第22話 崩れた連携
代表決定戦は、翌日の放課後に行われることになった。
場所はBクラス校舎の裏にある、土がむき出しになった古い演習場。
Aクラスが使う石造りの闘技場と比べれば狭く、観客席すらない。見学に来たクラスメイトたちは、演習場を囲む柵の外からこちらを眺めていた。
「王国貴族としては、ミルロ様に勝っていただきたいところですが……さて、どうなるでしょうね」
王国の伯爵家出身だと聞いた女子生徒が、演習場を冷静に見つめている。
「ふん。俺はあいつが嫌いだから、ゲイルにこてんぱんにされてほしいぜ。そもそも、俺は王国出身でもないからな」
その近くでは、昨日舌打ちをしていた男子生徒が、不機嫌そうに腕を組んでいた。
「くそっ! 俺も戦えるなら、昨日の授業に出ればよかったぜ!」
昨日まで空席だった場所の主――活発な獣人の男子が、悔しそうに柵をつかむ。
「これに懲りたら、ちゃんと授業に出ろよ」
同じ班の男子生徒が、呆れたように答えた。
「ニンジンを食べながら試合を見る。いい余興だねぇ」
別の女子生徒は、今日もニンジンをかじりながら演習場を眺めている。
「あなた、いつもニンジン食べてるよね」
隣に立つ女子生徒の冷静な指摘にも、ニンジンを食べる手は止まらなかった。
昨日は代表を押しつけ合っていたとは思えないほど、見物人だけは集まっている。
勝手なものだと思う。
「勝利条件は、相手全員を戦闘不能にするか、降参させることだ。演習場の外へ出た者も失格とする」
審判を務める担任が、わたしたち六人を見回した。
「危険だと判断した場合はこちらで止める。これは殺し合いではない。熱くなりすぎるな」
「分かっています」
向かいに立つゲイルが答え、鞘から剣を抜いた。
ゲイルの魔力がハゲンを介して冷気へ変わり、その刀身へ薄くまとわりつく。
ゲイルの右にはダン。炎の闘牛バーニングを背負い、今にも地面を蹴りそうな姿勢を取っている。
左にはソフィア。足元にシャネルを従え、余裕の笑みを浮かべていた。
「今のうちに降参してもよろしくてよ、リリス」
「せっかく可愛く勝つ方法を考えたのに、見せずに帰るなんてもったいないわ」
「その無駄なこだわりが、あなたをBクラスにしたのですわ」
「二人とも、試合前から喧嘩しないでください」
わたしが止めると、リリスは頬を膨らませながらも一歩下がった。
隣では、テラが大盾を両手で構えている。
「ミ、ミルロちゃん。作戦どおりでいいんだよね?」
「はい。テラは前へ。ただし、わたしの指示をよく聞いてください」
「う、うん!」
「リリスはテラの後ろから援護を。仕掛けるタイミングは、わたしが作ります」
「任せて。勝利の舞台を、とびきり可愛く飾ってあげる!」
わたしは《青龍の弓》を構えた。
ユキメが弓の上へ舞い降り、白い髪を揺らす。
『ミルロ、三人の呼吸を合わせてね』
「ええ」
まだ、わたしたちは完成された班ではない。
けれど、一人ではできないことも、三人ならできる。それを確かめるために、今日まで一緒に考えてきた。
「両班、準備はいいな」
六人が同時にうなずく。
教師が右手を振り下ろした。
「始め!」
「行くぞ、バーニング!」
『燃えてきたぜえええっ!』
最初に飛び出したのはダンだった。
ダンの魔力がバーニングを介して炎へ変わり、その背中で爆発する。大きな身体が、砲弾のように迫ってきた。
速い。
大盾で受け止めれば、テラでも押し切られるかもしれない。
「テラ、右へ三歩! 正面から受けないで!」
「は、はいっ!」
わたしはテラの足元へ氷の矢を放った。
地面に細長い氷の道が生まれる。テラは大盾を構えたまま足を乗せると、勢いよく右へ滑った。
