第15話 雷姫は甘い香りにご立腹
――メイ視点――
ミルロがいない。
Aクラスの教室へ入ったわたしは、無意識に水色の髪を探していた。
けれど、どこを見ても彼女の姿はない。
当然だ。
ミルロは、わたしの隣ではなくBクラスへ入れられたのだから。
広い窓から光が差し込む教室には、新品の机と椅子が整然と並んでいる。壁には、暴発した魔法から生徒や教室を守る防護結界が張られ、教壇の横には授業で使う最新の魔道具まで用意されていた。
入学式で聞いた話では、Bクラスに用意されている魔道具は古く、数にも限りがあるらしい。
腹が立つ。
何より腹立たしいのは、本来ミルロが座るはずだった席に、あの女がいることだった。
「ごきげんよう、メイ王女殿下」
赤みを帯びた茶色の髪を揺らし、カワリ・ニュギュウが微笑みかけてくる。
その胸元には大粒の宝石が飾られ、右手の人差し指には緑色の宝石がはめ込まれた指輪があった。
「同じ首席として、これから仲良くいたしましょう」
「お断りします」
「……はい?」
「あなたと仲良くするつもりはないと言ったのです」
カワリの作り笑いが引きつった。
わたしは嘘が嫌いだ。
ミルロから成績を奪ったことを隠し、首席を名乗る人間など信用できない。
「それでは、今から三人一組の班を作ってもらう」
担任の教師が告げると、教室の生徒たちが一斉に動き始めた。
わたしはカワリから離れ、ほかの生徒へ声をかけようとした。
「メイ様とカワリは同じ班だ」
「なぜですか!」
思わず教師へ詰め寄る。
「クラス分け試験の同点首席が、別々の班で優劣を争えば、Aクラスがまとまらない。首席同士が力を合わせ、ほかの生徒の模範となるべきだ」
不正を理由に拒否しようとして、言葉を止めた。
今のところ、カワリの怪しい態度以外に証拠はない。そんな状態で訴えても、本人は認めない――今朝、ミルロにそう止められたばかりだ。
わたしは悔しさに歯噛みしたあと、正直に答えた。
「単純に、その人が嫌いです」
「いや、いくらなんでも本人の前で言うのは失礼だろう」
「事実です」
「そんな理由は認められん。これは決定事項だ」
「あの……」
目の前で嫌いだと言い切られたカワリは、どう反応すればよいのか分からない様子で、呆然とわたしたちのやり取りを眺めていた。
「でしたら――」
「メイ」
肩の近くへ、小さな黄色い鳥が現れた。
『先生を雷で吹き飛ばしたら、入学した日に退学になっちゃうよ』
「まだ何もしていないでしょう」
『しようとしていた顔だったよ』
契約精霊のライラにまで止められてしまった。
仕方なく、カワリと同じ机を囲む。
向かいには、細身の生徒が座っていた。
淡い金色の髪は肩へ届くほど長く、伏せられたまつ毛も長い。線の細い顔立ちだけを見れば、少女と間違えてしまいそうだ。
「シリル・シュクリンと申します。よろしければ、僕も班へ入れていただけませんか?」
声まで柔らかい。
「シュクリン侯爵家のご子息ですわね。もちろん歓迎いたします」
わたしが答えるより先に、カワリが勝手に承諾した。
シリルの頭上に、小さな太陽のような精霊が浮かび上がる。
『ぼくはサン。シリルと契約している炎の精霊だよ!』
「炎属性なのですね」
「はい。でも、あまり強い魔法は使えません。お二人の足を引っ張らないようにします」
シリルはおどおどしながら頭を下げた。
「戦う前から、そのようなことを言うものではありませんわ」
「も、申し訳ありません」
「謝る必要もありません」
「申し訳――あ……はい」
頼りない。
カワリは信用できず、シリルは戦う前から怯えている。
本当に、この二人と班を組まなければならないのだろうか。
ミルロなら、わたしが何も言わなくても前へ進む道を作ってくれるのに。
◇
Aクラスの演習場は、王宮の騎士団が使用する訓練場にも劣らない広さだった。
中央線を挟み、両陣地へ赤と青の魔法水晶が置かれている。
自分たちの水晶を守りながら、先に相手の水晶を破壊した班が勝者となる。
「最初は、首席の班に模範を見せてもらおう」
教師の言葉を聞き、カワリが得意げに微笑んだ。
対戦相手も、全員がAクラスの生徒だ。
三人は開始前から立ち位置を相談し、互いの役割を細かく確認している。
「こちらも作戦を決めましょう」
