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第12話 入れ替えられた首席

魔法学園の入学式当日。


 講堂へ向かう新入生たちが足を止め、玄関広間の掲示板を見上げていた。


 貼り出されているのは、三日前に行われた《クラス分け試験》の最終順位とクラス分けだ。


「ミルロ、見て。わたしたちの名前よ」


 人垣の前方にいたメイ様が、嬉しそうに振り返る。


 掲示板の一番上には、金色の縁取りが施されたAクラスの名簿があった。


 その先頭に、二人の名前が並んでいる。


 一位 メイ・ウィシュタリア。


 一位 カワリ・ニュギュウ。


「……誰?」


 メイ様の笑顔が消えた。


 わたしも、もう一度名前を確かめる。


 けれど、何度見ても、そこにミルロ・マルチーズの文字はない。


「何かの間違いでしょう。三日前の試験で、ミルロはあれほどの成績を残したのに――」


「メイ様」


 その先を言わせず、Bクラスの名簿へ目を移した。


 名前は成績順に並んでいる。


 一番上から、ゆっくりと視線を下ろしていく。


 五番目にも、十番目にもない。


 わたしの名前は、一番下にあった。


 三十位 ミルロ・マルチーズ。


「ふざけないで!」


 メイ様の怒声に、周囲の生徒たちが振り返った。


「ミルロが最下位ですって? 筆記はわたしと同じくらい解けていたし、実戦では試験官三人を開始一分で全員動けなくしたのよ!」


「お静かに、メイ様」


「これが静かにしていられますか! 今すぐ学園長へ抗議します!」


「その前に、成績の内訳を確認しましょう」


 玄関広間の一角には、学園の受付が設けられていた。


 そこの職員へ申請すれば、《クラス分け試験》の詳しい成績を教えてもらえる。


 ただし、開示を希望した本人の点数に限られる。


 まず、メイ様が申請用紙へ名前を書き、本人確認を受けてから提出した。


 すぐに、前世でいうA4用紙ほどの紙が渡される。


 筆記、四十点。


 魔法実技、四十点。


 実戦、二十点。


 合計、百点。


 文句なしの満点だった。


「当然ね」


 メイ様が満足そうに胸を張る。


 次に、わたしが申請用紙を提出した。


 職員から渡された紙には、こう記されている。


 筆記、二十点。


 魔法実技、零点。


 実戦、零点。


 合計、二十点。


「あり得ないわ」


 メイ様の声が低くなる。


「筆記試験は、終わったあとに二人で答え合わせをしたでしょう。満点のはずよ。魔法実技は別々だったから見ていないけれど、実戦では試験官三人を開始一分で全員動けなくしたわよね?」


「はい」


 改めて紙を見る。


 何度見直しても、記載された点数は変わらない。


「あれで零点? どうして?」


「さあ。こちらが知りたいですよ」


 さすがに、これはひどすぎる。


 採点ミスで片づけられる限度を、明らかに超えていた。


「ごきげんよう、メイ王女殿下」


 背後から、明るい声がかけられた。


 振り返ると、真新しい制服に身を包んだ少女が立っていた。


 赤みを帯びた茶色の髪を高い位置で結び、胸元には大粒の宝石を飾っている。


 立ち方も微笑み方も堂々としているが、どこか不格好だ。


「そして、ミルロ・マルチーズさん」


「あなたは誰よ」


 メイ様が、警戒するように尋ねる。


「わたしはカワリ・ニュギュウです。初めまして。メイ殿下と並び、同点首席の座をいただきました」


「あなたが首席? 実技試験で姿を見なかったのだけれど」


「ぎくっ。ぬ、濡れ衣です! 最初の方は気分が悪くて、保健室で休んでいたのです」


「いま『ぎくっ』と言わなかった? 三日前は体調が悪かったという割に、今日はずいぶん元気そうね」


「こう見えて、いまも体調が悪いのです。それでも、どうしてもミルロさんとお話ししたくて参りました」


「わたしに?」


「ニュギュウという名前に覚えは?」


「はい。王国のニュギュウ伯爵家ですよね」


「ええ。そのニュギュウです!」


 カワリは、伯爵家の名をわざと強調した。


「三年前、お父様があなたの代わりに、わたしを引き取ってくださったの」


「わたしの代わり?」


「あなた、本来はニュギュウ家の養女になるはずだったのでしょう? それなのに騎士の家を選んだ。そこでお父様は、本当の娘として迎えるべきわたしを見つけたのよ。実は、わたしも孤児だったの」


