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第30話 盾に灯る冷たい炎

――メイ視点――


『カワリ・ニュギュウ、戦闘不能。Aクラス代表、一名脱落!』


 演習場に響いた宣告を聞き、わたしは止めていた足を再び踏み出した。


「まったく、役に立たないではありませんか。まあ、最初から期待していませんでしたけれど」


 カワリへの感想は、それだけだった。


 それよりも、胸が高鳴っている。


 ミルロが本気で自分を倒そうとしている。


 その事実が、たまらなくうれしかった。


「やりますわね、ミルロ。そうこなくては」


 全身を走る金色の雷が、一段と強くなる。


 木々の間を縫って加速した先で、わたしは見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 丁寧に整えられた髪。


 華奢な身体に、少しだけ手を加えた学園の制服。


 リリス。


 学園支店で開かれた、四人だけのファッションショー。


 リリスに次々と服を着せられ、ミルロやテラと一緒に笑った時間を思い出す。


 あのときは楽しかった。


 可愛い物を見つけるたびに目を輝かせるリリスとは、不思議なくらい気が合った。


 入れ替え戦が終わったら、また四人で遊びに出かけるのもよいだろう。


 けれど、今は入れ替え戦の相手だ。


「隙だらけですわ!」


 雷をまとって一気に距離を詰め、リリスの背中へ剣の腹を振り抜こうとする。


 その瞬間だった。


「《ファイアーボール》!」


 背後から飛んできた小さな火球が、わたしの足元へ着弾した。


 赤い炎が地面を走り、行く手を遮る。


「何をしますの、シリル!」


 振り返ると、息を切らせたシリルが木へ手をついていた。


「す、すみません……。ですが、それ以上近づいては駄目です」


「どういう意味ですの?」


「あれは、リリスさんではありません」


 シリルが指さした直後、リリスの後ろ姿がわずかに傾いた。


 不自然なほど硬い動きだった。


「人形だとおっしゃるの?」


「はい。サンの力を借りれば、周囲の温度を感じ取ることができます。あの人影からは、何の熱も感じません」


『冷たい土の塊だよ!』


 シリルの頭上で、小さな太陽の姿をしたサンが明るく輝く。


「では、本物はどこにいますの?」


「……あそこです」


 シリルが、少し離れた茂みへ手を向けた。


「《ファイアーボール》!」


 二発目の火球が、葉を焦がしながら茂みの手前へ落ちる。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴とともに、白く大きな身体が飛び出した。


