↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/53

第19話 王女様はジャンクをご所望

「何かが足りませんわ」


 昼休みの食堂で、わたしとテラ、リリスの三人が食事を取っていると、メイ様が自分の盆を手にやってきた。


 メイ様の昼食には、香草を添えた鶏肉の蒸し焼き、色鮮やかな野菜、豆のスープ、焼きたての白いパンが並んでいる。食後の果物までついていた。


 ところが、わたしたちの机へ近づいたメイ様は、三人の食事を見て露骨に顔をしかめた。


 今日のBクラスの献立は、硬い黒パンと、野菜とくず肉のスープ。


 豪華とはいえないが、最低限の栄養は取れる。味つけも薄いけれど、その分、野菜や肉の味がよく分かった。


 路地裏で暮らしていた頃を思えば、温かい食事を毎日用意してもらえるだけで十分ありがたい。


「……何ですの、これ?」


「何って、今日の昼食ですけれど」


 リリスが黒パンをスープへ浸しながら答えた。


「質素すぎませんこと?」


「Bクラスですから」


 入学式で説明されたとおり、Aクラスには豪華な給食が用意される。


 焼きたての白いパンに、上質な肉や魚を使った料理。副菜も数種類から選ぶことができ、日によっては食後の菓子までつく。


 一方、Bクラスに用意されるのは、黒パンと具の少ないスープを中心とした簡素な食事だ。


 食べる量が足りないわけではない。


 それでも、目の前に並べて比べれば、その差は一目で分かる。


「同じ学園の生徒なのに、ここまで違うのですか?」


「わたしは、これでもおいしいと思うよ」


 テラが黒パンをちぎりながら、小さな声で答えた。


「そういう問題ではありませんわ!」


 メイ様は納得できない様子だったが、やがて何かを思い出したように自分の盆を机へ置いた。


「それで、メイ様。先ほど、何かが足りないとおっしゃっていましたが」


「そうでしたわ!」


 メイ様は鶏肉の蒸し焼きを指さし、堂々と胸を張った。


「この料理には、ジャンク感が足りませんわ!」


 向かいに座るテラとリリスが、そろって首を傾げた。


「じゃんく?」


「何ですの、それ?」


「以前、わたしがメイ様へ教えた言葉です。味が濃かったり、油をたくさん使っていたりする料理を――」


「つまり、食べるだけで心が躍る料理ですわ!」


「そこまで都合のよい意味ではありません」


 王宮でもAクラスでも、メイ様が食べる料理は栄養まで考えて作られている。


 身体を鍛えるにはありがたいのだけれど、本人はそれが少し物足りないらしい。


「ミルロ。何か作れないの?」


「急に言われましても……」


 前世で食べた料理を思い出す。


 味が濃くて、油を使い、子供でも喜びそうなもの。


「コロッケなら、作れるかもしれません」


「ころっけ?」


 今度は三人が同時に首を傾げた。


「茹でたジャガイモを潰し、炒めた挽肉や玉ねぎと混ぜて、パン粉をつけて油で揚げる料理です」


「油で揚げる……!」


 メイ様の青い瞳が輝く。


「それですわ! わたしが求めていたものは!」


「まだ食べてもいないでしょう」


「ミルロが作るのなら、おいしいに決まっています」


「わたしも食べてみたい」


 テラが遠慮がちに手を挙げる。


「形も自由に変えられるのよね? それなら、かわいくできそうだわ」


 リリスもすでに乗り気だ。


 ジャガイモや玉ねぎ、小麦粉や卵は、食堂の厨房で分けてもらえるだろう。


 問題は、大量に必要となる揚げ油と挽肉だった。


「それなら、《ピックス》を狩ればいいですわ」


「ピックス?」


「学園の裏にある森に生息する、豚に似た魔物です。肉は食用になり、脂身からは油も取れます」


 メイ様が当然のように立ち上がる。


「決まりですわね。午後の授業が終わったら、四人で狩りに行きましょう!」


「今から許可を取れるのですか?」


「初心者向けの討伐依頼に、ちょうどピックスがあったはずです」


「依頼掲示板まで確認していたのですね」


「昨日、面白そうな魔物がいないか、端から見ただけですわ」


 勉強のためではなかったらしい。


 それでも、今回は役に立った。


     ◇


 放課後。


 教師へ届けを出したわたしたちは、学園裏の森へ入った。


 ピックスは、魔物の中では比較的弱く、初心者向けの討伐対象とされている。積極的に人間を襲うことは少ないけれど、身体は大きく、興奮すると木さえ倒す勢いで突進するらしい。


