第19話 王女様はジャンクをご所望
「何かが足りませんわ」
昼休みの食堂で、わたしとテラ、リリスの三人が食事を取っていると、メイ様が自分の盆を手にやってきた。
メイ様の昼食には、香草を添えた鶏肉の蒸し焼き、色鮮やかな野菜、豆のスープ、焼きたての白いパンが並んでいる。食後の果物までついていた。
ところが、わたしたちの机へ近づいたメイ様は、三人の食事を見て露骨に顔をしかめた。
今日のBクラスの献立は、硬い黒パンと、野菜とくず肉のスープ。
豪華とはいえないが、最低限の栄養は取れる。味つけも薄いけれど、その分、野菜や肉の味がよく分かった。
路地裏で暮らしていた頃を思えば、温かい食事を毎日用意してもらえるだけで十分ありがたい。
「……何ですの、これ?」
「何って、今日の昼食ですけれど」
リリスが黒パンをスープへ浸しながら答えた。
「質素すぎませんこと?」
「Bクラスですから」
入学式で説明されたとおり、Aクラスには豪華な給食が用意される。
焼きたての白いパンに、上質な肉や魚を使った料理。副菜も数種類から選ぶことができ、日によっては食後の菓子までつく。
一方、Bクラスに用意されるのは、黒パンと具の少ないスープを中心とした簡素な食事だ。
食べる量が足りないわけではない。
それでも、目の前に並べて比べれば、その差は一目で分かる。
「同じ学園の生徒なのに、ここまで違うのですか?」
「わたしは、これでもおいしいと思うよ」
テラが黒パンをちぎりながら、小さな声で答えた。
「そういう問題ではありませんわ!」
メイ様は納得できない様子だったが、やがて何かを思い出したように自分の盆を机へ置いた。
「それで、メイ様。先ほど、何かが足りないとおっしゃっていましたが」
「そうでしたわ!」
メイ様は鶏肉の蒸し焼きを指さし、堂々と胸を張った。
「この料理には、ジャンク感が足りませんわ!」
向かいに座るテラとリリスが、そろって首を傾げた。
「じゃんく?」
「何ですの、それ?」
「以前、わたしがメイ様へ教えた言葉です。味が濃かったり、油をたくさん使っていたりする料理を――」
「つまり、食べるだけで心が躍る料理ですわ!」
「そこまで都合のよい意味ではありません」
王宮でもAクラスでも、メイ様が食べる料理は栄養まで考えて作られている。
身体を鍛えるにはありがたいのだけれど、本人はそれが少し物足りないらしい。
「ミルロ。何か作れないの?」
「急に言われましても……」
前世で食べた料理を思い出す。
味が濃くて、油を使い、子供でも喜びそうなもの。
「コロッケなら、作れるかもしれません」
「ころっけ?」
今度は三人が同時に首を傾げた。
「茹でたジャガイモを潰し、炒めた挽肉や玉ねぎと混ぜて、パン粉をつけて油で揚げる料理です」
「油で揚げる……!」
メイ様の青い瞳が輝く。
「それですわ! わたしが求めていたものは!」
「まだ食べてもいないでしょう」
「ミルロが作るのなら、おいしいに決まっています」
「わたしも食べてみたい」
テラが遠慮がちに手を挙げる。
「形も自由に変えられるのよね? それなら、かわいくできそうだわ」
リリスもすでに乗り気だ。
ジャガイモや玉ねぎ、小麦粉や卵は、食堂の厨房で分けてもらえるだろう。
問題は、大量に必要となる揚げ油と挽肉だった。
「それなら、《ピックス》を狩ればいいですわ」
「ピックス?」
「学園の裏にある森に生息する、豚に似た魔物です。肉は食用になり、脂身からは油も取れます」
メイ様が当然のように立ち上がる。
「決まりですわね。午後の授業が終わったら、四人で狩りに行きましょう!」
「今から許可を取れるのですか?」
「初心者向けの討伐依頼に、ちょうどピックスがあったはずです」
「依頼掲示板まで確認していたのですね」
「昨日、面白そうな魔物がいないか、端から見ただけですわ」
勉強のためではなかったらしい。
それでも、今回は役に立った。
◇
放課後。
教師へ届けを出したわたしたちは、学園裏の森へ入った。
ピックスは、魔物の中では比較的弱く、初心者向けの討伐対象とされている。積極的に人間を襲うことは少ないけれど、身体は大きく、興奮すると木さえ倒す勢いで突進するらしい。
「本当に、わたしたちだけで大丈夫かな……」
テラが大盾を抱えながら、不安そうに周囲を見回す。
「初心者向けの依頼なのでしょう?」
リリスは土で小さな星を作りながら歩いていた。
「だからこそ不安なの。初心者向けでも、魔物は魔物だから」
「静かに」
わたしは二人を止め、木々の間へ耳を澄ませた。
