第11話 兄たちの待つ場所
フェアリーデイズが終わった翌日。
わたしとメイ様は、王城の演習場に立っていた。
向かいにいるのは、国王陛下とお父様。
二人とも、わたしたちが持ち帰った武器を難しい顔で見つめている。
「もう一度、最初から説明しなさい」
国王陛下が、眉間を押さえながら言った。
「青龍の丘で流れ星を見ていたら、青い龍のような魔物が現れたのです」
メイ様が答える。
「それで?」
「少しお話をしたら、わたしたちを気に入ってくださったようで、剣と弓をいただきました」
「少し話しただけで、これほどの武器を渡したというのか?」
「ええ。とても気前のよい、優しい魔物だったわ」
国王陛下とお父様が、そろって首を傾げた。
わたしも隣で神妙な顔を作る。
嘘は言っていない。
青龍の丘で流れ星を見ていたら、青龍が現れた。
青龍は最終的にわたしたちを認め、武器を授けてくれた。
空に浮かぶ丘で青龍と戦い、二人がかりでようやく鱗を一枚砕いたことを、話していないだけだ。
「その魔物に襲われなかったのか?」
お父様が疑わしそうに尋ねる。
「とても穏やかな魔物でした」
「そうよ。最後には、また会おうと約束したくらいだもの」
次に会うときは、本気で戦う。
正確には、そういう約束だった。
「怪しい……」
国王陛下がつぶやく。
「ですが、わたしたちはこのとおり無傷で戻りました」
青龍の魔法で傷を治してもらったのだから、これも嘘ではない。
「まあ、よい。何が起きたのかは、これ以上尋ねても答えが変わりそうにないからな」
国王陛下が、諦めたように息を吐いた。
「まずは、その武器を見せてみよ」
「はい!」
メイ様の表情が、待っていましたとばかりに明るくなる。
腰に差した剣を鞘から抜いた。
透き通った青い刀身。
その奥では、金色の雷が水脈のように脈打っている。
青龍は、この武器の名前を教えてくれなかった。
そのため、青龍から授かった剣だから《青龍の剣》、弓は《青龍の弓》と、メイ様が勝手に名づけている。
「まずは少しずつ魔力を流せ」
国王陛下が、演習場の端へ下がる。
「異常を感じたら、すぐに中止するのだぞ」
「分かっています」
メイ様が《青龍の剣》へ魔力を流す。
刀身の奥を走る金色の光が、次第に強くなっていった。
三割。
五割。
八割。
以前まで使っていた剣なら、とっくに亀裂が入っている。
けれど、《青龍の剣》の刀身には傷一つつかない。
「ライラ。全部いくわよ」
『うん。でも、無理は駄目だからね』
「分かっているわ」
メイ様が深く息を吸い、剣を構えた。
「《雷装》!」
雷鳴が演習場を揺らす。
金色の雷がメイ様の全身を包み、そのまま右腕から刀身へ流れ込んだ。
それでも、剣は砕けない。
流れ込んだ雷をすべて受け入れ、青と金の光を放っている。
メイ様が、鋼鉄製の標的へ向かって剣を振るう。
青い刀身は何の抵抗も感じさせず、標的を斜めに通り抜けた。
一拍遅れて、斬られた上半分が地面へ落ちる。
「すごい……」
メイ様が、自分の手にある剣を見つめた。
「これなら、力を抑えなくても壊れないわ」
「そのようですね」
「次は、あなたの番よ」
わたしは、背負っていた《青龍の弓》を手に取った。
青い鱗を重ねたような弓身は、見た目に反して驚くほど軽い。強く握っても、冷たさは感じなかった。
弦を引くほど、弓の内側へ静かに力が蓄えられていく。
「ユキメ。矢を作ります」
『うん。いつでもいいよ』
これまで使用していた氷弓は、弓そのものを作り、維持するためにも魔力を使っていた。
けれど、すでに完成している《青龍の弓》なら、魔力のすべてを矢へ注ぎ込める。
狙うのは、演習場の端に置かれた最遠の的。
距離は、およそ百メートル。
氷矢をつがえ、弦を引き絞る。
弓の中へ魔力が吸い込まれ、それが矢へ集まっていくのが分かった。
「ミルロ。最初は抑えろ」
「はい、お父様」
魔力を控えめにして、指を離す。
弦音は小さかった。
しかし、氷矢は一瞬で百メートルを越えた。
的の中央を射抜いても勢いは止まらず、背後の土壁へ深々と突き刺さる。