シリルがおずおずと提案する。
「僕とサンは炎魔法で援護します。カワリさんは風属性でしたね。炎を風で広げれば、相手の進路を――」
「必要ありませんわ」
「え?」
「わたしが三人とも倒します」
「しかし、これは班で戦う訓練です」
「安心なさい。水晶も一緒に壊してきます」
シリルが困ったようにカワリを見る。
カワリは一瞬驚いたものの、すぐに余裕のある笑顔を作った。
「メイ様がそこまでおっしゃるなら、お任せしましょう」
その右手は、緑色の指輪を守るように握られていた。
正面には、二人の生徒が並んでいる。
少し気障な雰囲気の男子生徒が長い槍を構え、その隣では、がっしりとした生徒が何も持たずに拳を握っている。残る一人は後方へ下がり、魔法で二人を援護するようだ。
「一人で来るとは、ずいぶん余裕だな」
槍の生徒が穂先をこちらへ向ける。
「その余裕、すぐに後悔させてあげよう」
「やってみなさい」
開始の鐘が鳴る。
『いくよ、メイ!』
「ええ!」
わたしの魔力がライラを介して雷へ変わり、金色の光となって両腕を走る。
足元で雷が弾けた。
――《雷装》。
ミルロと共に作り上げた、わたしだけの戦い方。
最初に動いたのは、拳を構えた生徒だった。
両腕へ風をまとわせ、一気に距離を詰めてくる。風に押された身体は速く、踏み込むたびに速度を増していた。
同時に、後方の生徒が地面へ手を触れる。
「《ストーンシュート》!」
三つの石塊が浮かび上がり、左右へ広がりながら飛んできた。
正面からは、風をまとった拳。
左右からは、石の弾丸。
その後ろでは槍を構えた生徒が、わたしの逃げる方向を見定めている。
三人でわたしの動きを封じるつもりらしい。
悪くない連携だ。
けれど――遅い。
風の拳が届く直前、わたしは後ろではなく前へ踏み込んだ。
「なっ――」
相手の懐へ潜り込み、振り抜かれる拳を紙一重でかわす。
青龍の剣は使わない。
訓練用の木剣を相手の脇腹へ触れさせ、金色の雷を流した。
「ぐあっ!」
一人目が膝をつく。
直後、その肩越しに槍の穂先が迫った。
仲間ごと貫くつもりはない。穂先がわずかに上を向いている。
狙いは、立ち上がったわたしの肩。
身体を沈めて槍をかわし、木剣で柄を下から跳ね上げる。
「槍を弾いた!?」
無防備になった胸元へ踏み込み、木剣の先を当てた。
「二人目ですわ」
雷を放つ。
槍を持った生徒の身体が痺れ、その場へ崩れ落ちた。
後方から、さらに五つの石塊が飛んでくる。
以前のわたしなら、目の前の相手を倒すことだけに夢中になり、まともに受けていたかもしれない。
けれど今は、ミルロから敵だけを見るなと教えられている。
自分の足、相手の視線、魔法が通る道。
すべてを見れば、進むべき場所は一つしかない。
最初の石を右へかわす。
二つ目の下をくぐり、三つ目と四つ目の間を駆け抜ける。
「全部、避けた!?」
「後ろですわ」
振り返ろうとした生徒の背中へ木剣を当て、雷を放つ。
短い悲鳴とともに、三人目もその場へ倒れた。
あとは、がら空きになった敵陣の水晶だけ。
雷をまとったまま踏み込み、木剣を振り抜く。
赤い水晶が砕け散るのと、勝敗を告げる鐘が鳴ったのは、ほとんど同時だった。
「勝者、メイ班。試合時間――十二秒」
演習場が静まり返っている。
「これでよろしいですか?」
わたしが教師へ尋ねると、ようやく歓声が上がった。
「これが、王国の王女の力でござるか……」
「さすが、メイ様ですね」
「同じAクラスで、この有り様とはな。さすが王族といったところか」
期待していたほどではなかった。
三人とも動きは悪くなかったけれど、三年間戦ってきたミルロと比べれば、攻撃が分かりやすすぎる。
「メイ様、お見事ですわ!」
カワリが真っ先に駆け寄ってきた。
「わたくしが援護するまでもありませんでした。さすがは、わたくしと並ぶ首席です」
まるで自分も勝利へ貢献したような言い方が、気に入らない。
握っていた右手が開かれる。
緑色の指輪は、使われる前と変わらない輝きを保っていた。
「僕たち、何もしていません」
シリルは申し訳なさそうにつぶやいた。
「次は、僕にも戦わせてください」
「必要なら、そうしますわ」
「必要なら……」
