第34話 それぞれのお誘い
――ミルロ視点――
二年生の入れ替え戦が終わり、本日の試合日程はすべて終了した。
三年生には、A・Bクラスの入れ替え戦がない。
学園で行われるランク戦は、三人一組。学年を問わず班を組むことができる。
参加資格を持つのは、三年生全員と二年生のAクラス。一年生も、後期からAクラスの生徒に限って参加を認められる。
三年生は、すでに二年間この学園で魔法を学んでいる。二年生と一年生も、Aクラスなら三年生と戦えるだけの実力がある。
それが、学園側の判断だった。
そのため、三年生に求められるのは、入れ替え戦でクラスを上げることではない。ランク戦へ挑み、自分たちの順位を上げることだ。
長い一日だった。
わたしたちは講堂をあとにし、寮へ続く道を歩いていた。
気づけば、わたしの隣にはメイ様。その少し後ろにはテラとリリス、そしてシリルさんがいる。
誰が誘ったわけでもないのに、自然と五人で帰る形になっていた。
「あー、お腹がすきましたわ!」
メイ様が両腕を大きく伸ばす。
「ミルロ、あのお店へ行きましょう。今度こそ、ジャンボチョコレートパフェを食べますわよ!」
「ジャンボチョコレートパフェ……!」
テラの白い耳が、ぴんと立った。
「わ、わたしも行きたいです。今日は頑張ったから、大きいのを食べてもいいと思うの」
「さすがテラですわ。話が分かりますわね!」
「メイ様……」
わたしとシリルさんの呆れた声が、綺麗に重なった。
あれほど激しく戦った直後だというのに、もう頭の中は甘いものでいっぱいらしい。
そんな二人を見て、リリスが楽しそうに笑い声を上げた。
「ふふっ。何を言っていますの、メイ様。これから舞踏会ではありませんか」
「……舞踏会?」
「聞いていませんの?」
「まったく、これっぽっちも」
メイ様は悪びれもせず、きっぱりと言い切った。
「本日の入れ替え戦が終わったあと、一年生から三年生までのAクラスを集めた舞踏会が開かれるのですわ。今回は一年生のクラス区分が停止されたので、あたしたちも特別に参加できることになりましたの」
学園の舞踏会は、上級生との交流と新入生の歓迎、それから入れ替え戦を終えた生徒たちの慰労を兼ねている。
格式を重んじる貴族の舞踏会とは違い、男性にエスコートされて入場する必要も、身分順に名前を呼ばれることもない。
礼装が推奨されているものの、急遽参加が決まった元Bクラスの生徒は、制服でも構わないと通達されていた。
「まさか、あたしたちまで参加できるとは思いませんでしたけれど、念のためドレスを持ってきて正解でしたわ!」
リリスが得意そうに胸を張る。
「ド、ドレスなんて持ってきていませんわよ!」
メイ様は、ようやく事態を理解して慌て始めた。
「ご安心ください。お城のメイドから、メイ様のドレスを預かっています」
「どうしてミルロが持っていますの?」
「『メイ様は絶対に忘れますから』と、荷物へ入れられました」
「わたしの扱い、ひどくありませんこと?」
「残念ながら、正しい判断だったと思います」
メイ様が頬を膨らませる。
わたし自身も、入学前は当然Aクラスへ入るつもりだったため、自分のドレスを持参していた。
「あの……わたしは、ドレスなんて持ってないよ」
テラが自分の大きな身体を見下ろし、不安そうに指を絡めた。
「制服でも参加できるそうだから、わたしはこれで――」
「駄目ですわ!」
リリスの声が、テラの言葉を遮った。
「せっかくの舞踏会ですのよ。テラに似合う、とびきり可愛いドレスを選ばなくてどうしますの!」
「で、でも、今からじゃ……」
「シナプス商会の学園支店へ行きましょう。共和国出身の獣人も利用するお店ですから、テラに合う大きさもありますわ。多少の寸法直しなら、すぐにできますのよ!」
リリスはテラの大きな手を取り、有無を言わせず歩き始めた。
「それでは、また会場でお会いしましょう!」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、リリスちゃん!」
二人が慌ただしく走り去っていく。
「では、わたしたちも着替えに戻りましょうか」
わたしがメイ様へ声をかけると、少し離れた場所からシリルさんが「あ、あの……」と小さく声を上げた。
