↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/53

第21話 二つの立候補

入学から、二か月半が過ぎた。


 放課後の鐘が鳴っても、担任の教師は教室から出ていかなかった。


「全員、そのまま席にいろ。今日は大切な話がある」


 帰り支度を始めていた生徒たちが、面倒そうに手を止める。


 教師は教壇へ一枚の紙を広げた。


「二週間後、A・Bクラスの入れ替え戦を行う」


 教室の空気が、わずかに重くなった。


 入学式の日に説明された、クラス対抗の模擬戦。


 AクラスとBクラスが、それぞれ三人一組の代表班を選出して戦う。


 Bクラスが勝てば、わたしたち十五人は翌日からAクラスとなる。


 清潔で設備の整った教室、豪華な給食、談話室に併設されたカフェの利用権。さらに演習場を回数制限なく使え、緊急時を除けば保健室での治療も優先される。


 そのすべてが手に入る。


 代わりに、現在のAクラスはBクラスへ落ちる。


 大きな機会であるはずなのに、教室から歓声は上がらなかった。


 教室の後方に、一つだけ空いている席がある。


 そこに座っているはずなのは、活発そうな獣人の男子だ。同じ班の二人から班長と呼ばれていたと思うけれど、なぜか今日も学園へ来ていない。


「班長がいないんだから、俺たちはどうでもいいよ」


「わたしも、それで構わないわ」


 空席の近くに座る二人は、それだけ言って興味を失ったように視線を逸らした。


「王女殿下が相手ですよ? 勝てるわけがありません。費用対効果が悪すぎます」


 そう口にしたのは、王国の伯爵家出身だと聞いたことのある女子生徒だった。


 Bクラスとなったことがよほどショックだったのか、入学した頃から浮かない顔をしている。


「まあ、どこかのバカが勝手に飛び出したせいで、先日の模擬戦にも負けてしまいましたし」


「……ケッ」


 少し離れた席に座る男子生徒が、忌々しそうに舌打ちした。


「わたしも、やる気ないやぁ。王女様って強そうだもん」


 別の女子生徒は、ニンジンをかじりながら気の抜けた声を漏らした。


「まあ、今回は班長の言うことが正しいと思うわ」


「ちょっと、それはひどいよ!」


 隣の女子生徒の言葉に、ニンジンをくわえたまま即座に言い返す。


「わしも、今回は気乗りせんのう」


 もう一人の班員も同意し、再び教室に諦めた空気が広がった。


 ゲームで描かれた二年生の入れ替え戦では、Aクラスが必ず勝つ。


 Bクラスは主人公たちの強さを見せるために用意された相手で、勝敗を競う存在ですらなかった。


 一年生の試合については、行われたという説明しかなく、参加者も結果も語られない。


 けれど、この教室の空気を見れば、現実でもBクラスが勝つことを期待されていないのは明らかだった。


 自分たちは、Aクラスの引き立て役。


 最初から勝てないと決めつけ、傷つかずに終わることだけを考えていた。


「今から代表班を決める。希望する班は立候補しろ」


 誰も手を挙げない。


 互いの顔をうかがいながら、自分が指名されないよう視線を伏せている。


 わたしは隣に座るテラとリリスを見た。


 テラは緊張した顔で、それでも小さくうなずいた。


 リリスは、最初から答えなど決まっているように笑う。


 わたしは右手を挙げた。


「わたしたちが――」


「俺たちが出ます」


 教室の反対側から、別の声が重なった。


 立ち上がったのは、背筋をまっすぐに伸ばした少年だった。


 短く切りそろえた紺色の髪。腰には、学園内でも片時も離さない長剣を下げている。


 ゲイル・ダイフクン。


 キルラルド帝国の子爵家に生まれ、入学試験の総合順位は十六位。Bクラスでは最も成績が高い生徒だ。


 ダイフクン家は、マルチーズ家と同じく、代々多くの騎士を輩出してきた家系でもある。


「ゲイル班と、ミルロ班の二組か」


 教師がわたしたちを見比べる。


 教室内が、急に騒がしくなった。


「やっぱりゲイルだよな」


「剣術だけなら、Aクラスでも上位だって聞いたぞ」


「もう一組はミルロ? 本気なのか?」


 ゲイルの両隣でも、二人の生徒が立ち上がった。


 一人は、テラにも負けないほど大きな身体を持つ牛の獣人だ。


 太い二本の角と、鍛え上げられた腕。ワイマール共和国出身のダン。


 その背後に、炎でできた闘牛の精霊が現れる。


『俺はバーニング! 正面から全部吹き飛ばすぞ!』


「声が大きい……」


 テラが耳を押さえながら、大きな身体を縮めた。


 ダンは炎属性。


 バーニングを介して生み出した炎を爆発させ、その勢いを加えた突進を得意としている。


 同じ獣人の炎使いでも、魔法を使うほど動けなくなるテラとは正反対だ。


 もう一人は、砂色の長い髪を整えた少女だった。


 ソフィア・ランドル。


 キルラルド帝国出身で、総合順位は十八位。十七位だったリリスとは、わずか一つ違いだ。


 足元には、丸い目と口を持つ小さな砂山がいる。


『シャネル、準備できてるシャ』


「頼みますわ、シャネル」


 ソフィアもリリスと同じ土属性。