直後、ダンが誰もいなくなった場所を突き抜ける。
「曲がりきれない!?」
「今です、テラ!」
「え、えいっ!」
テラが、大盾を横からダンの肩へ叩きつけた。
重い音が響き、牛の巨体が大きくよろめく。
「リリス!」
「スタルン、出番よ!」
『キラッ!』
リリスが地面へ手をついた。
次の瞬間、地中から完成済みの石柱が飛び出した。先端は星形に整えられ、表面には羽と花の模様まで刻まれている。
ダンは慌てて両腕で受け止めたが、そのまま演習場の端まで押し込まれた。
「あなたの魔法が、こんなに速く完成するはずがありませんわ!」
ソフィアが声を上げる。
「試合が始まる前から、地面の下へ仕込んでいましたわね?」
「何のことかしら?」
リリスは楽しそうに首を傾げた。
「仮にそうだとしても、事前に作ってはいけないなんて言われていないでしょう?」
「ひ、卑怯ですわ!」
「作戦と呼んでちょうだい」
その間にも、わたしは演習場の各所へ氷の矢を放っていた。
テラの足場となる細い氷の道が、地面を縫うように広がっていく。
「時間のかかる魔法でも、先に完成させておけばこちらのものよ!」
「次も使わせると思いまして?」
ソフィアが扇を振る。
「シャネル!」
『さらさら行くシャ!』
ソフィアの魔力がシャネルを介して砂へ変わり、地面を走った。
「氷よ!」
わたしはさらに一本の矢を放った。
矢はリリスの手前へ突き刺さり、その場所から厚い氷の壁がせり上がる。
砂がリリスへ届く寸前、氷壁がその進路を遮った。
行き場を失った砂が左右へ分かれ、わたしたちの横を流れていく。
「またミルロですの!?」
「戦いは速い者が勝つのではありません。味方より先に動ければ、それで十分です」
「言ってくれますわね……!」
ゲイルが動いた。
足裏へ薄い氷を作り、地面を滑るように接近してくる。
速い。
けれど、メイ様よりは遅い。
わたしは氷の矢を三本同時につがえた。
「ハゲン、刃を強化しろ!」
『分かっている』
ゲイルの剣を包む冷気が、一段と濃くなる。
振るわれた刃が一本目の矢を弾き、二本目を切り落とした。
三本目だけが足元へ突き刺さり、氷の花を咲かせる。
ゲイルは寸前で後ろへ跳んだが、その着地地点には、地中へ仕込まれていた星形の石柱が待っていた。
「くっ!」
体勢を崩したゲイルへ、テラが大盾を構えて横から迫る。
「ご、ごめんなさい!」
「謝りながら盾で殴るな!」
ゲイルは剣の腹で大盾を受けた。
重い音が響き、その身体が後ろへ滑る。
ダンが助けに入ろうとするが、その前にはわたしの氷壁。ソフィアの砂は、リリスがあらかじめ仕込んでいた別の石柱に阻まれている。
三人の力をつなげれば戦える。
相手はBクラスの上位三人。それでも、わたしたちが押している。
「すごい……」
「当然です。王国の騎士が、帝国の騎士に劣る確率は限りなくゼロです」
王国の伯爵家出身だという女子生徒が、満足そうにうなずく。
「けっ。相変わらず忌々しい奴だぜ」
その近くでは、腕を組んだ男子生徒が不機嫌そうに吐き捨てた。
「くそっ! 俺なら、もっと上手く戦えるのに!」
活発な獣人の男子が、悔しそうに柵を揺らす。
「うん、なかなかやるねぇ。まあ、わたしならもっと上手く戦えるかも」
ニンジンをかじっていた女子生徒が、感心したようにうなずいた。
「あなた、それ本気で言ってる?」
隣の女子生徒が、疑わしそうな目を向けた。
テラの顔にも、少しだけ自信が浮かぶ。
「わ、わたしたち、本当に勝てるかも」
「もちろんよ。わたしたちが一番可愛いもの!」
「可愛さは関係ありませんが、このまま押し切ります」
わたしが次の矢を作ろうとしたときだった。
