『監督(ディレクター)と助手(アシスト)』
彼女に望むのは即戦力ではなく、共に歩むための学び。
※
「よし! 返事がきたぞ」
コントロールパネルの前に座り、複数のモニターとキーボードを行ったり来たりしていたローズマリーが一度手を叩いた。
「……さっぱり分からん」
「あっはっは、私も全然分かってないから大丈夫だ!」
そう言いつつも、フェンネルに貰ったシナリオに沿ってキーボードを叩く彼女は何処か楽しそうに見える。素早い指の動きを眺めるだけのクミンは、唇を尖らせて不満を訴えた。
「私も、何か出来る事は無いのか……?」
「『覚える事』だな。私達の動きを見て、誰がどんな仕事を、どんな風に行っているか……覚える事は山程あるぞ。暇そうにしているが、メモを取らなくて良いのか?」
「……即戦力には、なれないんだな」
「誰だって最初はそうだ。戦力になるためには経験必須、逆を言えば、簡単に戦力となる人間は信用に乏しいと言う事だ」
何処で得た知識なのか、また、その知識を得た場所とはまだ交流が有るのか。技術がある人間ほど、軍では特に疑いの目を向けなければならない。
クミンは初めて、『人材』という考え方を知った気がした。
「そもそも、クミンだって言ってたじゃないか。『自分は見た目以上に生きているのかも知れない』って」
「……それは……」
「自分の喋り方や知識に違和感があるんだろう? 孤児院にいる同年代の子供達と、クミンの考え方はあまりにもかけ離れてる」
身長はローズマリーの胸元ほど、そのあどけなさは十歳にも満たない。なのに、己は異様なまでに『知っている』。
クミンはワンピースの白い裾を掴んだ。
「……私は、信用に足らない人間か?」
「クミンは優しくて素直で真面目な良い子だ。お前を信じているからこそ、一緒に学んで一緒に成長して欲しいと思ってるよ」
「でも……」
「一つ答えるなら、クミンは『焦り過ぎている』。役に立ちたい、一緒に戦いたいと思う程、焦って先走るなど言語道断だ。皆を危険に晒したくないなら、まずは技術と知識の確実性を極限まで高める事。経験が必要になるのはその後だからな」
「……まずは学べ、か」
「その通り」
出来た、と打ち込んだ文章を確認し、ローズマリーは暗号化のフィルターを掛けてメールを何処かへ送信する。クミンが問えば、送信先は『標的が飼う商人だ』と答えた。
「資料は読んだか? この男だ」
ローズマリーが資料に添付された写真を渡す。
「確か、女狐の『弟』と書いてあったな」
「そうだ。今はまだ部下とコンタクトを取っている段階だが、こいつとのアポイントを結べれば、女狐をパーティー会場へ誘い込める」
「本拠地や居場所の特定などはしなくて良いのか?」
「それが出来たら、敵のアジトも組織も一網打尽に出来るんだけどなぁ……まぁ、この男を捕まえて吐かせれば……」
「尋問している間に、木端共に逃げられてしまうぞ。証拠とやらを持ち逃げされたら面倒にならないか?」
「ゔ――ん、確かに言われてみれば……今からでもバーベイン殿に相談しとくべきか……?」
悩み出してしまう船長に、クミンは「地図を見せてくれ」と声を掛けた。
ローズマリーは直ぐ様モニターに予定の会場周辺と『中心街』の地図を映し出すと、キーボードを打ち込んでボタンを押す。すると、モニター脇の印刷機から二枚の紙が吐き出された。
クミンに手渡すと、彼女はじっと地図を眺めてモニターに視線を移す。
「これだけ人間が密集している場所なのだから、排水や水道は完備されているんだろうな?」
「まぁ当然だな。ハイマートは周辺国に比べても比較的インフラが発達しているから、ラウリ自治区の一部に電気が通って居ないぐらいで……」
