第17話 四人のファッションショー
次の休日。
「ミルロ、まだですの?」
朝からきれいに身支度を整えたメイ様が、隣室との扉を何度も叩いていた。
「今、準備が終わりました」
扉を開けると、メイ様は満足そうにうなずいた。
「今日は、わたしも最初から一緒ですわね?」
「もちろんです」
「途中で三人だけパフェを食べに行ったりしませんわね?」
「まだ気にしていたのですか……」
「確認しただけです!」
今日はリリスの家が営むブティックへ、四人で買い物に行く約束をしている。
寮の玄関では、すでにテラとリリスが待っていた。
「おはよう、ミルロちゃん、メイ様!」
「お、おはようございます」
リリスはいつも以上に上機嫌だ。
一方のテラは、これから何を着せられるのか不安なのだろう。大きな身体を縮め、朝からチョコレートを口へ運んでいる。
「さあ、行きましょう! 今日は三人とも、最高にかわいくしてあげるわ!」
「わたしは、かわいいだけでなく美しくしてくださいな」
「分かっています。メイ様は、華やかで、気高くて、でも動けば誰よりも格好いい服ね!」
「完璧ですわ。あなたとは気が合いそうです」
まだ店にも着いていないのに、メイ様とリリスの間では話がまとまっていた。
わたしとテラは顔を見合わせ、その後ろをついていった。
◇
シナプス商会の学園支店は、学園の正門から歩いて十分ほどの学生街にあった。
三階建ての白い建物には大きなガラス窓が並び、その向こうに季節ごとの衣装が飾られている。
派手すぎないのに、通り過ぎる者が自然と足を止めてしまう店構えだ。
「大きなお店ですね」
「帝都の本店は、もっと大きいわよ。でも、この辺りは学生のお客様が多いから、学園支店にしかない商品もたくさんあるの」
リリスが先頭に立って扉を開ける。
店内には色とりどりの服が並び、壁際には布地や飾り紐、靴や帽子まで整然と置かれていた。
「いらっしゃいませ――まあ、リリスお嬢様」
店員の女性が驚いた顔をする。
「今日は友達を連れてきたの。三人とも、とびきりかわいくしてあげて!」
「かしこまりました。ですが、先にリリィ様へお知らせを――」
「その必要はありませんよ」
店の奥から、落ち着いた声が聞こえた。
現れたのは、リリスより少し淡い桃色の髪を背中まで伸ばした女性だった。
白を基調とした清楚なドレスを身につけ、髪には小さな花の飾りだけを添えている。柔らかな笑みと上品な立ち姿は、にぎやかな店内の空気まで穏やかにするようだった。
「お久しぶりですね、リリス」
「リリィお姉様!」
リリスが勢いよく抱きつく。
女性は少しも体勢を崩さず、その頭を優しく撫でた。
「学園へ入ってから、一度も顔を見せてくれませんでしたね」
「学園が忙しかったの。でも、今日はちゃんと来たでしょう?」
「ええ。事前の連絡もなく、王女殿下までお連れして」
笑顔は変わっていないのに、リリスの肩がびくりと揺れた。
「ご、ごめんなさい」
リリスを一言で大人しくさせるとは、かなり強い人らしい。
リリィさんはメイ様の前へ進み、優雅に一礼した。
「妹がお世話になっております。シナプス家の次女、リリィ・シナプスと申します。こちらの支店を任されております」
「突然訪ねたのは、わたしも同じです。今日は一人の客として扱ってくださいな」
「承知いたしました。それでは、最高の一着をご用意いたします」
リリィさんの視線が、わたしとテラへ移る。
「こちらのお二人が、リリスの班のお友達ですね?」
「はい。ミルロ・マルチーズです」
「テ、テラです。わたしみたいに大きくても、着られる服はありますか?」
「もちろんです」
リリィさんは迷わず答えた。
「服は、人を服の形へ押し込むためのものではありません。その方に似合う形を、わたくしたちが作るのです」
テラの白い耳が、わずかに持ち上がった。
「さあ、採寸から始めましょうか」
「待って、お姉様。三人に着てもらう服は、わたしが選ぶわ!」
「リリスちゃん」
リリィさんが、にこりと笑う。
「お客様を着せ替えて遊ぶ前に、きちんと好みを伺いましょうね?」
「遊ぶんじゃないわ。芸術よ!」
「言い方を変えても駄目です」
「わたしは構いませんわ」
メイ様が割って入った。