矢を中心に白い霜が広がり、土壁の一部を凍らせた。
演習場が静まり返る。
『すごい! いつもの矢より、ずっと速かったよ!』
「……威力を抑えたつもりだったのですが」
「これからは、抑える練習も必要だな」
お父様が頭を抱える。
「お互いにね」
メイ様と顔を見合わせ、笑った。
けれど、国王陛下だけは笑っていなかった。
《青龍の剣》と《青龍の弓》を交互に見つめ、その性能を確かめるように目を細めている。
「メイ、ミルロ」
「何でしょう、お父様」
「その二つの武器は、あまりにも強力だ。個人が自由に所有してよいものではない」
嫌な予感がした。
「王国の国宝として、王家で管理する」
「嫌よ」
メイ様が即答した。
「メイ。これは王命だ」
「わたしたちがもらったものよ。どうして、お父様に渡さなければならないの?」
「だからこそ、国で厳重に管理する必要があると言っている」
「絶対に渡さないわ」
メイ様が《青龍の剣》を抱き締める。
「取り上げるつもりなら、お父様でも本気で怒るわよ!」
「もう十分に怒っているではないか!」
「もっと怒るわ!」
国王陛下とメイ様が、正面からにらみ合う。
「お父様」
わたしは、助けを求めるように隣を見る。
「こちらを見るな。王家の親子喧嘩に、男爵が口を挟めるものか」
お父様が、露骨に目をそらした。
それでも、わたしの《青龍の弓》を差し出せとは言わない。
どうやら、心の中ではメイ様を応援しているらしい。
「この剣は、わたしが使ってこそ意味があるのよ」
メイ様が、国王陛下へ訴える。
「それに、弓はミルロがもらったものだわ。王様だからといって、人の物を勝手に取り上げるなんて許さないわよ」
「国の安全のためだ」
「だったら、わたしたちがこの武器で国を守ればいいでしょう?」
国王陛下が言葉に詰まった。
しばらく沈黙したあと、大きなため息を吐く。
「分かった。お前たちが所有することを認めよう」
「本当?」
「ただし、決して他人へ貸さないこと。保管には細心の注意を払い、どのような場所であっても軽々しく使わないこと。扱いを誤ったと判断した場合は、その時点で王家が預かる」
「分かりました」
「わたしもお約束します」
こうして、《青龍の剣》と《青龍の弓》が国宝として取り上げられることは避けられた。
「それにしても……」
国王陛下は、もう一度二つの武器を見る。
「こんなものを、話しただけで渡す魔物が本当にいるのか?」
「世の中には、気前のよい魔物もいるのです」
メイ様が涼しい顔で答える。
国王陛下とお父様は、最後まで納得できない様子で首を傾げていた。
◇
それから、およそ三週間後。
王都を出発して三日間、馬車に揺られたわたしとメイ様は、魔法学園領へ到着した。
入学式は四日後。
その三日前に行われる《クラス分け試験》を、明日に控えている。
魔法学園領は、ウィシュタリア王国、キルラルド帝国、ワイマール共和国の国境に築かれた中立地帯だ。
その中心に建つ魔法学園は、ゲームで見た姿よりも、はるかに大きかった。
青空の下にそびえる白亜の校舎。
その周囲を囲む、いくつもの尖塔。
空には箒や翼を模した飛行用の魔道具に乗り、建物の間を移動する生徒たちの姿がある。
「いよいよね、ミルロ」
「はい」
正門の前で馬車を降りる。
ここから、ゲーム『マナアース』の物語が本格的に始まる。
本来ならカトレアの取り巻きとなるはずだったわたしも、この学園で多くの人物と出会うことになる。
けれど、この三年間ですでに多くのことが変わった。
メイ様は部屋へ閉じこもっていない。
わたしはニュギュウ家ではなく、マルチーズ家の娘になった。
この先、ゲームの知識がどこまで通用するかは分からない。
「メイ! ミルロ!」
門の向こうから、一人の少年が駆けてきた。
鮮やかな金髪と青い瞳。
メイ様とよく似た顔立ちだが、背は頭一つ分以上高い。
「ゼノンお兄様!」
メイ様が、わたしの前ではめったに見せない無邪気な笑顔で駆け寄る。
半年ぶりに再会した兄妹は、周囲の視線も気にせず抱き合った。
「久しぶりだな、メイ。元気そうで安心したよ」
