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第31話 仲間がつないだ一騎打ち

――テラ視点――


 白い光が消えたあとも、わたしは大盾を構えたまま立っていた。


 盾の表面では、青白い炎が静かに揺れている。


 熱くない。


 身体から力を奪っていた熱が消え、代わりに雪の中へ飛び込んだような冷気が全身を満たしていく。


「できた……」


『テラ、できたよ! 冷たく燃えてる!』


 ハナビが青白い光を弾ませた。


「うん。わたしたち、できたんだ……!」


 うれしくて、力いっぱい抱き締めたくなる。


 けれど、今は盾から手を離すわけにはいかない。


 代わりに、わたしは炎の向こうへダン君の顔を思い浮かべた。


 何度も突進を受け止めた。


 赤い炎に包まれて動けなくなり、それでも立ち上がった。


 初めて冷たい炎を出せた日は、倒れかけたわたしをダン君が受け止めてくれた。


『冷たい炎、絶対に完成させようぜ!』


 あの日の声が、耳の奥によみがえる。


「ありがとう、ダン君」


 自然と笑みがこぼれた。


「戦いの最中によそ見とは、余裕ですわね!」


「えっ――」


 目の前で、金色の雷が弾ける。


 メイ様の剣が大盾へ叩きつけられた。


「ううっ!」


 両腕に重い衝撃が走り、足が地面を滑る。


「ま、まだ!」


 盾を立て直した直後、もう二撃目が迫っていた。


 上から振り下ろされた剣を受け止める。


 そのまま横へ回り込んだメイ様を追い、身体ごと盾の向きを変える。


 三撃目。


 四撃目。


 金色の軌跡が目の前を何度も横切る。


 冷たい炎が雷の熱を奪い、大盾が切り裂かれるのを防いでくれている。


 それでも、一撃ごとの重さまでは消せない。


 少しでも気を抜けば、盾ごと森の外まで吹き飛ばされてしまいそうだった。


「速い……それに、重い……!」


 速さで負けるのは仕方がないと思っていた。


 わたしは大きな白熊の獣人で、メイ様は小柄な人間だ。


 力だけなら、自分の方が上だと思っていた。


 けれど、実際にはその自慢の力でさえ押し負けている。


 あの小さな身体のどこに、これほどの力が隠されているのだろう。


 メイ様の剣を受けるたび、腕が痺れた。


 一対一では、絶対に勝てない。


 そう認めた瞬間、メイ様の姿が視界から消えた。


「右です、テラ!」


 ミルロちゃんの声が飛ぶ。


 慌てて振り向くより先に、一本の氷矢が横を通り過ぎた。


 矢は、右側へ回り込んでいたメイ様の足元へ突き刺さる。


 地面から伸びた氷が片方の靴を捉え、その動きを一瞬だけ止めた。


「今のうちに立て直してください!」


「うん!」


 メイ様が氷を砕くまでに、大盾を正面へ戻す。


 次の一撃も、青白い炎で受け止めた。


 一人では勝てない。


 でも、わたしは一人ではない。


 少し離れた場所では、リリスがシリルと魔法を撃ち合っていた。


「《スパイラル・ストーンシュート》!」


 螺旋の嘴を持つ土の小鳥が、次々と飛んでいく。


「レイン、水を!」


 シリルの前に水流が生まれ、小鳥の身体を崩した。


 その横から、ミルロちゃんの氷矢が迫る。


「サン、《ファイアーボール》!」


 シリルは慌てて炎へ切り替えた。


 氷矢を火球で溶かした直後、二羽目の土の小鳥が水流を抜け、シリルの肩をかすめる。


「くっ……!」


 最初は二つの属性でリリスを圧倒していたシリルが、少しずつ押され始めている。


 ミルロちゃんが近くまで来たことで、二人を同時に援護できるようになったからだ。


 このまま、わたしがメイ様を止める。


 その間に、ミルロちゃんとリリスがシリルを倒す。


 最後は三人でメイ様と戦えばよい。


 戦場全体を見れば、押しているのはわたしたちだ。


「あとは、わたしが耐えるだけ……!」


 大盾を握る両手へ力を込める。


 青白い炎が、わたしの決意に応えるように大きく燃え上がった。


     ◇


 ――ミルロ視点――


 テラの大盾を覆う、青白い炎。


 リリスの手元から、次々と生み出される土の小鳥。


「二人とも、すごい……」


 思わず、声がこぼれた。


 テラは、自分を苦しめていた熱を克服した。


 リリスは、芸術へのこだわりを捨てることなく、弱点だった発動の遅さを補っている。


 代表決定戦では、一人ずつ倒されてしまった二人。


 けれど今は、Aクラスの二人を相手に一歩も退いていない。


『見とれている場合ではないわよ、ミルロ』


 ユキメの声に、弓を握り直す。


「分かっています。このまま押し切ります!」


 青龍の弓へ、三本の氷矢を同時につがえた。


 一射目は、メイ様の進路へ。


 二射目は、リリスの魔法を防ごうとするシリルへ。


 三射目は、シリルが放つ火球へ。


 近づいたことで、二人の戦いを同時に援護できる。


 最初こそ二属性の魔法に驚かされたが、シリルは守るだけで精いっぱいになっていた。


「リリス、次です!」


「もちろんよ!」


 わたしの氷矢と、リリスの土の小鳥が左右からシリルへ迫る。


 そのとき、それまでテラへ斬りかかっていたメイ様が大きく後ろへ跳んだ。


 シリルが一度だけ振り返る。


 メイ様と視線を交わし、小さくうなずいた。


 入れ替わるように、シリルが前へ出る。


「前衛と後衛を交代した……?」


 なぜ、この状況で?


