『餌』
縁の下の力持ちに課せられたのは、偽りの王。
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「と、いう事でだな」
「『という事で』じゃねぇよクソババァ」
翌朝、朝食後のミーテイングで「完全に私情で仕事取ってきやがって」と不満を露わにするフェンネルに、ユズリハがカフェオレのマグを皆に配りながら「話を聞け」と苦笑する。
「いつもの『討伐』とは違うのか?」
首を傾げたクミンに、リンデンが「たまに入る特務だよ」と説明した。
「とくむ?」
「討伐隊の一番偉い人が『手伝って!』って言ったら、それを優先して手伝わなきゃいけないの。だから、明日からの遠征は後回し」
「大変なのか……?」
「俺は言われた事するだけだからなぁ」
難しい事は、全部フェンネルがやってるから。
そうリンデンが向けた視線の先では、ローズマリーに差し出された書類を見て頭を抱える彼の姿がある。
「……大変そうだぞ」
「『大変』っていうか嫌そう」
フェンネルは椅子の背凭れに体重を預け、書類を叩いて一言「嫌だ」と告げた。
「うわ、本当に嫌そうだな」
「すごいよね。嫌そうな時は、もう作戦が頭の中で浮かんでるから」
「そうなのか!?」
「フェンネルは俺の何倍も賢いもん」
眉間にキツく皺を寄せるフェンネルに、ローズマリーが「出来そうだな」と微笑んだ。
「お前に相談して良かった。プランの数を出してくれるか?」
「何が相談だ、俺は反対するぜ」
「へ? なんで」
「相手が『誰』だか知ってんだろ? 俺達の担当は『中心街』の過激派や半グレの監視であって、将校を相手取るには荷が重過ぎる」
「そうだけど……今回は仕方無いだろう? バーベイン殿は、『自分の部下を派遣するのは悪手』だと言ってたし」
「相手の好み考えたら当然だ。だから司令はユズさん指名で潜入捜査を指示してきてる」
名前が上がり、皆がユズリハに目を向ける。キッチンに凭れ、マグを傾けていた彼は目を丸くして己を指差した。
「……俺?」
「三佐は裏じゃ『色食いのトパーズ』だなんて呼ばれてるほど好みの男に目がない。その好みってのも偏ってて、奴の周りは長身で体格が良い野郎ばかりが集まってる」
「だったら、俺やフェンネルは規格外だね。きっと見向きもされないかも」
「司令が『得意の部下』を頼れないとしたら、その一点だけだろうな。もしくは、アイツの顔すら割れてるのかも知れねぇ」
「相手は軍の上級将校だ。バーベイン殿の部下とやらが一回でも本部のパーティーに顔を出しているのであれば、それも有り得ない話じゃない」
「相手が野郎なら、俺一人でも何とかなるんだがな」
「んもー、またそういう事言う」
「俺は演技とか出来ないからなぁ……」
うーん、と悩んで見せる三人に、クミンが困った様子で「どういう流れなんだ?」と皆を見渡す。しかし、己と同じ反応で三人の様子を眺めていたユズリハを見たクミンは「はっ!」と大きく声に出した。
「まさか……まさか、ちょっと待て! まさか、その女にユズリハを売ろうと言うんじゃないだろうな!?」
「潜入捜査だっつってんだろうがチビ」
「フェノン、彼女は『クミン』だ」
「クミンさん、そもそも俺相手にそれは無理が……」
そう苦笑した瞬間、皆の視線にユズリハも悟る。
「あ、そういう事か!」
「やっと気付いた」
「すまない、ユズ君……!」
呆れるフェンネルの横で、ローズマリーも手を合わせて頭を下げる。リンデンが「今回のキーパーソンってヤツだね」と親指を立てれば、ユズリハは引き笑いを浮かべて「無い無い」と手を振った。
「それこそ無理があるだろ。昨夜ざっと調べたが、三佐の『馴染み』は殆どヴァルテッリと同族だ。オリヴェール至上主義でマティアスを差別視、ラウリに至っては眼中に無いって感じだったぞ」
「分かってねぇですな、ユズさんともあろう人が……」
フェンネルが首を振り、溜め息を吐いた。片眉を上げたユズリハの代わりに、クミンが「愚弄するでないわ下郎が」と悪態を投げる。
「奴は『コレクター』ですよ。特定のものに愛着を持たず、種類を集めて並べ眺める収集家だ」
完全に無視を決められたクミンは「むきぃぃぃ」と怒り出し、ローズマリーとリンデンに制止された。
「……それが俺と何の関係があるんだよ」
「この国で長身なんか限られてきますし、奴もそろそろ同じ『見目』に飽きてきてる頃だ。ラウリ族なのにそれだけの体格を持った人間が目の前に現れたら、一瞬で『欲しい』と思われるでしょうよ」
「駄目だ、駄目だ! そんな危険な事をユズリハにさせてたまるか!」
立ち上がったクミンに、ローズマリーがいよいよ「落ち着きなさい」と声を掛けた。
「相手は女性だし、ユズ君が負ける事はほぼ無いから安心しろ。彼が強いのは知ってるだろう?」
「薄汚い女狐の色目にユズリハの姿を晒したくないだけだ」
「……三十超えのオッサンに言う台詞じゃないでしょうに」
「格好良いなぁー。俺もそんな風に言ってみたいなぁ……?」
「こっち見んなクソボケ」
唇を尖らせるリンデンを「きめぇ」と睨み付け、フェンネルは溜息混じりに最終決定をローズマリーに問う。
「で、どうするんだよ。この依頼、俺の好きに『設計』して良いのか?」
「駄目だ!」
「条件はある。絶対的な優先は『大立ち回り厳禁』と『全員の安全』だ。現行犯逮捕が望ましいが、安全が確保されないような状況であれば後日検挙も可能だそうだ」
「なんで最初から後日検挙じゃねぇんだよ面倒臭ぇ」
「後日に回すと、言い逃れの証拠を作られてしまうからな。現場を押さえたいんだろう」
「まずは『舞台』のセッティングだな。こいつに取引を持ち掛けられるよう、外側から詰めていこう」
ユズリハが口を開けば、再び皆の視線が集まった。
多種多様な感情を向けられ、思わず眉を下げて「何だよ?」と問う。
「今回、アンタが餌なんですよ。この件でユズさんは下っ端の仕事は禁止、取引の『尻尾掴み』は俺がやります」
「は? じゃあ俺は何をすれば良いんだ?」
「フェンネル、俺は? 何か用意するものとかある?」
訝しげなユズリハと、何処か楽しそうに目を輝かせるリンデン。その隣では、ぶすくれるクミンをローズマリーが説得している。
フェンネルは溜め息と共に頭を掻いた。
「……『アイツ』を呼ぶか……」
一人では到底準備できないと踏んだ彼は、昼食後にバーベインへ向けて暗号メールを打った。
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