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第14話 甘いパフェと、ありえない二人

入学初日の授業が、ようやく終わった。


 教室を出ていく生徒たちの間から、夕方の鐘が聞こえてくる。


 今日はクラス分けの発表に始まり、入学式、班決め、そしていきなりの模擬戦まであった。


 さすがに疲れた。


 机の上を片づけながら、早く寮へ戻ろうと考えていると、目の前にリリスの顔が現れた。


「さて、二人とも。これから班の交流会をするわよ!」


「交流会?」


「せっかく運命の三人が出会ったのよ? もっとお互いを知らなければ、完璧な班にはなれないでしょう」


「運命だったのですか?」


「少なくとも、わたしがあなたたちを見つけた瞬間は運命だったわ」


 リリスは迷いなく言い切った。


 隣では、テラが空になったチョコレートの包みを名残惜しそうに折り畳んでいる。


「テラも、どこか行きたいところはある?」


「わ、わたし?」


「もちろん。今日は三人の交流会だもの」


 リリスに尋ねられ、テラは白い耳をぴくりと動かした。


「学園の近くに、チョコレートパフェがおいしいお店があるって聞いたの。でも……」


「そこにしましょう!」


「まだお店の場所も言ってないよ?」


「チョコレートパフェがある。それだけで十分よ」


「わたしも賛成です」


 特に急いで戻る用事もない。


 これから三人一組で授業を受け、三か月後には共にAクラスへ挑むのだ。互いを知っておく必要があるというリリスの意見は正しい。


 こうして、わたしたちは三人で学園を出た。


     ◇


 魔法学園は、魔法学園領の中心街を見下ろす、北側の小高い丘の上に建っている。


 正門から続く坂道を下りると、学生向けの店が並ぶ通りへ出た。


 魔法書を扱う書店、杖や剣を並べた武具店、制服姿の生徒でにぎわう食堂。


 学園へ来てから寮と校舎の周辺しか歩いていなかったため、この辺りを訪れるのは初めてだった。


「ねえ、ミルロちゃん」


 隣を歩くリリスが、わたしの顔をのぞき込む。


「どうしてあなたは王女殿下の護衛なの? 同い年でしょう?」


「十歳のとき、マルチーズ家の養女になったからです。お父様が騎士団長なので、その縁でメイ様の護衛になりました」


「マルチーズ家へ来る前は?」


「孤児でした。精霊契約の儀でユキメと契約するまでは、王都のスラムで暮らしていました」


 わたしの肩の上に、白い着物を着た小さな少女が現れる。


『わたしがユキメよ。雪と氷を司る精霊なの』


「まあ! この子もかわいい!」


 リリスが両手を伸ばすと、ユキメは素早くわたしの反対側の肩へ逃げた。


『見るだけならいいけれど、触るのは禁止よ』


「どうして!?」


『あなた、さっきからテラを撫ですぎなのよ』


 言われてみれば、リリスは歩きながら何度もテラの腕へ触れている。


「だって、こんなに素敵な毛並みなのよ。触らないなんてもったいないわ」


「わ、わたしは別に嫌じゃないよ。でも、人が見ているから……」


 テラは恥ずかしそうに身体を縮めた。


 もっとも、彼女の身体は縮こまっても大きい。通りを歩く人々が珍しそうに振り返っている。


「テラは、共和国ではどのような魔法を学んでいたのですか?」


 わたしが尋ねると、テラは少し考えてから答えた。


「共和国にも、魔法学園へ入る前の子供へ基礎を教える学校はあるよ。でも、いろいろな種族が一緒に戦う方法を中心に教えているの。だから、この学園では人間の魔法について詳しく学びたいと思っていたの」


「共和国には、獣人以外にも多くの種族が暮らしているのでしたね」


「うん。人間も、獣人も、森人も、みんな同じ町で暮らしてる。貴族はいないよ」


「では、テラのお父様も平民なの?」


 リリスが尋ねる。


「共和国では、みんな平民だよ。お父さんは大工なの。家を建てたり、家具を作ったりしてる。わたしも手伝っていたから、力仕事なら少しだけ自信があるの」


 少しだけ。


 大人二人で運ぶ大盾を片手で持ち上げた力を、本人はそう評価しているらしい。


「でも、戦うのは苦手。相手が怒っていると思うと、怖くなって……」


「今日の試合では、最後まで逃げませんでした」


「ミルロちゃんが涼しくしてくれたからだよ。わたし一人だったら、きっと何もできなかった」


「それでも、盾を持って立っていたのはテラです」


 わたしがそう言うと、テラの丸い耳がうれしそうに揺れた。


「そうよ。それに、あなたは大きくて、強くて、もふもふで、甘いものが好き。完璧じゃない」


「最後の二つは戦いに関係ないと思う……」


「大切なことよ」


 リリスにとっては、本当に大切なのだろう。


「そういうリリスは、この学園で何を学びたいのですか?」


「帝国にはない色や形をたくさん見て、わたしの魔法へ取り入れることよ」


 彼女は胸を張って答えた。


「わたしの家は、帝都でいくつかブティックを営んでいるの。わたしは四女だから、お店を継ぐ必要はないけれど、服を考えるのも、絵を描くのも大好き。だから、この学園に集まるいろいろな国や種族の人から、美しいものをたくさん学びたいの」


