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第13話 かわいいは正義

Bクラスの教室は、学園本館から渡り廊下を二つ越えた先にあった。


 壁には細かなひびが入り、床板は歩くたびに音を立てる。窓から見えるAクラスの新校舎と比べると、同じ学園とは思えない。


 教室へ入った途端、十四人の視線がわたしへ集まった。


「あの子が、掲示板の前で自分は首席だって騒いでいた……」


「王女殿下の護衛だから、自分が三十位なのを認められないらしいよ」


「でも、実戦試験では試験官三人を倒したって話していたぞ」


「そんなの、本当かどうか分からないだろ」


 小声のつもりなのだろうけれど、すべて聞こえている。


 どうやら、掲示板の前での騒ぎが、わたしより先に教室へ届いていたらしい。


 しかも、ずいぶんと都合の悪い形に変わっている。


 反論しようとは思わなかった。


 言葉で否定したところで、自分は三十位ではないと主張するだけだ。信じてもらえる材料にはならない。


 三か月後の対抗戦で勝てば、嫌でも分かる。


 空いている席を探して教室の奥へ進み、思わず足を止めた。


 最後列に、誰よりも大きな生徒が座っていた。


 白い毛に覆われた丸い耳。太い腕と、大きな手。座っていても、周囲の生徒より頭二つ分は高い。


 ワイマール共和国に暮らす、白熊の獣人だ。


 その体格なら、さぞ堂々とした性格なのだろう。


 そう思った直後、わたしと目が合った少女は、大きな身体を小さく縮めた。


「ご、ごめんなさい……!」


「なぜ謝るのですか?」


「じっと見られたから、わたし、何か悪いことをしたのかと……」


「珍しかったので見ていただけです。こちらこそ、失礼しました」


 頭を下げると、少女は慌てて両手を振った。


「ち、違うの。怒ってないから。わたし、テラ。ワイマール共和国から来たの」


「ミルロ・マルチーズです。よろしくお願いします」


 握手を交わす。


 毛に覆われた手は、わたしの手を丸ごと包めるほど大きい。それでも触れ方は、薄いガラスを扱うように優しかった。


 テラの机の端には、小さな包みがいくつも並べられている。


「それは?」


「チョコレート。緊張すると、食べたくなるの」


「たくさんありますね」


「教室へ来てから、ずっと緊張しているから……」


 どうやら、見た目とは正反対の性格らしい。


 始業を告げる鐘が鳴り、担任の女性教師が教室へ入ってきた。


「全員そろっているな。説明は入学式で聞いたと思うが、授業と実習は三人一組の班で行う。今から十分で班を作れ」


 教室が一気に騒がしくなった。


 親しい者同士が集まり、互いの属性や得意分野を確かめ合う。


 わたしにも何人かが視線を向けたものの、声をかけてくる者はいなかった。


 総合三十位。


 そのうえ、自分が首席だと言い張っているという噂まで流れている。


 わざわざ同じ班になりたいと思う人はいないだろう。


 隣を見ると、テラも一人だった。


 周囲の生徒はその巨体を警戒しているのか、少し離れたところから様子をうかがっている。


「テラ。わたしと班を組みませんか?」


「えっ、わたしと?」


「はい」


「でも、わたし……あまり強くないよ」


「その身体を見れば、力があることは分かります」


「魔法を使うと、すぐ動けなくなるの」


 テラの肩の近くに、赤い火の玉が浮かび上がった。


 握り拳ほどの炎に、つぶらな二つの目がある。


『ぼく、ハナビ! テラと契約してるんだ!』


「炎の精霊……」


「うん。でも、白熊は暑さに弱いから。ハナビと一緒に炎の魔法を使うと、わたしの身体まで熱くなって……」


『ごめんね、テラ』


「ハナビは悪くないよ。わたしの身体が、炎に向いていないだけだから」


 契約精霊の属性と、その魔法を使う契約者の体質が合っているとは限らないらしい。


「方法は、班を組んでから探しましょう」


「それじゃあ……わたしでいいの?」


「テラがよければ」


「よ、よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げたテラの額が、机へぶつかった。


 大きな音に、教室中がこちらを見る。


「だ、大丈夫ですか?」


「痛い……でも、うれしいから大丈夫」


 額を押さえながら笑う姿に、わたしもつられて頬を緩めた。