「――やはり、お前か」
ゲイルが小さくつぶやいた。
「何がですか?」
「攻撃も、防御も、二人が動くタイミングまで、すべてお前が作っている」
ゲイルは剣を大きく振り上げた。
「ハゲン、道を砕くぞ!」
『承知した』
ゲイルの魔力がハゲンを介して氷へ変わり、剣の刀身へ集まっていく。
ゲイルが剣を地面へ振り下ろした。
刀身から放たれた氷の斬撃が地面を走り、わたしの作った氷の道へ直撃する。
亀裂が氷の上を駆け抜け、演習場に張り巡らせた道を次々と砕いていった。
テラの足元から、氷が消える。
「きゃっ!」
滑る勢いを失い、テラが大盾を抱えたまま土の上へ転がる。
「ダン! テラを演習場の反対側へ押し込め!」
「おう!」
『突撃だあああっ!』
ダンの魔力がバーニングを介して炎へ変わり、その背中で爆発した。
ダンは立ち上がったテラへ突っ込み、大盾ごと肩で押し始める。
「リリスをテラから離せ! ソフィア!」
「言われなくても!」
ソフィアが放った砂の波が、リリスとテラの間を横切った。
リリスが石壁を作ろうと地面へ手を伸ばす。
しかし、その石壁が完成するより早く、ゲイルが地面を蹴った。
「お前の相手は俺だ、ミルロ!」
氷の剣が目の前へ迫る。
わたしは両脚へ身体強化の魔力を集中させ、地面を強く蹴った。
身体が一気に後方へ飛び、ゲイルの剣が何もない空間を切り裂く。
着地と同時に矢をつがえ、追いかけてくるゲイルへ放った。
「くっ!」
ゲイルが氷の剣で矢を弾く。
その間に、わたしはさらに距離を取った。
ゲイルが一歩踏み込むたびに矢を放ち、決して剣の間合いへ入らせない。
ゲイルの速さでは、わたしを捕らえられない。
けれど、彼は無理に距離を詰めようとはしなかった。
わたしとテラたちの間へ立ち、援護の矢を放とうとするたびに射線を塞いでくる。
わたしがテラたちへ狙いを向ければ、その瞬間だけ一気に距離を詰めようとする。
援護へ矢を回す余裕を与えないつもりだ。
「二人を助けに行かせると思うか!」
「わたしをあなたへ集中させ、その間に二人を倒すつもりですか」
「違う」
ゲイルは剣を構え、わたしから視線を外さない。
「お前から引き離せば、あの二人は自分で崩れる!」
◇
――テラ視点――
「うおおおおっ!」
ダンの拳を、わたしは大盾で受け止めた。
大きな身体同士が盾を挟んでぶつかり、足元の土が沈む。
ミルロちゃんは言ってくれた。
純粋な力なら、わたしも負けていないと。
「テラ! お前、やっぱり強いな!」
「そ、そんなこと……ないよ!」
「なら、俺を押し返してみろ!」
大盾を握る両腕へ力を込める。
少しずつではあるけれど、ダンの身体が後ろへ下がり始めた。
魔法を使わなくても、力なら負けていない。
けれど、ダンの背後ではバーニングの炎が燃え上がっている。
爆発の勢いが加わり、わたしの足が少しずつ後ろへ滑り始めた。
このままでは、押し切られる。
ミルロちゃんの姿は、ゲイルに遮られて見えない。
声も届かない。
どうすればいいのか、自分で決めなければならない。
『テラ、ぼくの力を使って!』
「う、うん。わたし一人じゃ、勝てないから……!」
わたしの魔力がハナビを介して炎へ変わり、大盾を支える両腕を包んだ。
一瞬だけ、ダンの身体を押し返す。
けれど、すぐに呼吸が荒くなった。
「あ、暑い……」
白熊の獣人であるわたしの身体は、ただでさえ暑さに弱い。
自分の炎が、自分の力を奪っていく。
炎を消せば、バーニングの力を受けたダンには勝てない。燃やし続ければ、先にわたしが動けなくなる。
冷たい炎を作れたら――。
何度も思い描いた色を、わたしは必死に探した。