「リリスの実力がどれほどのものか、見せてもらいましょう」
「望むところです!」
止める者がいなくなってしまった。
◇
「まずはミルロちゃんよ!」
試着室へ押し込まれ、何着もの服を渡された。
「この肩まである飾り布は、弓を引く邪魔になります」
「それなら短くしましょう。代わりに腰へ大きなリボンを――」
「矢筒に引っかかります」
「かわいさに厳しい!」
「弓を引けない服を着るつもりはありません」
試着室の外で、メイ様が笑う。
「諦めなさい、リリス。ミルロは弓のことになると頑固ですわ」
「でも、動きやすいだけの服なんて認めないわ!」
何度も着替えた末、リリスとわたしの意見が一致したのは、白いブラウスと濃紺のスカート、その上に氷色の短い上着を重ねた服だった。
肩や腕を自由に動かすことができ、腰には矢筒を取りつける場所もある。
リリスが最後まで譲らなかった小さな弓形の飾りが、胸元へつけられた。
「うん、最高にかわいい!」
鏡を見る。
実用性は十分だ。それに、自分で選ぶなら絶対につけないような飾りも、不思議と悪くなかった。
「似合っていますわ、ミルロ」
「ありがとうございます」
「では、こちらの服はわたしが買います」
「なぜですか?」
「先日のパフェへ連れていかなかった罰です。反論は認めません」
「それは罰ではなく、贈り物では……」
「次はテラよ!」
わたしの疑問は、リリスの声にかき消された。
「わ、わたしは見ているだけでいいよ」
「ここまで来て逃げられると思っているの?」
テラが後ずさる。
けれど背中はすぐ、リリィさんの柔らかな手に受け止められた。
「大丈夫です。無理な服は着せませんから」
穏やかな声に安心したのか、テラはおそるおそる試着室へ入った。
リリィさんはテラの身体に合わせ、胸元や背中を紐で調整できる服を選んだ。丈夫で伸びやすい布を使い、大きな腕も動かしやすく作られているらしい。
そこへ、リリスが色を選ぶ。
「白い毛が映えるように、濃い色がいいわ。チョコレートみたいな茶色に、クリーム色を合わせましょう!」
「チョコレート……」
その一言で、テラの抵抗が少し弱くなった。
やがて試着室の幕が開く。
現れたテラは、焦げ茶色のゆったりとしたワンピースを着ていた。胸元と袖にはクリーム色の布が重ねられ、腰の飾りは板チョコを思わせる四角い模様になっている。
「か、変じゃない?」
「かわいい!」
リリスが飛びつく。
「白くてもふもふのテラに、チョコレート色の服! 思ったとおり完璧よ!」
「本当に?」
「ええ。とても似合っています」
わたしが答えると、テラは鏡の前へ立った。
最初は恥ずかしそうに目を伏せていたけれど、鏡の中の自分を何度も見ているうちに、口元へ小さな笑みが浮かんだ。
「この服、好きかも……」
「でしたら、獣人のお客様向けに改良するため、着心地を教えていただけますか?」
リリィさんが尋ねる。
「わたしでいいの?」
「テラさんだから、お願いしたいのです」
商売のためでもあるのだろう。
それでも、大きな身体を理由に断られると思っていたテラにとって、その言葉はうれしかったに違いない。
「うん。いっぱい動いて、ちゃんと確かめるね」
白い尻尾が、楽しそうに揺れていた。
◇
「最後はメイ様ね!」
リリスが選んだ一着目は、赤と白の布を何段も重ね、金色のリボンを散りばめたドレスだった。
「却下ですわ」
「まだ袖も通していません!」
「その大きなスカートでは走れません。リボンも剣へ絡みます」
「今日は戦わないでしょう?」
「いつ戦いが始まっても動ける服こそ、美しいのです」
「かわいくなければ、美しくないわ!」
二人が正面からにらみ合う。
似ているからこそ、譲れない部分も似ているらしい。
「それでは、両方を満たせばよいのではありませんか?」
リリィさんが間へ入った。
選んだのは、深い赤色の上着と白い細身のズボンだった。
上着は腰の辺りから裾が左右へ分かれ、動くたびにドレスのように広がる。襟や袖には金糸の刺繍が施され、腰へ剣を下げても邪魔にならない。
「これよ!」
「これですわ!」
リリスとメイ様の声が重なった。
先ほどまで争っていた二人が、同時に笑う。