 その後ろから、制服についた葉を払いながらリリスも姿を現す。


「いきなり女の子へ火球を撃つなんて、ずいぶんなご挨拶ね!」


「お、お二人へ当たらない場所を狙いました!」


「よく見破りましたわ、シリル」


「ありがとうございます、メイ様」


 先ほどまで頼りなく見えていた小柄な背中が、今は少しだけ大きく見えた。


 けれど、感心していられたのはそこまでだった。


『メイ、右上!』


 ライラの声に、わたしは反射的に地面を蹴った。


 直後、青白い矢が、それまで立っていた場所を通過する。


「これは――!」


 空中で身体をひねる。


 矢が地面へ触れた瞬間、青白い冷気が爆発した。


 草も、木の根も、舞い上がった葉さえも一瞬で凍りつく。


 氷は地面を這い、周囲の木々を白く染めながら広がっていった。


 間違いない。


 青龍が使っていた、あらゆる物を凍らせる《氷獄の息吹》と同じ力だ。


「危ないところでしたわね」


 着地すると、自分の剣へ目を落とした。


 剣で受け止めていれば、刃から腕へ冷気が伝わり、身体ごと凍らされていただろう。


 あの矢は、斬り落としてはならない。


 避けるしかない一撃だ。


「すごいですわ、ミルロ。そんな技まで身につけていたなんて」


 矢が飛んできた方向へ視線を走らせる。


 森の高い斜面に立つ大木。


 地上からでは簡単に見つけられないほど高い枝の上で、水色の髪が揺れていた。


「そこですのね!」


 雷をまとい、一直線にミルロのいる大木へ駆け出した。


 だが、数歩も進まないうちに、巨大な影が前へ飛び込んでくる。


「通しません!」


 テラが、大人二人で運ぶほどの鉄製の大盾を構えていた。


 普段のおどおどした様子はない。


 太い両足を大地へ沈め、大きな身体でミルロへの道を完全に塞いでいる。


「でしたら、正面から突破しますわ!」


 迷わず剣を振り下ろす。


 テラの身体能力が高いことは知っている。


 けれど、魔法で強化されていない鉄の盾など、わたしの剣を止められない。


 刃へまとわせた雷は、ただ速さを増すためのものではなかった。


 高密度の魔力が刃先を覆い、鉄さえ薄い紙のように切り裂く。


 これで盾を断ち、そのまま背後へ抜ける。


 そう考えた瞬間、大盾の表面から赤い炎が噴き上がった。


「ハナビ、燃えて!」


 テラの隣で、炎の玉のような精霊ハナビが大きく揺らめく。


 雷の刃と、炎をまとった大盾が激突した。


 森に金属音が響き、火花が四方へ飛び散る。


「くっ……!」


 テラの足元が深くえぐれた。


 それでも盾は切れていない。


 炎の魔力が鎧となり、雷の刃を鉄へ触れる寸前で押し返していた。


「面白いですわ!」


 横薙ぎ。


 切り返して、斜め下からもう一撃。


 さらに踏み込み、正面から剣を叩きつける。


 テラは一歩ずつ後ろへ押されながらも、すべての攻撃を大盾で受け止めた。


「ですが、いつまで続きますの?」


 赤い炎を使えば使うほど、白熊の獣人であるテラは暑さに苦しむ。


 代表決定戦で、ダンの炎へ対抗しようとして先に動けなくなったことも聞いている。


 ところが、テラの呼吸は乱れない。


 盾を持つ腕にも、まだ十分な力が残っている。


「なるほど」


 わたしは、白く凍りついた地面へ目を向けた。


 先ほど避けたミルロの矢が、森一帯の温度を下げている。


 テラの炎が生んだ熱を、周囲の氷が次々と奪っていた。


「避けられた矢の痕跡まで、テラのための戦場へ変えるなんて。さすがですわね、ミルロ!」


「メイ様、よそ見は禁物よ!」


 テラの盾の向こうから、三羽の小鳥が飛び出した。


 柔らかな土で形作られた身体。


 その嘴だけが硬い石となり、高速で回転している。


「《スパイラル・ストーンシュート》!」


 リリスの新しい魔法が、三方向からわたしへ迫る。


「サン、《ファイアーボール》!」


 シリルが放った三つの火球が、それぞれ土の小鳥へぶつかった。


 赤い炎が弾け、回転する鳥の身体を包み込む。


 しかし、石の嘴は止まらない。


 炎の中心を抉り、火球を貫いてなお、まっすぐわたしへ飛んできた。


「僕の魔法を……!」


「これが芸術と速さを両立させた、あたしの新作よ!」


「素晴らしいですわ。ですが――」


 わたしは一羽目を剣の腹で弾く。


 二羽目を身体を沈めて避け、三羽目を下から斬り上げた。


「わたしへ当てるには、まだ足りません!」


「今です、テラ!」


「えいっ!」


 その声に、わたしが振り向く。


 けれど、もう遅かった。


 テラが全身の力を込めて大盾を振り抜く。


 鉄の壁が脇腹へ叩き込まれ、わたしの身体が木々よりも高く宙へ舞った。


     ◇


 ――ミルロ視点――


「今です!」


 大木の上から一部始終を見ていたわたしは、青龍の弓を引き絞った。


 空中へ吹き飛ばされたメイ様は、どれほど速くても足場がなければ動けない。


 二射目を避けられたことで、位置は知られている。


 それでも、今なら外さない。


「《ブリザードアロー》!」


 青白い矢を放つ。


 森の冷気を巻き込みながら、矢は無防備なメイ様へ迫った。


「メイ様!」


 シリルが空を見上げる。


 サンの炎では、あの矢を止められない。


 そう悟った彼の顔に、ほんの一瞬だけ迷いが浮かんだ。


 けれど、すぐに唇を強く結ぶ。


「来て、レイン!」


 シリルの隣に、見たことのない精霊が現れた。


 小さな雨雲のような灰色の身体。


 その下から、青い雨粒がこぼれている。


