↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/53

第26話 速さの中にある美しさ

――リリス視点――


「――完成よ!」


 絵筆を置き、あたしは三体の作品を見上げた。


 水色の髪をなびかせ、《青龍の弓》を構えたミルロ。


 白い毛の一本一本まで塗り分け、両腕を広げたテラ。


 そして、土魔法を放とうと片手を突き出すあたし。


 三人の等身大人形が、狭い部屋に並んでいる。


 ここは学園から与えられたあたしの個室――だった場所だ。


 今では寝台の上に絵の具と彫刻刀が積み上がり、床には粘土と石材が並び、壁には衣装の下絵が貼られている。


 もはや部屋ではない。立派なアトリエだ。


『リリス、三人ともそっくり!』


 頭上で星形の精霊スタルンが、きらきらと光った。


「当然でしょう? 特にこの髪の色を出すのが大変だったのよ」


 ミルロの人形へ顔を近づけ、最後に頬の色を確かめる。


 造形だけでは足りない。肌も、髪も、制服も、本物と見間違えるほど丁寧に着色した。


 この三体を戦場へ並べれば、どれが本物か一目で見抜くことは難しい。


 Aクラスの視線を惑わせ、攻撃の狙いを散らす。


 それが、あたしに与えられた役割だった。


「あとは、これに入れるだけね」


 机の上には、小さな白い鞄が置かれている。


 昨日、リリィお姉様を通じてララネお姉様から届いた収納バッグだ。


 鞄の口より大きな物でも、内部に作られた魔法空間へ収められる希少な魔道具。


 同封された手紙には、ララネお姉様らしい整った文字で注意書きが並んでいた。


『内部容量には限界があります。収納する物の大きさと魔力量を事前に確認すること。便利だからといって、部屋にある物をすべて詰め込まないように』


「あたしを何だと思っているのかしら」


『この部屋を見たら、ララネも心配すると思うよ』


「必要な物しか置いていないわ」


『寝台の上にも?』


「全部必要よ」


 スタルンの疑いを振り払い、収納バッグを一体目の人形へ向ける。


 ミルロの人形が白い光に包まれ、小さな鞄の中へ吸い込まれた。


 続いてテラ。


 最後に、あたし自身の人形。


 三体目を収めた瞬間、鞄の口に刻まれた術式の光が赤く変わった。


「満杯の印ね」


 試しに小さな石像を入れようとしたが、鞄は何の反応も示さない。


 等身大人形を三体入れるだけで、容量はいっぱいいっぱいらしい。


 これ以上作っても、入れ替え戦へ持ち込むことはできない。


「でも、三体あれば十分よ」


 あたしは椅子へ腰を下ろし、絵の具で汚れた指を眺めた。


 人形は完成した。


 収納バッグも届いた。


 これで、あたしの役割は終わり。


 あとはミルロの合図で人形を取り出し、相手を惑わせればいい。


「……本当に、それだけでいいのかしら」


 胸の奥に、小さな棘が残っていた。


     ◇


『戦場で完成しない作品に、価値なんてありませんわ!』


 代表決定戦で、ソフィアから投げつけられた言葉がよみがえる。


 あたしは言い返せなかった。


 ソフィアの魔法は、砂を飛ばすだけ。


 可愛らしい形もなければ、美しい模様もない。速さだけを求め、飾りをすべて捨てた魔法だ。


 そんなものは芸術ではない。


 そう言ってやればよかった。


 それなのに、あたしが砂の波に押し流され、演習場の外へ落ちる直前。


 ほんの一瞬だけ、ソフィアの魔法が美しく見えた。


 なぜなのか、自分でも分からない。


 分からないままでは、気持ちが悪い。


「スタルン、出かけるわよ」


『どこへ?』


「ソフィアのところ」


『仲直りするの?』


「違うわ!」


 反射的に否定してから、収納バッグを肩へ掛ける。


「あの子の地味な魔法を、もう一度見せてもらうだけよ」


     ◇


 ソフィアは、Bクラスの演習場にいた。