「どうかなさいましたか?」
「メ、メイ様。もし、よろしければ、その……ぼ、僕と……」
シリルさんの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。
「わたしと?」
「い、いえ! 何でもありません!」
メイ様が首を傾げると、シリルさんは勢いよく頭を下げ、そのまま男子寮の方角へ逃げてしまった。
「何だったのでしょう?」
「さあ……」
おそらく、舞踏会で踊ってほしいと誘おうとしたのだろう。
けれど、本人が言えなかったことを、わたしが代わりに伝えるわけにもいかない。
わたしはシリルさんへ心の中で声援を送り、メイ様と二人で寮へ戻った。
◇
「まあ……!」
赤いドレスへ着替えたメイ様が、鏡越しに感嘆の声を漏らした。
「ミルロ、とても可愛いですわ!」
わたしが身につけたのは、雪の結晶を思わせる銀色の刺繍が入った青いドレスだった。
わたしの肩にかかる水色の髪を整えていたメイ様が、正面へ回り込む。
「やっぱりミルロには青が似合いますわね。氷の妖精みたいですわ」
「そ、そんなに見つめないでください」
「どうしてですの? 可愛いものは、近くで見たくなるでしょう?」
メイ様が、わたしの両手を取った。
顔が近い。
澄んだ瞳に自分の顔が映っているのが見えて、胸が少しだけ速く鳴った。
「メイ様だって、とてもお綺麗です」
鮮やかな赤いドレスは、雷のように真っすぐで情熱的なメイ様によく似合っていた。
普段は活発な印象の方が強いけれど、こうして着飾ると、誰もが振り返るほど美しい王女なのだと改めて思い知らされる。
「綺麗、ですか?」
「はい。見惚れてしまうくらい」
今度は、メイ様の頬がほんのり赤くなった。
「ミルロにそう言ってもらえると……何だか、ほかの誰に褒められるよりもうれしいですわ」
照れたように笑いながら、メイ様がわたしの肩へ頭を預ける。
柔らかな髪から、ほのかに花の香りがした。
わたしも、そっと身体を寄せる。
「わたしもです。メイ様に可愛いと言っていただけて、うれしいです」
「では、ずっと二人で褒め合っていましょうか」
「それでは舞踏会が終わってしまいますよ」
「それも楽しそうですわね」
冗談なのか本気なのか分からない笑顔に、わたしもつられて笑った。
◇
大講堂へ着いたときには、ほとんどの生徒が集まっていた。
会場の中央には広いダンススペースが作られ、その周囲に歓談用のテーブルが並んでいる。
開始前は、一年生、二年生、三年生で区画が分けられていた。
ただし、一年生の場所だけは明らかに様子がおかしい。
「せ、狭いですわね……」
「仕方ありません。つい先ほどまで、十五人で使う予定だった場所ですから」
クラス区分の停止が決まったことで、一年生の参加者は突然二倍になった。
学園側も急いでテーブルや料理を追加してくれたものの、もともと十五人で使う予定だった区画そのものを広げることはできない。
三十人が集まった一年生の区画は、ほかの学年と比べて明らかに窮屈だった。
「ミルロだ!」
「メイ様もいらっしゃったぞ!」
わたしたちが入ると、元Bクラスの生徒たちから拍手と称賛の声が上がった。
一方、元Aクラスの生徒たちは、露骨に不満そうな目を向けてくる。
「引き分けだったくせに、よく堂々と来られるわね」
「王女殿下のわがままで、Aクラスへ入り込んだだけでしょう?」
聞こえるように放たれた嫌味に、わたしは小さく息を吐いた。
「ミルロ。あのお肉、美味しそうですわよ」
「そうですね。こちらの魚料理もいただきましょう」
メイ様は、悪意のある視線など最初から存在しないかのように料理を取り始めた。
わたしもそれにならい、空いている皿へ手を伸ばす。
「まあ、パフェには負けますけれど、これはこれで美味しいですわね」
「まだパフェを諦めていなかったのですか?」
「舞踏会が終わったあとなら、行けるかもしれませんわ」
「お店が閉まっていますよ」
わたしたちが普段どおり話していると、嫌味を口にしていた生徒たちの方が諦めて離れていった。
「ま、間に合いました……!」
舞踏会の開始が近づいた頃、会場の入口からテラの声が聞こえた。