 これで二人。


 あと一人を探そうと教室を見回す。


 すると、反対側の壁際に数人の生徒が集まっていた。


 その中心にいるのは、柔らかな桃色の髪を肩で切りそろえた少女だ。


「リリスさん、わたしたちの班に入らない? 一緒なら、にんじん食べ放題よ」


「どうして、にんじんなのよ……」


 その隣にいる少女が、呆れたようにつぶやく。


「こっちは同じ帝国出身だ。絶対に居心地がいいって!」


 二つの班から誘われながら、少女は困ったように頬へ指を当てている。


「うーん。せっかくなら、わたしが一番ときめく班に入りたいのよね」


 そのとき、彼女の視線がこちらで止まった。


 緑色の瞳が大きく見開かれる。


「見つけた!」


 少女は集まっていた生徒たちの間を抜け、一直線に駆けてきた。


「水色の髪に赤い瞳! 雪みたいに白い肌! あなた、ものすごくかわいいわ!」


「……ありがとうございます」


 近い。


 初対面とは思えない距離から、顔を上下左右に観察される。


「しかも、隣には大きくて真っ白でもふもふの女の子! 完璧よ!」


「わ、わたしも?」


「あなた以外に誰がいるの? ねえ、その腕、触ってもいい?」


「えっと……少しだけなら」


 少女はテラの腕へ両手を埋め、幸せそうに目を細めた。


「最高……!」


 勧誘していた生徒たちが、あっけに取られている。


「リリス、本当にその二人と組むのか? ミルロは自分が首席だって騒いでいたらしいぞ」


「それが何?」


 リリスと呼ばれた少女は、笑顔のまま振り返った。


「成績表に、かわいさの点数は書いていなかったでしょう?」


「いや、班は戦闘のために作るんだぞ」


「強いかどうかは、これから見ればいいわ。でも、この二人がかわいいことは、見ればすぐに分かるもの」


 反論を許さず、少女はわたしたちの間へ椅子を運んできた。


「わたしはリリス・シナプス。キルラルド帝国でブティックを営む商家の四女よ。土属性で、この子が契約精霊のスタルン」


 頭上に、黄色く輝く星形の精霊が現れた。


『よろしく、スタ!』


「語尾もかわいいでしょう?」


「そこが契約の決め手ですか?」


「もちろんよ!」


 即答だった。


 こうして、わたしたち三人の班が決まった。


     ◇


「班ができたところで、早速実力を見せてもらう」


 向かった先は、Bクラス校舎の裏にある小さな演習場だった。


 中央の線を挟み、両陣地に青と赤の魔法水晶が置かれている。


「制限時間は十分。自陣の水晶を守りながら、相手の水晶を先に破壊した班の勝ちだ。殺傷力の高い魔法は禁止。最初に戦いたい班は?」


「俺たちがやります。相手は、あの班で」


 真っ先に手を挙げたのは、目つきの悪い男子生徒だった。


 同じ班の二人が、何を勝手に決めているのだと言いたげな、不満そうな目を向けている。


 どうやら、班員へ相談してから立候補したわけではないらしい。


 名指しされたリリスは、そんな相手の様子など気にせず、楽しそうに笑った。


「ちょうどいいわ。わたしの選択が正しかったと証明しましょう」


「あ、あの……わたし、誰かと戦ったことなんてほとんどないよ」


 テラは早くも震えていた。


「大丈夫です。テラは水晶の前に立って、近づいてきた相手を止めてください」


「止めるって、どうやって?」


「大きな盾があります。持てますか?」


 演習場の端に置かれた訓練用の大盾を指す。


 大人二人で運ぶような鉄製の盾だ。


 テラは片手で軽々と持ち上げた。


「これでいい?」


「十分です」


 本人が思っているより、ずっと頼りになりそうだ。


「リリスは、どんな魔法を使えますか?」


「《ストーンシュート》よ。少し時間はかかるけれど、最高にかわいく作ってみせるわ」


「かわいさより、速さを優先してもらえますか?」


「それは無理」


 こちらも即答だった。


 開始の鐘が鳴る。


 リリスは両手を地面へつき、土を浮かび上がらせた。


「丸いだけでは駄目ね。星形にして、先端は少し柔らかく……羽もつけましょう」


「もう相手が来ています!」


「分かっているわ。でも、左右の羽は同じ大きさでなければ美しくないでしょう?」


 駄目だ。


 完成するまで、わたしたち二人で守るしかない。


 相手のうち、二人がこちらへ走り出した。


