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翌日

その想いに『名前』が付いた時。

※



 翌日。


「やっぱり俺あの酒ダメだな。頭痛ぇ」


 テーブルには水の入ったグラスが結露を滴らせ、ソファの背凭れに体重を預けるユズリハは、虚ろな目で天井を見上げている。

 その隣でクミンは彼の膝に頭を乗せ、気怠そうな彼の大きな手を頭に自分で乗せて手の甲を撫でていた。

 向かい側で書類を書いていたローズマリーが「それは、どういう状況なんだ?」と眉を寄せて問えば、クミンは得意げな笑みで鼻を鳴らす。


「幼子は癒やしの効果があるらしいぞ。昨晩の内にユズリハの部屋で泊まらせてもらえれば、こんな風に苦しむ事も無かっただろうに」

「絶対関係無いですね。黒歴史を抉らないで下さい」

「こやつはこう言うが、半年前に効果は実証済みだ。ふっふっふ、酔ったユズリハは正直で優しいのだ」

「断じて否定します。もう二度と『ユグドラシル・ヘザー』は飲まない」

「バーベイン殿から貰った酒も、一口ならここまで酷くならなかったんだろう? 何か、身体に合わないものがあるのかも知れないなぁ」


 そう分析しながら、ローズマリーはダイニングに目を向ける。ユズリハと同じ様にグロッキー状態でテーブルに突っ伏しているフェンネルの隣で、リンデンが彼の腕の間からその青褪めた顔を至近距離から覗き込んでいる。

 たまに苦しげな声で呻くフェンネルに「大丈夫?」と問い掛けるのが聞こえるが、当の本人から返事はもらえていない様だ。


「向こうも大変そうだな。お昼は、おうどんでも茹でようか」

「はいっ、マリーさん! 月見うどんが良いって雑誌に書いてたよ!」

「……声張るな……うるせぇ……」

「昼には俺も動けるようになってるだろ。しかし卵あったかな……」

「『月見』とは何だ?」

「おうどんに生卵を乗せると、黄身が満月の様に見えるから『月見』というんだ。これは月を愛でるマティアス族の風習に由来していて……」


 真剣に聞くクミンの髪を無意識に撫でながら、ユズリハはローズマリーの落ち着いた声音に目を閉じる。

 一方で、遂に限界が来たらしいフェンネルを椅子から横抱きに持ち上げたリンデンは「トイレ行ってくる!」とリビングを駆け出して行った。



※



 午後には、復活したユズリハと吐いて少しマシになったフェンネルも参加して、コントロールパネルの前で証拠映像の確認を行った。

 当然、フェンネルは二日酔いも相まってずっと不機嫌そうに目を細めていたが、誰もが逃げず、ちゃんと映像を見届けていた。

 はしゃぐリンデンと怒るクミンの声には、『演者』の二人も耳を塞いでいたが。


「ふわあぁぁすごーい! ユズさんが大人だぁぁぁ!」

「何故、好意の欠片も無い相手にここまで媚びねばならんのだ! 気持ち悪いにも程があるぞ!」

「気持ち悪いって言うな、フェンネルは綺麗なんだよ!」

「誰も見目の事など言ってないだろ! だったらユズリハなど瑠璃色の空より美しいわ節穴目が」

「おーい、頼むから止めてやれー。全員で確認しないと提出出来ないんだぞー」


 巻き戻して、また最初から見る事になるんだぞー。

 背を向け耳を塞ぐフェンネルと、完全に床へ蹲って丸くなっているユズリハを無視して彼等の自慢を繰り広げる二人にローズマリーが棒読みで窘めていた。

 地獄の作業がやっと終わり、それぞれが集めた情報と、カメラや音声に映り切らなかった出来事をローズマリーが文章に起こしていく。


「まぁ、粗方は記録した通りだな。何か感想とか意見あるか?」

「二度としねぇ」

「だろうなぁ」


 即答したフェンネルの言葉も当然『意見』として書き記し、彼女は「他には?」と皆に促す。


「……俺もフェンネルと同意見だな」

「ユズ君も大変だったもんなぁ」

「というより、明らかにこちらの準備不足が目立った任務だったように思う」


 ユズリハは眉根を寄せ、書類を手に今回の任務を振り返る。


「司令は自分が相手に完全マークされているのを知っていたんだろうから、顔の知られていない部下を使いたいと思う気持ちも分かる。だが想定外の刺客や相手の脱出経路、こちらが知らない情報があまりにも多かったように思う」

「確かに、指定された日時までバタバタだったな」

「俺はともかく、『若い人間』が身体張ってまでする任務じゃない。司令も、もっと慣れてる人間を雇うか違う場面でチャンスを探すべきだ」


 ウチには未成年もいるんだぞ。

 その言葉を受け、ローズマリーも「私も軽率だった」と視線を下げた。


「……その通りだな。クミンの能力を当てにし過ぎていたのかも知れない」

「おい、ローズマリーよ。私は自ら望んで参加したんだ、そんな『後悔している』みたいな言い方するな」

「しかし、実際危ない目に遭ったじゃないか。あの時、もしクミンが寝てしまってたりしたら……」

「『任務中』なのだぞ、寝たりせんわ!」


 腕を組んだクミンが、ふんぞり返って鼻を鳴らした。


「ナメるなよ、ローズマリー。確かに、私は今回『出来る事が少なかった』ように見えただろう。だが、そうではない。フェンネルにも『私にしか出来ない』と役目を与えられ、それを全うしたのだ。私だって、皆の役に立てた。これから先、もっと学んで知識と経験を積めば、今よりも遥かに役立てる駒となる」


 私も、皆と同じ『舞台』に立つ時が来るのだ!

 さも得意げに笑った彼女に、ローズマリーは苦笑しつつ「ありがとう」と礼を述べた。


「言っておくがクミンは『駒』じゃない。勿論、皆もそうだ。今回みたいに危険が伴う任務は、『皆で断る』という判断もある事を覚えておいてくれ」

「分かった。肝に銘じておこう」


 理解したのか否か、力強く頷いた彼女にローズマリーは再び苦笑を浮かべる。


「リンは、何か意見とか無いのか? バーベイン殿に提出するから、不満や改善点とか、何でも……」

「……俺、やっぱり」

「うん」

「フェンネルが好きだ」

「え? うん」

「それだけ」

「そ、それだけ?」

「なんで?」

「えっ」

「え?」


 リンデンとローズマリーが顔を見合わせ、「?」と首を同時に傾げる。

 クミンは訝しげに二人を見つめ、ユズリハがフェンネルに目を向ければ、彼はただただ目を見開き石像のように固まってしまっていた。



※ 

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