第25話 冷たい炎は守るために
――テラ視点――
「入れ替え戦まで、あと二週間です」
代表決定戦を終えた翌日、ミルロちゃんはわたしとリリスへそう告げた。
「最初の一週間は、それぞれの弱点を克服するための個人訓練に使いましょう。最後の一週間で三人の連携を仕上げます」
わたしは大きな身体を縮めながら、恐る恐る尋ねた。
「個人訓練って……一人で?」
「方法は任せます。誰かに教えを請うのも立派な訓練です」
「でも、わたし……誰にお願いしたらいいのか……」
「それを考えるところから始めましょう」
ミルロちゃんは、答えを教えてくれなかった。
きっと、わたしが自分で見つけなければ意味がないからだ。
代表決定戦で、わたしはダン君に負けた。
ミルロちゃんの氷がある間は戦えたのに、一人になった途端、何もできなくなった。
炎を使えば暑さで動けなくなり、炎を使わなければダン君の力に押し切られる。
結局、三対一になったミルロちゃんが全員を倒してくれた。
次は、わたしがミルロちゃんを助けたい。
そのために、まず一人でも戦えるようにならなければならない。
だから、わたしが向かった先は――。
◇
「俺に戦い方を教えてほしい?」
「う、うん……」
放課後の演習場で、ダン君は大きな目を丸くした。
わたしと同じワイマール共和国出身の獣人。
わたしが白熊で、ダン君は牛。種族は違っても、背が高く、身体が大きいところはよく似ている。
それなのに、ダン君は自分の身体を持て余していない。
太い足で大地を蹴り、炎の爆発を利用して、巨体そのものを武器に変えている。
「変、かな……。この前、わたしを倒した相手なのに」
「全然変じゃないぞ!」
ダン君は大きな声で笑った。
「強くなりたいから、負けた相手に聞きに来たんだろ。むしろ根性あるじゃないか!」
「こ、根性……ある?」
「ある!」
『あるぞおおおっ!』
ダン君の背後に現れたバーニングまで、炎を噴きながら叫ぶ。
「ひゃっ!」
「バーニング、近い近い! テラが驚いてるだろ!」
『すまん! 俺はバーニング! 燃えると声も大きくなる!』
「知ってるよ……」
代表決定戦でも、演習場の端まで聞こえるほど叫んでいた。
わたしの肩の上で、炎の玉のようなハナビがふるふると震える。
『ハナビも、大きな声出せるよ』
「む、無理をしなくていいからね」
『……うん』
わたしとハナビは、性格までよく似ている。
「よし。まずは俺の突進を真似してみろ!」
「いきなり?」
「考えるより動いた方が早い!」
『燃えてきたぜえええっ!』
不安しかなかった。
◇
「ハナビ、お願い!」
『燃える!』
両足を炎で包み、前へ飛び出す。
ダン君のように、爆発の勢いを身体へ乗せる。
「うわっ、待て! 力を入れすぎだ!」
「と、止まらないっ!」
景色がものすごい速さで流れていく。
そのまま演習場の端にある木へ突っ込みそうになり、ダン君が横から抱き止めてくれた。
二人まとめて地面を転がる。
「ご、ごめんなさい!」
「謝る前に、上からどいてくれ……重い……」
「ごめんなさいっ!」
慌てて起き上がる。
ただ走っただけなのに、身体はもう熱を持っていた。
白い毛の下から汗が噴き出し、息が苦しい。
「テラ、お前……本当に暑さに弱いんだな」
「白熊だから……」
「でも、お前も炎属性なんだろ?」
「だから困ってるの……」
攻撃するために炎を使うと、自分まで弱くなる。
ダン君と同じことをしようとしても、わたしの身体では続けられない。
初日は、突進を一度しただけで終わった。
二日目は、速度を抑えて三度。
三日目にはダン君と模擬戦をしたけれど、炎を使った途端に動きが鈍り、簡単に転がされた。
何度やっても、同じだった。
「もう一度、お願い」
「少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「大丈夫。入れ替え戦まで、時間がないから」
四日目。
わたしは立ち上がり、拳を構えた。
足は震えている。
ダン君のように戦いたくてここへ来たのに、近づくことさえできない。
「分かった。なら、次は少しやり方を変えるぞ」
ダン君は演習場の端から、木で作られた人形を運んできた。
「これを、お前の仲間だと思え」
「仲間?」
「俺が人形を壊したら俺の勝ち。お前が止めたら、テラの勝ちだ」
「でも、わたしが攻撃しないと、ダン君は止まらないよ」
「攻撃だけが戦いじゃないだろ」
ダン君は、人形から少し離れた場所へ立ったわたしを指さした。
「お前、俺を殴ろうとするときは怖がって、最後に力を抜く。でも仲間の前に立ったときは違った」