 メイ様が前で戦っていたからこそ、テラはその場から動けなかった。


 攻撃も防御もシリル一人へ任せれば、押し切られることくらい分かるはずだ。


 先ほど二人が交わした視線が気になる。


 けれど、目の前へ出てきたのなら先にシリルを倒す。


「二人で集中します!」


「来て、レイン!」


 シリルの正面に、大量の水が集まった。


 先ほど《ブリザードアロー》の速度を落とした、巨大な水の盾だ。


 氷矢も土の小鳥も水へ飲み込まれ、勢いを失って落ちていく。


「あれを壊すには……」


 残る《ブリザードアロー》は二発。


 一発を使って水の盾ごと凍らせるべきか。


 そう考えて弦を引いたとき、大きな背中がわたしの横を駆け抜けた。


「わたしが壊します!」


「テラ!?」


 冷たい炎をまとった大盾を正面へ構え、テラが水の壁へ突っ込んでいく。


「ハナビ、もっと冷たく!」


『冷たく、燃える!』


 青白い炎が、水の大盾へ触れた。


 表面から一気に白い氷が広がり、流れ続けていた水を固めていく。


「えっ……!」


 シリルが目を見開いた。


「これが、わたしとハナビの炎です!」


 テラが、凍りついた大盾へ全体重をぶつける。


 激しい音とともに、氷の壁が粉々に砕けた。


 そのまま突進は止まらない。


 氷の破片を突き抜けた大盾がシリルへ当たり、小柄な身体を大きく吹き飛ばした。


「うわあっ!」


 シリルは地面へ落ち、何度も転がった。


 立ち上がろうと腕へ力を込める。


 けれど、身体はわずかに持ち上がっただけで、再び地面へ崩れ落ちた。


 サンとレインの光も弱くなっている。


『シリル・シュクリン、戦闘不能! Aクラス代表、残るはメイ・ウィシュタリア一名!』


 審判の宣告が、演習場へ響き渡った。


「やりました!」


 リリスが歓声を上げる。


 これで三対一。


 勝てる。


 そう思った直後――。


 空を引き裂くような雷鳴が、森全体を揺らした。


「なに……?」


 振り返る。


 後ろへ下がったメイ様が、剣先をこちらへ向けていた。


 足元の地面には幾筋もの亀裂が入り、その全身を今までとは比べものにならないほど激しい雷が包んでいる。


 そこで、ようやく気づいた。


 前衛をシリルと交代したのは、逃げるためではない。


 距離と、力を溜める時間を作るためだったのだ。


「まずい……!」


 考えるより先に、青龍の弓を引いた。


「《ブリザードアロー》!」


「《ライジング=ストライク》!」


 わたしが弦を放すのと、メイ様が地面を蹴るのは同時だった。


 青白い矢が一直線に飛ぶ。


 その正面から、メイ様の姿が消えた。


「え――」


 《ブリザードアロー》は誰もいない空間を通り過ぎ、森の奥を凍らせる。


 残り、一発。


 けれど、数える余裕さえなかった。


「テラ、盾を構えて!」


「はい!」


「リリスも、テラの後ろへ!」


「分かったわ!」


 テラが大盾を構え、リリスとわたしがその背後へ飛び込む。


 次の瞬間、消えたはずのメイ様が盾の正面に現れた。


 雷をまとった剣が、冷たい炎の中心へ突き刺さる。


 テラの大盾が衝撃を受け止める。


 青白い炎が雷を飲み込もうとする。


 それでも、《ライジング=ストライク》の威力を殺し切ることはできなかった。


 爆音。


 視界が金色に染まり、全身を激しい衝撃と雷撃が貫いた。


「きゃあああっ!」


 三人の身体が、まとめて宙へ投げ出される。


 木々の間を突き抜け、枝を折り、地面へ何度も叩きつけられた。


 それでも勢いは止まらない。