 足元には砂の小山に目と口がついた精霊シャネル。


 少し離れた場所には、訓練用の標的が十個並べられている。


「シャネル。三列目、右から順番に」


『任せるシャ!』


 ソフィアが扇を振る。


 砂が細い針のように固まり、三発続けて飛び出した。


 標的の中央へ、ほとんど同時に三つの穴が開く。


「もう一度。今度は左右を入れ替えますわ」


 次の砂が作られるまで、ほとんど間がない。


 扇を振る角度。シャネルへ魔力を送る量。標的へ向ける視線。


 すべての動きが迷いなくつながっている。


「そこで何をしていますの?」


 ソフィアが振り返った。


「べ、別に隠れていたわけではないわ」


「物陰から覗いておいて、よく言えますわね。わたくしの技を盗みに来たのかしら?」


「あなたの地味な魔法を盗むわけがないでしょう!」


「帰ってくださる?」


「待ちなさい! もう一度、あなたの魔法を見せてほしいの」


 ソフィアの扇が止まった。


「今、何と?」


「何度も言わせないで。代表決定戦で使った砂魔法を、もう一度見せてほしいと言ったのよ」


「自分を負かした魔法から学びたいと?」


「負けたのは事実ですもの」


 悔しいけれど、そこまで否定するつもりはない。


 ソフィアはしばらくあたしの顔を見つめ、やがて小さく息を吐いた。


「そこまで正直に認められては、断りにくいではありませんか」


「では――」


「ただし、邪魔はしないでくださいませ」


「誰が邪魔なんて――」


「話しかけない。勝手に標的を飾らない。シャネルへリボンを結ばない」


「最後の一つは約束できないわ」


『シャネル、リボン似合うシャ?』


「似合うに決まっているでしょう!」


「結ばせませんわよ!」


     ◇


 ソフィアの砂魔法を間近で見ると、代表決定戦では気づかなかったことが分かった。


 砂を集める場所、固める量、飛ばす順番。


 一つ一つの判断が、とても細かい。


 ただ速いのではない。速くするため、不要な動作を徹底的に削っている。


「同じ土属性なのに、どうして石ではなく砂を作れるの?」


「……本気で聞いていますの?」


「ええ」


「土属性が作り出す基本形は岩石です。ですが、魔力で粒を細かくすれば砂に、粘りを持たせれば粘土にも変化させられる。最初の授業で習いましたわ」


「そうだったかしら」


「あなた、授業中に何をしていましたの?」


「先生が作った見本の石があまりにも不格好だったから、翼を彫れば可愛くなると思って……」


「聞いていなかったのですね」


「興味のない話は、頭に入ってこないのよ」


「どうしてそれを堂々と言えますの?」


 ソフィアがこめかみを押さえた。


「あなたは形にこだわるのでしょう? それなら最初から硬い石を削らず、加工しやすい粘土で形を作ればよろしいのではなくて?」


「粘土で……」


 あたしは両手を前へ出した。


「スタルン。やってみるわよ」


『キラッ!』


 あたしの魔力がスタルンを介して土魔法へ変わり、地面から柔らかな粘土が盛り上がる。


 石を削るより、ずっと簡単だ。


 指先で形を整えるように魔力を動かすと、丸い身体に小さな翼を持つ鳥が、瞬く間に完成した。


「できたわ! 速くて可愛い!」


「喜ぶのは、撃ってからにしてくださいませ」


「ストーンシュート!」


 粘土の鳥が、標的へ飛んでいく。


 ぺちゃり。


 情けない音を立て、標的の表面に潰れて張りついた。


「……威力がないわ」


「粘土ですもの」


「どうして先に言わないのよ!」


「撃ってから喜べとは言いましたわ!」


『鳥さん、平らになっちゃった』


 スタルンの光まで寂しそうに弱くなる。


 作る速さは手に入った。


 けれど、石の硬さと重さを失ってしまった。


 粘土をすべて石へ変え直せば時間がかかり、今までと同じになる。


「全部を石にする必要は……ないのかも」


 あたしは、標的に張りついた粘土を見つめた。


