↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/52

第37話 胸騒ぎ

――ミルロ視点――


 一年生の課外授業について知らされた翌朝。


 早速、お兄様へ面会を申し込んだ。


 授業が始まる前の短い時間なら空いているとの返事を受け、二年生が利用する談話室へ向かう。


 もちろん、一人で行くつもりだった。


 けれど――。


「どうしてメイ様までついてくるのですか?」


「ミルロがお兄様に会うのでしょう? それなら、わたしがお兄様に会いに行っても何もおかしくありませんわ!」


「それは、そうですけれど……」


 お兄様へ面会を申し込んだと聞き、メイ様も当然のようについてきてしまった。


 談話室の扉を開けると、お兄様だけでなく、ゼノン様も待っていた。


「よく来たな、ミルロ。それに、メイ王女殿下も」


「おはようございます、お兄様」


「おはようございますわ、アーサー。お兄様も、ごきげんよう」


「ああ」


 ゼノン様は短く答えると、手にしていたカップを静かに置いた。


「ゼノンとは、ちょうど話をしていたところだったんだ。二年生にも関係する話かもしれないと言ったら、同席してくれることになってな」


「急に申し訳ありません」


「構わない。それよりも二人とも、入れ替え戦は見事だった」


 お兄様が、わたしとメイ様を交互に見ながら笑う。


「あれほどの戦いを見せられるとは思っていなかった。メイ王女殿下の剣は、以前よりもはるかに速く、重くなっていた。あの《ライジング=ストライク》という技など、俺でも正面から受け止められるか分からない」


