第24話 満場一致ではつまらない
――メイ視点――
ミルロたちの代表決定戦が行われる、前日の放課後。
「二週間後、A・Bクラスの入れ替え戦を行う」
担任の教師が告げた。
とうとう、待ち望んでいた知らせが来た。
わたしは思わず机から身を乗り出す。
「代表班は、どのように決めますの?」
「原則として、クラス内の話し合いで決定する。複数の班が立候補した場合は、代表決定戦を行う予定だ」
「代表決定戦!」
なんて素敵な響きだろう。
Aクラスには、入学試験で上位十五名に入った生徒しかいない。
その中から代表となる班を、実際に戦って決める。
入れ替え戦の前に何度か本気で身体を動かせるかもしれないと思うと、自然と頬が緩んだ。
『メイ、すごくうれしそうだね』
机の上に現れたライラが、小さな黄色い翼を揺らした。
「当然でしょう。代表を決める大切な戦いですもの」
『まだ戦うって決まってないよ』
「Aクラスなのですから、立候補する班はいくつもあるはずですわ」
前の席に座る生徒と目が合った。
なぜか、慌てて視線をそらされる。
教室を見回すと、ほかの生徒たちもわたしと目を合わせようとしなかった。
「それでは、代表を希望する班は――」
「わたしは、メイ様を推薦します」
教師が最後まで言い終わる前に、一人の女子生徒が口を開いた。
「メイ様以外、あり得ないですね」
鎧姿の男子生徒が、迷うことなく賛同する。
「異論はありません」
「メイ様の班が妥当でしょう」
次々と賛同の声が上がる。
わたしは手を挙げる暇さえなかった。
「お待ちなさい」
椅子を引いて立ち上がる。
「まだ、ほかの立候補者を聞いていませんわ」
「メイ様しかいませんわ」
先ほどの女子生徒が即答した。
「どうしてですの?」
「どうしてと言われましても……」
女子生徒は、胸元に薔薇を飾った男子生徒へ視線を向けた。
「もちろん、メイ様が王族であることも理由の一つです。ですが、それ以上にお強いからです」
そして、わずかに笑みを含ませながら尋ねる。
「以前の模擬戦では、何秒で決着したのでしたっけ?」
「十二秒ですね」
別の生徒が、容赦なく答えた。
「くっ……」
胸元に薔薇を飾った男子生徒は、悔しそうに口をつぐんだ。
「やってみなければ分からないでしょう!」
「やらなくても分かりますよ、姫様」
教室の後方からも声が上がる。
見事な連携だった。
どうして、その連携を戦いで見せようとは思わないのだろう。
「先生。わたしは代表決定戦を希望します」
「対戦相手がいない」
「そこを何とかするのが教師の役目ではありませんの?」
「立候補した班同士を戦わせるのは私の役目だが、なりたくない者を無理やり戦わせるつもりはない」
「一度戦ってみれば、気が変わるかもしれません」
「メイ様と戦った者は、保健室送りになりますよ。まあ、誰かさんのことですが」
女子生徒が、再び胸元に薔薇を飾った男子生徒へ意味ありげな視線を向けた。
「なんだと!」
男子生徒が、椅子を鳴らして立ち上がる。
「では、立候補しますか? メイ様に勝てる自信がおありなら」
「くっ……そんなの無理だ。あんな攻撃を食らうのは、二度とごめんだ」
「失礼ですわ。きちんと手加減します」
教室の何人かが、わたしからさらに目をそらした。
『メイの手加減は、あまり信用されていないみたいだね』
「なぜですの?」
『この前も、木剣一本で三人まとめて動けなくしたからだよ』
「全員、すぐに立ち上がったでしょう」
『立ち上がるまでに、ちょっと時間がかかったけどね』
わたしとライラが話している間にも、話し合いは勝手に進んでいた。
「ほかに意見がないのなら、Aクラスの代表はメイ、カワリ、シリルの班に決定する」
教師が紙へ三人の名前を書き込んだ。
あまりにも呆気ない。
「メイ様と同じ班で光栄ですわ」
隣に座るカワリが、満足そうな笑顔を浮かべた。
「入れ替え戦でも、首席であるわたくしたちの力を皆様へお見せいたしましょう」
「あなたは、今度こそ戦うつもりなのですか?」
「も、もちろんですわ」
カワリは一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐに胸を張った。
「さすがです、メイ様」
先ほどまで、胸元に薔薇を飾った男子生徒をからかっていた女子生徒が、満面の笑みで拍手を送る。
すると、鎧姿の男子生徒も席から立ち上がり、それに続いた。
授業では体調不良や用事を理由に実技を休み、カワリは今まで一度も力を見せていない。
入れ替え戦では、さすがに欠席するわけにもいかないだろう。
「僕も、今度はお二人の役に立てるように頑張ります」
向かい側では、シリルが控えめに頭を下げた。
その肩に、小さな太陽の形をした精霊サンが浮かんでいる。
