファエルさんが肩を叩いた。
「ここでいい。ありがとう、お嬢さん」
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ。ここからは自分でなんとかする」
ラファエルさんを下ろし、一人で森の奥へ進んだ。
しばらく歩いていると、右手の茂みがガサガサと揺れた。
「だ、誰ですか……?」
魔物かもしれない。
警戒しながら身構えていると、葉の隙間から見慣れた顔が飛び出した。
「やっほー、テラ」
「リリス!?」
先に森へ入ったはずのリリスが、茂みの中に隠れていた。
「どうしてここにいるの?」
「テラの性格なら、慎重になってゆっくり入ってくると思ったんだよね。だから、先に行ったふりをして待ってたの」
「じゃあ、一時間半後に作戦を教えるっていうのは……」
「あれは嘘。あそこで話したら、誰かに聞かれちゃうっしょ?」
リリスは茂みから出ると、服についた葉を払い落とした。
「よし。それじゃ、作戦会議を始めよっか」
「どんな作戦なの?」
「名づけて、メイ様を誘き出そう作戦!」
名前を聞いただけでは、よく分からない。
首を傾げると、リリスは地図を広げた。
「その前に聞くけどさ。テラなら、メイ様とミルロのどっちを狙う?」
「うーん……」
少し迷ったけれど、答えは決まっていた。
「ミルロかな」
「やっぱり?」
「メイ様の魔法で強化した身体能力は、ちょっと異常だから。追いかけても、追いつける気がしないよ」
メイ様の速さは、入れ替え戦で身をもって知っている。
全力で逃げられたら、姿を見ることすら難しいだろう。
「ミルロも強いし、すごく素早いよ。でも、身体能力ではメイ様に劣ると思う。それに、今回は追う人を直接攻撃したらいけないから……」
「そういう制限は、ミルロの方がきついよね」
「うん。弓と氷魔法で相手を近づけない戦い方が得意だから」
「でしょ? あたしもそう思うの」
リリスは得意げに頷いた。
「ほかの班も、たぶん同じことを考える。だから開始前に挑発して、みんなの怒りをミルロへ向けておいたんだ」
「それじゃあ、ミルロが危ないんじゃ……」
「大丈夫だって。ミルロなら、うまくやるよ。それに、あたしたちは規則でミルロを助けられないっしょ?」
「そうだけど……」
「だったら、あたしたちはメイ様の水晶を取るしかないよ。もしミルロが捕まっても、こっちで百点を取り返せるしね」
「それもそうだね」
ミルロなら簡単には捕まらない。
わたしたちは、自分たちにできることをするべきだ。
「みんながミルロを狙えば、メイ様を追いかけるのは、たぶんあたしたちだけになる」
「でも、どうやってメイ様を捕まえるの?」
「メイ様はミルロのことが好きっしょ?」
「うん」
「だったら、ミルロを餌にすれば釣れるんじゃね?」
思わず、目を瞬いた。
「ミルロを餌にするの?」
「みんなの怒りはミルロに向けておいたし、メイ様は追いかけてくる相手がいなくて暇になる。そこへ『ミルロがここにいるよ』って教えたら、絶対に来るって!」
「なるほど……!」
メイ様がミルロを好きなのは、わたしも知っている。困っているミルロを見つけたら、放っておけないはずだ。なんだかリリスの作戦がうまくいく予感がした。
「さすがリリス!」
「でしょ?」
「あたしは中央の岩場に罠を作る。テラは北へ行って、メイ様に場所を教えてきて」
「分かった!」
それからわたしたちは二手に分かれた。
リリスは中央の大岩へ向かい、わたしは地図を持って北へ走る。
地図の赤い点は、森の北側へ向かって真っすぐ進んでいた。速さはまったく衰えておらず、むしろ加速している。
やっぱり、メイ様はすごいな。
普通に追いかけても捕まらないと改めて思い、作戦の準備を始める。
身体強化を使って赤い点の進路を先回りし、木の幹へ文字を書いていった。
『ミルロは中央の大岩にいるよ テラ』
一本だけでは見落とされるかもしれない。
木の幹や大きな岩など、目につきそうな場所へ、泥を使って何度も同じ言葉を書く。
北西から北東まで走り回り、ひたすらメイ様への伝言を残し続けた。
◇
【メイ視点】
「何よ、これ」
木の幹に書かれた文字を見つめる。
『ミルロは中央の大岩にいるよ テラ』