「今日は必要ありませんでした。わたしが一人で勝てたのですから」
わたしは壊れた水晶の向こうへ目を向けた。
三か月後の対抗戦で、Bクラスが代表に選ぶのは間違いなくミルロだ。
きっと、今日の相手のようにはいかない。
わたしの進む道を最もよく知り、それを塞ぐ方法まで知っている相手。
想像しただけで、身体の奥に雷が弾けるような高揚が生まれた。
「早く三か月後にならないかしら」
『メイ、楽しそうだね』
「当然でしょう。ようやく、ミルロと本気で戦えるのですから」
教師から、三人一組で戦う意味を考えろと注意されたけれど、その声はほとんど耳に入らなかった。
◇
魔法学園では、王族であっても個人的な護衛を授業へ同行させることは認められていない。
校内の安全は教師と警備の騎士が担っている。生徒同士の公平を守り、自分の身を自分で守る力を養うためにも、護衛は授業へ同行させない決まりなのだ。
だから、ミルロがわたしの専属護衛であることは変わらなくても、学園内では基本的に別行動となる。
その代わり、わたしたちの部屋は隣同士だった。
わたしに与えられた寮の個室。その壁を一枚隔てた場所に、従者のための小部屋がある。
小さな寝台と机、衣装棚を置けば、それだけでいっぱいになる部屋だ。
ミルロは何の不満も言わなかったけれど、わたしは狭すぎると思っている。
扉で直接行き来できるため、護衛としては都合がよいらしい。
けれど、その扉を何度見ても開かない。
窓の外は、すでに夕焼けに染まっていた。
「遅いですわ」
『授業中は別行動なんだから、友達とお話ししているんじゃない?』
ライラが寝台の上を跳ねる。
「連絡もなく遅くなるのは、護衛として問題があります」
『学園の中では、護衛はいらないんでしょう?』
「それとこれとは別です」
『さみしいの?』
「違います!」
返事が少し大きくなった。
今日初めて班を組んだカワリやシリルと、授業後まで一緒に過ごそうとは思わない。
カワリとは仲良くするつもりがないし、シリルとはまだほとんど話していない。
交流会など、必要とも思わなかった。
それでも、ミルロなら授業が終わればすぐ戻ってくると思っていた。
廊下から足音が聞こえる。
小部屋の扉が開き、ようやく水色の髪が現れた。
「ただいま戻りました、メイ様」
「遅いですわ!」
「申し訳ありません。少し寄り道をしていました」
立ち上がり、ミルロへ近づく。
叱る言葉を考えていたのに、それより先に甘い香りが鼻へ届いた。
「……チョコレート?」
ミルロの肩が、わずかに揺れた。
「食べてきたのですね」
「はい。班の二人と、学園の近くにあるカフェへ」
「班の二人と?」
「お互いを知るための交流会です。テラが、チョコレートパフェを食べたいと言いまして」
交流会。
わたしは今日、気に入らない偽の首席と、謝ってばかりの男の子を置いて、一人で敵を倒した。
一方のミルロは、新しい仲間と仲良くパフェを食べていたらしい。
「ずるいですわ!」
「え?」
「わたしを置いて、自分だけパフェを食べるなんて!」
「ですが、メイ様はAクラスで、わたしはBクラスですから」
「クラスが違っても、わたしとあなたは同じ学園にいるでしょう!」
「メイ様も、班の皆さんと交流されたのでは?」
「していません! するわけがないでしょう!」
「なぜ、そこで胸を張るのですか……」
ミルロが困ったように眉を下げた。
わたしは腕を組み、顔を背ける。
「次は、わたしも連れていきなさい」
「班の交流会なのですが」
「護衛がどのような相手と班を組んだのか、主人として確認する必要があります」
「パフェを食べたいだけでは?」
「違いますわ!」
自分でも、少し苦しい言い訳だとは分かっている。
けれど、ミルロがわたしの知らない相手と楽しそうに過ごしていたことが、なぜか面白くなかった。
ミルロは小さく息を吐き、それから仕方なさそうに笑った。
「分かりました。今度はメイ様もご一緒に」
「約束ですわよ」
「はい。約束します」
ようやく胸の中の苛立ちが収まった。
けれど、ミルロの表情には、まだわずかな曇りが残っている。
カフェで何かあったのかと尋ねようとしたものの、ミルロは先に自分の部屋へ戻ってしまった。
その背中を見送りながら、わたしは首を傾げた。