『シリル、一緒に頑張ろうね!』
「うん。僕たちにできることをしよう」
シリルは頼りなさそうに見える。
けれど、以前よりは少しだけ顔を上げて話すようになった。
カワリと違い、戦う意志もあるらしい。
「二人とも、わたしの邪魔だけはしないでください」
「メイ、班の仲間へ最初に言うことがそれか?」
教師に呆れた顔をされた。
「では、必要なところで援護してください。これでよろしいですか?」
「最初からそう言え」
代表に選ばれたことはうれしい。
これでミルロと戦うための場所には立てる。
それでも、胸の中には物足りなさが残った。
「せっかくAクラスにいるのに、誰とも戦わずに代表だなんて……張り合いがありませんわ」
わたしがこぼすと、教室中から安堵のため息が聞こえた。
◇
翌日の放課後。
寮へ戻ると、隣の小部屋の扉は閉まっていた。
ミルロは、まだ帰っていないらしい。
学園内では個人的な護衛を同行させない決まりになっているため、授業中のわたしたちは別行動だ。
その分、部屋へ戻れば最初に今日あったことを話す。
今日は、Bクラスの代表決定戦が行われると聞いていた。
ミルロは代表になっただろうか。
なるに決まっている。
もし、ほかの班が選ばれたのなら、わたしがBクラスへ乗り込んでやり直させる。
『それをしたら、クラス対抗戦じゃなくなるよ』
「まだ何も言っていないでしょう」
『顔に書いてあるもの』
ライラが寝台の上へ降りる。
そのとき、廊下から足音が聞こえた。
小部屋の扉が開く。
「ただいま戻りました、メイ様」
「遅いですわ、ミルロ!」
いつものように叱ろうとして、言葉が止まった。
ミルロの制服には土がつき、袖の一部が切れている。水色の髪にも、細かな砂が残っていた。
「その姿はどうしたのです?」
「代表決定戦をしてきました」
「代表決定戦を?」
胸の奥に浮かんだのは、心配より先に羨ましさだった。
「ずるいですわ!」
「……はい?」
「わたしは一度も戦わせてもらえなかったのに、ミルロだけ代表決定戦を楽しんできたのでしょう!」
「楽しんできたわけではありません。三対一にまで追い込まれたのですよ」
「三対一!」
ますます羨ましい。
『メイ。そこは、まず無事だったか確認するところじゃないかな』
「怪我はありませんの?」
「はい。対戦相手の一人が放った炎が頬をかすめましたが、傷にはなっていません」
よく見ると、ミルロの頬がわずかに赤くなっていた。
ミルロの肩に、雪と氷の精霊ユキメが姿を現す。
『ミルロ。怪我がなくても、頬は冷やしておいた方がいいよ』
「分かっています、ユキメ」
ミルロの魔力がユキメを介して冷気へ変わり、熱の残る頬を優しく包んだ。
傷がないことを確認してから、わたしはもう一度ミルロを見る。
「それで、勝ったのですわね?」
「はい。テラとリリスと共に、Bクラスの代表になりました」
分かっていた答えなのに、聞いた瞬間、身体の奥で雷が弾けたような気がした。
「そう。やはり、あなたが来るのね」
「メイ様も代表になられたのでしょう?」
「もちろんですわ」
わたしは胸を張った。
「Aクラスの満場一致で、わたしの班に決まりました」
「さすがです、メイ様」
「ですが、誰も代表決定戦へ立候補しませんでした」
「賢明な判断だと思います」
「ミルロまで、そのようなことを言うのですか!」
「以前、十二秒で一つの班を全滅させた方と、好んで戦おうとは思わないでしょう」
「わたしなら戦いますわ」
「それはメイ様だからです」
ミルロが呆れたように笑う。
その笑顔を見ていると、張り合いがなかったという不満は消えていった。
戦いたかった相手は、最初から一人だけだったのかもしれない。
「二週間後ですわね」
「はい」
「護衛だからといって、手を抜いたら許しません」
「王女殿下だからといって、手加減するつもりもありません」
ミルロの返事は静かだった。
けれど、その赤い瞳には、わたしと同じ闘志が宿っている。
わたしの周囲で、金色の雷が小さく弾けた。
ミルロの足元からは、白い冷気が広がっていく。
『二人とも、部屋を壊さないでよ』
ライラが慌てて間へ飛び込んだ。
『戦うのは二週間後。ここで始めたら駄目』
『ミルロ。今日はもう十分に戦ったでしょう』
ユキメにも止められ、わたしたちは同時に魔力を収める。
「今日は譲って差し上げます」
「ありがとうございます」
「二週間後は譲りませんわ」
「わたしもです」
視線がぶつかる。
どちらからともなく、笑みがこぼれた。
わたしはAクラスの代表。
ミルロはBクラスの代表。
三年間を共に過ごし、何度も剣と弓を交えてきた二人が、今度はクラスの命運を背負って向かい合う。
待ち望んだ戦いまで、あと二週間。