「メイ様を守って! 《アクアシールド》!」


『うん!』


 大量の水が渦を巻き、メイ様と矢の間に巨大な水の盾を作り上げた。


 《ブリザードアロー》が、その中心へ突き刺さる。


 水の大盾は一瞬で白く凍った。


 それでも、矢は止まらない。


 凍りついた盾の中心へ亀裂が走り、次の瞬間、厚い氷が内側から砕け散った。


 《ブリザードアロー》は氷の破片をまき散らしながら、水の盾を貫通する。


 けれど、大量の水を凍らせたことで、その速度はわずかに落ちていた。


 その一瞬に、空中のメイ様の身体が落下する。


 青白い矢は金色の髪をわずかにかすめ、頭上を通過した。


 そのまま背後の大木へ突き刺さる。


 幹から枝先まで一瞬で氷に覆われ、巨大な大木が青白い氷像へ変わった。


「僕とレインの魔法でも、防げないなんて……」


 シリルが、凍りついた大木を見上げる。


「メイ様が空中から落下していなければ、今の矢は当たっていた」


 わたしは、シリルの左右に浮かぶ二体の精霊を見つめた。


 小さな太陽のサン。


 そして、小さな雨雲のレイン。


「二体目の精霊……それに、水属性の防御魔法まで?」


 そんな設定は知らない。


 シリルという生徒のことさえ、ゲームでは見た記憶がなかった。


 空中のメイ様が身体を回転させ、危なげなく地面へ降り立つ。


 今の一射で、《ブリザードアロー》は残り二発。


 わたしが知らなかったAクラスの切り札は、想像していた以上に強い。


     ◇


 ――メイ視点――


 着地したわたしは、砕けた氷が降る中で一度だけ息を吐いた。


 右手で髪に触れる。


 頭上を通過した矢にかすめられ、金色の髪の先が数本、白く凍りついていた。


 指先で触れると、まとわりついた薄い氷がぱらりと砕ける。


 シリルの魔法で矢の速度が落ちなければ、今ので負けていた。


 それだけではない。


 テラとリリスが、それぞれ優れたものを持つことは知っていた。


 それでも戦いにおいては、ミルロに守られている二人だと、心のどこかで侮っていた。


 けれど、二人は自分たちの力でわたしを空へ打ち上げ、ミルロが必ず仕留められる一瞬を作った。


「見事ですわ」


 己の油断を認める。


 そして、反省はそれで終わりだ。


 戦いの最中に、いつまでも過ちを引きずるつもりはない。


「シリル!」


「は、はい!」


「炎の魔法で、周囲の氷をすべて溶かしなさい!」


 シリルが、すぐに意図を理解した。


「サン、力を貸して! 《フレイムフィールド》!」


『任せて!』


 小さな太陽が大きく輝く。


 赤い炎が円を描いて森へ広がり、凍りついた地面を低く舐めた。


 氷が一斉に溶け、白い蒸気が立ち上る。


 木々を焼くことなく、ミルロの冷気だけを消し去る見事な魔力操作だった。


 森の温度が、一気に上がる。


「うっ……」


 テラの動きが、目に見えて鈍くなった。


 それまで盾を覆っていた赤い炎が、今度は使い手自身へ熱を返し始める。


「今度はこちらの番ですわ!」


 わたしは一息に距離を詰めた。


 大盾へ剣を叩きつける。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 テラは歯を食いしばって受け止めるが、先ほどのような力はない。


 攻撃を受けるたびに身体が揺れ、足が土の上を滑っていく。


「テラ!」


 リリスが援護の魔法を作り出す。


「レイン、水を!」


 シリルが前へ出た。


 横殴りの水流が土の小鳥を飲み込む。


 柔らかな土の身体が水を吸って崩れ、石の嘴は回転の軸を失って地面へ落ちた。


「粘土は水に弱いのよ……!」


 リリスが悔しそうに舌打ちする。


 大木の上から、今度は何本もの氷矢が降り注いだ。


「サン、《ファイアーボール》!」


 シリルは水から炎へ、間を置かず魔法を切り替える。


 氷矢の一本一本へ火球をぶつけ、すべて空中で蒸発させた。


 攻撃の炎。


 防御の水。


 二体の精霊を操るシリルが、テラへ届くはずだった援護を一人で防いでいる。


「ここからでは援護しきれません!」


 遠くで、ミルロが大木から飛び降りる姿が見えた。


 テラとリリスのもとへ向かうつもりだ。


 だが、間に合わない。


「はあっ!」


 雷をまとった剣を、大盾へ叩きつける。


「ううっ……!」


 ついにテラが片膝をついた。


 荒い息を繰り返し、大盾へ身体を預ける。


 盾を守っていた赤い炎も、今の一撃で完全に消えた。


「その盾さえ壊せば、もうわたしの攻撃は受け止められません」


 わたしは剣を大きく振り上げた。


「これで終わりですわ、テラ!」


 金色の雷が、刃へ集まっていく。


 狙うのはテラの身体ではない。


 彼女が最後まで手放さなかった、大盾そのものだ。


 雷の刃を振り下ろす。


「まだ……」


 かすかな声が聞こえた。


 テラが、盾の陰で顔を上げる。


「まだ、終わりたくない……!」


 その隣で、ハナビが震えるように燃えた。


『テラ。守る?』


「うん。今度こそ、わたしが二人を守る!」


 消えたはずの炎が、再び大盾へ灯った。


 けれど、その色は赤ではない。


 雪よりも白く、氷よりも青い炎。


 周囲の熱を奪いながら静かに燃える、冷たい炎だった。


「な――!」


 わたしの雷をまとった剣が、青白い炎をまとった大盾へ激突する。


 轟音とともに冷気が弾け、森がまばゆい白に包まれた。

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