雑貨店の店主
その女こそ、『蝶の羽ばたき』。
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「こ……ここが『誘惑に満ちた魔性の場所』……!?」
美しい装飾品やアクセサリーが並ぶカウンターに、クミンは目を輝かせながらも衝撃を受ける。
全てを手に入れたいと思う欲と、己の経済力や『そんなに手に入れてどうする』といった理性が彼女の中で瞬時に渦巻いた。
「えらく怖い言い方してるが、『全部欲しくなっちゃう』って事で良いんだよな?」
「リンデンがまた妙な事吹き込んでたぜ。まぁ、散在させないようにするには良い脅しかも知れんが」
小さな店内を見渡し、茶葉や粉末香、様々な布類や小物などが飾られた壁やカウンターを見渡す。
中には鉱石やベル、小型の鍋や鏡などもあり、そのカウンターの奥には小型の機械が幾つか並べられ、無線機や簡易通信機の他に、カメラや外付けの保存端末も見える。
「……雑貨屋にしては、そこそこに物騒だな」
「そうか? 簡易的な無線機やカメラは、漁業や山林での仕事にも使うだろう。一般の人にリストベルは高価過ぎるからな」
「だからって屋台で売るか? 普通は整備店か営業所で注文するだろ」
「ここにあるのは、全て試供品なんです」
「!」
奥からゆっくりと姿を現した一人の女性に、クミンが肩を飛び上がらせる。慌ててローズマリーの背後に隠れた彼女に、女性は優しく微笑んで「驚かせてしまいました」と三人に謝罪した。
「こちらは無料で配布していまして……充電や電池交換は不可、気に入って下さった方に正規品を定価でお譲りしています」
見目は若そうだが、その目元はヘッドドレスのヴェールで覆われはっきりとは見えない。
雰囲気から年齢は三十前後のようで、カウンターの椅子に座った彼女のお腹は大きく、黒く長い髪を横に流していた。
「……亭主は何処だ? 臨月が近い妊婦にさせる仕事とは思えねぇな」
「お気遣い、ありがとうございます。でも大丈夫、私が無理を言ってここに来させてもらってるので」
人と触れ合うのが好きなんです。
そう微笑む彼女の独特な雰囲気に、フェンネルは訝しみながらも妙な感覚を覚えた。
何故、彼女の笑みを『懐かしい』と思うのか。『母』や『姉達』でもなく、何処か遠い記憶にあるような……。
「どうした、欲しいものがあるんだろう?」
ローズマリーが、後ろに隠れるクミンに「怖がらなくていいんだぞ」と彼女の背中を押した。
「だ、だが……ユズリハに買ってもらう約束をしてて……」
「では、私からプレゼント致しましょう。何をお探しですか?」
「そんな、良いのか? 値段を言ってくれれば、この子もお金は持ってるぞ?」
「いえいえ、『お誕生日祝い』です」
女性がそう笑った瞬間、ローズマリーとフェンネルの表情が一瞬で固いものになる。
「……何故そう思った?」
フェンネルがそう問えば、彼女は「何となくです」と微笑んだ。
「実は私、不思議な力があって、少しだけ『未来』が視えるんです。貴方がたがこのお店へ来る事も、そちらの可愛らしいお嬢さんの『想い人』が、彼女に内緒でプレゼントを買う事も知っています」
あら、これは言わなかった方が良かったかしら。
そう微笑む女性に、フェンネルとローズマリーは思わず言葉を失う。そんな中、いち早く反応したのはクミンだった。
「ゆ、ユズリハがか!? 私に、プレゼントを!?」
「ええ。楽しみになさって下さい」
「わっ私も! 私もユズリハに何かあげたい! お揃い、お揃いが良い!」
「ええ、良いですよ。素晴らしい作家が腕を奮って作り上げた、ピッタリのお品がございます」
女性はカウンターの下から小さな木箱を取り出し、蓋を開けると中には銀色の小さなペンダントが入っていた。
雫型のシンプルなデザインだが、真ん中には縦に一本の筋が入っている。
「……地味だな」
「男性はあまり派手な装飾を身に着けませんから。お仕事の際に外されては、意味が無いでしょう?」
「成る程……それはその通りだ」
女性は、それを『種』だと説明した。
「この『種』が芽吹く時、二人の運命が大きく変わる時を示します。強い絆が互いを引き寄せ、如何様な諸悪も寄せ付けない力となって、二人の愛を護るでしょう」
彼女の話にクミンは目を輝かせ、心からの「欲しい」を呟いた。
「これにする! 幾らだ!?」
「黙れクソチビ、誰が金払うと思ってんだよ!」
「買ってやりたいがなぁ、高価な物は……」
「『お誕生日祝い』ですよ。お代は戴きません」
しかし、クミンは「そんな訳にいくか!」と女性に指を差しふんぞり返る。
「『充分な品には充分な対価を』。ユズリハが常日頃言っているし、これはユズリハへのお土産なのだから私へのプレゼントではない!」
「余計な屁理屈垂れやがって」
「んー……現金はリンデンにお土産用で渡しちゃったからなぁ」
「甘やかしてんじゃねぇよクソババァ」
三人で揉めだした客に笑顔を絶やす事の無い女性は、「それでは値を言いましょうか」と木箱を閉じる。
クミンが息を飲んで見つめると、女性は満面の笑みで発表した。
「三百ルニーで如何でしょう?」
「買った!」
値段を聞き、即決したクミンの後ろで「胡散臭ぇ」とフェンネルが眉を寄せる。
如何にも豪華な木箱や、使用されている金属も純銀ではなさそうな細工物にローズマリーも眉を下げた。
「……そんな値段で、本当に良いのか? もう少しぐらいなら……」
「いえいえ、とんでもない。『三百ルニー』も今考えた値段ですし」
「アンタは良くても、『作家』にはどう説明するつもりなんだ?」
「これは私が『制作者』様から買い付けた一点物。現在は私の物なんですよ」
今からは、このお嬢さんの物ですが。
囁くように話す女性の微笑みに、フェンネルは思わず舌を打った。
クミンは、出かける前にローズマリーから渡されていた小さな小銭入れを開ける。白銀の貨幣を三枚取り出し、何度も数を数えて女性に渡す。
受け取った彼女は木箱を大切に包装紙で包み、クミンに差し出した。
「貴女やお相手様をお守りするよう、おまじないを掛けてあります。きっと受け取ってもらえますよ」
「ありがとう、大切にする。そなたの名を聞いても良いか?」
一瞬、女性の瞳が揺れる。しかし、ヴェールに隠されたその眼差しを、三人が気付く事は無かった。
「……私はエキナセア。『小さな切っ掛け』を大切にしてくださいね、クミンさん」
「分かった。そなたも身体に気を付けてな」
「ええ。ありがとうございます」
その後ろ姿からもウキウキ気分が溢れ出ているクミンを連れ、ローズマリーが女性に頭を下げて屋台を出る。
女性を一瞥して後に続こうとしたフェンネルに、ふと、女性が声を掛けた。
「フェンネルさん」
思わず動きを止めた彼は、ゆっくりと振り返った。
「……テメェ、何故……っ?」
「どうか『彼』の事を、信じてあげて下さい」
「何……?」
行くぞー、というローズマリーの声が届く。「また逢いましょう」と微笑む女性を無視して、フェンネルは屋台を後にした。
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