 一人が正面から火球を放ち、もう一人が右側へ回り込む。残る一人は敵陣にとどまり、自分たちの水晶を守るように雪を降らせ始めた。


「ハナビ、お願い!」


『いくよ、テラ!』


 テラが魔力を流すと、赤い炎がその身体を包んだ。


 大盾を構え、飛んできた火球を正面から受け止める。


 爆発をものともせず踏みとどまったものの、数秒もしないうちに、白い毛の間から汗が流れ始めた。


「あ、暑い……力が……」


 盾が傾く。


 そこへ、右側から一人の生徒が迫る。


 わたしは《青龍の弓》へ二本の氷矢をつがえた。


 一射目で迫っていた生徒の足元を凍らせ、二射目をテラの前へ撃ち込む。


 地面に白い霜が広がり、冷たい風が大きな身体を包んだ。


「……涼しい」


 倒れかけていた盾が持ち上がる。


「これなら、動ける!」


 テラが一歩踏み込み、大盾を横へ振った。


 直撃する寸前で止めたにもかかわらず、巻き起こった風圧だけで正面の生徒が尻もちをつく。


「す、すごい……」


「驚いている場合ではありません。次が来ます!」


「う、うん!」


 立ち上がった相手が、正面から三つの火球を放つ。


 テラが盾で防ぎ、わたしがその隙に距離を詰めようとするもう一人の制服の裾を、氷矢で地面へ縫い止める。


「リリス、まだですか?」


「待って。星の表面が少し寂しいの。ここに花模様を――」


「それは必要ですか!?」


「必要よ!」


 敵陣では、残った一人が懸命に雪を降らせ、水晶の周囲へせっせと雪を積み上げていた。


 まだ腰ほどの高さしかないが、このままでは水晶を覆う分厚い雪の壁が完成してしまう。


 わたしなら、その壁ごと氷矢で射抜ける。


 けれど今は、わたし一人の強さを見せる試合ではない。


「テラ、あと十秒だけ守れますか?」


「こ、怖いけど……やってみる!」


「リリス。九秒で完成させてください」


「十秒ではなく?」


「最後の一秒は、狙いを定めるために残してください」


「それなら納得だわ。任せて!」


 わたしは二本の矢を連続で放った。


 一本は、再び火球を放とうとしていた生徒の制服の裾へ。もう一本は、足元の氷から抜け出そうとしていた生徒の制服の裾へ。


 二人の動きを地面へ縫い止めると、テラが大盾を構えたまま、リリスと水晶を大きな背中で守った。


「完成!」


 リリスの両手の間に、翼を広げた星形の石が浮かんでいた。


 細い羽根の一本一本に花模様が刻まれ、中央にはスタルンと同じ笑顔まで彫られている。


 初級魔法へ施す造形ではない。


「これが、わたしの《ストーンシュート》よ!」


 翼を持つ星が放たれた。


 発動までの遅さからは想像できない速度で演習場を横切る。


 敵陣に積み上げられた雪の壁へ激突し――壁も、その後ろの水晶も、一撃で粉砕した。


 静まり返った演習場に、勝敗を告げる鐘が鳴る。


「勝者、ミルロ班」


 教師の声に、Bクラスの生徒たちがざわめいた。


「あれが、本当に三十位なのか?」


「テラも、あんなに動けたの?」


「リリスの魔法……初級の威力じゃないぞ」


 テラが大盾の陰から、恐る恐る顔を出す。


「わたしたち、勝ったの?」


「ええ。テラが守ってくれたおかげです」


「本当? わたし、役に立てた?」


「もちろんよ!」


 リリスが白い身体へ飛びつき、そのまま毛の中へ顔を埋めた。


「最高に強くて、最高にもふもふ! わたしの目に間違いはなかったわ!」


 テラは困ったようにしながらも、うれしそうに笑った。


「あの……二人とも、チョコレート食べる?」


「食べる!」


「それより先に、次の試合を見て戦い方を研究しましょう」


「ミルロちゃん、真面目すぎるわ。チョコレートを食べながら見ればいいのよ」


 そう言って、リリスがわたしの口へ一粒押し込んだ。


 甘い。


 そして、悪くない。


 炎の魔法を使うほど弱ってしまう、気弱な白熊。


 初級魔法一つに時間をかけすぎる、芸術家。


 試験結果だけを見れば、二人がBクラスなのは当然なのかもしれない。


 けれど、決して弱いわけではない。


 足りないところを三人で補えば、Aクラスにだって届く。


 三か月後、メイ様と戦うための仲間。


 どうやら、最高の二人と出会えたようだ。

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