さぁ帰ろう
託された任務は完全遂行。ただし問題は山積みのまま。
※
ダンスを終え、二人で手を上げて頭を下げている時だった。
「……フェンネル」
「ああ、見えてる」
柱の影、大きな観葉植物の後ろで、通信機を手に言い争っているような様子のディルを見つけた。
時折こちらを見ながら、通信機の相手に何かを話しているようだ。
「ローズ、『セカンド』の動向に注目。音声拾えるか?」
《遠いが一応は記録出来てる。相手の動きはクミンに見張らせよう》
「裏で着替えてきた方が良い?」
《そんな時間は無いかも……今、ユズ君が席を離れた。ターゲット捕獲、任務終了だ》
「……いや、まだ終わってねぇ」
フェンネルと視線が合う。その瞬間、通信機に何かを呟いた彼は壁沿いに非常口へと素早く移動し始めた。
バレている。そんな気配がしたフェンネルは、フロアを駆け出し男の後を追う。
「来いリンデン、逃げられるぞ」
「えっ、ちょっ……ちょっと待って、何処?」
「非常口から裏に入った。ローズ!」
鳴り止まない喝采の中を駆け抜け、ホールを出た二人は逃げる男の後ろ姿を見かけて、フェンネルはローズマリーに先程の音声を問う。
「お前は先行け、逃がすなよ」
「フェンネル、これ持ってて!」
リンデンは足のベルトに挿していた小型拳銃をフェンネルに投げ渡す。彼が受け取ったのを確認し、スピードを上げて相手の気配を追い掛け廊下を走り出した。
覚えの無い武器にフェンネルは目を丸くする。
「おい、こりゃ何だ?」
《色々あって手に入れた。それより、奴は大河に停めてあるボートで逃げる予定らしい。バーベイン殿の到着を遅らせるために『馬の尻を叩いた』のは奴の部下だ》
「最初っから司令を警戒してた故の指示か。まったく用意周到な野郎だぜ」
そんな時、ユズリハが「今何処だ?」と皆に問い掛ける。
「今、合流場所の正面玄関にいるんだが……ターゲットが司令と一緒に軍のモービルに乗ろうとしてて隠れてる。リンデンとフェンネルは?」
彼が耳を澄ませば、無線の向こうで金属製の容器や皿、グラスが割れる様な音が聞こえだす。
《待って待って! いててて、ごめんなさい本当にごめんなさい! 待てコラ――――っ!》
《フェノン、奴はキッチンを通って非常口に向かってる。さっきの音声で、船までは車で移動するらしいと話してた》
《車に乗られたら厄介だ。俺は別口から外へ出る、任せたぜリンデン》
《待てぇ――――っ!!》
「……忙しそうだな?」
《ユズ君は取り敢えずそこで待機だ》
《はぁ!? 今迎えに行かないのか!? なぁローズマリー、私だけでもユズリハを迎えに行っちゃダメか!?》
《危ないから駄目。じゃ、ユズ君はこっちが終わったら迎えに行くから》
「了解。武運を祈る」
微笑むユズリハの声を聞きながら、クミンは頬を膨らませる。
「そう怒るなクミン。『セカンド』を捕まえたらすぐに行けるから」
「じゃあ私が外に出て捕まえてやる」
「外は駄目だと言ってるだろう、幾らお前が強くても……」
その時だった。
二人が乗る車のトランクが開き、二人の少女と見知らぬ男が顔を合わせる奇妙な事態に陥った。
否、『見知らぬ男』ではない。突然の事で動く事も忘れていたローズマリーが絞り出したのは、その男の名前だけだった。
「ディル・サルファー……!」
すぐ逃げられる様に、と、鍵を掛けずにいた事が仇となった。銃撃を受けてもクミンが水の膜を張ってはいたが、まさか直接開けられる事を想定していなかったのだ。
「まさか先客がいたとはな……!」
完全なる互いの落ち度。ディルも逃亡予定の車と同車種だったために起きた事態だが、即座に『一人を殺して一人を人質に取ろう』と考えた彼は舌打ちしながら隠し持っていた拳銃を抜く。
その銃口がローズマリーへ向いた瞬間、クミンがその小さな掌を男に向けた。
三発の発砲音を受けて、ローズマリーは思わず目を閉じる。しかし、銃弾は全て薄く黄色い水の膜に防がれ、それが自分の飲み掛けていたオレンジジュースである事に香りで気付いた。
瞬間、「と――――うっ!!」というリンデンの叫び声と共に男が左に消え、同時にドロップキックを食らわせたリンデンが流れていく。