振り向くと、テラとリリス、それからシリルさんが慌てて駆け込んでくる。
テラは、深いチョコレート色のドレスに身を包んでいた。胸元と裾には白いレースがあしらわれ、大きな身体を優しく包んでいる。
リリスは淡い桃色のドレス姿で、満足そうにテラの手を引いていた。
「テラ、とても似合っています!」
「ほ、本当? こんな可愛い服、わたしが着ても変じゃない?」
「変ではありません。とても素敵ですよ」
「当然ですわ! あたしが選んだのですから!」
リリスが自信満々に言い切る。
「それにしても、遅かったですね」
「テラに似合う候補が多すぎたのですわ。最高の一着を選ぶには、時間がいくらあっても足りませんもの」
「わたし、何着も着替えて目が回りそうだったよ……」
「シリルさんは、お二人と一緒にお店へ?」
「ち、違います!」
シリルさんが、慌てて首を横へ振った。
「僕は先に着いていたのですが、一人で入る勇気が出なくて……入口にいたところで、お二人と会いました」
「ずっと右へ行ったり左へ行ったりしていましたの。放っておいたら、舞踏会が終わるまで入れなさそうでしたから連れてきましたわ」
リリスに暴露され、シリルさんは耳まで真っ赤になった。
◇
やがて会場の照明が落とされ、中央の壇上だけが明るく照らされた。
六人の生徒が姿を現す。
三年生全員と二年生のAクラスに参加資格が与えられているランク戦。その一位と二位の班に所属する六名で構成された、学園の生徒会役員たちだ。
一年生のAクラスも、後期になれば同じランク戦へ参加できる。
先頭に立っていたのは、立派なたてがみを持つライオンの獣人だった。
「在校生諸君。そして、本日新たに我々と同じ場所へ立つことになった一年生諸君。まずは、入れ替え戦お疲れさま」
生徒会長、レオン。
ワイマール共和国の有力者の息子であり、契約精霊は炎の獅子。
現在、ランク一位に立つ班の班長であり、学園最強と呼ばれる生徒だ。
「レオン様……!」
隣にいたテラが、尊敬のこもった声を漏らした。
レオンの父親は、共和国で暮らすさまざまな獣人たちをまとめ上げた英雄だという。
共和国に住む獣人にとって、種族に関係なく尊敬すべき一族らしい。
ゲームでも、レオンは別格の強さを誇っていた。
任意のランク戦で挑める相手だけれど、学園編の本来のラスボスよりも遥かに強い、上級者向けの存在だ。
残念ながら、綾だった頃のわたしは、レオンを倒すところまでゲームをやり込んでいない。
レオンは入れ替え戦へ挑んだ生徒たちを称え、学年やクラスに縛られず、互いを高め合うようにと語った。
「今夜だけは立場もランクも忘れ、存分に楽しんでほしい」
その言葉とともに、学年を分けていた仕切りが取り払われる。
楽団が穏やかな曲を奏で始め、会場全体での自由な歓談が始まった。
「ではミルロ、行きますわよ」
「はい、メイ様」
本当なら、わたしもテラやリリスと食事を楽しみたかった。
けれど、メイ様はウィシュタリア王国の王女だ。
各国の有力者が集まるこの機会に、挨拶をしないわけにはいかない。
わたしも護衛としてメイ様へ付き添い、会場内を回った。
最初に挨拶したレオンは、先ほどの試合を改めて称えてくれた。
次に会ったゼノン様は、妹が無茶をしたことへ頭を抱えながらも、最後には誇らしそうな笑顔を見せていた。
そして、いよいよ――。
「先ほどは、ありがとうございました」
メイ様が、ジーク様へ丁寧に頭を下げた。
「改めまして、ウィシュタリア王国王女、メイ=ウィシュタリアですわ。わたしの意見に賛同してくださったこと、心より感謝いたします」
「こちらこそ、改めてご挨拶いたします。キルラルド帝国皇太子、ジーク=キルラルドです」
ジーク様は優雅に礼を返した。
「礼には及びません。あなたの意見は正しかった。引き分けた両者を、古い規則だけで分け続けることに意味はありませんから」
「そう言っていただけるとうれしいですわ」
「それにしても、素晴らしい戦いでした。あれほどの力と速度を併せ持つ剣士を、僕はほかに知りません」
「当然ですわ!」
褒められたメイ様は、遠慮なく胸を張る。
ジーク様は小さく笑うと、今度はわたしへ視線を向けた。