「本当に、わたしたちだけで大丈夫かな……」


 テラが大盾を抱えながら、不安そうに周囲を見回す。


「初心者向けの依頼なのでしょう?」


 リリスは土で小さな星を作りながら歩いていた。


「だからこそ不安なの。初心者向けでも、魔物は魔物だから」


「静かに」


 わたしは二人を止め、木々の間へ耳を澄ませた。


 低い鳴き声。


 茂みを踏み荒らす、複数の足音。


 揺れる枝葉の隙間から、五つの灰色の影が見えた。


「前方に五体います。右に二体、左に三体。風下から回り込みましょう」


「見えるの?」


「揺れている枝と足音を追えば、だいたいの位置は分かります」


 テラとリリスが驚いたように顔を見合わせる。


 わたしは青龍の弓を取り出し、氷の矢をつがえた。


「メイ様。右側の二体をお願いします」


「分かりましたわ」


「まだ姿もほとんど見えていないのに、場所まで分かるの?」


 テラの疑問へ答えるより先に、わたしは矢を放った。


 白い矢が木々の隙間を抜け、茂みの向こうへ突き刺さる。


 地面を覆う霜。


 驚いた五体のピックスが、茂みから飛び出した。


 灰色の毛に覆われた身体は、普通の豚より二回りも大きい。口元から短い牙を伸ばし、甲高い鳴き声を上げている。


 氷を避けるため、群れが左右へ分かれた。


 その瞬間には、メイ様が走り出している。


『いくよ、メイ!』


「ええ!」


 メイ様の魔力がライラを介して雷へ変わり、金色の光となって全身を包む。


 一体目が振り向くより早く、青龍の剣が急所を正確に貫いた。


 隣のピックスが牙を向ける。


 メイ様は剣を抜いた勢いのまま身体を回し、二体目の首元へ刃を滑らせた。


 二体が、ほとんど同時に倒れる。


「右側に二体いると聞いただけで、居場所まで分かっていたの?」


 リリスが呆然とつぶやく。


「わたしの矢を見れば、メイ様には分かります」


 左へ逃げようとした三体の前へ、続けて氷矢を撃ち込む。


 一射目で地面を凍らせ、二射目で一番後ろの足を止める。


 群れの先頭が進路を変えた。


 けれど、そこはすでにメイ様の間合いだ。


「逃がしませんわ!」


 雷鳴が三度響く。


 最後のピックスが地面へ倒れたとき、わたしは三本目の矢をつがえたまま構えを解いた。


 森に、静けさが戻る。


「終わったの?」


 テラは一度も動かしていない盾の陰から顔を出した。


「はい」


「わたしたち、何もしていないわ」


 リリスが不満そうに頬を膨らませる。


「二人だけで、五体も……」


「三年間、一緒に戦ってきましたから」


 わたしが氷で敵の道を決め、メイ様がその道を駆け抜ける。


 何度も繰り返してきた、わたしたちの戦い方だ。


「ミルロが矢を放てば、わたしがどこへ進めばいいかくらい分かりますわ」


 剣の血を払いながら、メイ様が当然のように答える。


「すごい……」


 テラの目が、尊敬と驚きで大きく開いていた。


「でも、これでは四人で来た意味がありませんわ!」


 リリスの言うとおりだ。


 テラとリリスにも、実戦を経験してもらうつもりだった。


「もう少し奥へ進みましょう。次に見つけたピックスは、四人で――」


 言い終える前に、地面が大きく揺れた。


 木の幹がへし折られ、先ほどのものより倍近く大きなピックスが現れる。


 倒された群れの主だろう。


「来ます!」


 巨大な牙が、一直線にわたしたちへ迫る。


 メイ様が前へ出ようとするより早く、テラが大盾を構えた。


「こ、怖いけど……今度は、わたしが止める!」


 激突。


 重い音とともに、テラの足が地面へ沈む。


 それでも、大盾は倒れなかった。


「ミルロ!」


「任せてください!」


 わたしはテラの盾の横から氷矢を放ち、ピックスの前脚を地面へ固定した。


 ピックスは身体を激しく揺らし、氷を砕こうとする。


 テラは大盾を押し返しながら、その場で踏みとどまった。


「リリス、今です!」


「分かっているわ!」


 リリスが地面へ両手をつく。


 土がゆっくりと盛り上がり、ピックスの左右へ壁を作っていく。


 テラとわたしが動きを止めている間に、二枚の壁がようやく完成した。表面には、星と花の模様が刻まれている。


 相変わらず、装飾は欠かさないらしい。


「メイ様、正面です!」


「ええ!」


 左右を壁、正面をテラの盾で塞がれ、ピックスは身動きが取れない。


 メイ様がテラの大盾を踏み台にして跳び上がる。


「これで、終わりですわ!」


 青龍の剣が、巨大なピックスの急所を貫いた。


 今度こそ、四人でつかんだ勝利だった。


「テラ、よく正面から止められましたね」


「こ、怖かった……」


 力が抜けたテラが、その場へ座り込む。


 けれど、その表情には小さな達成感が浮かんでいた。


「わたしの壁も役に立ったでしょう?」


「ええ。模様を彫っていなければ、もう少し早く完成したと思います」


「そこは譲れないわ!」


     ◇