「リン!」
「二人共、大丈夫!?」
「油断するな! 相手は銃を……!」
蹴り飛ばされた男は身軽に受け身を取って転がり、今度は銃口をリンデンに向ける。「やっべ」と呟いた彼が咄嗟に避けようとした時、一発の発砲音が辺りに響き渡った。
ローズマリーがクミンを抱えて飛び上がり、リンデンが目を見開く。スライドを撃ち抜かれて弾け飛んだディルの拳銃が地面に転がり、発砲音の方を振り向けば走ってくる赤いドレスが見えた。
「フェンネル!」
「油断すんなっつってんだよ!」
走ってくるヒールの音。しかしディルはジャケットから短剣を抜き、地面を踏み込んでリンデンへと刃を突き付けた。「わっ」と声を上げて刃を避け、相手の動きに合わせて数歩下がったリンデンは男の短剣を握る手を掴むと、先程のダンスの如く足払いと遠心力で振り回し、あっという間に地面へと捻じ伏せた。
「わぁ、ダンスの意外な使い道発見!」
「くそっ、離せクソガキ!」
銃を構えたまま歩いてくるフェンネルを地べたから見上げ、「ちょっと調べれば分かった事なのにな」とディルは砂で汚れた口角を上げる。
「お前の顔を知らなかった事が運の尽きだったようだ。『初めまして』、フェンネル・メノウ上級曹長」
「こんな格好で会いたくはなかったがな」
「俺に触らないでくれよ? まったく、お前みたいな『バケモン』見れたモンじゃねぇ」
負け惜しみで罵る相手に、フェンネルも髪を解きながら鼻で嗤って返す。しかし、刹那にディルの髪を掴んだリンデンが「謝って」と言い出す。
「何だ、お前……っ」
「『バケモン』って何? 自己紹介? 違うなら謝って」
「おい、リンデン」
「フェンネルは綺麗だろうが!!」
「分かった分かった謝るから離してくれぇ!!」
「デケェ声出してんじゃねぇよ頭撃ち抜いて大河に捨ててくぞ馬鹿が!!」
突然騒ぎ出した三人に、車の中で呆れて見ていたクミンが「何だあいつ等は」と溜め息を吐く。
彼女の隣には、鞘に収まった短剣を抱え、紙カップに注がれたオレンジジュースを持つオリヴェール族の女性が座っていた。
「あの……私……」
「奴等はいちいち喧嘩しないと生きていけない病にでも掛かっているのか? どう思う?」
「どう思う、と言われても……」
「敢えて言うなら『恋の病』ってヤツだ」
車内のモニターを見ながらキーボードを叩き、「よし」と最後のキーを押したローズマリーが女性の方へと顔を向ける。
「バーベイン殿にも連絡できた。君は『重要参考人』として引き渡す事になるが、それはあくまで表向き。裁判が終わればすぐに開放される」
「な……なんと、お礼を言えば良いのか……」
「君の身を護るのも我々の任務。今は私達を信じて待っていてくれ」
頷いた彼女に、ローズマリーは笑顔で応えた。
「さて、ユズ君を迎えに行こう」
「やっとか! 早く行こう、夜は冷えるんだぞ」
「おーい、お前達ー。『彼』をバーベイン殿の部下に引き渡してきてくれ。正面玄関の駐車場で待ってるから」
ローズマリーの発言に、ディルを拘束する二人は驚愕に思わず声を上げた。
「え!? 連れてってくれないの!?」
「『お客さん』が乗ってるんだ。彼女のケアを優先させるから、数十メートルぐらい我慢してくれ」
「この格好で行けってか!?」
「大丈夫大丈夫、フェノンは綺麗だから。じゃ、よろしくなー」
クミンが動かす水の玉でトランクを閉め、ローズマリーが運転する車は本当に動き出して行ってしまう。
「行っちゃったよ……」と呆然とするリンデンの隣で、額に青筋を浮かべるフェンネルは心からの舌打ちを零した。
「……お前等も苦労してんだなぁ」
「まっ、たく、だ!!」
「フェンネルー、足痛いなら俺がおぶってくよー?」
「うるせぇ、テメェは黙ってろ」
「何、何? お前らガチな訳? 若いねぇ」
「えーえへへへへ」
「……どいつもこいつもブッ殺してやる……!」
リンデンとディルが奇妙な会話を盛り上がらせながら、三人は正面玄関へ向けてその疲れた足を引き摺るように歩き出した。
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