 森を抜け、最初に立っていた草原まで吹き飛ばされる。


 地面へ叩きつけられた瞬間、視界が暗く染まった。


 意識を手放しそうになる。


 それでも、青龍の弓を握る手だけは緩めなかった。


     ◇


「ごほっ……ごほっ……!」


 咳き込みながら、伏せていた顔をゆっくりと上げる。


 口の中に土の味がした。


 耳鳴りがひどい。


 指一本動かすだけで、全身に痛みが走る。


「テラ……リリス……!」


 身体を起こすと、少し離れた場所に二人が倒れていた。


 テラはひびだらけになった大盾を抱えたまま、動かない。


 リリスも、うつ伏せに倒れている。


 痛む身体を引きずり、二人へ駆け寄った。


 まず、テラの首元へ指を当てる。


 とくん、とくん。


 脈はある。


 リリスの手首からも、確かな鼓動を感じた。


「よかった……二人とも、生きています」


 胸の奥から、安堵の息がこぼれた。


 直後、審判の声が草原へ響く。


『テラ、リリス・シナプス、戦闘不能! Bクラス代表、残るはミルロ・マルチーズ一名!』


 二人は脱落した。


 それでも、あれほどの一撃を正面から受けて生きている。


 どうして自分だけ立ち上がれたのだろう。


 そう考えたとき、全身が乾いた土の殻に覆われていることに気づいた。


「これは……粘土?」


 制服の上に、砕けた粘土の殻が何重にも張りついている。


 《ライジング=ストライク》が当たる寸前、背後でリリスがスタルンの名を呼んでいた。


 自分を守るより先に、残された一瞬で、わたしだけを粘土の鎧へ包んでくれたのだ。


 テラの大盾が、突撃の衝撃を受け止めた。


 リリスの乾いた粘土が、身体へ届く雷撃を弱めてくれた。


 二人の守りが重なったから、わたしだけが立ち上がれた。


「最後まで、二人に守られてしまいましたね」


 そっと、テラとリリスの手へ触れる。


「ありがとうございます。あとは、わたしに任せてください」


 青龍の弓を杖代わりにして、もう一度立ち上がった。


 そのとき、森の方からゆっくりと近づいてくる人影が見えた。


 メイ様だ。


 さすがに先ほどの大技は負担が大きかったのか、肩で息をしている。


 それでも剣は手放さず、まっすぐこちらへ歩いてくる。


 わたしが立っていることに気づいた瞬間、その目が大きく見開かれた。


「《ライジング=ストライク》を正面から受けたはずですのに……まだ立てるのですね」


 驚きは、すぐにうれしそうな笑みへ変わる。


「さすがミルロ。これには、わたしも驚きましたわ」


「わたし一人なら、立ち上がれませんでした」


 倒れている二人を見る。


「テラが衝撃を受け止め、リリスが雷から守ってくれた。二人がいなければ、今頃はわたしも隣で倒れています」


「そうですの」


 メイ様は一瞬だけ考え、森の方へ視線を向けた。


 その先には、戦闘不能となったシリルがいる。


「それを言うなら、わたしも同じですわ。シリルがいなければ、空中であなたの矢を受けて氷漬けにされていましたもの」


 剣を構え、楽しそうに笑う。


「ですから、おあいこですわね」


「はい」


 わたしも青龍の弓を構えた。


 背後に、もう守ってくれる仲間はいない。


 それは、メイ様も同じだ。


 氷と雷。


 弓と剣。


 草原の上で、わたしたちはまっすぐ互いを見つめた。


「ここからは――」


 二人の声が重なる。


「二人だけで、決着をつけましょう!」

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