 ただし、石を美しく形作るリリスとは違い、砂を素早く操る魔法を得意としている。


 ランドル家が営むランドル商会は、大陸各地を結ぶ物流商会の一つだ。


 ブティックを営むシナプス商会とも長年取引があり、ソフィアとリリスも幼い頃から面識があると、以前リリスから教えてもらった。


「リリス。まさか、あなたも代表になるつもりですの?」


「そのつもりよ」


「初級魔法一つに、いつまでも模様を彫っているあなたが?」


「でも、入学試験はわたしが十七位で、ソフィアは十八位でしょう?」


 ソフィアの眉が跳ね上がった。


「たった一点差ですわ!」


「一点でも勝ちは勝ちよ?」


「だから、あなたには負けたくないのです!」


 二人の間に見えない火花が散る。


 美しさと品質を重んじるシナプス商会と、品物を早く、安く、大陸各地へ届けるランドル商会。


 商売でも魔法でも、二人の考え方は正反対らしい。


 そして、ゲイルの肩の上には、白く丸い精霊が浮かんでいた。


 アイスクリームのような身体に、小さな手足がついている。


『ゲイル。熱くなりすぎるな』


「分かっている、ハゲン」


 ゲイルも、わたしと同じ氷属性だ。


 魔力量は多くない。しかし剣術の腕は高く、限られた氷を刀身や足元だけに集中させて戦う。


 遠距離から大量の氷を生み出すわたしとは、同じ属性でも使い方がまったく違う。


「ミルロ・マルチーズ」


 ゲイルが、まっすぐにわたしを見た。


「立候補を取り下げろ」


「お断りします」


「これは遊びではない。Bクラス全員の立場が懸かっている」


「分かっています」


「分かっている人間が、どうして手を挙げられる?」


 教室が静まり返る。


「入学試験で不正を働き、それを見抜かれて最下位へ落とされた。そう聞いている」


「それは事実ではありません」


「なら、なぜ公表された成績が三十位なんだ?」


「わたしの成績を、別の方のものと入れ替えられたからです」


 教室のあちこちから、疑うような声が上がった。


「そんな話、信じられるか」


「証拠はあるの?」


「都合のいい言い訳じゃないのか?」


 入学から二か月半。


 最初の頃より、わたしたちの実力を認める者は増えている。


 それでも、不正の噂が完全に消えたわけではない。


 ゲイルの目に浮かんでいるのは、成績への嫉妬ではなかった。


 本気の怒りだ。


「ダイフクン家では、マルチーズ家を尊敬すべき好敵手だと教えられてきた」


 ゲイルの手が、腰の剣を強く握る。


「だからこそ、その名を継ぐ人間が、不正によって家名を汚すことは許せない。まして、そんな人間にBクラスの名を背負わせるわけにはいかない」


「ですから、不正はしていません」


「言葉だけなら、何とでも言える」


「では、どうすれば認めるのですか?」


「実力を見せろ」


 ゲイルが一歩、前へ出た。


「俺たちより弱い班に、代表を譲るつもりはない」


「その意見には賛成です」


 わたしも席から立ち上がる。


「勝てない方が、代表になるべきではありません」


「なら、その自信が本物か、明日の試合で確かめてやる」


「望むところです」


 わたしはゲイルから視線を外し、教室を見回した。


 古い机、ひびの入った壁、最初から勝つことを諦めたクラスメイトたち。


「このクラスへ来た日、わたしは皆さんから不正をした人間だと思われていました。テラは自分を弱いと思い、リリスは魔法が遅いという理由で評価されていなかった」


 二人が、わたしの隣へ並ぶ。


「それでも、わたしたちは弱くありません」


「こ、怖いけど……わたしも、Aクラスに勝ちたい」


 テラが震える声で、それでもはっきりと告げた。


「わたしたち三人なら、最高に美しく勝てるわ!」


 リリスも胸を張る。


「このクラスが、負けるためだけに用意された場所ではないと証明します」


 教室の空気が変わった。


 誰も勝てるとは言わない。


 けれど、先ほどまで伏せられていた視線が、わたしたちとゲイル班へ集まっている。


「話は決まったな」


 担任の教師が、教壇を指で叩いた。


「代表枠は一つ。立候補した班が二つなら、戦って決める」


「異存ありません」


 ゲイルが即答する。


「わたしたちもです」


「代表決定戦は、明日の放課後。実際の入れ替え戦と同じ三対三の形式で行う」


 ゲイルの肩の上で、ハゲンが白い冷気をまとった。


 ダンの背後では、バーニングの身体を形作る炎が燃え上がる。


 ソフィアの隣で、シャネルの身体から砂がさらさらと流れ落ちる。


 対するわたしの肩にはユキメ。


 テラの隣にはハナビ。


 リリスの頭上にはスタルンが現れた。


「ミルロ。騎士の家の名と、Bクラスの代表を懸けて勝負だ」


「家の名ではなく、わたしたち自身の力で勝負しましょう」


 ゲイルとわたしの魔力が、それぞれハゲンとユキメを介して冷気へ変わる。


 二つの冷気が、教室の中央でぶつかり合った。


 Aクラスと戦う前に、越えなければならない相手が決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。