それぞれの想い
その想いは、まだ。
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先に予約していた店へとやってきた三人は、賑わう市場を眺めながらオープンテラスのテーブル席へと案内された。
美しい船着き場からは輝く星達も見え、その素晴らしい景色にクミンだけでなくローズマリーも感嘆の声を漏らす。
「素晴らしい眺めだな」
「これが、『市場』か……!」
「今日はお祭りで、特別綺麗だ。来て良かったな」
しかし、市場を抜けてからずっと黙り込んでいるフェンネルの名を呼ぶと、彼は少し驚いたように視線を向け、再び下げた。
「……どうしたんだフェノン。ここ最近も、ずっと元気が無いじゃないか」
「……別に」
「まだ土産に悩んでいるのか? 私が一緒に選んでやると言っているのに」
「黙れクソチビ」
「ふっふっふ」
「喧嘩するな。フェノン、ユズ君も心配してるんだ。すぐには解決出来なくとも、何か糸口は見つかるかも知れないぞ」
リンとの事じゃないのか?
その名前が出た瞬間、フェンネルは小さく舌打ちした。
「……アイツが見てんのは俺じゃねぇ」
「何?」
「ローズも知ってんだろ? アイツが執着してんのは『俺』じゃなくて『俺に似た誰か』だ」
『あなたが生きていて、良かった』。
初めて出逢った時、記憶が無い筈の彼はフェンネルにそう涙を流しながら笑った。
それからずっと自分の後を付いて回り、自分が関われば我を忘れるほど怒り狂う事もあった。
どれだけ喧嘩をしても、どれほど突き放しても、彼は自分から離れる事もなく、傍にいる事を選び続けてきた。
そんな相手に、愛着を持たない人間などいるだろうか?
だが、彼にとって『現実』はいつも残酷だった。
「……あの潜入捜査が終わった日、アイツに告られたが振られた」
「!」
「ん? どういう意味だ?」
「分かんねぇなら黙ってろチビ助」
「貴様はその『チビ』というのを止めろ」
「ま、まぁ、ちょっと待て。フェノン、『好きだと言われた』という事で良いんだな?」
黙って顔を逸らした彼に、照れた様子は無い。
ローズマリーは冷や汗を浮かべた。
「こ……告白されたのに『振られた』ってのはどういう事だ」
「俺に否定されるのが嫌だから『先に否定した』だけだろ。そこは別に良い、アイツがそれを望むならその通りにしてやる」
「フェノン……」
「だが気に入らねぇのは『その後』だ。全身で『気があります』アピールしやがって、抑えらんねぇなら最初っから告ってくんじゃねぇよあのクソボケ」
「お、おぉ……」
テーブルにウェルカムドリンクのジュースが置かれ、ローズは店員の男性に礼を言ってグラスに口を付ける。しかしフェンネルの怒りは収まらず、グラスに入ったカクテルジュースを一気に呷った。
グラスをテーブルに強く置いた彼に、クミンがストローでオレンジジュースを飲みながら「静かに置け」と溜め息を吐く。
「日がな一日、変な視線向けられ続ける俺の気持ちが分かるか? 汚ぇ女装姿見て『やっぱり好きでした』? ふざけんな、絶対ちょっと『前の女』引き摺ってんだろナメやがってクズが」
「そんな事無いと思うぞ? 出逢った時は、まだお互い子供だったじゃないか」
「そこのチビだって歳の割に精神年齢ババァじゃねぇか、逆のパターンだって可能性もあるだろ」
「相変わらず失礼な男だな、貴様なんぞ、ただの『ヤキモチ』ではないか」
「……あぁ?」
鋭く睨んだフェンネルに臆する事無く、クミンは彼に指差してふんぞり返った。
「今、リンデンが『好きだ』と言っている相手が貴様なら、それに甘えておれば良いのだ」
「……んだとコラ」
「リンデンは覚えておらず、相手の情報といえば貴様に似ているという事『だけ』なのだろう? 再会する確率も低く、誰かも分からないのであれば貴様が成り代わってしまえば良いではないか」