「え……?」


 あまりに意外な言葉に、わたしは唖然とした。


 本当の娘と言った直後に、自分も孤児だったと明かした。


 つまり、カワリもわたしと同じ養女なのだろう。


 一方のカワリは、誇らしげに胸を張っている。


 同じ孤児だったとは思えないほど、振る舞いは貴族らしく作り込まれている。けれど、ところどころ不自然さを隠しきれていなかった。


「いい服も、宝石も、自分の部屋もいただいたわ。魔法学園へ通うための制服や学用品まで、すべて用意してくださった。わたしは必ず、お父様の期待に応えてみせるの」


 その後も、カワリの自慢話は続いた。


 いかに自分が優れているか。


 どれほど努力し、ニュギュウ伯爵の期待に応えてきたか。


 終わる気配のない話を聞いていたメイ様が、胡散臭そうにカワリをにらんだ。


「なんだか嘘っぽいのよね」


「な、何がでしょう?」


「あなたがミルロの成績と、自分の成績を入れ替えたのではないの? 話し方も首席とは思えないくらい馬鹿っぽいし、その方がしっくりくるわ」


「えっ……」


 カワリは言葉に詰まり、挙動不審に視線を泳がせた。


 その態度を見た瞬間、わたしとメイ様は確信した。


 この子が直接成績を書き換えたのかは分からない。けれど、少なくとも不正が行われたことは知っている。


「あなた、この不正について知っているわね」


「そ、そんなことありません!」


「いま言葉に詰まったし、目も泳いでいるわよ」


 カワリは慌てて笑顔を取り繕った。


「何のお話でしょう?」


「とぼけないで。そこまで言うなら、今ここでミルロと実技勝負をしなさい」


「入学式の前に制服を汚すなんて、ご遠慮いたします。それに、廊下での私闘は禁止されておりますわ」


「逃げるつもり?」


「学園は、わたしを同点首席だと認めています」


 カワリは一瞬だけわたしを見て、勝ち誇ったように笑った。


「不満があるなら、正式な証拠を用意してはいかがですか?」


 すべて承知している。


 その目が、何より雄弁に語っていた。


「ミルロ、行くわよ。学園長だけで駄目なら、学園中の教員と職員へ訴えます」


「お待ちください、メイ様」


 歩き出そうとしたメイ様の腕をつかむ。


「どうして止めるの!」


「カワリの怪しい発言だけでは、何の証拠にもなりません。それだけで訴えても、本人は認めませんよ」


「だったら、証拠を見つけ次第――」


 そのとき、校内にチャイムが鳴り響いた。


『新一年生は、入学式の準備のため、それぞれの教室へ向かってください』


 続いて流れたアナウンスに、玄関広間へ集まっていた新入生たちが一斉に動き始める。


「それに、Aクラスへ戻る方法なら、ほかにもあります」


「どういうこと?」


「すぐに分かります」


 納得していない様子のメイ様と別れ、わたしは一人、Bクラスの教室へ向かった。


     ◇


 入学式の最後に、不在の学園長に代わり教頭先生がクラス制度について説明した。


 この学園の新入生三十名は、上位十五名のAクラスと下位十五名のBクラスに分けられる。


 授業や実習は、同じクラス内で組む三人一組の班を基本として行われる。


 Aクラスには、清潔で設備の整った教室、豪華な給食、談話室に併設されたカフェの利用権が与えられる。さらに演習場を回数制限なく使用でき、緊急時を除けば、保健室での治療も優先される。


