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第32話 ミルロVSメイ

――ミルロ視点――


「行きますわよ、ミルロ!」


 金色の雷が弾け、メイ様が草原を駆ける。


 わたしは後ろへ下がりながら、《青龍の弓》を引いた。


 一射目を、メイ様の正面へ。


 二射目を、右へ避けた先へ。


 三射目を、さらに踏み込むはずの場所へ。


「読まれていますわね!」


 メイ様は足を止め、剣で矢を弾いた。


 その間に、わたしは弓の射程ぎりぎりまで距離を広げる。


 近づかせてはいけない。


 一度だけなら、投げ技で切り抜けられるかもしれない。


 けれど、二度目も通じる保証はない。


「そこです!」


 再び加速しようとしたメイ様へ矢を放つ。


 氷矢は右肩へ命中した。


 しかし、金色の雷へ阻まれ、身体を貫く前に砕け散る。


 メイ様自身の魔力をライラが雷へ変え、それを全身へドレスのようにまとわせた《雷装》。

 その守りを、通常の氷矢では突破できない。


「まだです!」


 矢を作り、放つ。


 腕、脇腹、脚。


 何本も当てている。


 衝撃までは消せないらしく、命中するたびにメイ様の顔が苦痛で歪む。


 それでも、急所だけは必ず外されていた。


「これだけ当てても……!」


 痛みと疲労は、確実に蓄積している。


 けれど、決定打にはならない。


 このまま長期戦になれば、先に力尽きるのはわたしだ。


 勝つためには、残る一発の《ブリザードアロー》を当てるしかない。


 焦ってはいけない。


 確実にメイ様を捉えられる、その一瞬まで――。


     ◇


 ――メイ視点――


 速さなら、確実にわたしが勝っている。


 それなのに、いつまでたってもミルロとの距離を詰められない。


 普通なら、悔しがる場面なのだろう。


 けれど、わたしの口元には自然と笑みが浮かんでいた。


「やはり、ミルロはすごいですわ」


 わたしが右へ踏み出そうとすれば、その先へ矢が飛んでくる。


 前へ加速しようとすれば、着地点を狙われる。


 剣で弾くために足を止めれば、その間に距離を広げられてしまう。


 まるで、ミルロには少し先の未来が見えているようだった。


 もちろん、そんなはずはない。


 未来を見る魔法など存在しないし、長く一緒にいるわたしは、ミルロがそのような力を持っていないことを知っている。


 それでも先回りできる理由は、一つだけだ。


 ミルロが、わたしのことをよく知っているから。


 どちらの足から踏み出すのか。


 剣を振る前に、どちらの肩が動くのか。


 追い詰められたとき、攻めるのか退くのか。


 自分でも意識していない癖まで、すべて見抜かれている。


 ミルロは、いつもわたしより先に道を見つけてくれた。


 進むべき方向を示し、隣で背中を押してくれた。


 わたしを理解しているからこそ、できたことだ。


 そして今、その理解が壁となって進む道を塞いでいる。


 二人で過ごしてきた時間そのものが、わたしの前へ立ちはだかっている。


 それが、たまらなくうれしかった。


「ですが、負けるつもりはありませんわ!」


 直後、右肩へ氷矢が当たった。


 矢は《雷装》を貫けず、甲高い音とともに砕け散る。


「くっ……!」


 拳で殴られたような痛みが、肩の奥へ走った。


 通常の氷矢では、《雷装》を貫くまでには至らない。


 それに、ミルロがわたしを知るように、わたしもミルロのことを知っている。


 ミルロの狙いは、正確すぎるほど正確だ。


 胸、頭、脚の付け根。


 必ず、最も効果の高い場所を狙ってくる。


 だからこそ、どこへ飛んでくるのか分かる。


 先回りされているため、完全には避けられない。


 それでも身体をわずかにずらし、急所から外すことなら難しくなかった。


 これは、二人の我慢比べだ。


 わたしが矢に耐えられなくなるのが先か。


 ミルロが魔力を使い果たすのが先か。


 ただし、ミルロにはまだ切り札がある。


 触れたものを問答無用で凍らせる《ブリザードアロー》。


 慎重なミルロが、最後の一発を残していないはずがない。


 《雷装》で急所を守っても、あれを受ければ終わる。


 《ライジング=ストライク》を正面からぶつければ、打ち破れるかもしれない。


 けれど、先ほどの一撃で、そのための魔力はほとんど使い果たした。


 仮に力が残っていても、溜めている間は大きな隙をさらす。ミルロが見逃すはずもない。


 ならば、できることは一つ。


 通常の矢へ耐え続ける。


 《ブリザードアロー》は確実にかわす。


 そして、ミルロが一度でも矢を外した瞬間に懐へ飛び込む。


「さあ、我慢比べを始めましょうか」


 わたしは不敵な笑みを浮かべ、再び金色の雷で草原を蹴った。


     ◇


 ――ミルロ視点――


 いったい、何本の矢を放ったのだろう。


 どれほどの時間が過ぎたのだろう。


 実際には、まだ十分ほどしかたっていなかった。