「……なら出来そうだ」
「何が?」
「皆を見て学んだ。其々の『特技』を存分に発揮しているなら、私も今こそが『特技』を発揮する時だ」
「……うん?」
「私は今回、表立って皆を護る事は出来ない……だが、こんな私でも助力になるのだとローズマリーが教えてくれた。来い、見せてやる」
「え、な、何の話だ……?」
突然生き生きと仕出したクミンは、ペン立てから一本を引き抜いて地図を手にリビングを出ていく。ローズマリーも慌てて追い掛け、廊下を行き着いた先のハッチを外へと出た。
朝は少し暑い程だったのに、いつの間にか空は太陽を完全に覆い隠し、厚い雲は少しずつ湿度の含んだ風を運んでくる。
一つ、また一つと肌を濡らし始めた滴に、クミンは口角を上げた。
「うわっ、雨が降ってきてるじゃないか。あんなに晴れてたのに」
「……お陰で仕事が捗るぞ。これぞ『大地の導き』というヤツか」
「クミン、何をする気なんだ? 危険な事じゃないだろうな?」
「この男の所在を探る。痕跡があれば、頻繁に出入りしている場所も分かるかも知れん」
「……え!?」
目を剥いて驚くローズマリーを横目に、クミンは地図をローズマリーに渡して小雨の中に腕を伸ばす。目を閉じ、掌で雨を受けると、その意識を集中させて船から一番近い用水路へと入った。
街中に張り巡らされた人工の水脈を辿り、写真で見た顔を追う。現在の所在地を数秒で特定したクミンは、その男の触れた場所や『痕跡』を、空気中の水分を辿って虱潰しに探り出した。
霧雨のような空の下に立ち尽くす彼女を見ているしか無いローズマリーは、突然叫んで飛び跳ね始めた少女に思わず肩を飛び上がらせた。
「うわあぁぁぁ無理無理無理無理無理気持ち悪い気持ち悪い!!」
「わあぁ!? 何だ何だ、どうしたんだ!?」
腕を擦り、青褪めた顔でこちらへ走ってくる彼女の鼻から血が滴っている。「また無茶したのか!?」と憤りを見せたローズマリーから地図を取り上げたクミンは、「早くペンを寄越せ!」と叫んだ。
「奴は今この建物の最上階で女狐と『密会』中だ! 五回以上の出入りがあるのは『中心街』ではこのビルと港近くの倉庫、今回任務で行く予定の店と、そこから地下で繋がっているこの建物三箇所、外の道路とも繋がっているから脱出経路にしている可能性はある」
「……なんて事だ……!」
ローズマリーが渡した赤ペンで素早く建物を丸く囲み、数本の矢印を書き込んだクミンは『耐え難い程の嫌悪感』に歯を食い縛って低く呻いている。
それが何故かを理解出来ないでいたローズマリーは、持っていたハンカチでクミンの鼻を拭い押さえながら首を傾げるしかなかった。
「それより、一体何があったんだ。他に何か『見つけた』のか?」
「言うな、思い出したくない! あぁぁ駄目だ、悪寒が止まらん! 本当に気持ち悪い!」
地図は渡したぞ!
そう言い残し、クミンはリビングへと廊下を駆けていく。残されたローズマリーは地図を見下ろし、その詳しい位置と正確さに開いた口が塞がらなかった。
これ程までに建物の構造を割り出せるなら、もし逃げられた際も道を塞ぐ事が出来る。一応アニスにも確認を取り、バーベインにも報告しておけば被疑者確保と同時に敵の温床を丸ごと潰す事も出来るだろう。
ただ、相手の『現在地』を見たローズマリーは眉にキツく皺を寄せ、クミン同様に強い嫌悪感をその顔に浮かべた。
そこは『中心街』西にある軍駐屯地、三佐である標的が務めている職場だ。
「……あんの淫乱女め……!」
私の可愛い『娘』に汚いモン見せつけやがって。
些か理不尽さはあるだろうが、それでもローズマリーは本降りになってきた空に向けて舌打ちした。
※