同じ言葉を見つけたのは、これで五つ目だ。
「いや、さすがにこんなのに騙されないでしょ!」
どう考えても罠だ。
「……でも、暇だしなぁ」
中央の方角へ目を向けた。
課題が始まってから、誰一人として追いかけてこない。
森の中を走り回っているものの、ただ時間を潰しているだけだ。
中央へ行けば、少なくとも何かは起こる。
それに、本当にミルロがいるのなら、少しくらい顔を見に行ってもいい。
「…………」
身体が、わずかに中央へ傾いた。
しかし一歩を踏み出す前に、班員であるシリルの顔が頭に浮かんだ。
シリルは今、わたしたちの班を勝たせるために戦っている。
それなのに、班長であるわたしが罠だと分かっている場所へ飛び込み、水晶を破られたら、シリルの努力を無駄にしてしまう。
「自分から危険な場所へ飛び込むのもね……」
名残惜しく中央を見たあと、反対方向を向いた。
「仕方ないわ。あとで見るミルロ達に聞けばいいもの」
そう自分へ言い聞かせ、再び誰もいない森を走り始めた。
◇
【テラ視点】
北側へ伝言を書き終えたわたしは、残り時間が四十分ほどになった頃、中央の岩場へ戻ってきた。
「はあっ、はあっ……」
身体強化を何度も使ったせいで、魔力はほとんど残っていない。
足も重く、もう走りたくなかった。
それでも、リリスから「あとは待ち伏せするだけっしょ」と聞いていたので、ぎりぎりまで頑張って戻ってきた。
「おかえり。ちょうど完成したところだよ」
中央の大岩のそばで、リリスが得意げに胸を張っていた。
そこには、ミルロそっくりの土人形が座っている。
頭には青い偽物の水晶がついた帽子までかぶっていたが、ほかには変わったものは見当たらない。
「落とし穴はどこにあるの?」
「テラの足元」
「えっ!?」
慌てて飛び退いた。
「大丈夫だって。今は何人乗っても落ちないように、魔法で支えてるから」
リリスが地面へ手を触れると、草に覆われた地面の一部がめくれ上がった。
その下には、深い落とし穴が隠されている。
中央の大岩を支える部分だけが太い柱として残され、その周囲は大きなすり鉢状になっていた。
斜面は鏡のようにぴかぴかに磨かれ、ところどころに可愛らしいハートや星が描かれている。
「すごい……」
「可愛いっしょ?」
「う、うん。可愛いけど……」
こんな穴へ落ちたら、簡単には登れそうにない。
「上は薄い土で塞いで、草や落ち葉も元どおりにしてあるんだ。ミルロ人形に触った瞬間、地面を支えている魔法の支柱が壊れて、全部ドーンって落ちるよ」
「帽子や水晶に触っても?」
「もちろん。全部、人形とつながってるからね」
メイ様がミルロの水晶を割ることはできない。
だけど、傷ついて休んでいるように見えるミルロへ駆け寄り、身体に触れることはありそうだ。
本当に、よく考えられている。
リリスがもう一度地面に触れる。
開いていた場所が土で塞がり、草や落ち葉まで元どおりになった。
どこに巨大な穴が隠されているのか、わたしにはもう見分けられなかった。
「それじゃ、隠れよっか」
「うん」
わたしたちは少し離れた茂みに身を隠した。
ところが、いくら待ってもメイ様は現れなかった。
「おかしいなぁ……」
地図を開く。
赤い点は北西から北東へ移動し、今度は逆方向へ戻っている。
北側を行ったり来たりしているだけで、中央へ近づく気配がない。
「リリス、メイ様が全然こっちへ来ないよ」
「うそ、マジで?」
リリスが地図を覗き込む。
「これだけ動き回っているのに、中央へ来る気はなさそうだね」
「うそー。絶対来ると思ったのに」
リリスは頬を膨らませた。
残り時間は、もう三十分ほどしかない。
「仕方ない。こうなったら、あたしたちから直接遊びに誘おう」
「今から追いかけるの?」
「大丈夫だって。メイ様なら暇してるっしょ。この動きも、元気に走っているだけで暇そうだし」
「そ、そうかなぁ……」
地図の赤い点は、相変わらずものすごい速さで移動している。
魔力をほとんど使い切ったわたしたちが、追いつける相手とは思えない。
「ほら、急ぐよ!」
「ま、待って!」
リリスが北へ向かって走り出す。
わたしも不安を抱えたまま、その背中を追いかけた。
◇
【ミルロ視点】