「ぶつかる場所と、力を伝える芯だけ硬ければいい」


「先端と、身体の中心だけを石へ変えるつもりですの?」


「ええ。それから――ただ飛ばすのではなく、回転させるわ」


 もう一度、粘土で鳥を形作る。


 今度は嘴を細長い螺旋状に整え、その部分と、身体の中心を貫く芯だけを硬い石へ変えた。


 表面の柔らかな粘土は、鳥の形を整えるために残す。


 翼は回転する力を受けられるよう、少し斜めに傾けた。


「スタルン。今度は真っすぐではなく、思いきり回して!」


『ぐるぐる、キラッ!』


「《スパイラル・ストーンシュート》!」


 螺旋の嘴を持った鳥が、高速で回転しながら飛び出した。


 石の先端が標的へ食い込み、身体を貫く芯が回転の力を一点へ伝える。


 大きな音とともに、標的の中央へ深い穴が開いた。


「やった……!」


 作り始めてから発射まで、今までの半分もかかっていない。


 石だけで作った魔法に、威力も劣っていなかった。


「まだ無駄が多すぎますわ」


 ソフィアは標的へ近づき、穴を確かめた。


「翼をもう少し短くすれば、さらに速くなる。嘴に刻んだ螺旋状の溝も多すぎます。三本あれば十分でしょう」


「この翼の丸みが可愛いのよ。嘴だって、溝は五本の方が綺麗でしょう?」


「だから遅くなると言っているのです!」


「なら、もっと速く作れるように練習するわ!」


「その努力を、なぜ飾りを減らす方へ使えませんの?」


 二人の声が、ほかに誰もいない演習場へ響く。


 やっぱり、ソフィアとは考え方が合わない。


 美しいものを作りたいあたしと、誰よりも速い魔法を求めるソフィア。


 正反対だ。


 それでも今は、代表決定戦で見た砂が美しかった理由を分かる気がした。


「ソフィア」


「今度は何ですの?」


「あなたって、美しいのね」


「なっ――!」


 ソフィアが大きく後ずさった。


「ど、どういう意味ですの!? わたくしに、そのような趣味はありませんわよ!」


「あたしにだってないわよ!」


 思わず同じだけ後ろへ下がる。


「あなたの魔法の話よ。形はまったく可愛くないし、色も地味だけど」


「褒めるのか、けなすのか、どちらかにしてくださる?」


「速くするために、ずっと練習してきたのでしょう?」


 先ほどの魔法には、一つも迷いがなかった。


 きっと、同じ動きを何百回、何千回と繰り返したのだ。


 誰よりも速くありたいという思いが、あの砂の一粒一粒にまで宿っていた。


「形だけが美しさではなかったのね」


 何かを大切に思い、ひたむきに努力する心。


 それが動きや魔法を通して外へ現れたとき、人は形のないものにも美しさを感じる。


 ソフィアの魔法が美しく見えたのは、そのためだった。


「……当然ですわ」


 ソフィアは顔をそらし、扇で口元を隠した。


「ランドル商会は速さこそ命。その看板を背負うわたくしが、誰よりも練習するのは当たり前です」


「でも、次はあたしが勝つわ」


「人に教わっておいて、よくその台詞が言えますわね」


「あなたのおかげで、速くて強くて可愛い魔法が完成したもの」


「最後の一つは不要ですわ」


「必要よ! だから、あなたの魔法は地味なの!」


「教えたことを後悔させないでくださる!?」


「後悔するくらいなら、もっと教えなさい。明日もここへ来るわ」


「勝手に決めないでくださいませ!」


「同じ時間でいいわよね?」


「話を聞きなさい!」


 ソフィアは怒っていた。


 それでも、もう来るなとは言わなかった。


 あたしも、言われなくても明日は来るつもりだった。


 きっと、これからも意見は合わない。


 会えば口喧嘩をして、魔法を撃てばどちらが優れているか張り合うのだろう。


 それでいい。


 負けたくないと思える相手がいることも、少しだけ美しいと思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。