第43話 追跡者
【ミルロ視点】
北の森へ入ったわたしは、身体強化を半分まで落とした。
全開のまま走り続ければ、すぐに魔力が尽きてしまう。
丘での戦いは予定どおりだったが、思っていた以上に身体強化を強める場面が多かった。
ここからは、もっと慎重に魔力を使わなければならない。
木々の間を進んでいると、不意に前方の茂みが揺れた。
「もらった!」
茂みから一人の男子が飛び出し、杖をこちらへ向ける。
「《ファイアーボール》!」
「えっ!」
炎の球が、頭上の水晶を目がけて飛んできた。
身体を反らし、紙一重で回避する。
火球が髪のすぐそばを通り過ぎ、熱風が頬を撫でた。
危なかった。
気づくのがほんの少し遅ければ、回避は間に合わなかったはずだ。
攻撃したのは、ロディス=ダガーさん。
キルラルド帝国のダガー男爵家の次男であり、セシルさんの婚約者でもある。
「ロディス! わたしの合図を待ちなさい!」
眼鏡をかけたセシル=クリムさんが、そろばんを握りながら怒鳴った。
元Bクラスの生徒で、何事も損得勘定に置き換えて考える伯爵令嬢だ。
「計画にない魔力の支出です! 勝手な行動を帳簿につけておきますからね!」
「当たってりゃ終わってたんだ。細かいことを言うなよ」
「外したから怒っているんです!」
「ちっ。せっかくの奇襲が台無しだ」
別の方向から舌打ちが聞こえた。
氷の剣を構えたゲイルさんが、木陰から飛び出してくる。
セシル班だけではない。
ゲイルさんたちまで、わたしが北へ逃げると読んで先回りしていたのだ。
「もらったぞ、ミルロ!」
ゲイルさんが氷の剣を振り下ろす。
だけど、ロディスさんの火球で奇襲には気づいていた。
横へ跳び、振り下ろされた刃をかわす。
「《サンドショット》!」
着地した場所を狙い、ソフィアさんが砂を飛ばしてきた。
横へ避ければ、ゲイルさんに追いつかれる。
身体強化を一気に強め、地面を蹴った。
「上ですわ!」
砂の塊を飛び越え、近くの木の枝へ着地する。
その直後だった。
「うおおおおっ!」
ダンさんが太い幹へ全身でぶつかった。
炎をまとってはいない。
森を燃やさないよう、純粋な力だけで体当たりしたのだ。
ドンッという重い音が響き、木全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
足を滑らせ、枝から放り出される。
咄嗟に帽子を片手で押さえ、もう片方の手で下にあった枝をつかんだ。
そのまま鉄棒のように、枝を軸にして身体を一回転させる。
身体強化と遠心力を利用して勢いをつけ、隣の木へ飛び移った。
「くそ、落ちたと思ったのによ」
ダンさんの悔しそうな声が聞こえる。
追撃に備えようとしたとき、別の方向から悲鳴が上がった。
「火が! 燃え広がっています!」
振り返ると、ロディスさんが放った火球から草むらへ火が燃え移っていた。
セシルさんと、そのそばに付き従っていた狐獣人のフォックスさんが、懸命に土をかけている。
フォックスさんは、セシルさんが目をかけている男子だ。物腰が柔らかく、いつも彼女を支えていた。
「早く消してください! このままでは失格になります!」
「承知しました!」
「俺は火の魔法しか使えねえぞ!」
「誰のせいだと思っているのですか!」
火の勢いは、二人だけでは抑えられそうにない。
危ない。
このままでは、森へ燃え広がってしまう。
背中から弓を外した。
水晶を狙われている最中に足を止めるべきではない。それでも、山火事になると分かっていて無視することはできなかった。
「お前は競技を続けろ!」
鋭い声が響いた。
直後、大量の水が空から降り注ぎ、燃え広がっていた炎を一瞬で消し去った。
現れたのは、バルド先生だった。
「消火に教師の手を借りたため、セシル班は失格とする!」
「そ、そんな! 火を出したのはロディスです!」
「同じ班である以上、全員の責任だ」
「この損失……いったいどう帳簿へ記載すれば……」
セシルさんが、がっくりと肩を落とした。
大事にならなくてよかった。
胸を撫で下ろした、そのときだった。
「お前は甘いな」
「――っ!」
背後からゲイルさんの声が聞こえた。
振り向くと、いつの間にかゲイルさんが同じ木へ登っていた。
火事に気を取られている間に、追いつかれたのだ。
氷の剣が振り上げられる。
今からでは、間に合わない。
「今度こそ、もらった!」
刃が水晶へ振り下ろされる。
ところが、その瞬間。
横の茂みから、何かが飛び出してきた。
「見つけたぞ、ミルロおおおっ!」
「なにっ!?」
匂いを追ってきたガゼルさんだった。
勢いよく木へ飛びついたガゼルさんと、剣を振るおうとしたゲイルさんが正面からぶつかる。
「うわあああっ!」
二人はもつれ合い、そのまま木の下へ落ちていった。
「何をやっていますの!」
ソフィアさんの怒鳴り声が響く。
助かった。
枝を蹴り、別の木へ飛び移る。
そこから地面へ降りると、身体強化を強めて北へ走り出した。
「待ちやがれ、ミルロ!」
「逃がしませんわ!」
背後から、ダンさんとソフィアさんが追ってくる。
木から落ちたゲイルさんも、すぐに身体を起こした。
「くそっ……ガゼル、何をしている! 俺たちの目的は、ミルロの水晶を割ることだろう!」
「うるさい! お前が急に出てきたから捕まえ損ねたんだ!」
「お前が勝手にぶつかってきたんだ!」
「黙れ! まずはお前から倒す!」
ガゼルさんがゲイルさんへ殴りかかる。
ゲイルさんは攻撃を受け止めながらも、追跡を再開できない。
その間にも、わたしとダンさんたちとの距離は広がっていった。
◇
【シリル視点】
丘を離れてから、僕たちはミルロさんに気づかれないよう、一定の距離を保って追跡を続けていた。
今は離れた木の上から、ゲイルさんたちとの戦いを見守っている。
ミルロさんは丘で、ガゼルたちの魔力を消耗させた。
複数の班を一か所へ集め、互いの攻撃がぶつかるよう誘導した。
そのうえ地図を奪い、追跡する手段まで封じてみせた。
北へ逃げたあとも、セシルさんたちの失敗とガゼルの乱入を利用して、ゲイルさんの班から逃れている。
やはり、一人で追わなくて正解だった。
「ずいぶん待たせてくれましたわね」
隣の枝に立つジュリアさんが、不満そうに腕を組んでいる。
ジュリア=ソフトクリンさん。
元Aクラスの班長であり、金銭と金色に輝くものをこよなく愛する伯爵令嬢だ。額には、今日も金貨を貼りつけている。
その後ろには、ジュリアさんの幼馴染のオモイさんと、彼女の秘書であるセラさんが控えていた。
「もう十分です」
ミルロさんは無傷だ。
だけど、身体強化を何度も全開にしている。
丘に集まった三班ほどではなくても、魔力は確実に減っているはずだ。
さらに今は、ダンさんとソフィアさんに追われている。
地図を開いた。
北へ動く青い印を確認し、その進路を指でなぞる。
「僕たちも行きましょう」
ジュリアさんが、額の金貨へ触れながら笑った。
「ええ。そろそろ、わたしたちが報酬をいただく番ですわね」
僕たちは木から降り、ミルロさんの追跡を開始した。
次は、僕たちの番だ。
メイ様を一位にするために。




