『姉弟』
自力で探し出し、辿り着いたのは愛を求めた執念。
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「尻尾切りだと言っていたが、俺には随分と『弟』を信頼しているように見える」
初めて感じた、冷えた古酒の深い味わいに舌鼓を打ちながら、ユズリハが口を開く。
「大金が動くんだから、たとえ血縁者でも『他人』が持ってきた契約をそのまま引き受けるのは怖くないのか?」
「ふふ、心配してくれるの?」
「『嫉妬』だよ、マルベリー殿」
肩を竦める彼に、マルベリーが扇の向こうで微笑んだ。
「アンタの采配や判断に間違いは無いと分かるからこそ、あの男に対しての信頼が羨ましい」
「……信頼……してる所も、あるかも知れないわね」
「切っ掛けがあるのか?」
「そんなもの無いわ。気付いたら、今の方法を続けてるだけ」
「……十年以上も?」
「そうよ」
彼女はバーカウンターでフェンネルの肩を抱く男を見下ろす。その眼差しは、何処か感情が無いようにも見えた。
「……確かに変よね。私の好みとは掛け離れてるし、大して頭が良い訳でもない。評価出来ると言えば、交渉が人一倍上手な事ぐらいかしら」
「値切るのが上手いって事か?」
「あはは、そうとも言うわね」
マルベリーは泡の立つシャンパングラスを傾けると、縁に付いたその紅を拭う。
「……さっきの質問だけど、『彼』を手元に置くのは『私を見つけたご褒美』なの」
「『ご褒美』?」
「ええ。彼は自力で『辿り着いた』の。軍を引退した後で、その交渉術を武器に私の所へやってきた。素直に感心したのよ」
「その『手腕』に?」
「……『執着』に、かしら」
ユズリハがグラスを手に彼女の視線を辿る。
相変わらずフェンネルと寄り添うディルは、リンデンに「次」と空いたグラスを突き戻した。
「あまり飲むと、仕事に支障が出るんじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。ハメを外すのがパーティーだろ? 俺だってストレスの中を頑張って生きてんだよ」
再び注がれたウォッカのショットグラスを呷り、深く息を吐き出したディルに「無理しないで」と気遣う『美女』を見た彼は、小さく笑い声を零した。
「本当に良い女だよなぁ、君は。まったく、マルベリーはマティアスの何が気に入らないんだ?」
「マティアスの『男』が気に入らないんじゃないの? ヴァルテッリが好みなら、チビが多いマティアスは物足りないんじゃない?」
「女は最高なんだけどなぁ……そうだろ、フェノン」
「私はマティアスじゃ大柄な方よ。デカい女が好きなの?」
「『君』が好きなんだ。はは、告白しちゃったよ」
「……まぁ」
口元を引き攣らせたフェンネルの向かい側で、リンデンの足元からはずっとリストベルのバイブレーションが振動し続けている。
フェンネルが彼を一瞥すれば、グラスを拭くリンデンの顔に表情は無い。
「……貴方の元でなら、優しく扱ってくれそうね」
フェンネルは自分をマルベリーの眼から遠ざけるために書いた『脚本』を逆手に取る事にした。
「貴方が私を『買って』下さらない? ディル様」
名を呼ばれ、男が彼を見つめる。
「……まるで『売り』に出されてるような言い方じゃないか」
「売りに出されてるのよ。『あの人』の弟が、私を三億で買おうとしてる」
「三億!?」
ディルは「冗談がキツいぜ」と大きく笑った。
「その技術を買われて? それとも、その美貌に惚れ込んだとか?」
「『ブランド』よ。母は『木苺の宝石』と呼ばれてた」
「……伝説のリリー・ブラック。彼女との一夜に二百五十万出さなきゃいけない『黒髪の白百合』だな」
「知っててくれたの?」
「俺も彼女を買った事がある。絶世の美女かと言われりゃ疑問だが、面白い女だったなぁ」
「……『あの人』の弟にはハマったみたいよ。大して似てもないのに、『娘』ってだけで血の繋がった兄から買おうとしてるんだから」
「んー……似てない事もないんじゃないか? 見せてくれよ」
フェンネルを見下ろし、男は彼の顎を持ち上げる。
「……そうだ、その目だ。人種は違えど、君は彼女と同じ目をしてる」
「……貴方に刺さるものが、私にも有るかしら」
「はは、俺は君に『挿したい』けどな」
フェンネルの頬に顔を擦り寄せ、彼の首に埋めて深く吸い込む。一瞬『勘弁してくれ』といった天を仰ぐ表情を浮かべた彼が、ディルの肩を押し離す。
「私も貴方のものになりたいわ。でも……私にはどうしようも無い。『あの人』は私なんて眼中に無い、弟は私を閉じ込めて飼い殺そうとしてる……私を、助けて欲しいの。一緒に戦いたいのよ」
「俺が三億以上で君を買うメリットが弱いな……もう一声、上げてくれるかい?」
「貴方が欲しいと思うものなら、武器でもシステムでもガジェットでも何でも作ってあげる。秘書の仕事も出来るから、貴方の専属で動く事も出来るわ」
「書類の改ざんの腕は目を見張る物があるな。君が来てくれたら敵無しだ……でも」
まだ足りないなぁ。
そう口角を上げた男に、彼はその耳元に唇を寄せ、小さく囁いた。
「私は寂しがりでヤキモチ焼きだけど……『責められる』のが好きなの」
ニヤリと笑った男の後ろで、ばき、と何かが割れる音がする。「やっべ」とリンデンが屈み、耳元では《リンが制御装置を交換してる》という船長の声が聞こえた。
「いいねいいね、そういうのが聞きたかった」
「こんな成りで恥ずかしいけれど……『それ程』経験がなくて」
「『それ程』ぉ? 本当に?」
「……貴方の色に染めてもらえると嬉しいわ」
言葉を濁しても、ディルは自分の望む答えに解釈したらしい。「良いとも良いとも」と上機嫌にフェンネルを抱き締め、リンデンにウォッカを二つ注文した。
「分かった! 俺がマルベリーの女狐に直接掛け合ってやるよ!」
「いいの……? 三億よ?」
「そろそろ、あの女の股を舐めるのにも飽きてきた所だ。奴もいい加減『子離れ』すべきだろ」
リンデンが差し出したショットグラスで、ディルとフェンネルがグラスを鳴らし乾杯する。同時にグラスを呷り、その透明な液体を飲み下して息を吐いた。
「ふふ、喉が焼けちゃう」
「別にビジネスパートナーを辞めるって訳じゃねぇんだ。食いっぱぐれる事は無いからな」
「貴方が食いっぱぐれても、私が稼いであげるから大丈夫」
「そりゃ頼もしい! さぁ、いざ決戦の時だぜ」
二人で席を立ち、リンデンに手を振る。カウンターを離れる間際、フェンネルはリンデンの目の前に男が持っていたメモ帳を滑らせた。
彼はすぐにそれを受け取ってカウンターの下へと隠し、スラックスのポケットに入れる。
「……マリーさん、『セカンド』のメモ帳ゲットしたよ。持っていこうか?」
しかし、ローズマリーは答えない。リンデンが再度呼びかけると、彼女から「ああ」と生返事を返してきた。
《……今は待て。スタッフが交代する時を見計らって、自然にカウンターから離れるんだ》
「わかった」
再び会場内の様子を伺い始めたリンデンのカメラに、モニターを睨むローズマリーは、そこに映った白いドレスに小さく舌を打った。
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