「違った……?」
「代表決定戦の最初、ミルロのところへ行こうとした俺を、大盾で横から殴りつけただろ。あの一発が、お前の一番強い攻撃だった」
あのときは、ミルロちゃんへダン君を近づけたくなかった。
怖いかどうかを考えるより先に、身体が動いていた。
「お前は誰かを倒そうとすると迷う。でも、誰かを守ろうとすると迷わないんじゃないか?」
攻撃ではなく、守る。
それなら、わたしにもできるのだろうか。
木の人形を見る。
小さな人形が、リリスに見えた。
その隣で弓を構える、ミルロちゃんにも見えた。
「準備はいいか?」
「うん」
わたしは人形の前に立ち、大盾を両手で構えた。
「バーニング!」
『爆発、突撃ぃぃぃっ!』
ダン君が炎をまとって迫る。
怖い。
逃げたい。
それでも、わたしが避ければ後ろの仲間に届いてしまう。
「絶対に、通さない!」
正面から、ダン君の突進を大盾で受け止めた。
盾を通して両腕へ衝撃が走り、足元の土が深くえぐれる。
それでも、代表決定戦のときのように押し飛ばされなかった。
「やっぱりだ!」
大盾の向こうで、ダン君が楽しそうに笑っている。
「攻めてるときより、ずっと強いぞ!」
うれしかった。
だけど、バーニングの炎が近すぎる。
熱が全身を包み、少しずつ腕から力が抜けていく。
『テラ、ハナビも燃えるよ!』
「駄目……赤い炎じゃ、またわたしが先に動けなくなる」
ミルロちゃんが言っていた。
魔法はイメージ。
常識に縛られなければ、その可能性は無限に広がる。
炎は熱いもの。
燃えれば、周りも自分も熱くなる。
本当に、そうでなければならないのだろうか。
わたしが欲しいのは、敵を焼く炎ではない。
押し寄せる熱から仲間を守り、自分の身体を冷やしてくれる炎。
「ハナビ。冷たく、燃えて」
『つめたく……燃える?』
「わたしたちなら、できるよ」
わたしの魔力がハナビへ流れ込み、その赤い身体が青白く染まった。
次の瞬間、ハナビを介して冷たい炎へ変わった魔力が、わたしの両腕と大盾を包み込む。
熱くない。
炎に包まれているのに、雪の中へ飛び込んだような冷気が身体を満たしていく。
「なんだ、この炎!?」
『俺の炎が、冷えていくぞ!』
バーニングの赤い炎が小さくなった。
ダン君の突進から勢いが消える。
わたしの足元では土が白く凍りつき、大盾からあふれた冷たい炎が、背後の人形を包んで守っていた。
「止めた……」
初めて、自分の力だけでダン君を止めた。
「わたし、でき――」
最後まで言う前に、青白い炎が消えた。
大盾が手から落ち、急に身体から力が抜ける。
「テラ!」
倒れかけたわたしを、ダン君が両腕で受け止めてくれた。
耳を当てた胸から、速い鼓動が聞こえる。
激しい訓練をしたからだろう。
そう思ったけれど、なぜか自分の胸まで同じ速さで鳴っていた。
「ご、ごめんなさい。重いよね」
「そんなことない! 俺も獣人なんだから、このくらい平気だ!」
ダン君の声が、いつもより少しだけ裏返っている。
顔を上げると、目が合った。
二人同時に顔をそらす。
『二人とも、顔が赤いぞ! まだ熱いのか!?』
「ち、違う!」
「違うよ!」
否定する声だけは、綺麗に重なった。
◇
青白い炎は、あれから一度も出なかった。
ハナビと何度イメージを重ねても、現れるのはいつもの赤い炎ばかり。
それでも、確かに一度は成功した。
わたしが誰かを守ろうとしたとき、冷たい炎は生まれた。
「今日は、ありがとう」
訓練を終えたわたしは、小さな包みをダン君へ差し出した。
「これ、チョコレート。お礼にと思って……」
「テラの大好物じゃないか。俺がもらっていいのか?」
「うん。ダン君に食べてほしいから」
言った途端、恥ずかしくなった。
別の意味に聞こえていないだろうか。
ダン君は包みを開け、中に入っていた板チョコレートを二つに割った。
片方をわたしへ差し出す。
「テラの好きなものを、俺が全部食ったら悪いだろ」
「でも、これはお礼で……」
「一人で食うより、二人で食った方がうまい!」
受け取ろうと伸ばした指が、ダン君の指へ触れた。
また、胸が大きく鳴る。
ダン君も驚いたように手を引いたけれど、その顔は少し笑っていた。
「明日も、訓練してくれる?」
「もちろんだ! 冷たい炎、絶対に完成させようぜ!」
「うん!」
口に入れたチョコレートは、いつもより甘かった。
冷たい炎を自由に使うには、まだ何かが足りない。
それでも、その力へ続く道は確かに見つけられた。
そして、胸の奥に生まれたもう一つの熱。
その正体に気づくのは、もう少し先のことだった。




