思惑拗れる宴
十人十色の思惑が絡まり捩れ、宴を彩る。
※
「到着致しました、ダイオプテーズ様」
「ああ、ありがとう」
「一つだけ、ご忠告を」
「ん?」
「『現在の貴方がた』は、従者に礼を言ってはいけません。お忘れなきよう」
ユズリハだけでなく、隣に座っていたフェンネルでさえ目を丸くする。
帽子の鍔から見える肌は見覚えのある褐色で、一瞬だけ此方を向いたその顔は微笑んでいた。
じゃ、頑張ってね☆
バーベインが手配した馬車を唖然とした顔で降りた二人は、彼の『黒猫』が手綱を握る姿を暫く見送っていた。
「驚いたな……誰かと思った」
「『あれ』を目指せって事だろ。ナメやがって」
普段、テンションの高い声音と愛らしい容姿で気にした事も無かったが、アニスもしっかり『男』なのだと思い知る。
数メートルの赤い絨毯に二人で踏み込み、フェンネルはユズリハの肘に手を掛けた。
試着で着たままの深い赤が、朱に近い絨毯とのコントラストが美しく映える。居心地が悪そうな二人とは違い、その姿に誰もが振り向き息を呑んだ。
《招待状は持ってるな?》
「俺が出すので合ってるか?」
《ああ、大丈夫だ》
「そろそろ会場に入る。ここからは返答を期待するなよ」
《了解だ》
正面玄関では、数人のSPが守りを固めている。その奥にある一人分の狭いドアの横で、二人の係員が順番に招待状やチケットを確認しているようだ。
奥へと進み、ユズリハとそう身長の変わらないSP達の脇をすり抜ける。ジャケットから取り出した封筒を、中身を出さずに係員へと差し出した。
「それでは、招待状を拝観致します」
「!」
声を聞いて思わず驚く。
当然、招待状自体はターゲットから送られてきたもので本物に違いは無いのだが、招待状を確認する係員は、視線を二人に向けて満面の笑みで片目を閉じた。
フェンネルは、思わず出そうになった『ここで何してやがる』という言葉を何とか飲み込んだ。
《受付までしてるなんて、リンデンは大忙しだなぁ》
「……へへっ」
ローズマリーの声に小さく笑った彼は、「ありがとうございました」と目を丸くするユズリハに招待状を返した。
「お席は入って右の階段を上、一等席Bでございます。ご同席者様がいらっしゃるまで、暫くお待ちくださいませ」
玄関をくぐり、メインホールを目指して歩く。ホールは一階から地下二階まで、中心のダンスフロアを囲むようにテーブル席が並べられている。
先程、彼が教えてくれた指定席は一階にあり、二人はフロア横にあるバーカウンターへ向けて階段を降り始めた。
中は結構に混み合っており、声を張らなければ聞こえない程に賑わっている。
「まさかリンデンが出迎えてくれるとは」
「どうせアニスの野郎が『設定』イジったんでしょうよ。それか、アイツ自身が給仕長に無理を言ったか」
「どっちも有り得そうなのがなぁ」
この近距離でも、マイク越しに会話する二人を怪しむ人間はまだ居ない。ローズマリーの勧めで、ある程度は耳打ちする素振りを見せながら、二人は人波を縫うようにすり抜けながらバーカウンターへとやってきた。
開宴までは、まだ五分程時間がある。フェンネルは小さなバッグに入れていた扇子を広げて深紅に塗られた唇を隠した。
「ローズ、標的は?」
《あと三十秒で玄関に馬車が着く》
「姿が見えたら移動する……それまでは待機だったか」
《ああ。奴は所有欲と独占欲の塊だから、移動する前に何か見せ付けていってやれ》
「面倒臭ぇ……」
「軍もマフィアも過激派連中も、面倒なしがらみの中で頑張ってんだなぁ」
「好き好んでここに来る人間が理解出来ねぇです」
「同感だ」
《おーい、パーティーでしみじみ話す内容じゃないぞー》
すると、ローズマリーが「リンが来る」と二人に知らせる。数秒と立たずにカウンターへ入ってきた彼は、「おまたせ」と爽やかな笑顔で二人に声を掛けた。
カウンターに肘を着いたフェンネルはやる気のない声で応える。
「……お前は良いよなぁ、楽しそうで」
「え、何? 何が?」
「辛気臭い顔するなフェンネル。楽しくないなら、早く終わらせりゃいいだけだ」
「……了解」
「何か飲む?」
《視線注意。ターゲットがゲートを通った》
三人の表情が、僅かに固いものになる。リンデンが「入ってきた」と呟けば、ユズリハが確認のために賑わっている正面玄関を見上げた。
その視線の先には、扇で口元を隠すも、しっかりとこちらを見下ろしている白いドレスの女性が目を細め微笑んでいた。
「……こっちに気付いてるな」
「紹介も兼ねて、あらかじめ敵方に写真送ってありますからね。ユズさん、『シナリオ』を間違えないように」
「ああ。そっちも武運を祈る」
「おっと、そうだ」
何かに気付いたフェンネルが、背を向けようとしたユズリハの腕を咄嗟に捕まえる。「どうした」と振り返った彼に、軽く眉間に皺を寄せたフェンネルが伏し目がちに答えた。
「何かアクション起こさなきゃならんのでしょ?」
「そうなの?」
「……あー、そんな指示だったな」
思い出したように苦笑したユズリハは、フェンネルの顔にそっと近付くとその白い頬に口付けを落とす。
ローズマリーのマイクからだろうか、遠くで「あ゙――――――っ!!」と叫ぶクミンの声が聞こえた。
「こんな格好じゃなきゃ羞恥もへったくれも無ぇのに……!」
「どんな格好だろうが二度とゴメンだからな。じゃ、リンデンも頑張れよ」
「えあ」
言葉にならない返事をした彼に背を向け、ユズリハは標的が向かう指定席へと階段を上がる。その背中から、カウンターに再び肘を着いたフェンネルへと視線を移したリンデンは精一杯頬を膨らまして『不機嫌』を主張した。
「……何だその顔」
「ユズさんズルい」
「表情に出してんじゃねぇよアホ」
「俺もチューしたい」
「ふざけんな殺すぞクソッタレ」
《フェノン、今は抑えて抑えて!》
「うるせぇよテメェは隣のチビを早く黙らせろ。車の防音だって限界あるんだぞ」
《今、向かいの道路に憲兵車両が止まってて、お陰様のサイレンで誤魔化せてる》
「アホが……リンデン、『デッドマンズショコラ』一つ」
「またそんな甘キツいヤツを……」
《さぁ、ユズ君がターゲットに接触した。オープニングが始まるぞ》
リンデンが辺りを見渡しながら、上段席を見上げてみればユズリハが白いドレスの女性と隣り合って腰掛けている。
ホール全体にスピーカーからの音声が広がり、マイクを持った一人の若い男がフロアの中心へ歩き出てきた。
〚皆々様、ようこそ我等がメガ・ナイトクラブ『セントラル・スノーホワイト』へ! 紳士淑女の皆様、そうじゃない皆様も、心から楽しんで頂けたならこれ以上の幸せはありません! 様々なイベント、素晴らしいお食事、楽しいダンスタイムもございます。是非、最高級のひと時を、お過ごしくださいませ!!〛
さぁ、只今よりスノーホワイト・パーティーの開幕です!!
盛大な拍手と喝采を浴びて、其々の思惑が燻るパーティーが始まった。
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