新たな任務
誰しもが抱える、交わる事のない欲望。
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造船施設の『ライカン』発生事件から、半年が経った。
辛く苦しい出来事も、過ぎ行く時間は多少なりとも、悲しみを薄めては過去へと流してゆく。変わらない日々に追われ、立ち止まってなどいられない彼らは、任務と週末の孤児院通いを繰り返す毎に穏やかさを取り戻していった。
忘れてはいけない、確かに存在した命と優しさを胸に残して。
《今回依頼したいのは、『中心街』で行われる密会への潜入だ。証拠が極端に少なくてね……どうにか現行犯で捕まえてやりたい》
「おとり捜査、って事か? バーベイン殿の得意とする所だろう」
《私では顔が割れている。警戒心が強い相手で、近付く事も出来なくて困っているんだ》
コントロールパネルで話をしていたローズマリーの背後に、食器の片付けを終えたユズリハがグラスを手に歩み寄る。
「『黒猫』は休暇でも取ってるんですか?」
《おや、飲んでいるなら誘ってくれたまえよ、ユズリハ君》
「『黒猫』とは?」
「彼の側近だ」
モニターの中で、顔の前に手を組んだ彼は小さく息を吐く。
《……彼を向かわせるにはあまりにも悪手なんだ。相手の好みにそぐわなくてね》
「好み?」
《マルベリー・トパーズ三佐。船長は知っているだろう?》
首を傾げたユズリハがローズマリーを見れば、目を見開き驚く彼女が次に見せたのは怒りの眼差しだった。
「……あの色狂い女狐め」
珍しく悪態を吐く彼女に、ユズリハも「穏やかじゃないな」と目を丸くする。
「私の叔父に散々言い寄って、相手にされなかった腹いせを私にしてくるムカつく奴だ」
《数年前、船長に子が出来ぬ事を知っている上で『子作りに飽きた』と避妊手術をわざわざ公言する程の徹底ぶりだ。出産歴は六度、誰一人として同じ父親は居ない》
「……そんな奴が軍の幹部に?」
「あの女は自分の子供を『ファーム』の裏ルートを使って売ろうとした。私が気付かなければ、子供達は人身売買の犠牲になる所だったんだ」
子供達を保護したローズマリーは軍法会議で彼女を糾弾した。だが、父親の分からぬ、誰一人として戸籍の無かった子供達を、彼女は知らぬ存ぜぬで押し通した。
妊娠中も『太った』と誤魔化し、出産前後も『体調不良』を装っていた彼女は、各関係者の意見を金と肌で買い、糾弾を退けたのだ。
「……気色悪いな。本当に『当てつけ』か?」
「本当にそれだけなんだ。あの女が『そう言った』んだから」
「その『子供達』は?」
「『マーガレット』に引き取った。皆成人して、立派に生きてるよ」
ローズマリーは、間近で彼等の成長を見守ってきた。結婚した者、店を開いた者……兄妹達の内二人は、そのまま学習院で働いてくれている。
命をぞんざいに扱い、捨てた相手を、ローズマリーは強く憎んだ。
「愛も無いのに、私への嫌がらせだけで子供を産んでるんだぞ。別に私への当てつけなどアイツだけじゃないから何とも思わないけど、あの子達の事を考えると……」
額に手を置き、船長は「彼等が何をしたって言うんだ」と独り言ちる。
ユズリハは眉間に皺を寄せ、険しい顔でグラスを傾けた。
《全てを手に入れた、というのが彼女の口癖だが、簡単に『欲』を捨てられる人間ではない。現に、彼女は過激派に多額の金銭を流しているという疑いが掛かっている》
「引き受けよう。資料を送ってくれ」
「ちょっと待て、私情を挟むな」
即答したローズマリーを制止したユズリハは、グラスを傾けつつバーベインに「ソースは?」と情報源を問う。
《少々思考が他とは違う過激派が軍に『強請り』を掛けてきた事で判明した。その時に対応し、相手を逮捕したのも彼女自身だ。何やら、あまりにもすんなり解決した様だったから、『何かある』と思って調べてみたら……》
「……黒だった、という訳ですか」
《黒寄りのグレー、といった所だ。決定打になるものが掴めてないのが現状でね》
「と、言うと?」
《過激派幹部と一緒にいる場面は撮れている。だが、彼女の『日頃の行い』のせいで、『色を分け合っていただけ』と言われてはこちらはそれ以上詮索出来ない》
要するに、身体だけの関係で怪しい取引などしてません、と言い張っているらしい。
下手に追求して、辛うじて掴んだ尻尾を切られては堪らない。何とかして悪事を明確なものにしたい、とバーベインは語った。
ユズリハがローズマリーに視線を向ける。彼女もこちらを見上げ、小さく頷く。
《野放しにしておけば、過激派や良からぬ輩に軍の金が流れてしまう。どうかそれを食い止めたい》
「我々の安全を優先した上で、引き受けさせて貰おう。良いよな? ユズ君」
「……大捕り物になる。出来る限り目立たず、秘密裏に確保するのが条件で良いのなら」
《正面切っての突入や戦闘になるような事は極力避けるよう心掛けよう。現行犯逮捕が望ましいが、その日に出来なければ後日本部での逮捕も可能だ》
ユズリハは頷き、礼を言ったローズマリーの肩を叩いてモニターの前から離れる。
《……元気を取り戻したようで良かったよ》
小声になったバーベインの言葉に、ローズマリーは苦笑した。
「若手の教育もあるし、『孤児院』の子供達に暗い顔は見せられないからな。いつまでも、下は見ていられないよ」
《船長の教育が行き届いているようで羨ましいよ。他の船も見習って欲しいものだ》
「苦労するのは私達だけでいい。『モルス』という人類の敵が存在しているこの世界で、何故人間同士が殺し合わなきゃいけないんだ。バーベイン殿も、そう思わないか?」
《より良い世界を望む人間は多数。その中で、一握りの欲深い人間が闘争を巻き起こす。我々は、その僅かな芽すら潰していかねばならない。そうだろう?》
「その通りだ。資料を送ってくれ、届き次第作戦を立てる」
《良いだろう。こちらにも随時連絡を頼むよ》
「分かった」
よろしく頼む。互いに挨拶を交わし、ローズマリーは通信を切った。
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