中央の岩場へ駆け込んだ。
「はあっ、はあっ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、背後を確認する。
ジュリアさんたちは、まだ追いついていない。
ほんの少しだけなら、休む時間がある。
大岩のそばには、わたしそっくりの土人形が座っていた。
頭の帽子には、青い偽物の水晶までついている。
「リリス……」
予想通り、テラとリリスは、あえてメイ様を捕まえるための罠に見せかけて作ってくれていた。
本当の目的が、追い詰められたわたしを助けることだと悟られないために。
そして、わたしが自分の判断でこの仕掛けを利用すれば、二人が直接助けたことにはならない。規則にも触れない。そこまで考えて、二人はこの罠を残してくれたのだ。
「ありがとう、テラ、リリス。ありがたく利用させてもらいます」
ただし、この土人形が何をするものなのかまでは分からない。
囮なのか、それとも触れることで何かが起きるのか。
リリスが意味もなく、こんな場所へ土人形を置くはずがない。
不用意に近づかない方がいい。
土人形にも、その周囲の地面にも触れないよう、岩場の外から中央の大岩へ直接飛び移った。
そして、土人形から見えない位置へ身を隠す。
地図の青い点は、本物であるわたしの位置を示している。
土人形のすぐ近くに隠れれば、追ってきた人たちは地図と見た目の両方に騙されるはずだ。
やがて、森の奥から複数の足音が聞こえてきた。
最初に現れたジュリアさんが、土人形へ飛びかかろうとする。
そこへダンさんとガゼルさんが乱入し、さらにゲイルさんたちまで加わった。
狙うのは全員、土人形の頭についた青い水晶。
そして――。
「《アイシクルダンス》!」
ゲイルさんの放った氷の突進が、土人形の頭を捉えた。
帽子につけられていた偽物の水晶が砕け散る。
次の瞬間、土人形の身体が崩れ、足元の地面へ大きな亀裂が走った。
地面が崩落する。
中央に残された大岩を強く蹴り、頭上へ飛び上がった。
足元では、ジュリアさんやシリルさんたちが、崩れた土と一緒に穴の底へ落ちていく。
空中で体勢を整え、青龍の弓を構える。
落とし穴の斜面は、まるで鏡のようにぴかぴかに磨かれていた。
ところどころに描かれたハートや星が、なんとも可愛らしい。
こんな状況でも見た目にこだわるなんて、さすがリリスだ。
そして、この斜面なら――。
「凍らせれば、もっと滑る!」
残っている魔力のほとんどを振り絞った。
青龍の弓へ冷気が集まり、大きな氷の矢を作り出す。
穴の中にいる人たちへ当ててはいけない。
狙うのは、人のいない斜面だけだ。
「《ブリザードアロー》!」
放たれた矢が、すり鉢状の斜面へ突き刺さった。
爆発するように冷気が広がり、磨き抜かれた斜面を白く染めていく。
分厚い氷が穴の内側を覆い、斜面全体が完全に凍結した。
穴の外側へ着地する。
「うっ……」
足の裏に小石が食い込み、鋭い痛みが走った。
もう身体強化を使う余裕すら残っていない。
これで抜け出されたら、今度こそ負ける。
痛む足を引きずりながら、少しでもこの場所から離れようと走り出した。
◇
【シリル視点】
穴の底へ落ちた僕は、土の上を転がった。
「痛っ……」
身体を起こし、頭上を見上げる。
穴の外へ着地したミルロさんが、森の奥へ走り去っていくところだった。
「サンを出しておけばよかった……」
僕の隣にいるのは、水の精霊レインだけだ。
ジュリアさんたちが次々と火を放つため、僕は消火に専念していた。
魔力の消費を抑えるため、炎の精霊であるサンは姿を消したままにしていた。
もしサンも出していれば、入れ替え戦のときのように、あれが土人形だと気づけたかもしれない。
今回は消火へ意識を取られたうえ、地図の青い点と土人形の位置が重なっていた。
最初から本物だと思い込み、疑うことすらしなかった。
「……待てよ」
あの土人形を作ったのは、おそらくリリスさんだ。
北側の木に伝言を書いたのは、テラさん。
そして、その罠を利用して逃げたのはミルロさん。
「これは……反則じゃないのか?」
僕と同じことに気づいたらしく、ジュリアさんが勢いよく立ち上がった。
「これは反則ではありませんの\!?」