 けれど、一射も外せない極限の集中を続けるわたしには、一時間以上も戦っているように感じられた。


 呼吸が荒い。


 弦を引く指は痺れ、腕も上がらなくなってきている。


 メイ様の急所は、ことごとく外されていた。


 この一騎打ちに入ってから、こちらは一度も攻撃を受けず、何本も矢を当てている。


 それなのに、自分が優勢だとは到底思えない。


 一射でも外せば、この均衡は崩れる。


 その瞬間、メイ様は一気に距離を詰めてくる。


 だから、一本たりとも外すことは許されない。


 そのうえ、通常の氷矢を作るたびに魔力は確実に減っている。


 あと数本。


 これ以上撃てば、最後の《ブリザードアロー》を作る魔力さえ残らない。


『ミルロ……』


「まだです。まだ、機会は来ていません」


 ユキメへ答え、震える指で次の矢をつがえた。


     ◇


 ――テラ視点――


 ヘルミーナ先生の治療を受けたわたしは、学園の講堂へ戻っていた。


 隣にはリリス。


 少し離れた場所には、同じように治療を終えたシリルさんとAクラスの生徒たちがいる。


 ゲイルさんをはじめとしたBクラスの仲間、その後ろには二年生と三年生も集まっていた。


 誰も騒がない。


 巨大な投影板に映る二人の戦いを、固唾をのんで見守っている。


「ねえ、リリス」


「なに?」


「ミルロちゃんが、勝つよね?」


 すぐに「当然よ」と答えてほしかった。


 けれど、リリスは投影板を見つめたまま、ゆっくりと首を横へ振った。


 一拍置いて、絞り出すように答える。


「……分からないわ」


「そんなことないよ!」


 わたしは、すぐにその言葉を否定した。


「ミルロちゃんは、メイ様の攻撃を全部かわしてる。一発も受けてないよ。それに、ミルロちゃんの矢は何度も当たってる。このままいけば、きっと――」


「いいえ」


 隣から静かな声が聞こえた。


 振り向くと、シリルさんが投影板を見上げている。


 普段はおどおどしている印象なのに、今は不思議なほど落ち着いて見えた。


「ミルロさんの攻撃は、メイ様へ届いています。ですが、決定打にはなっていません」


「でも、あれだけ当たってるんだよ?」


「あのまま続ければ、メイ様の体力が尽きるより先に、ミルロさんの魔力が尽きます」


 シリルさんは、淡々と言い切った。


「勝つのは、Aクラスです」


「そんなこと――」


「そのとおりだ」


 後ろから、低い声が響いた。


 ダン君とソフィアさんを連れたゲイルさんが、難しい顔で立っている。


「ミルロは攻めているように見える。だが実際は、一射ごとに王女殿下の接近を防いでいるだけだ」


「ゲイルさんまで……」


「一本でも外せば、王女殿下は懐へ入る。あの距離で弓は使えない。そして、今のミルロには矢を外す余裕がない」


「そんなことない」と言おうとした。


 けれど、声が出なかった。


 わたしには、シリルさんやゲイルさんのように戦況を分析する力がない。


 どちらが正しいのか、自分で判断することもできない。


 それでも、投影板に映るミルロちゃんの表情が、二人の言葉は正しいのだと物語っていた。


 ミルロちゃんは、いつも冷静だ。


 慌てることなく状況を見て、わたしたちへ的確な指示を出してくれる。


 代表決定戦で三対一になったときでさえ、その表情は崩れなかった。


 そのミルロちゃんが、今は苦しそうに肩で息をしている。


 必死の形相で、途切れることなく弓を引き続けている。


 追い詰められているのは、ミルロちゃんの方だ。


 ようやく、それを理解した。


「それでも……勝ってほしい」


 ミルロちゃんがいなければ、冷たい炎を見つけることはできなかった。


 入れ替え戦へ、これほど必死になることもなかっただろう。


 Bクラスになった日、わたしは心の奥で絶望していた。


 大きな身体を小さくして、自分はなんて駄目な人間なのだろうと責めていた。


 けれど、今は違う。


 Bクラスだったから、ミルロちゃんやリリスと出会えた。


 二人と一緒だったから、わたしも強くなれた。


 両手を胸の前で強く合わせ、目を閉じる。


「お願い……ミルロちゃん、勝って!」


 そのとき、周囲から大きなどよめきが起きた。


 何事かと目を開く。


 投影板の中で、ミルロちゃんの放った矢が、メイ様のすぐ横を通り過ぎていた。


 初めて、矢が外れた。


     ◇


 ――ミルロ視点――


 次の矢を撃てば、《ブリザードアロー》を作れなくなるかもしれない。


 けれど、撃たなければメイ様が接近してくる。


 撃つべきか。


 最後の一発を残すべきか。


 その迷いが、ほんの一瞬だけ集中を乱した。


 汗で濡れた指が弦を滑る。


「しまっ――」


 狙いのずれた矢は、メイ様の足元へ突き刺さった。


 命中しなかった。


 次の瞬間、視界から金色の姿が消える。


 気づいたときには、メイ様が目の前にいた。


「捕まえましたわ、ミルロ!」


 剣の切っ先が、胸元へ迫る。


 避けられない。


 そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。


 半歩、前へ踏み込む。


 剣を寸前でかわし、右手でメイ様の手首をつかむ。


 左腕を肘の下へ入れ、勢いを止めないまま背中を向けた。


 前世で少しかじった柔道。


 そして、ゲイルから教わったダイフクン家の格闘術。


 メイ様の速さを、そのまま投げる力へ変える。


「えっ――」


 小柄な身体が背中へ乗った。


「はあっ!」


 腰を落とし、腕を引く。


 メイ様の身体が宙を舞い、背中から草原へ叩きつけられた。


 地面が揺れ、鈍い音が響く。


 投げた瞬間、わたしは地面を蹴った。


 後ろへ大きく跳び、弓を引ける距離まで離れる。


 講堂と演習場をつなぐ伝声の魔道具から、大きな声援が流れ込んできた。


『いけえええっ、ミルロ!』


 ゲイルの声。


『ミルロちゃん!』


『決めなさい!』


 テラとリリス。


 続いて、Bクラスの仲間たちの声が重なる。


 メイ様は怯まない。


 背中を強く打ったはずなのに、すぐに腕をつき、立ち上がろうとしている。


 けれど、その一瞬で十分だった。


「これで、最後です!」


 空中で《青龍の弓》を引き絞る。


 残る魔力のすべてを、一本の矢へ注ぎ込んだ。


「《ブリザードアロー》!」


 青白い光が、草原を一直線に走る。


 起き上がりかけたメイ様の胸へ、矢が触れた。


 矢は身体を貫くことなく光へ変わり、解き放たれた冷気が全身を駆け抜ける。


 足元から頭上まで、青白い氷が一瞬で覆い尽くした。


 メイ様は剣を握った姿のまま、完全に動きを止める。


 その瞬間、講堂からも、演習場からも、すべての音が消えた。


 静寂だけが、凍りついた草原を包んだ。


 後ろへ跳んだ勢いのまま着地する。


 けれど、もう身体を支える力は残っていない。


 わたしはその場で片膝をついた。


「はあ……はあ……」


 魔力は、完全に空だった。


 もしここが本当のゲームなら、わたしのMPは間違いなくゼロを示している。


 それほど、ぎりぎりの戦いだった。


 演習場に配置された審判が、判定を告げるために右手を上げる。


「勝った……」


 凍りついたメイ様を見つめる。


「勝てたんだ……」


 審判の手が、振り下ろされようとした。


 その瞬間――。


 轟音とともに、一本の雷が空へ昇った。


「まさか……!」


 凍りついたメイ様の内側から、金色の光があふれている。


 氷の表面へ無数の亀裂が走った。


 審判が判定を告げるより早く、青白い氷が内側から砕け散る。


「はあああっ!」


 姿を現したメイ様は、全身傷だらけだった。


 制服は裂け、肌には氷の痕が残り、肩で荒い息をしている。


 それでも、身体からあふれる雷は激しさを増していく。


 けれど、それは《ライジング=ストライク》を放つ前のように、研ぎ澄まされた魔力ではない。


 残された雷が、制御を失って全身から噴き出している。


 もう一度《ライジング=ストライク》を放つだけの力は残っていないだろう。


 それでも、最後の力を振り絞って一度突撃するには、十分すぎる雷だった。


「……本当に、強いですね」


 思わず、ため息がこぼれた。


 必殺の一撃だと思っていた《ブリザードアロー》。


 その氷を、メイ様は自力で打ち破った。


 メイ様は、不器用な人だ。


 この状態で、雷を完全に制御できるとは思えない。


 それでも、負けたくないという思いだけでこちらへ突撃してくるだろう。


 一方のわたしには、魔力も体力も残っていない。


 防ぐことも、かわすこともできない。


 あの雷をまともに受ければ、ヘルミーナ先生の治療が届く前に命を落とすかもしれない。


 怖い。


 死にたくない。


 メイ様の隣からいなくなりたくない。


 お父様やお母様、アーサーお兄様を悲しませたくない。


 テラやリリスと、もっと一緒にいたい。


 それ以上に、わたしを殺してしまったメイ様が、その後どうなるのかが怖かった。


 事故だったとしても、メイ様は自分を決して許さない。


 二度と剣を握れなくなるかもしれない。


 自分には生きる資格がないと、すべてを投げ出してしまうかもしれない。


 そんな未来だけは、絶対に選ばせてはいけない。


 だから、わたしはメイ様に殺されるわけにはいかない。


 テラ。


 リリス。


 ゲイル。


 Bクラスのみなさん。


 勝てなくて、ごめんなさい。


 心の中で謝り、残った力で顔を上げる。


 自分の敗北を認め、はっきりと口にした。


「まいりました」


 けれど、聞こえた声は一つではなかった。


「まいりました」


 まったく同じ瞬間に、メイ様の声が重なっていた。


「え……?」


 わたしたちは、同時に目を見開く。


 静まり返った会場へ、二人分の降参の言葉が響き渡った。

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