メイ様が着替えて試着室から出てくると、店内にいた客や店員まで振り返った。
華やかでありながら、どこか騎士の礼装を思わせる姿。
剣を持っていなくても、メイ様が前へ出て戦う人だと分かる服だった。
「どうかしら?」
「とてもお似合いです」
「当然ね!」
なぜかリリスが胸を張る。
「メイ様、少し右を向いてください。袖の金色をもう少し細くして、背中には稲妻の刺繍を入れましょう」
「いい考えですわ。ですが、稲妻はもっと大きく――」
「分かっています。遠くから見ても、一目でメイ様だと分かるものにしましょう!」
二人は再び意気投合し、紙の上へ次々と案を描き始めた。
リリスの筆は、魔法を発動するときとは比べものにならないほど速い。
メイ様の姿を迷いのない線で描き、その周囲へ衣装の模様や色を書き加えていく。
初級魔法一つに時間をかけすぎる彼女と、同じ人物とは思えない。
「リリスは、本当に絵が好きなのですね」
「小さい頃から、服と絵のことばかりなのです」
隣に立ったリリィさんが、妹を見守りながら答えた。
「四姉妹の中で、精霊と契約できたのはリリスだけでした。両親はとても喜びましたが、あの子自身は昔から変わりません。魔法を得る前から、美しいものを作ることが大好きでした」
「リリィさんは、魔法を使えないのですか?」
「ええ。長女のララネも、三女のレイラも使えません」
リリィさんは穏やかに笑う。
「ララネお姉様は帝国大学を首席で卒業した、家族で一番の才女です。レイラは……少し変わった美的感覚を持っていますが、人の魅力を見抜く目は確かです」
「少しではないわ。レイラお姉様は筋肉しか見ていないもの」
絵を描きながら、リリスが口を挟んだ。
「この前なんて、護衛の男性を三時間も眺めていたのよ」
「筋肉も立派な個性だそうです」
リリィさんは否定しなかった。
「わたくしは店を整え、お客様へ服を届ける。ララネお姉様は知恵で商会を支え、レイラとリリスは、それぞれの感性で新しいものを見つける。魔法はリリスの才能ですが、わたくしたちにも別の才能があります」
その言葉に、迷いも負い目もなかった。
魔法が使えるかどうかだけで、人の価値が決まるわけではない。
当たり前のことのはずなのに、学園へ入ってからは忘れそうになる。
試験の点数も、クラスも、魔法の強さも。
人を並べて優劣をつけるものばかり、目にしてきたからだ。
リリスが絵を描き、テラが本棚を作ったように、成績表へ書かれない強さもある。
「できたわ!」
リリスが一枚の紙を持ち上げた。
そこには、新しい服を着たメイ様だけでなく、わたしとテラ、そしてリリス自身まで描かれていた。
たった今まで話しながら描いていたとは思えないほど、四人の表情まで生き生きとしている。
「では、寸法を整えてからお会計をいたしましょう」
リリィさんが帳面を開くと、メイ様が迷わずわたしの前へ出た。
「わたしとミルロの二着は、こちらへ請求してくださいな」
「メイ様、自分の服は自分で払います」
「これはパフェへ置いていかれた罰だと言ったでしょう?」
「やはり意味が分かりません……」
「テラさんの一着は、商会からお貸しいたします」
リリィさんがテラへ微笑みかける。
「獣人の方にも着やすい服へ改良するため、今日一日動いて感想を聞かせてください。それがお代です」
「それなら、いっぱい確かめます!」
「お願いいたします」
「せっかくだから、このまま四人で街を歩きましょう!」
「賛成ですわ」
「こ、この服で外へ出るの?」
テラが慌てる。
「似合っているのに、隠すほうがもったいないわ」
「リリスの言うとおりです。堂々となさい、テラ」
「メイ様まで……」
二人に左右から腕を取られ、テラは逃げることを諦めた。
わたしも自分の服を見下ろす。
一人なら、絶対に選ばなかった一着だ。
それでも鏡の中に並ぶ四人を見ると、不思議とこれが一番似合っている気がした。
「ミルロちゃんも早く!」
「今行きます」
店を出たわたしたちへ、通りを歩く人々の視線が集まる。
テラは恥ずかしそうにしていたけれど、もう背中を丸めてはいなかった。
その日の買い物は、予定していたよりずっと長くなった。
けれど四人で過ごす休日は、驚くほど短く感じられた。




