警告
事の顛末と暗闇の深淵。
※
「昼間のあれは何だったんだよ」
明日から、また普通の生活が始まる。シャワーから戻ってきて、両足の踵と小指側に絆創膏を貼りながらフェンネルが問い掛ける。
ベッドに積み上がった洗濯物を畳みながら、リンデンが僅かに目を泳がせた。
「……何の事でしょう?」
「とぼけんなカス。また『好き』だの何だのとアホな事宣ってたじゃねぇか」
「……うん」
「ローズが『これは言わなくていい』って判断しなかったら、本気で報告に上げられる所だったんだぞ。いい加減ガキ臭ぇ事ばっか言うの止めろ」
「……うん」
『ガキ臭い』。そう言われても、リンデンは困ったような笑顔を浮かべるだけだった。
いつもなら「だって本当だもん」と言い返してくる言葉も無く、フェンネルは何となく後ろのベッドに振り返る。
「……おい」
「んー?」
「テメェ今何考えてた?」
「何が?」
「『何が?』じゃねぇよ」
「何も考えてないよ」
訝しげに睨んでくる彼に、リンデンは眉を下げて笑った。
「本当、何も無いよ。ただ、『その通りだなぁ』って思っただけ」
「あぁ?」
「フェンネルは『そう言う』だろうなって……アホ臭くて、ガキ臭い。そう言われるって分かってたから」
「……何?」
「だから、俺は『今までみたい』にフェンネルが好きな『だけ』。それ以上でも以下でもないよ」
「……何が言いたい?」
「何も。『今まで通り』が良いだけ」
「その『だけ』が分かんねぇっつってんだよ」
言いたい事があるならハッキリ言いやがれ。
怒鳴るでもなく、だがしっかりと怒りや苛立ちを言葉に乗せ、フェンネルは物申す。
しかし、それでもリンデンの笑顔は変わらなかった。
「……俺、フェンネルが好きだよ」
「アホの一つ覚えかよ、前からずっと『それ』ばっかりじゃ……」
そこまで言って、フェンネルは言葉を切った。
明らかにいつもと違う彼の眼差しに、その微笑みに固唾を呑む。
思わず首を横に振れば、リンデンは静かに頷いた。
「……違うリンデン。それは違う」
「うん。違う」
「それは……」
「フェンネルの言う通りだよ。これは違う。俺は『違う』って言える」
「……っ」
「もー、そんな顔しないでよ」
愕然と目を見開き、動けなくなっている彼にリンデンが笑う。
「フェンネルならそう言うと思ってたもん。俺がこれ以上何を言っても、フェンネルは『家族だから』って、『何かを勘違いしてる』って言うだろうと思ってた。だから、『違う』の。フェンネルが言うなら間違い無いだろうから」
「ちが……っ」
「だから、『今まで通りが良い』の。フェンネルは俺の『仲間』で、『親友』で、大事な『兄貴』。こうやって傍に居られるだけで、こんなに幸せなんだもん」
『今以上』など望まない。ただ『生きていて』くれさえすれば良い。
嫌われる事も覚悟の上、と言わんばかりの想いに、フェンネルは言葉を失う。そんな彼に満面の笑みを見せ、リンデンは「おやすみなさい」と一方的に挨拶を告げてベッドのカーテンを閉めてしまった。
残されたフェンネルは戸惑った表情で視線を下げ、彼の言葉一つ一つを思い返しては飲み込めずに視線を泳がせた。
「……違う……俺は……っ」
呟かれた言葉が何に対しての否定なのか、最早それはフェンネル本人にすら分からなかった。
※
そして二ヶ月後。
軍でも秘密裏に行われていた『姉弟』の裁判に、判決が下ったという連絡が入った。
《トパーズ三佐はその軍階級と貴族階級の両方を剥奪。『弟』の存在が明るみに出た事で、双方の界隈から永久追放を言い渡された》
午後十一時を回った頃、コントロールパネルの前でバーベインの話を聞いていたローズマリーとユズリハが同時に顔を顰めた。
現在遠征中にて、フェンネルは監視台で外を警戒している。少しずつだが能力の幅が広がり始めたクミンも疲れて先に眠ってしまい、リンデンは弾薬の在庫確認と搭載砲台の点検を行ってから部屋へと入っていった。
「……『存在が明るみに出た』、というのは、どういう意味です?」
「ユズ君、二人は『親子』だ」
彼女の言葉に、ユズリハは目を見開く。
「……冗談だろ?」
《鑑定結果も出ている。革命戦争中、彼女は身籠った事で前線への配置を免れた事があるとの証言も取れた》
「……私が『もっと早く』気付いていれば……」
《気付いていたとて、結果は『今』と変わるまいよ》
バーベインの言葉に、ローズマリーは悔しげに歯を食い縛った。
己を捨てた母を探し出し、何も知らない三佐に取り入って武器を売買していたのはディル自身だ。
彼が自ら汚した手を、「幼少期に救い出していれば」と後悔する事の無意味さをバーベインに諭され、彼女は首を振って「すまない」と謝罪の意を唱えた。
ユズリハは、潜入時にマルベリーが言っていた事を思い出す。
自分を見つけた褒美だ、と。
「……屑の所業だな。およそ同じ人間とは思えない」
《そんな彼女も、『あまり重くはない罰』には耐えられなかったらしい。サルファーと共に四日前に失踪したよ》
「失踪?」
《判決が出た翌日だ。迂闊だったよ》
顔を顰めるローズマリーに、「申開きも無い」とバーベインは両手を上げた。
《夜明けには収監予定だったんだが、警備と監視に付けていた憲兵二人に重傷を負わせて、彼等はまんまと『夜逃げ』した。犯人は以前に契約があった傭兵部隊のいずれかと睨んでいる》
「重傷……? 憲兵を殺さなかったのか?」
《その二人は黙秘を貫いている。金を握らされたのか、家族を人質に取られているのか……いずれにしろ、このまま黙秘を続けるのであれば彼等にも何らかの罰が下るだろう》
「……ですが、国民はそんな軍の失態に黙っちゃいないでしょう。どう発表するんです?」
《『姉弟』は『傭兵部隊』の奇襲を受け、口封じに『殺された事になった』よ》
肩を竦めるバーベインに、ローズマリーとユズリハは黙り込む。
あまりにも、ずさんな結末。その事に関しては、バーベインも理解しているのか首を横に振り俯いた。
《まったく……先が思いやられるよ。こちらが出した『警告』も『指示』もまるで聞かない。こんな『組織』など、見限ってしまった方が良いのかも知れないね》
「……バーベイン殿、それは『軍への不敬罪』だ。討伐隊最高司令官である貴殿が、そんな風に言うなんて……」
《君達に無理をさせてまで軍の為に働いたこれが『見返り』ならば、この『組織』に留まっているだけの価値などあると思うかい? 船長も、そろそろ『未来』を考えた方が『子供達』の為に良いかも知れん》
貴殿等は、私の『警告』を聞いてくれると信じているよ。
そう言い残して通信を切ったバーベインに、モニターの前から動けずにいた二人はそれぞれの不安を胸に俯くしか無かった。
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