低い鳴き声。
茂みを踏み荒らす、複数の足音。
揺れる枝葉の隙間から、五つの灰色の影が見えた。
「前方に五体います。右に二体、左に三体。風下から回り込みましょう」
「見えるの?」
「揺れている枝と足音を追えば、だいたいの位置は分かります」
テラとリリスが驚いたように顔を見合わせる。
わたしは青龍の弓を取り出し、氷の矢をつがえた。
「メイ様。右側の二体をお願いします」
「分かりましたわ」
「まだ姿もほとんど見えていないのに、場所まで分かるの?」
テラの疑問へ答えるより先に、わたしは矢を放った。
白い矢が木々の隙間を抜け、茂みの向こうへ突き刺さる。
地面を覆う霜。
驚いた五体のピックスが、茂みから飛び出した。
灰色の毛に覆われた身体は、普通の豚より二回りも大きい。口元から短い牙を伸ばし、甲高い鳴き声を上げている。
氷を避けるため、群れが左右へ分かれた。
その瞬間には、メイ様が走り出している。
『いくよ、メイ!』
「ええ!」
メイ様の魔力がライラを介して雷へ変わり、金色の光となって全身を包む。
一体目が振り向くより早く、青龍の剣が急所を正確に貫いた。
隣のピックスが牙を向ける。
メイ様は剣を抜いた勢いのまま身体を回し、二体目の首元へ刃を滑らせた。
二体が、ほとんど同時に倒れる。
「右側に二体いると聞いただけで、居場所まで分かっていたの?」
リリスが呆然とつぶやく。
「わたしの矢を見れば、メイ様には分かります」
左へ逃げようとした三体の前へ、続けて氷矢を撃ち込む。
一射目で地面を凍らせ、二射目で一番後ろの足を止める。
群れの先頭が進路を変えた。
けれど、そこはすでにメイ様の間合いだ。
「逃がしませんわ!」
雷鳴が三度響く。
最後のピックスが地面へ倒れたとき、わたしは三本目の矢をつがえたまま構えを解いた。
森に、静けさが戻る。
「終わったの?」
テラは一度も動かしていない盾の陰から顔を出した。
「はい」
「わたしたち、何もしていないわ」
リリスが不満そうに頬を膨らませる。
「二人だけで、五体も……」
「三年間、一緒に戦ってきましたから」
わたしが氷で敵の道を決め、メイ様がその道を駆け抜ける。
何度も繰り返してきた、わたしたちの戦い方だ。
「ミルロが矢を放てば、わたしがどこへ進めばいいかくらい分かりますわ」
剣の血を払いながら、メイ様が当然のように答える。
「すごい……」
テラの目が、尊敬と驚きで大きく開いていた。
「でも、これでは四人で来た意味がありませんわ!」
リリスの言うとおりだ。
テラとリリスにも、実戦を経験してもらうつもりだった。
「もう少し奥へ進みましょう。次に見つけたピックスは、四人で――」
言い終える前に、地面が大きく揺れた。
木の幹がへし折られ、先ほどのものより倍近く大きなピックスが現れる。
倒された群れの主だろう。
「来ます!」
巨大な牙が、一直線にわたしたちへ迫る。
メイ様が前へ出ようとするより早く、テラが大盾を構えた。
「こ、怖いけど……今度は、わたしが止める!」
激突。
重い音とともに、テラの足が地面へ沈む。
それでも、大盾は倒れなかった。
「ミルロ!」
「任せてください!」
わたしはテラの盾の横から氷矢を放ち、ピックスの前脚を地面へ固定した。
ピックスは身体を激しく揺らし、氷を砕こうとする。
テラは大盾を押し返しながら、その場で踏みとどまった。
「リリス、今です!」
「分かっているわ!」
リリスが地面へ両手をつく。
土がゆっくりと盛り上がり、ピックスの左右へ壁を作っていく。
テラとわたしが動きを止めている間に、二枚の壁がようやく完成した。表面には、星と花の模様が刻まれている。
相変わらず、装飾は欠かさないらしい。
「メイ様、正面です!」
「ええ!」
左右を壁、正面をテラの盾で塞がれ、ピックスは身動きが取れない。
メイ様がテラの大盾を踏み台にして跳び上がる。
「これで、終わりですわ!」
青龍の剣が、巨大なピックスの急所を貫いた。
今度こそ、四人でつかんだ勝利だった。
「テラ、よく正面から止められましたね」
「こ、怖かった……」
力が抜けたテラが、その場へ座り込む。
けれど、その表情には小さな達成感が浮かんでいた。
「わたしの壁も役に立ったでしょう?」
「ええ。模様を彫っていなければ、もう少し早く完成したと思います」
「そこは譲れないわ!」
◇
討伐したピックスは、学園の解体場で食用の肉と脂身に分けてもらった。
その日の夕方、食堂の厨房を借りて調理を始める。
まずは脂身を鍋で熱し、透明な油を取り出す。