「それを、魔法にも生かしたいのですね」


「ええ。それと、単純にもっと綺麗な魔法を使えるようになりたいわ!」


「だから、魔法の形にもこだわるのですね」


「もちろん。魔法は一瞬で消えてしまうからこそ、美しくなければならないわ」


『リリスの魔法は、いつもかわいいスタ!』


 星形の精霊スタルンが、リリスの桃色の髪の上でくるくると回る。


「でも、先生にはもっと早く発動しなさいって怒られてばかりなの。美しさを理解してくれないのよ」


「模様を一つ減らせば、少しは早くなるのでは?」


「それでは完成ではないでしょう?」


 やはり、そこだけは譲らないらしい。


 欠点を直すより、そのまま生かす方法を探したほうが早そうだ。


「あっ、あのお店!」


 それまで小さな声で話していたテラが、突然声を弾ませた。


 彼女が指した先には、茶色い屋根の小さなカフェがあった。


 看板には、山のようにチョコレートを盛ったパフェの絵が描かれている。


 テラの目が、今日一番輝いていた。


     ◇


「お、おいしい……!」


 テラは特大のチョコレートパフェを前に、両頬へ手を当てていた。


 背の高い器には、チョコレートアイス、焼き菓子、果物、生クリームが何段にも重ねられている。


 大きなテラの前に置いても、まったく小さく見えない。


「幸せそうですね」


「うん。共和国にもチョコレートはあるけど、こんなに大きなパフェはなかったから」


 おそるおそる一口ずつ食べているものの、白い尻尾は隠しきれない喜びを表すように揺れていた。


 リリスは味より先に、パフェを横から眺めている。


「茶色と白の重なりは素敵ね。でも、もう少し赤い果物を増やしたほうが華やかだと思うわ」


「食べる前から品評するのですか?」


「美しさを味わっているのよ」


 わたしは小さなチョコレートパフェを一口食べた。


 甘くて、少し冷たい。


 氷魔法を使えば、似たものを作れるかもしれない。今度メイ様にも作ってみよう。


 そんなことを考えながら、向かいに座る二人を見る。


  今朝までは名前すら知らなかった。


 それなのに、一緒に戦い、こうして同じテーブルで笑っている。


 三十位へ落とされたと知ったときは腹が立ったけれど、Bクラスでなければ二人とは出会えなかった。


 この班なら、きっとうまくやっていける。


 そう思ったときだった。


 店の奥から聞こえた笑い声に、覚えがあった。


 現実では、一度も聞いたことがない。


 それでも、わたしはその声を知っていた。


 ゆっくり振り向く。


 窓際の席には、一組の男女が向かい合って座っていた。


 少女は柔らかな笑みを浮かべ、男性の話へ楽しそうに耳を傾けている。


 何度も画面の中で見た顔。


 ゲーム『マナアース』の主人公。


 のちに聖女と呼ばれ、ゼノンと共に世界を救う少女――アリアだ。


 どうして、アリアがここにいるの?


 彼女はわたしより一学年上だ。


 本来なら一年生の間は教会で聖女候補としての教育を受け、この春から魔法学園へ編入する。そしてゼノン様をはじめとした攻略対象者達と出会い、共に物語を始めるはずだった。


 けれど、わたしが驚いたのはアリアを見つけたことではない。


 その向かいに座っている男性だ。


 きちんと着こなした学園の制服。整った顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。


 ジーク・キルラルド。


 帝国から送り込まれた工作員であり、ゲームの学園編で主人公たちの前に立ちはだかる敵。


 攻略対象ではない。


 それどころか、アリアたちが倒すべき相手だった。


 そのジークが、なぜアリアと二人で笑い合っているの?


「あら、ジーク様だわ」


 リリスも二人に気づいたらしい。


「知っているのですか?」


「帝国では有名な方よ。キルラルド家のご子息だもの。それに、隣にいらっしゃるのはアリア様ね」


「リリスも、アリアを?」


「直接お話ししたことはないけれど、知っているわ。あのお二人、婚約者同士だもの」


 手にしていた匙が止まった。


 聞き間違いかと思い、リリスの顔を見る。


 けれど、冗談を言っている様子はない。


 主人公であるアリアと、学園編で彼女たちの前に立ちはだかるジーク。


 ゲームでは敵同士だった二人が、今は婚約者になっている。


 物語が始まる前から、わたしの知っている筋書きとは違っていた。


 この世界で何が起きているのか。


 わたしはまだ、その答えを何一つ知らなかった。

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