「ミルロ嬢の弓術も見事でした。遠距離から戦場全体を把握し、仲間の能力を最大限に引き出す。あなたがいなければ、あの戦いは成立しなかったでしょう」
「ありがとうございます」
「よろしければ、これを機会にお二人とは友人になりたい。帝国と王国という立場を越えて、これからも親しくしていただけませんか?」
「もちろんですわ!」
メイ様は、迷うことなく喜んだ。
一方、わたしは返事をするまでに、ほんの一瞬だけ間が空いてしまった。
ゲームのジーク=キルラルドは、学園で起きる事件の元凶だ。
できることなら、近づきたくない。
けれど、目の前にいるのは帝国の皇太子である。明確な理由もなく、その申し出を断ることなどできなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
警戒を悟られないよう、笑顔で答えた。
「ジーク様」
そこへ、柔らかな声が聞こえた。
振り向くと、純白のドレスをまとったアリアが歩いてくる。
艶やかな黒髪が照明を受け、夜空のような光沢を帯びていた。
「アリア、とてもよく似合っています。今夜の誰よりも綺麗ですよ」
「もう、ジーク様ったら……皆様の前で、そのようなことを」
アリアは恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、うれしさを隠しきれない様子で微笑んだ。
二人の間にある親しさは、婚約者という肩書だけのものではない。
カフェで見かけたときにも感じたけれど、アリアは心からジーク様を慕っている。
ゲームでは敵同士だった二人が、今、わたしの目の前では仲睦まじい婚約者として並んでいた。
また一つ、ゲームとの違いを突きつけられた気がした。
「ところで、先ほど同じ班にいらしたカトレア様は――」
わたしが尋ねかけた、そのときだった。
楽団が、それまでとは違う華やかな曲を奏で始める。
『皆様、お待たせいたしました。ただいまより、ダンスの時間を始めます』
会場から歓声が上がった。
「申し訳ありません、ミルロ嬢。続きは、またの機会に」
ジーク様はアリアの前へ立ち、恭しく片手を差し出した。
「僕と踊っていただけますか、アリア?」
「はい。喜んで」
アリアが、その手を取る。
二人は寄り添いながら、ダンススペースへ向かっていった。
結局、カトレア様について聞くことはできなかった。
「メ、メイ様!」
今度は、背後から緊張に震えた声が響いた。
振り返ると、顔を真っ赤にしたシリルさんが立っていた。
握り締めた手は震えている。
それでも、今度は逃げなかった。
「ぼ、僕と……一曲、踊っていただけませんか?」
メイ様は一瞬だけ目を丸くした。
けれど、すぐに明るい笑顔を浮かべる。
「ええ、喜んで!」
「ほ、本当ですか?」
「誘ってくださったのでしょう? 早く行きますわよ、シリル!」
「は、はい!」
今にも倒れそうなほど緊張していたシリルさんの手を取り、メイ様は楽しそうにダンススペースへ向かった。
一人になったわたしが周囲を見渡すと、テラも誰かと手をつないでいる。
相手は、ダンだった。
テラは恥ずかしそうに顔を伏せ、ダンも普段の豪快さが嘘のように緊張している。
二人は大きな身体を並べ、ぎこちない足取りでダンススペースへ歩いていった。
「あの二人、いつの間に……」
驚いていると、今度は淡い桃色のドレスが目に入る。
リリスは、いかにも裕福な家の出身らしい身なりの男子生徒と、優雅に踊っていた。
こちらへ気づくと、片目をつぶって小さく手を振ってくる。
「みなさん、人気がありますね」
気づけば、わたしだけが取り残されていた。
少し寂しくないと言えば、嘘になる。
けれど、誰かと踊る約束をしていたわけでもない。
わたしは料理でも食べながら待とうと、最初に一年生が集まっていた場所へ戻ることにした。
「――ミルロ」
背後から、名前を呼ばれた。
振り返る。
そこに立っていたのは、カワリだった。
綺麗なドレスを着て、口元には笑みを浮かべている。
けれど、その目は真っ赤に血走っていた。
周囲の華やかな音楽も、笑い声も、その瞬間だけ遠ざかったように感じられる。
「少し、話があります」
カワリは笑顔を崩さないまま、低い声で告げた。
「……人のいないところへ来てください」