ジュリアさんが穴の上へ向かって叫ぶ。
「明らかにミルロの班員による妨害ですわ! 自分たちの班長を助けてはいけないという規則に違反しています!」
「そうだ!」
ガゼルさんも声を上げた。
「こんなのずるだろ! あいつらがミルロを助けたんじゃねえか!」
僕は何も言わず、バルド先生の判断を待った。
ゲイルさんたちも、騒ぐ二人を静かに見守っている。
やがて、穴の上からバルド先生の声が降ってきた。
「反則ではない! 競技を続けろ!」
「なっ……どうしてですの\!?」
「ふざけんな! どう見たって助けてただろ!」
ジュリアさんとガゼルさんは、なおも抗議を続けている。
だけど、バルド先生が反則ではないと断言したのなら、何か理由があるはずだ。
「ジュリアさん、先生に反論しても時間を失うだけです。今は脱出する方法を考えましょう」
「ですが……!」
「ミルロさんを追わないと、間に合わなくなります」
「……分かりましたわよ!」
ジュリアさんが悔しそうに歯を食いしばった。
僕は炎の精霊を呼び出す。
「サン!」
赤い光とともに、小さな炎の精霊が姿を現した。
「サン、氷を溶かしてくれ!」
サンが炎を放ち、白く凍った斜面を焼く。
「ダン、お前も炎を使え!」
ゲイルさんの指示を受け、ダンさんも両腕へ炎をまとわせた。
「おう! 任せろ!」
二人分の炎が斜面へ叩きつけられる。
ところが、表面がわずかに溶けるだけで、分厚い氷はほとんど削れなかった。
「なんでこんなに硬いんだよ!」
ダンさんが炎を強める。
しかし、溶けた氷が薄い水の膜となり、鏡のような斜面を流れ落ちてきた。
「うわっ!」
足元がさらに滑りやすくなり、ダンさんが尻餅をついた。
「ま、待ってください!」
ソフィアさんが斜面へ砂を撒く。
「これを滑り止めにすれば……」
しかし、傾斜が急すぎる。
撒かれた砂は水と一緒に流れ落ち、穴の底に溜まってしまった。
「そんな……」
「炎で駄目なら、直接登りますわ!」
ジュリアさんが両手に《ファイアークロー》を作り出した。
炎の爪を氷へ突き立て、斜面を登ろうとする。
「この程度の氷、わたしの爪で――」
爪が氷の表面を滑った。
「えっ?」
中途半端に身体が持ち上がった直後、ジュリアさんの足元が滑る。
「きゃあっ!」
斜面へ顔を強く打ちつけ、そのまま穴の底まで滑り落ちてきた。
「ジュリアさん、大丈夫ですか!?」
「こ、この程度、なんともありませんわ……」
赤くなった鼻を押さえながら、ジュリアさんが立ち上がる。
「こうなったら、必殺技で氷ごと吹き飛ばします!」
「待ってください。ここでは踏ん張りが――」
「《ファイアーニャンクロー》!」
ジュリアさんの全身を炎が包み、大きな猫の姿へ変わっていく。
だが、突進するために地面を蹴ろうとした瞬間、その足が滑った。
「きゃっ!?」
燃え盛る猫は一歩も進めないまま、顔から地面へ突っ込んだ。
「何をやってるんだ、お前は!」
ガゼルさんが笑う。
「だったら、お前が登ってみなさいよ!」
「よし、俺に任せろ! モグリン、《ドカンマグナム》だ!」
『だから、そんな技は知らないって!』
「うるせえ! 今から覚えろ!」
『無茶を言うな!』
「ダン、もっと炎を強くしろ!」
「これ以上やったら、俺の魔力が先になくなるぞ!」
「レイン、水は駄目だ! 余計に滑る!」
「誰か、わたしを起こしなさい!」
穴の中が、怒鳴り声と悲鳴で埋め尽くされる。
誰も斜面を登ることができない。
そうして全員が騒いでいるうちに、森全体へ鐘の音が響き渡った。
「そこまで!」
バルド先生の声が続く。
「二時間が経過した! 午後の課題を終了する!」
全員の動きが止まった。
「青と赤、双方の水晶が残っていることを確認した! ミルロとメイは逃走成功! 両班に二百点を与える!」
間に合わなかった。
僕はその場に座り込み、氷に覆われた斜面を見上げた。
◇
【メイ視点】
終了を告げる鐘の音が聞こえ、足を止めた。
頭の帽子には、最初につけられた赤い水晶が傷一つないまま残っている。
二時間、きちんと森の中を逃げ続けた。
速度を抑えていたので、体力にも魔力にも余裕がある。
それなのに――。
「なんで、誰も来なかったのよー!」




