第18話 魔法は無限に広がる
放課後のBクラス教室。
ほかの生徒たちが帰ったあとも、わたしたち三人は机を囲んでいた。
机の上にあるのは、三枚の紙。
それぞれの一番上へ、わたしは大きく名前を書いた。
ミルロ。
テラ。
リリス。
「今日は、三か月後の対抗戦へ向けた作戦会議をします」
「お菓子を食べながらでもいい?」
テラが、おそるおそるチョコレートの包みを持ち上げる。
「構いません」
「では、わたしもいただくわ!」
リリスが真っ先に手を伸ばした。
「リリスちゃんの分もあるよ」
「さすがテラね。戦いの前には糖分が必要だもの!」
「まだ三か月前ですけれど……」
わたしも一粒もらい、紙へ視線を戻した。
「最初の模擬戦では勝てました。しかし、あの戦い方のままAクラスに勝つのは難しいと思います」
「どうして? わたしたち、何もさせずに勝ったでしょう?」
「わたしが二人の間にいたからです」
テラの紙には、炎を使うと暑さで動けなくなる、と書く。
リリスの紙には、魔法が完成するまで時間がかかる、と書いた。
「前回は、わたしがテラを冷やしながら敵を止め、リリスが魔法を完成させる時間を作りました。けれど、相手がわたしたちを引き離したら?」
テラの手から、チョコレートが止まった。
「わたし、すぐに動けなくなると思う……」
「わたしの魔法も、完成する前に潰されるわね」
「Aクラスは、必ずそこを狙ってきます」
特にメイ様なら、迷わずわたしへ突っ込んでくる。
敵の後衛を先に倒すのは正しい。わたしが相手でも、同じ判断をするだろう。
「だから、二人にはわたしがいないときにも使える戦い方を考えてほしいのです」
「でも、わたしの炎は変えられないよ」
テラの肩に、小さな火の玉が現れた。
『ぼくが魔力を炎に変えると、テラを熱くしちゃうんだ』
「ハナビは悪くないよ。炎が熱いのは当たり前だから。白熊のわたしが、炎属性だったことがおかしいの」
その言葉を聞き、わたしは右手を開いた。
冷気が集まり、手のひらの上に小さな氷の塊が生まれる。
「これは何に見えますか?」
「氷だよ」
「では、これは?」
氷を細長く伸ばし、一本の矢へ変える。
「氷の矢」
今度は矢を崩し、薄く広げる。
透き通った氷の板が、三人の机を囲む小さな壁となった。
「同じ氷でも、矢になり、壁になり、剣にも弓にもなります」
最後に氷を小さな白熊へ作り替え、テラの紙の上へ置いた。
「かわいい……」
『ぼくも作って!』
ハナビが氷の白熊の周りを飛び回る。
「大切なのは、魔法の名前ではありません。何を作りたいのか、何を起こしたいのか、どれだけはっきり想像できるかです」
この世界へ来たばかりの頃、ユキメから教わった。
魔力を感じ、作りたいものを思い描く。
ゲームでは、用意された技を選ぶことしかできなかった。けれど、ここは決められた命令を入力するだけの世界ではない。
「魔法はイメージです。想像できる限り、その可能性は無限に広がります」
「無限に……」
テラが、自分の手を見つめる。
「炎だから熱くなければならないと、誰が決めたのですか?」
「でも、熱くない炎なんてあるの?」
「今はなくても、テラが作れば生まれるかもしれません」
炎は物を燃やし、熱を与える。
それなら反対に、周囲の熱を奪う炎があってもいい。
そう伝えると、テラは目を閉じた。
「ハナビ。やってみてもいい?」
『もちろん! ぼくとテラなら、何だってできるよ!』
大きな手のひらに、小さな炎が灯る。
いつもの赤い炎だった。
テラは額に汗を浮かべながら、必死に何かを思い描いている。
「冷たく、冷たく……雪みたいに……」
炎が揺れる。
一瞬だけ赤色が薄くなったものの、すぐに勢いを失って消えてしまった。
「できなかった……」
「初めて試したのですから、当然です」
わたしは足元へ冷気を流し、テラの身体を冷やした。
「冷たいものを思い浮かべるだけでは、炎ではなくなってしまうのかもしれません。テラにしか分からない炎の形を探してください」
『さっき、ちょっとだけ不思議な感じがしたよ』
ハナビが、消えた炎の周りをくるくると回る。
『いつもの炎なのに、熱が外じゃなくて中へ動いたみたいだった!』
「本当?」
『うん。でも、すぐ分からなくなっちゃった』
まだ完成には遠い。
それでいい。
今日必要なのは、炎は熱いものだという思い込みへ、小さなひびを入れることなのだから。
「次は、わたしね!」
リリスが自分の紙を引き寄せる。
「先に言っておくけれど、魔法の形を簡単にするのは嫌よ」
「まだ何も言っていません」
「どうせミルロちゃんのことだから、花模様を減らせば早くなるとか言うでしょう?」
「正しいと思います」
「嫌!」
予想どおりだった。
「美しくない魔法で勝っても、わたしの勝利ではないわ。速くしろと言うなら、美しいまま速くする方法を考えて」
「無茶を言いますね」
「魔法の可能性は無限なのでしょう?」