しかし、大盾を支える腕を包む炎は赤いままだ。
「バーニング、最大だ!」
『爆発、突撃ぃぃぃっ!』
ダンの魔力がバーニングを介して炎へ変わり、その背中で爆発した。
「きゃあっ!」
大盾ごと正面から押し切られ、わたしの身体が地面へ転がった。
立ち上がろうとしたけれど、身体に熱がこもり、両腕にも力が入らない。
「そこまで! テラ、戦闘不能!」
教師の声が響いた。
「ご、ごめん……ミルロちゃん……」
わたしの炎が消える。
残された熱だけが、演習場に張った氷をゆっくりと溶かしていった。
◇
――リリス視点――
「ストーンシュート!」
わたしの前へ、羽の模様を彫り込んだ石が作られていく。
「遅いですわ!」
「まだ完成していないのよ!」
「だから遅いと言っているのです!」
ソフィアの魔力がシャネルを介して砂へ変わる。
放たれた砂の礫が、完成前の石を次々と削った。
わたしは後ろへ下がりながら、もう一つの石を作ろうとした。
星形。丸い目。小さな翼。
どれも可愛くしたい。
中途半端な形で撃ち出すなど、わたしには耐えられなかった。
「形なんてどうでもいいでしょう!」
「よくないわ! 魔法は、わたしの作品なの!」
「戦場で完成しない作品に、価値なんてありませんわ!」
わたしがあらかじめ石柱を仕込んでいた場所は、もう遠い。
ここで使えるものは、その場で作る魔法しかなかった。
ソフィアの魔力が再びシャネルを介して砂へ変わり、わたしの足首へ絡みつく。
「しまっ――」
「サンドウェーブ!」
足元から持ち上がった砂の波が、わたしの身体を演習場の外へ運んだ。
わたしは咄嗟に手を伸ばしたが、その指は境界線の内側へ届かない。
「リリス、場外! 失格!」
教師が宣言する。
ソフィアは扇を閉じ、荒い息を整えながら胸を張った。
「速さこそ、実戦で最も大切な品質ですわ」
わたしは何も言い返せなかった。
◇
――ミルロ視点――
二人が敗れた。
ゲイルの接近を矢で牽制しながら、その事実を受け止める。
分断されてから、ほとんど時間は経っていない。
わたしが作った隙を使えば戦える。
わたしの氷があれば動ける。
わたしが守れば、魔法を完成させられる。
それは連携であると同時に、わたし一人を中心にした危うい戦い方だった。
「これで三対一だ」
ゲイルが距離を取る。
右から、炎をまとったダンが近づいてくる。
左からは、ソフィアとシャネル。
正面には、氷の剣を構えたゲイル。
柵の外から聞こえていた声も消えた。
誰もが、勝負は終わったと思っている。
「降参しろ、ミルロ」
ゲイルが告げた。
「一人で俺たち三人には勝てない」
わたしは周囲を見た。
炎によって溶かされた氷。
砂に半分埋もれながらも、演習場に残る星形の石柱。
テラとリリスが、ここで戦った痕跡。
わたしは《青龍の弓》へ三本の矢をつがえた。
「いいえ」
三人を順番に見据える。
「ここからが、本番です!」
【序盤改稿のお知らせ】
いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
第22話の投稿と並行して、設定の矛盾を解消するため、これまでに公開した一部のエピソードを改稿しました。
物語の大筋に変更はありませんので、改めて読み返していただく必要はございません。ただ、細かな設定や会話、登場人物の描写などが変わっています。
以前よりも楽しく読んでいただける内容になったと思いますので、お時間がありましたら、読み返していただけるとうれしいです。
これからも、ミルロとメイたちの物語を見守っていただけましたら幸いです。
今後とも、よろしくお願いいたします。