「その単純な頭と一緒にすんな、そもそもユズさんの相手にもされてねぇテメェに何が……」
「私は娘扱いされようが当初の予定と違う結果になろうが、ユズリハの事を愛している。それの何が悪いのだ」
「開き直ってんじゃねぇよクソチビ!」
「はぁ? リンデンの気持ちに気付いておきながら『我儘』を言っているのは貴様の方ではないか!」
「あぁ!?」
「やーめーろー! 喧嘩するなって、言ってるだろ!」
席を立ち、フェンネルの頭を引っ叩いてクミンの額を指で弾く。それぞれに呻く二人に溜め息を吐き出したローズマリーは、「二人の気持ちも分かるが」と口を開いた。
「私は『今すぐ』解決しろとは言ってないんだよ。『悩み』は個人のものだし、今回は特に『本人以外』の人間が関わる。クミンは急ぎ過ぎ、フェノンはもっとリンを信じてやったらどうだ」
唇を尖らせたクミンに、ローズマリーが「クミンも相手の気持ちを尊重してあげなさい」と諭す。
フェンネルは、先程の屋台で言われた言葉を思い出して不機嫌そうに舌打ちをかました。
「さぁ、忘れてるかも知れないが今日はクミンの誕生日祝いだぞ? リンデンとユズ君が来たらパーティーだ。それまでに仲直りしよう」
「私は喧嘩などしてないぞ。フェンネルが勝手に……」
「チッ」
「はいはい、グラス持って」
席に座ったローズマリーが、「乾杯するぞ」と二人を促す。渋々グラスを差し出したクミンと、終始眉間に皺を寄せたままのフェンネルのグラスを打ち合って鳴らし、ローズマリーは苦笑を浮かべた。
「この問題は、一先ずは持ち越しだ。乾ぱ……」
その時だった。
グラスを手に、彼女は突然テーブルへと倒れ込む。手から離れたグラスが床に落ち、甲高い音を立てて砕け散った。
「……え?」
「……おい、ローズ?」
グラスを起き、細い肩を揺すったフェンネルが彼女の首に触れる。口元にも手を翳し、ただ意識を無くしているだけだと判断した。
「……こりゃ油断したな」
「な……何だ、ローズマリーは一体……っ?」
「落ち着け、眠らされてるだけだ」
何故、と慌てるクミンを無視し、フェンネルは席から立ち上がって自分のズボンからベルトを外す。
クミンの椅子をローズマリーの隣に引き寄せ、ベルトで二人の胴を囲うと隙間が開かないように締めた。
「これは何だ? 何が起こった?」
「慌てずにじっとしてろ。テメェとローズに『警報機』を仕掛けておけば、まず殺される事はない」
「は、な、何だとっ? 殺されるって……!」
「俺達は拉致られる」
ローズマリーのヒップバッグから銀色の機械を取り出し、ローズマリーとクミンの手首をファイバーの様なコードで巻き付ける。最後にスイッチを入れて起動すると、縁の右端が緑色に光った。
「……わ、私はどうすればいいんだ……?」
「目が覚めた時に俺が居なかったら、周りの人間を皆殺しにしてでもローズを護れ。可能ならコイツを連れて逃げろ」
「ほ、本気なんだな?」
「ああ。後はユズさんとリンデンが来るのを待て」
今日に限って、リストベルを持ってきていない事が悔やまれる。
クミンも目眩を耐えるように額を押さえると、小さく呻いてテーブルに突っ伏した。
「……クソが」
悪態を吐きながら、最後に手首のコードとベルトを細いワイヤーで繋いで錠前を掛ける。
これでコードから出る磁場がワイヤーを通り、ベルトを外すだけでも『緊急事態』を軍本部へ直接知らせる事になる。
錠前の鍵をテラスの排水部に投げ込めば、網を潜った小さな鍵は乾いた音を立てて深く奥底へと落ちていく。その音を聞いたか否か、慌てて排水口に駆け寄った二人の男の姿を見たフェンネルは、嘲笑うかのように口角を上げて地面にばったりと倒れ込んだ。
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