「当然ですわ!」


 メイ様が誇らしげに胸を張った。


「ミルロもだ。子どもの頃から弓の腕が優れていることは知っていたが、今ではもう、それだけではない。仲間を動かしながら戦場全体を支配していた。兄として鼻が高いよ」


「ありがとうございます、お兄様」


 真正面から褒められると、やはり少し恥ずかしい。


「ゼノンも、そう思うだろう?」


 お兄様に話を振られたゼノン様は、わずかに間を置いてから頷いた。


「ああ。そうだな」


 返ってきたのは、それだけだった。


     ◇


 ――ゼノン視点――


 メイが強くなった。


 それは、兄として喜ぶべきことだ。


 剣を握ることしか頭になかった幼い妹が、今では仲間と共に、あれほどの戦いを繰り広げられるようになった。


 誇らしくないはずがない。


 それなのに、胸の奥には小さな棘が刺さっていた。


 雷姫。


 兄をも超える剣の才能を持つ王女。


 入学前から、メイはそんなふうに呼ばれていた。


 あの入れ替え戦を見た者たちは、その噂が決して誇張ではなかったと知っただろう。


 今すぐ、俺の王位継承者としての立場が揺らぐわけではない。


 だが、メイがこのまま成長を続ければどうなる。


 いずれ、王国を継ぐにふさわしいのはどちらかと、俺とメイを比べる者が現れるのではないか。


 そんな考えを抱いてしまう自分が、ひどく情けなかった。


 俺は二年生の個人成績で首位だった。


 筆記でも実技でも、誰にも負けていない。


 しかし、二年生最強の班はどこかと尋ねられれば、多くの生徒がジーク=キルラルドの班を挙げるだろう。


 二年生の入れ替え戦へ出場する代表を決めるため、Aクラスでも代表決定戦が行われた。


 俺が組んだのは、アーサーとクラウス=ジーエルン。


 アーサーは、王国騎士団へ多くの騎士を輩出してきたマルチーズ家の嫡男。


 クラウスは、王国有数の名門であるジーエルン公爵家の長男だ。


 線が細く、一見すると剣すら満足に持てないように見えるが、その弓の腕は卓越している。風魔法をまとわせた矢は速く、遠く離れた標的も正確に射抜く。


 そしてクラウスは、カトレア=ジーエルンの双子の弟でもあった。


 代表決定戦で相対したのは、ジーク、アリア、そしてカトレアの班。


 結果は、俺たちの敗北だった。


 しかも、カトレアは戦闘へ参加していない。


 彼女は後方に立ち、戦いを見ていただけだ。


 つまり俺たちは、実質的には三人がかりで、ジークとアリアの二人に敗れたことになる。


 個人成績で首位になったという事実など、何の慰めにもならなかった。


 代表にすらなれず、観客席から入れ替え戦を見ていることしかできなかった。


 一方、メイは自ら代表として戦い、学園中へその強さを示した。


 胸の中に生まれた焦りを悟られないよう、再びカップへ手を伸ばす。


 中身は、すでに冷めきっていた。


     ◇


 ――ミルロ視点――


 ゼノン様の様子が、どこかおかしい。


 メイ様も同じことを感じたのか、不思議そうにお兄様の横顔を見つめていた。


 けれど、今はそのことを尋ねるために来たのではない。


「お兄様。今日は、お願いがあって参りました」


「お願い?」


「はい」


 姿勢を正し、お兄様を真っすぐに見つめた。


「お兄様。課外授業では、ダルタン=ポッキーヌ先輩に注意してください」


「ダルタンに?」


 お兄様の表情から笑みが消えた。


「入れ替え戦で敗れたあと、ジーク様を見る目が普通ではありませんでした。家から追放されたという噂もありますし、逆恨みして何か起こさないか心配なんです」


 ゲームでは、入れ替え戦に敗れたダルタンが、課外授業中にアリアたちを襲う。


 こちらでも同じことが起きるとは限らない。


 それでも、試合後にジーク様へ向けていた目を思い出せば、何もせずにはいられなかった。


「分かった。ダルタンを見かけたら注意しておこう」


 お兄様は、話を笑うことなく受け止めてくれた。


「それから……ジーク様の動向にも気を配ってください。もし二人の間で何か起きても、決して一人で追いかけず、すぐに先生へ知らせてください」


「ジーク殿下にも?」


「はい」


「何か、気になることがあるのか?」


「はっきりとした根拠はありません。ただ、念のためです」


 これ以上は、うまく説明できない。


 ジーク様がゲームとは違う行動を取っていることも、アリア様との関係が変わっていることも、すべてはわたしだけが知る事情だ。


「課外授業では、班ごとに別の経路を進むことになる。ずっとジーク殿下を見張ることはできないが、可能な範囲で気を配っておく」


「ありがとうございます、お兄様」


「何を話すのかと思えば、他人の心配でしたの?」


 隣で黙って聞いていたメイ様が、呆れたように頬杖をついた。


「ミルロ、それはさすがにお節介ではありませんこと? ダルタンという方が狙っているのは、ジーク様なのでしょう?」


「いいえ。メイ様に降りかかる問題を、事前に取り除くことも護衛騎士の役目です」


「わたしに?」


「同じ学園で帝国皇太子を狙った事件が起きれば、王女であるメイ様も無関係ではいられません。騒ぎに巻き込まれ、危険が及ぶ可能性もあります。事前に防げる危険なら、取り除いておくべきです」


 メイ様が目を丸くする。


 やがて言葉の意味を理解したらしく、その頬が少しずつ赤くなっていった。


「そ、そうですの……。わたしのために、そこまで考えてくれていましたのね」


「当然です。わたしはメイ様の護衛騎士ですから」


「ミルロ……」


 メイ様がうれしそうに身体を寄せ、わたしの腕へ自分の腕を絡める。


「相変わらず、二人は仲がいいな」


 その様子を見ていたお兄様が、苦笑を浮かべた。


「そうでしょう? ミルロは、いつだってわたしのことを一番に考えてくれていますの!」


「メイ様。少し近いです」


「これくらい普通ですわ!」


「ゼノンもそう思うだろう?」


 お兄様が再び尋ねる。


 ゼノン様は窓の外を見つめたまま、こちらへ顔を向けなかった。


「ああ。そうだな」


 また、先ほどと同じ生返事だった。


「……お兄様?」


 メイ様が小さく首を傾げる。


 けれど、ゼノン様は何も答えず、冷めたお茶へ口をつけただけだった。


     ◇


 結局、ゼノン様の様子がおかしい理由を尋ねることなく、談話室をあとにした。


 お兄様とゼノン様は、二年生の教室へ。


 メイ様も、先に一年生の教室へ戻ることになった。


「ミルロは戻りませんの?」


「少し寄りたいところがあります。すぐに教室へ向かいますので、メイ様は先に戻っていてください」


「また、わたしへ何か隠していませんこと?」


「危険なことではありませんよ」


「本当ですの?」


「はい。お約束します」


 疑わしそうにこちらを見つめていたメイ様も、最後には納得して歩き出した。


 遠ざかっていく三人の背中を見送り、小さく息を吐く。


 ゼノン様の様子は気になった。


 けれど、お兄様には伝えるべきことを伝えられた。


 これで少なくとも、何も知らないままゲームの事件へ巻き込まれることはないはずだ。


 次は、自分自身が行動する番だった。


 向かった先は、学園の保健室。


 以前から、ずっと考えていた。


 ヘルミーナ先生に、回復魔法を教えてもらいたい。


 入れ替え戦のあと、あれほど傷ついていたテラとリリスは、先生の治療によって瞬く間に回復した。


 もし、あの戦いで回復魔法を使えていたら。


 二人が戦闘不能になる前に傷を癒やし、もう一度立ち上がらせることができたかもしれない。


 そうなれば、三人で最後まで戦えた可能性もある。


 何より、次に仲間が傷ついたとき、ヘルミーナ先生が近くにいるとは限らない。


 何年も一人で練習してきた。


 それでも、ユキメへ送った魔力は、どうしても弓や矢、身体強化の魔法へ変わろうとしてしまう。


 独学で駄目なら、できる人に教えてもらえばいい。


 そのために、魔法学園へ来たのだから。


 長い廊下の先に、保健室の扉が見えてきた。


 扉の前まで来ると、少しだけ緊張して足が止まる。


 迷惑だと思われないだろうか。


 忙しいからと断られないだろうか。


 そんな弱気な考えが浮かんだけれど、すぐに首を横に振った。


 何もしなければ、何も変わらない。


 意を決し、保健室の扉を三度叩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。