整備店と屋台
その蝶が、華を守ってくれるなら。
※
「いらっしゃいませ! お待ちしてましたよ!」
「サっちゃ――ん! 久し振りだよぉー!」
コリアンダー整備店。
店内に入るなり、リンデンはレジカウンターで笑顔を見せる小柄な青年に腕を広げ、互いに抱き締め合う。
後に続いたユズリハも、同胞との再会を喜んだ。
「悪いなサカキ、わざわざ出張頼んじまって」
「お久し振りです、ユズリハさん。僕も楽しみにしていたので、是非ゆっくりなさって行ってください」
「ねぇユズさん、サっちゃんもパーティーに来てもらおうよ! クミンに会うのは初めてだし」
「おいおい、新婚さんに『飲みに行こう』は禁句だぞ?」
「でもぉー……」
サカキは照れながらも「大丈夫ですよ」と笑顔で返し、二人から受け取った見積書を手に電卓を叩く。
「実は、僕も祭の屋台に委託で出店してるんです。奥さんの分も預かってまして」
「夫婦で出店してるのか? スゴいな」
変わらずはにかむサカキだったが、それでも、彼はとても嬉しそうに目を細める。
「明日の分の在庫補充と、今日の売上を受け取りに行かないといけないので……その道すがらなら、ご挨拶にお伺い出来ます」
「何出してるの?」
「そちらのトランクに入ってますよ。ここにあるのは、簡易通信機とアクセサリー類だけですが」
「奥さんどんな人? 美人さん? 手先器用なの? 何族? どんな所が好き?」
「え、えーっとぉ……えへへ」
リンデンが恥ずかしがるサカキを問い詰めている間に、ユズリハは示されたトランクを開いてみる。木の仕切りで区切られた中は、蓋側に小さな機械がずらりと並び、下側には美しい細工が施された女性物のアクセサリーが収められていた。
「……これは見事だな」
「あ、ありがとうございます」
「すごく綺麗。マリーさんにお土産で買っていこうかな」
「簪とかなら、フェンネル先輩も使われるんじゃないですか?」
「確かにシャワーの後とか結ってるなぁ。簪か……」
「ここで買うかどうかは後にして、取り敢えず寸法を先に取ってこい。遅くなったら怒られるぞ」
「わっ、本当だ」
拳銃型のフックショットとは違い、多用を考慮し壊れにくく身体の負担にならない設計をサカキが考えてくれている。腕や胴回りの寸法と型合わせのため、リンデンは「こちらへ」と案内するサカキに付いて店の奥へと入っていった。
一方、トランクの中を眺めていたユズリハは、一つの髪飾りに目を留める。
小さな銀色の蝶が羽を広げ、今まさに美しい華へ止まらんとする様な姿。何処と無く、その蝶の留まるべき『華』が視えてしまった気がした。
「……サカキ、今良いか?」
「はい」
奥からひょこっと顔を覗かせたサカキに続いて、上半身裸のリンデンも様子を窺いに顔を出す。
お前は出てくるな、とリンデンを制し、髪飾りの値段をサカキに問う。
「一律で二千ルニーです」
「……ちょっと安いんじゃないか?」
「そう言って頂けるだけで、『作者』は大喜びですよ。『彼女』の趣味みたいなものなので」
「そうか」
サカキの許可を受け、ユズリハは髪留めが収まるアクリルの蓋を開ける。ウエストポーチから札留めを取り出し、千ルニー札を五枚引き抜いて髪留めと札を入れ替えた。
これでも少ないとは思うが。そう思いながらも、彼は手に入れた髪留めを新品の三角巾で包んで大切にウエストポーチへと仕舞った。
※
「どうだ、美味いだろう?」
屋台で買った焼き鳥の串をクミンが頬張る。「んー!」と幸せそうに頬張る彼女の笑顔に、ローズマリーも「そうかそうか」と満足そうに微笑んだ。
「フェノンも食え、美味いぞ」
「いや、俺は別に……」
「私が食えって言ってるんだ。『命令』するぞ」
「職権乱用の方法がショボい」
突き出された串を受け取り、フェンネルは黙って肉を咥える。咀嚼を繰り返して二口目に移ったのを見て、ローズマリーは満面の笑みを浮かべた。
「うんうん、ちゃんと食ってるな!」
「ローズマリー、次はあの店が見たい」
「お! 雑貨屋さんだな。見てみよう」
数本の串を平らげ、ローズマリーの腕を引いてクミンが駆け出す。二人の後を、軽く溜め息を吐いたフェンネルがウエストポーチから油紙とウェットティッシュを取り出して追い掛けた。
「待てチビ共。先に手ぇ拭け」
「手?」
「おっと、忘れてた」
「保護者が忘れてんなよ」
はにかむローズマリーは、竹串をフェンネルに渡してウェットティッシュの簡易ケースを受け取る。数枚取り出してクミンに手渡し、素直に受け取ったクミンはタレで汚れた指先や掌を拭った。
竹串はどうするのだろう、とフェンネルを見ていると、彼は五本の竹串を油紙に巻いて包み、纏めて真っ二つにへし折る。ばき、という乾いた音が鳴り、フェンネルは半分の長さになった竹串を更に油紙で包んで指定のゴミ捨て場に構えられた回収袋に入れた。
唖然と目を見開くクミンに気付いたフェンネルは、訝しげに眉根を寄せる。
「……何だよ」
「っそ……それぐらい私にもできるぞ!」
「あ?」
「大丈夫だクミン、私も二本が限界だから」
「あんな得意げに力の差を見せつけてきおって、私だってもう少し大きくなればアイツやリンデンよりも強くて大きなユズリハに見合う女に……」
「そう焦るな。無理をすると怪我するぞ」
ぶつぶつと何かを呟くクミンをローズマリーが宥めながら、二人は雑貨屋の屋台へと入っていく。何なのか結局理解出来なかったフェンネルは、ただただ首を傾げる他なかった。
※




