『主役(メイン)』
演じるのは偽りか、真実か。
※
「設定は……そうだな、『傭兵経験のある過激派の幹部』って所か」
「在り来りだな。バレないか?」
「実際、今の過激派は軍属だった奴が多い。自分が知ってる知識が出せる分、完全に創作するよりはリアリティが出るんで演技もしやすいっすよ」
「自分の『手の内』を明かすみたいで、何か抵抗あるんだよな……」
「アンタもそんなに嘘吐くの得意じゃないくせに、文句あるなら自分で設定出したらどうなんですか。代替案が無いなら従ってください」
「……分かったよ……」
フェンネルの有無を言わさぬ物言いに、ユズリハも『仕方ない』と己を納得させて頭を掻く。
今まで潜入捜査は何度かあったが、基本は裏方、相手との会話を要する『メイン』はフェンネルが率先して前に出ていた。それでも、基本は『聞き出し』、時には突破口の『鍵』となって一斉検挙を手伝う、などといったもので、今回のような『完全に演技だけで相手のボロを誘う』ような事は彼もほぼ初めての筈である。
「お前のそういう知識は何処で得てるんだ……?」
「ガキの頃に、自警団で流行ったゲームがありましてね」
資料に追加の設定を書き足しながら、フェンネルは懐かしそうに笑みを零した。
「自警団の中では『頭落とし』と呼んでました。物理的にってんじゃなくて、『組織のボスを狙う』みたいな意味で」
参加人数は複数人、『親』が考えた敵となる人間を、『親』が指定した条件でどう攻略するかを競うシミュレーションゲームだ。
『子』同士はチームを組んでも可とし、どんどんと条件や状況を追加していく『親』から降参を引き出せれば勝ち、全滅もしくは逃げ切られたら負けというシンプルだがかなりの応用力を必要とするルールとなっている。
「現場で即戦力になる人間を育てるために考え出されたらしいです。アニスともよく遊びましたよ」
「それは、どっちが強かったんだ?」
「『向こう』ですね。頭の回転がアホほど早くて追い付けなかった」
「……今は?」
「自信ありますよ」
フェンネルは追加資料をユズリハに渡す。
「適材適所。使えるものは何でも使え、ってね」
ユズリハが目を通した内容には、一つの物語が描かれている様だった。
設定の作り込みが、現時点でかなり明確になっている。自分が演じるのは主役ではなく、主人公を狂わせ堕とす『敵』のようだ。
それは、一人の強欲な貴族の女が、一つの運命的な出逢いを切っ掛けに転落していく『悲劇』だった。
「ユズさんを『主役』に書いたら絶対緊張すると思いましてね。死神になったつもりで、ターゲットを地獄へ叩き堕としてやって下さい」
「本当に『お前等』は『人間』をよく見てるよな」
「『ファーム』出身は皆こんなモンですよ」
「……『死神』か。それなら簡単そうだ」
主人公は『標的』でもあるトパーズ三佐その人だ。七十三歳という高齢ながら、三十八で『拓き』を迎えた見目はその美貌を保ち続けている。
五十年前の革命戦争に参加した経験もあり、当時の革命軍幹部や貴族とも浮名を流す程に、当時から恋多き女性として有名だった。
そんな彼女に掛けられた容疑は『過激派への金銭譲渡』、『無許可および違法武器製造』という反逆罪だ。今回、その容疑を決定的なものにするために、取引相手の過激派として潜入し、証拠を『作る』のが今回の任務となる。
「司令の取り締まりがしっかりしてるお陰で、過激派の党もそんなに多くない。ボスやトップは既に相手の手中にある可能性も考えて、新設の部隊に所属してる幹部、って所で止めておいた方が無難でしょうね」
『出世』しときたいなら別ですけど?
そう悪戯っぽく笑った彼に、ユズリハは「興味無いなぁ」と苦笑し首を振った。
「幹部と言っても、地位自体は中佐以上だ。大出世じゃねぇですか、良かったですね」
「興味無いっつってんだろ。それより、この間お前は何をしてるんだ?」
「俺はあくまで『脇』なんで、会場に入ったら周辺の把握と避難経路の確保に回ります。『商談』に入ったら近付かない方が良いでしょうしね」
「役回りの設定は?」
「……一応は幹部の予定です。もしかしたら、奴の『側近』とかいう奴にも近付けるかも知れねぇんで」
「『側近』?」
「ディル・サルファー。資料にあったでしょ」
彼女が唯一、『弟だ』と家族のように扱う相手。実弟なのか、義弟なのかは判明していない。同じオリヴェール族だが、添付された監視カメラの写真を見る限り、お世辞にも彼女の好みにはそぐわない風貌の男だ。
バーベインの送ってきた資料には、良くも悪くも彼女の『ビジネスパートナー』であり、全ての取引と契約を握る重役らしい。
「潜入捜査なんざしなくとも、この男一人捕まえて吐かせればいいじゃねぇかって……最初は、思ったんですけどね」
「無理だろうな。下手すりゃ全面戦争、彼女に目を付けられたら俺達が『犯罪者』だ」
己よりも背が低い男を、何故か彼女は『肌見放さず』連れ回している。その男に近付く事、即ちそれは虎穴に入ると同等の意味を持っていた。
「逆を言えば、コイツを捕まえれば周辺のシンジケートごと摘発できます」
「金を動かしてるのは『姉』の方でも、『横の繋がり』自体を断ち切らなきゃ『代わりが出てくる』って事だな」
「その通り」
「でも、どうやって近付くんだ? 最初の段階で『違う話』を持ちかけとくか……いや、それだと内部分離を疑われるな。こっちが『新設組織』なら、内部分離は違和感になる」
「まぁ、そこら辺は任せといて貰えれば。ユズさんは、この取引内容だけ頭に叩き込んどいてくれれば良いんで」
渡された数枚の紙に視線を落とし、ユズリハは頭を掻きつつ溜め息を吐き出す。
複雑な内容の『シナリオ』を眺めながら、ふと、ある事に気付いた。
「おいフェンネル。お前さっき、自分の『パート』を『幹部』だって言ったが……」
視線を上げた先に、彼の姿は既に無い。ユズリハは再び頭を掻きながら、「店のドレスコードとかどうなってるんだ?」と首を傾げた。
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