テラがハナビを介して小さな炎を作り、鍋の下の火加減を調整する。わたしは熱がこもらないよう、テラの周囲へ冷気を流した。
「料理でも、ミルロちゃんに冷やしてもらってる……」
「無理をして倒れるよりいいでしょう」
「この前の話を思い出して、熱くない炎も練習してるよ。でも、まだできないの」
『もうちょっとな気がするんだ!』
「焦らずに探しましょう」
油の準備をしている間に、ジャガイモを茹でる。
柔らかくなったところで、テラが大きな木べらを持った。
「これを潰せばいいの?」
「はい。ただし、鍋まで潰さないでください」
「そ、そんなに力を入れないよ」
一度押しただけで、山盛りのジャガイモがきれいに潰れた。
わたしとメイ様が玉ねぎと挽肉を炒め、それをジャガイモへ混ぜ込む。
塩と香辛料で味を整えれば、中身の完成だ。
「次は、好きな形に整えてください」
「好きな形でいいの?」
リリスの目が輝いた。
普通の楕円形に加え、星、花、白熊、雪の結晶。
リリスは次々と形を作り、表面の細かな模様にまでこだわり始めた。
「どうせ衣をつけたら、細かい模様は見えなくなりますよ」
「作る途中がかわいければ、それでいいの!」
メイ様は、両手いっぱいの大きな塊を作っていた。
「メイ様。それは大きすぎます」
「これくらいなければ、ジャンクとは呼べませんわ」
「中まで火が通りません」
「すでに炒めた肉と茹でたジャガイモでしょう?」
「衣だけ焦げます」
半分に減らしても、ほかのコロッケの倍はあった。
小麦粉、溶いた卵、細かく砕いたパンの順につけ、熱した油へ静かに入れる。
ぱちぱちと音を立て、白かった衣が黄金色へ変わっていく。
香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。
「これが、コロッケ……」
揚げたてを皿へ並べると、全員が待ちきれない様子で席についた。
「熱いので、気をつけてください」
メイ様が最初にかじりつく。
さくり。
衣が割れる軽い音がした。
「外はさくさく、中はほくほく……!」
メイ様の顔が、ぱっと明るくなる。
「これですわ! この油と塩気! 身体に悪そうな背徳感! これこそジャンクですわ!」
「ジャガイモも肉も入っていますから、そこまで悪いものではありません」
「今は余計なことを言わないでくださいな!」
テラも大きなコロッケを一口で半分ほど食べ、幸せそうに目を細めた。
「おいしい……」
「わたしの星形も完璧だわ。でも、食べると形が崩れてしまうのよね……」
リリスは自分で作ったコロッケを前に、本気で悩んでいる。
「食べるために作ったのですから、諦めてください」
「そうね。かわいいものは、味まで確かめて完成だもの」
覚悟を決め、星の先端へかじりついた。
四人で作った料理を、四人で囲む。
狩りに行った疲れも忘れ、皿の上のコロッケは次々となくなっていった。
そのとき、テラが鞄の中から小さな瓶を取り出した。
中に入っているのは、黒く艶のある液体だった。
「チョコレートソース?」
「うん。コロッケを食べたあとに、少し舐めようと思って持ってきたの」
その瓶を見つめていたメイ様の目が、怪しく輝いた。
「それをコロッケへかければ、もっとジャンクになるのではなくて?」
「メイ様。何を言っているのですか?」
「甘いチョコレートと、油で揚げたコロッケ。二つを合わせれば、背徳感も倍になりますわ!」
「倍にする必要はありません」
止めるより早く、メイ様は新しいコロッケを皿へ置き、その上からチョコレートソースをかけた。
黄金色の衣が、黒いチョコレートに覆われていく。
「いただきますわ」
「本当に食べるのですか?」
メイ様はためらうことなく、チョコレートコロッケへかじりついた。
「甘くて、しょっぱくて……意外と悪くありませんわ」
「本当?」
テラが身を乗り出す。
自分のコロッケにもチョコレートソースをかけ、一口で半分ほど食べた。
「おいしい!」
満面の笑みだった。
リリスも怒るどころか、興味深そうにコロッケを眺めている。
「黄金色に焦げ茶色の線。見た目も新しいわ!」
「悔しいですが、本当に悪くありませんね……」
わたしも一口だけ試してみる。
コロッケの塩気とチョコレートの甘さは、思っていたより合っていた。
全員が認めたことで、テラはうれしくなったらしい。
今度は瓶を逆さにし、コロッケが見えなくなるほど大量のソースをかけ始める。
「テラ、それはかけすぎです!」
わたしの声が、夕暮れの厨房へ響いた。