 一方、Bクラスに与えられるのは古い校舎と、最低限の予算だけ。


 同じ授業料を納めているにもかかわらず、扱いには明確な差があった。


 ただし、その立場は固定されていない。


「三か月後、A・Bクラス入れ替え戦を実施する」


 教頭先生の声が講堂へ響く。


「各クラスから三名の代表を選出し、実戦形式の模擬戦を行う。勝利したクラスが、翌日よりAクラスとなる」


 Aクラスの席から、余裕のある笑い声が聞こえた。


「また形式だけの試合か」


「Bが勝てるわけないだろう」


 その反応も、ゲームと同じだった。


 A・Bクラス入れ替え戦は、序盤に行われる小さなイベントだ。


 プレイヤーはAクラスの代表として出場し、能力の低いBクラスを倒す。負けることを想定されていない、操作方法を覚えるための消化試合。


 ゲームでは、Bクラスが勝利する展開など存在しなかった。


 けれど今、そのBクラスにはわたしがいる。


 首席の成績を奪われたことには腹が立つ。


 Bクラスの生徒を最初から敗者と決めつける制度も、気に入らない。


 そして、それ以上に――


 わたしは隣の区画に座るメイ様を見た。


 メイ様も同じ瞬間、こちらを振り返った。


 Aクラスの代表になれば、メイ様が相手になる。


 三年間、何度も一緒に戦った。


 わたしが矢で道を作り、メイ様が雷となって敵を打ち破った。


 模擬戦でも実戦でも、いつも隣か背中にいた。


 そのメイ様と、初めて本気で戦える。


 そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


 全国大会の決勝で弓を構えたときと同じ、身体の内側から湧き上がる高揚感。


 どうやらわたしは、自分で思っていた以上に勝負事が好きらしい。


     ◇


 入学式が終わると、メイ様がわたしを人気のない回廊へ連れていった。


「三か月も待つ必要はないわ。わたしがお父様へ連絡すれば、すぐに調査させられる」


「不正については調べます。ですが、クラスはこのままで構いません」


「構うわよ! あなたは、わたしと同じAクラスにいるべきでしょう!」


「Bクラスが入れ替え戦で勝てば、わたしたちがAクラスです」


 メイ様が言葉を失う。


「……本気なの?」


「はい」


「Aクラスの代表には、わたしが出るわよ」


「存じています」


「手加減なんて、絶対にしないわ」


「それでこそ、戦う意味があります」


 わたしが答えると、メイ様はしばらく目を細めていた。


 やがて、何かに気づいたように眉を上げる。


「あなた……もしかして、わたしと戦いたいだけ?」


「Bクラスの待遇を改善するためです」


「わたしの目を見て答えなさい」


「不正を正すためでもあります」


「ミルロ」


 逃げ切れそうにない。


「……否定はいたしません」


 一瞬の沈黙。


 メイ様の口元が、ゆっくりとつり上がった。


「いいわ。そこまで言うなら、受けて立ちます」


 差し出された右手を握る。


「わたしがAクラスの代表になって、全力であなたを倒す」


「では、わたしはBクラスの代表になって、メイ様を倒します」


「三か月後、泣いて謝っても許さないわよ」


「メイ様こそ、負けたあとで王女の権限を使わないでくださいね」


「使うわけがないでしょう!」


 固く握った手の間で、細い雷と白い霜が弾けた。


 金色の雷と銀色の氷。


 ともに戦えば、誰よりも心強い相棒。


 だからこそ、敵としてどちらが強いのか確かめたい。


 ゲームでは必ずAクラスが勝つ、ただの消化試合。


 その決められた結末を覆し、わたしはメイ様へ挑む。


 三か月後。


 わたしたちは初めて、互いへ本気の武器を向ける。


     ◇


 時は少し遡り、入学式の前夜。


「はっはっはっは! さすがにここまでやると、ギャグだろう!」


 学園長室に、大きな笑い声が響いていた。


 机の向こうに座る人物は、窓から差し込む夕日を背負っている。


 逆光に隠されて顔は見えない。


 分かるのは、そこにいるのが少し年配の女性だということだけだった。


 学園長が見ているのは、《クラス分け試験》の最終順位が記された書類だ。


 一位、カワリ・ニュギュウ。


 三十位、ミルロ・マルチーズ。


 二人の名前が、赤い線で大きく囲まれていた。


「教頭め。最近は大人しくしておったから、今年のクラス分け試験の採点を任せてやったというのに……」


 学園長が、カワリの名前を指で叩く。


「さすがに、実技試験の最中に保健室で休んでいた生徒を一位にするのは、やりすぎだぞ」


 誰の目にも、不正は明らかだった。


 調べれば、すぐに証拠も見つかるだろう。


 普通なら、その場で採点をやり直させるべきだ。


「まあ、それも面白いか」


 学園長は椅子へ深く腰掛け、書類を眺める。


 はっきり言って、入学直後の一年生に、それほど大きな実力差はない。


 Aクラスへ入ったからといって、全員が優秀とは限らない。


 Bクラスへ送られた生徒にも、まだ自分の才能や戦い方に気づいていないだけで、光るものを持つ者はいる。


 授業は始まったばかりだ。


 時間は、たっぷりとある。


 ミルロほどの実力があれば、放っておいてもすぐに周囲へ知られる。遅くとも後期のクラス分けでは、本来いるべき場所へ戻るだろう。


「それに……」


 学園長が、赤く囲んだミルロの名前を見つめた。


「わしは反対したのだがな」


 入学からしばらくすると行われる、A・Bクラス入れ替え戦。


 各クラスの首席班から三名を出し、実戦形式の模擬戦で争わせる。


 本来、Bクラスの生徒へ発破をかけることを目的としているが、実態はAクラスが勝つことを前提にした出来レースだ。


 制度が作られたきっかけは、かつて学園へ子供を通わせていた、ある有力貴族だった。


 自分の子供を気持ちよく勝たせたい。


 そのためだけに、強引に作らせた制度だという。


 Bクラスへ確実に勝つだけなら、Aクラスの下位を出場させてもよいはずだ。


 しかし、万が一にも負けることがないよう、Aクラスからは首席班を出場させる。


 その慣習は、今も根強く残っていた。


「だが、本来ならAクラス首席になるはずの生徒が、Bクラスへ入ったらどうなる?」


 学園長の口元が、楽しそうにつり上がる。


 毎年繰り返される、胸糞の悪い行事。


 その出来レースを終わらせる、よいきっかけになるかもしれない。


「まあ、すべて教頭が勝手にやったことだ」


 学園長は素知らぬ顔で書類を机へ置いた。


「わしは何も見なかった」


 大きな承認印を持ち上げる。


 そして迷うことなく、書類の中央へ勢いよく押しつけた。


「――承認、と」

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