 討伐したピックスは、学園の解体場で食用の肉と脂身に分けてもらった。


 その日の夕方、食堂の厨房を借りて調理を始める。


 まずは脂身を鍋で熱し、透明な油を取り出す。


 テラがハナビを介して小さな炎を作り、鍋の下の火加減を調整する。わたしは熱がこもらないよう、テラの周囲へ冷気を流した。


「料理でも、ミルロちゃんに冷やしてもらってる……」


「無理をして倒れるよりいいでしょう」


「この前の話を思い出して、熱くない炎も練習してるよ。でも、まだできないの」


『もうちょっとな気がするんだ!』


「焦らずに探しましょう」


 油の準備をしている間に、ジャガイモを茹でる。


 柔らかくなったところで、テラが大きな木べらを持った。


「これを潰せばいいの?」


「はい。ただし、鍋まで潰さないでください」


「そ、そんなに力を入れないよ」


 一度押しただけで、山盛りのジャガイモがきれいに潰れた。


 わたしとメイ様が玉ねぎと挽肉を炒め、それをジャガイモへ混ぜ込む。


 塩と香辛料で味を整えれば、中身の完成だ。


「次は、好きな形に整えてください」


「好きな形でいいの?」


 リリスの目が輝いた。


 普通の楕円形に加え、星、花、白熊、雪の結晶。


 リリスは次々と形を作り、表面の細かな模様にまでこだわり始めた。


「どうせ衣をつけたら、細かい模様は見えなくなりますよ」


「作る途中がかわいければ、それでいいの!」


 メイ様は、両手いっぱいの大きな塊を作っていた。


「メイ様。それは大きすぎます」


「これくらいなければ、ジャンクとは呼べませんわ」


「中まで火が通りません」


「すでに炒めた肉と茹でたジャガイモでしょう?」


「衣だけ焦げます」


 半分に減らしても、ほかのコロッケの倍はあった。


 小麦粉、溶いた卵、細かく砕いたパンの順につけ、熱した油へ静かに入れる。


 ぱちぱちと音を立て、白かった衣が黄金色へ変わっていく。


 香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。


「これが、コロッケ……」


 揚げたてを皿へ並べると、全員が待ちきれない様子で席についた。


「熱いので、気をつけてください」


 メイ様が最初にかじりつく。


 さくり。


 衣が割れる軽い音がした。


「外はさくさく、中はほくほく……!」


 メイ様の顔が、ぱっと明るくなる。


「これですわ! この油と塩気! 身体に悪そうな背徳感! これこそジャンクですわ!」


「ジャガイモも肉も入っていますから、そこまで悪いものではありません」


「今は余計なことを言わないでくださいな!」


 テラも大きなコロッケを一口で半分ほど食べ、幸せそうに目を細めた。


「おいしい……」


「わたしの星形も完璧だわ。でも、食べると形が崩れてしまうのよね……」


 リリスは自分で作ったコロッケを前に、本気で悩んでいる。


「食べるために作ったのですから、諦めてください」


「そうね。かわいいものは、味まで確かめて完成だもの」


 覚悟を決め、星の先端へかじりついた。


 四人で作った料理を、四人で囲む。


 狩りに行った疲れも忘れ、皿の上のコロッケは次々となくなっていった。


 そのとき、テラが鞄の中から小さな瓶を取り出した。


 中に入っているのは、黒く艶のある液体だった。


「チョコレートソース?」


「うん。コロッケを食べたあとに、少し舐めようと思って持ってきたの」


 その瓶を見つめていたメイ様の目が、怪しく輝いた。


「それをコロッケへかければ、もっとジャンクになるのではなくて?」


「メイ様。何を言っているのですか?」


「甘いチョコレートと、油で揚げたコロッケ。二つを合わせれば、背徳感も倍になりますわ!」


「倍にする必要はありません」


 止めるより早く、メイ様は新しいコロッケを皿へ置き、その上からチョコレートソースをかけた。


 黄金色の衣が、黒いチョコレートに覆われていく。


「いただきますわ」


「本当に食べるのですか?」


 メイ様はためらうことなく、チョコレートコロッケへかじりついた。


「甘くて、しょっぱくて……意外と悪くありませんわ」


「本当?」


 テラが身を乗り出す。


 自分のコロッケにもチョコレートソースをかけ、一口で半分ほど食べた。


「おいしい!」


 満面の笑みだった。


 リリスも怒るどころか、興味深そうにコロッケを眺めている。


「黄金色に焦げ茶色の線。見た目も新しいわ!」


「悔しいですが、本当に悪くありませんね……」


 わたしも一口だけ試してみる。


 コロッケの塩気とチョコレートの甘さは、思っていたより合っていた。


 全員が認めたことで、テラはうれしくなったらしい。


 今度は瓶を逆さにし、コロッケが見えなくなるほど大量のソースをかけ始める。


「テラ、それはかけすぎです!」


 わたしの声が、夕暮れの厨房へ響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。