今言った言葉を、そのまま返されてしまった。
リリスは鞄から小さな木箱を取り出した。
中には細い筆と、何色もの顔料が収められている。
「この前、テラが本棚を作っている間に、試してみたものがあるの」
机へ両手を触れる。
土が盛り上がり、少しずつ形を変えていく。
丸い耳、大きな手足、ふっくらとした身体。
手のひらほどの、小さな白熊が完成した。
「テラだわ」
「わ、わたし?」
「まだ完成ではないわよ」
リリスは筆を取り、土人形へ色を塗り始めた。
白い毛、制服、赤いリボン。手には、小さなチョコレートまで握らされている。
「かわいい……!」
本人が一番うれしそうだった。
「次はミルロちゃんね」
再び土が盛り上がる。
水色の髪と弓を持った、小さなわたしが作られていく。
造形にも着色にも時間はかかる。
けれど、できあがった人形は、顔立ちから服のしわまで驚くほど正確だった。
「かわいいでしょう?」
「技術はすごいと思います。ですが、これでどう戦うのですか?」
「……投げる?」
「壊れます」
リリスが二体の人形を見つめる。
「それに、そんなにかわいいものを投げるなんて無理だわ」
「では、人と同じ大きさにしてみてはどうでしょう」
「等身大に?」
「遠くから見て本物と区別できないほど似ていれば、相手はわたしたちと間違えるかもしれません」
たとえば、わたしの人形に弓を持たせて後方へ立たせる。
相手が偽物を狙っている間に、本物のわたしが別の場所から射る。
テラの人形を盾の近くへ置けば、どちらが動くか分かるまで迂闊に近づけない。
戦場にいる三人を、六人に見せることができる。
「面白いわ!」
リリスの緑色の瞳が輝く。
「三人分の人形を、今から完璧に作っておきましょう。髪も、瞳も、服も、本物と同じ色にするの!」
「作っておく?」
テラが首を傾げた。
「その場で作れば時間がかかるなら、戦う前に完成させればいいのよ!」
「なるほど。それなら、発動の遅さは問題になりません」
「でも、人と同じ大きさの人形を三体も、どうやって会場まで運ぶの?」
教室が静かになった。
等身大の土人形を三体抱えて現れれば、試合が始まる前に作戦を教えるようなものだ。
何より、重すぎて運べない。
「……一体ずつ、転がす?」
「塗装が剥がれます」
「箱へ入れて、テラに持ってもらう?」
「わたしでも三体は重いと思う。それに、大きな箱を持っていったら怪しまれるよ」
リリスは腕を組み、机の上の小さな人形をにらんだ。
「せっかく完璧な作戦を思いついたのに……」
「運ぶ方法さえ見つかれば、使えると思います」
「運ぶ方法……」
しばらく考えていたリリスが、突然立ち上がった。
「そうだわ! ララネお姉様なら、何か知っているかもしれない!」
「ララネさん?」
「わたしの一番上のお姉様よ。帝国大学を首席で卒業していて、珍しい魔道具にも詳しいの。たしか、小さな鞄へ荷馬車何台分もの品物を入れられる魔道具があると聞いたことがあるわ」
もし本当にあるなら、等身大の人形を隠して運べる。
「でも、ララネお姉様は帝国にいるのでしょう?」
「ええ。だから早速、リリィお姉様に連絡してくれるよう頼んでみないと!」
リリスは紙へ大きく『収納鞄』と書き込み、その周りを星と花で囲んだ。
「鞄の見た目にもこだわるのですか?」
「当然でしょう。わたしの最高傑作を入れるのよ?」
入手できるかも、値段がいくらするかも分からない。
それでも、リリスの中ではすでに手に入ることが決まっているらしい。
◇
窓の外が夕焼けに染まる頃、最初の作戦会議は終わった。
完成した作戦は、一つもない。
テラの炎は、まだ熱いまま。
リリスが作れたのも、手のひらに乗る小さな人形だけ。
「リリスちゃん。これ、もらってもいい?」
テラが、自分をかたどった土人形を大切そうに持ち上げる。
「もちろんよ。ミルロちゃんにもあげるわ」
「ありがとうございます」
受け取った小さな自分は、実物より少しかわいく作られている気がした。
「次は、わたし自身と、ハナビとスタルン、あとユキメも作るわ。みんなを並べたら、もっとかわいいもの!」
『ぼくも作ってもらえるの?』
『スタルンは、もっときらきらにするスタ!』
『わあ、うれしい!』
精霊たちの声が、誰もいない教室へ響く。
わたしは黒板に残った三人の名前を見る。
試験の成績だけを見れば、テラとリリスはBクラスの生徒だ。
炎を使えば弱くなる白熊と、初級魔法一つに時間をかけすぎる芸術家。
けれど、それは今までの使い方では弱点だったというだけだ。
炎が熱を奪い、遅い魔法が戦う前に完成していたら、弱点はそのまま武器へ変わる。
「魔法は、無限に広がる……」
テラが、自分へ言い聞かせるようにつぶやいた。
その手の上で、ハナビの炎が小さく揺れる。
リリスは三体目の人形を作るため、もう一度土へ手を触れていた。
二人の新しい魔法は、まだ生まれていない。
それでも、その最初の一歩は確かに始まっていた。