「お兄様も、少しは立派になられましたね」
「少しか……。兄としては、もう少し褒めてもらいたいところだな」
ゼノン様が苦笑したあと、わたしへ顔を向ける。
「ミルロも久しぶりだね」
「お久しぶりです、ゼノン様」
胸へ手を当て、騎士の礼を取る。
「半年ぶりなのだから、そこまで堅苦しくしなくていいよ」
ゼノン様が穏やかに笑い、メイ様の腰にある剣へ目を向けた。
「父上から聞いたよ。ずいぶんとすごい剣を手に入れたそうだな」
「ええ。お父様が国宝にすると言って、取り上げようとした剣です」
「その話も聞いた。父上へ本気で怒ると宣言したそうだな」
「当然よ。わたしたちがもらったものだもの」
「あとで、俺にも見せてくれないか?」
「見るだけならいいわ。勝手に振ったら怒るわよ」
「分かっているよ」
ゼノン様が朗らかに笑う。
その後ろから、もう一人の少年が歩いてきた。
「ミルロ!」
大きく手を振っているのは、アーサーお兄様だった。
三年前より背が伸び、鍛えられた身体は、すでに大人の騎士に近づきつつある。
魔法学園の制服を身にまとい、今日は背中に長弓を負っていた。
けれど、アーサーお兄様の本来の戦い方は弓兵ではない。
剣と大盾を構え、敵の攻撃から味方を守る重騎士だ。
どれほど強い攻撃を受けても前線を譲らず、最後まで仲間の盾となり続ける。
それこそが、ゲームでも変わらなかったアーサーお兄様の役割だった。
一方で、守るべき味方が近くにおらず、敵との距離が離れている場合は長弓へ持ち替える。
遠距離から正確に矢を放ち、敵を自分の得意な間合いへ近づける。
剣と盾だけでなく、遠距離戦までこなせることが、お兄様の強みだ。
今日は弓術の訓練を終えたところなのだろう。
「お久しぶりです、お兄様」
「半年ぶりだな、ミルロ」
お兄様の視線が、すぐにわたしの背中へ向けられる。
「父上から、とんでもない弓を手に入れたと聞いた。それが《青龍の弓》か?」
「はい」
「見せてくれ!」
「駄目です」
「まだ何もしていないぞ!」
「弦を引こうとした顔をしていました」
「見るだけだ!」
「お兄様の『見るだけ』は信用できません」
「実の兄を信用してくれ!」
「では先に、十射目を外さないところを見せてください」
「三年も前の話を、まだ持ち出すのか!?」
三年たっても、このやり取りだけは変わらない。
「相変わらず仲がいいな、二人とも」
ゼノン様が声を上げて笑う。
「メイから届く手紙も、相変わらずミルロの話ばかりだったよ」
「お兄様! 余計なことを言わないでください!」
メイ様が顔を赤くして、兄の背中を叩く。
「痛い、痛い! 《雷装》は使っていないだろうな?」
「使うわけがありません!」
「なら安心だ。《青龍の剣》で斬られたら、兄でも死んでしまう」
朗らかに笑うゼノン様を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
ゲームでは誰よりも強く、常に正しい選択をする王子。
そんな印象しかなかったけれど、わたしが知るゼノン様は、妹を心配し、再会を心から喜ぶ一人の兄だった。
メイ様とゼノン様。
わたしとアーサーお兄様。
正門の前に、二組の兄妹の声が響いている。
この学園で何が待っているのか、まだ分からない。
ゲームと同じ出来事が起きるのか。
それとも、わたしたちが変えた過去によって、まったく別の未来が訪れるのか。
「まずは寮へ案内しよう」
ゼノン様が、メイ様の荷物を持つ。
「明日は《クラス分け試験》だろう。今日は早めに休んだ方がいい」
「お気遣いは無用です。首席を取るのは、わたしですから」
「いいえ。わたしも負けませんよ」
メイ様と視線が重なる。
どちらからともなく、笑みがこぼれた。
アーサーお兄様も、わたしの鞄へ手を伸ばす。
「弓には触らないでくださいね」
「分かっている!」
少し頼りなくて、それでも温かな兄たちの背中を追い、わたしたちは学園の門をくぐった。
物語が始まる場所で、最初に待っていたのは、敵でも運命でもない。
離れていた時間を埋める、家族との再会だった。




