『家族ごっこ』?
目の前にいるのは、『家族』だ。
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二人のカップが空になる頃、ハッチから覗く人影を見たローズマリーが「おはよう」と声を掛けた。
「すまないクミン、朝ご飯だが……」
「…………」
「……クミン?」
ふらふらと歩いてきた彼女は、ぼんやりした顔でローズマリーの隣に腰掛ける。
「……何だ、テメェ」
「こらフェノン」
訝しげに睨むフェンネルにも、心配そうに名を呼んだローズマリーにも無反応なクミンは伏し目がちに虚を見つめたまま動かない。呆れて悪態を吐くフェンネルを諌めながら、ローズマリーは彼女の肩を軽く揺すった。
「クミン、大丈夫か? そんな調子では、リンデンもユズ君も心配するぞ」
「ユズ……ユズリハ」
「そうだぞ、彼も……うわっ?」
顔を真っ赤に染め、突然鼻血を流したクミンにローズマリーが驚く。すぐにキッチンからティッシュを持ってきて押さえてやり、フェンネルに氷と冷たい水を持ってくるよう指示した。
「ど、どうしたんだ。熱でも出たのか?」
「……昨夜」
「ゆうべ?」
「昨夜……スゴかった……」
「何? 何の話だ?」
そこに、水と氷嚢を持ってきたフェンネルがある事に気付く。
「そういや昨夜、夜中に隣から物音がしてたな。確か二時半過ぎだった」
「隣って?」
「ユズさんの部屋だ」
「!?」
「ユズさんがリビングに来た時間、覚えてるか?」
「んー寝落ちてたからなぁ……」
「役立たずが」
「まぁ待て、最後に時計を見たのは三時前だ。その時にはまだユズ君は居なかった」
二人は顔を見合わせて数秒沈黙し、あらゆる出来事に推測と予想を重ねていく。フェンネルはクミンの向かいに座り、「おいチビ」とティッシュで顔を覆われた彼女に声を掛けた。
「『チビ』じゃない、『クミン』と呼んでやれ」
「テメェ、昨夜は何処にいた?」
「クミンは昨日、私達の部屋で暫く読書をしていたようだったが……」
するとクミンは、にんまりと笑って「ユズリハが部屋に入れてくれた」と白状した。
「ユズ君が!? クミンを、部屋に!?」
「ふふ……酒の匂いと、石鹸とスパイスと……彼の匂いだった」
「おぉう……!?」
「待て待て待て、テメェはあんな夜中に何を暴れてたんだよ。ユズさんはテメェを見て見ぬフリか?」
「スゴかった……素敵だったなぁ……」
うっとりと何処かを眺めるクミンに、ローズマリーは顔面蒼白で「嘘だろ」と零す。
フェンネルは席を立ってソファに歩み寄り、未だ眠っているユズリハの肩を数度叩いた。低い声で呻き、少し身じろいだ彼は「悪い」と小さく謝罪を述べた。
「今……飯、作るから……」
「あんた、昨夜何やってたんですか?」
「……あぁ……?」
「二時前後ですよ。部屋に居たんですか? それとも外に?」
「……何の話だ……」
ゆっくりと身体を起こした彼の眉間に皺が寄る。その顔色は悪く、額を押さえて呻いた彼の視点は虚を見つめたまま動かない。
「……頭、いてぇ……」
「……あんた、いつシャワー浴びたんですか?」
「あぁ……?」
普段、部屋着で自室を出ないユズリハが、珍しくラフなTシャツでリビングに来ている事にフェンネルは思わず固唾を飲む。
「ちょっと、待ってくれ……」
「緊急なんですよ。昨夜何処に居ました? 部屋に何時まで居ました? あのチビを部屋に入れたってガチなんですか?」
「部屋って何だ……」
「昨夜二時頃、部屋で何やってたんですか?」
「……仕事……?」
「あのチビを部屋に連れ込んで?」
「だから、何の話だ……?」
「駄目だこりゃ」
フェンネルはソファを離れてダイニングに座る船長達の元へ戻る。脈打つような痛みに頭を押さえ、目を開けると回る視界に若干の吐き気を覚えたユズリハはすぐに目を閉じる。
今、何時だろうか。今日は確か臨時休暇で、昨夜は部屋で被害状況の書類を作っていた筈だ。フェンネルが焦っているのは何故だ?
かろうじて目を開け、手を見下ろす。その時、視界に飛び込んできた己の素足にユズリハは目を見開いた。
靴は?
「…………!?」
毛布を捲る。脚は下着だけで部屋着のズボンすら履いていない。ソファ横や辺りにも靴は見当たらず、上も部屋着一枚で出てきている。
己はどうやってここまで来た? こんな格好で? いつ着替えた? 脱いだ服は何処へ? 何故? 靴は?
全く身に覚えの無い格好に、冷や汗を浮かべてソファの背凭れに力無く頭を乗せる。ぐるぐると回る思考の中で、ふと、先程フェンネルが繰り返していた質問を思い返した。
あのチビを部屋に入れたって、ガチなんですか?
「……嘘だろ……」
ただでさえ顔色の悪い顔から、一層血の気が引いていく。
傭兵時代には何度も潰れるほど呑んだ事はあるが、記憶を失くした事は無い。ここまで酔うなど、今までにも無かった筈なのに。
そっと顔を上げてダイニングを覗けば、心の底から疑うフェンネルと心の底から不安げなローズマリーが、こちらをじっと見つめていた。
一方のクミンは、こちらの視線に気付いた瞬間に首まで真っ赤に染めてティッシュに顔を埋めてしまう。
一体、何が。冷や汗が止まらないユズリハの視界に、リビングへや入ってきたリンデンが「おはよー」と皆に挨拶を言いながら近寄ってくる。こちらに真っ直ぐ歩いてくる彼の手には、見覚えのあるブーツが左右に一足ずつ揺れていた。
「おはよ、ユズさん。シャワー室に落ちてたよ」
「落ちてた……!?」
「すっごいガソリンみたいな匂いするけど、何か燃料みたいなの飲んでたの?」
「……ガソリン……?」
「リンデン、ちょっとこっち来い」
「何? おはよ、フェンネル」
呼ばれたリンデンは、靴を持ったままダイニングに向かう。引き留めようとしたユズリハの背後から、ローズマリーが「ちょっと」とユズリハに小声で近付いた。
妙な緊張から、ユズリハは彼女の顔を見れずに背凭れへ額を乗せる。
「クミンがな? ユズ君に『部屋へ誘われた』と言ってるんだが」
「……いや、その……まだ、思い出せてなくて……」
「……その格好はどうしたんだ?」
「それも……ちょっと、覚えてなくて……」
「クミンの様子から、ちょっと只事じゃない感じでなぁ。幾らユズ君が憶えてないとしても、軍の規律で『未成年淫行』は相手の同意が有ったとしても年齢未成熟の観点から認められず何かしらの処分対象に……」
「絶っっ対、無い! 絶対無いそれだけは『世界樹』に誓って無い!!」
「言い切れるか?」
「部屋に鑑識入れてもらって構わない」
「何か出たら?」
「その場で司令に連絡して秘密裏に『処分』を頼んでくれ」
保険金と遺族年金が下りるから。
早口で述べた彼に、ローズマリーは小さく息を吐いた。
「……分かった、今回は君を信じよう。絶対無い、というのも、クミンの様子を見れば『本当』だろうしな」
「どういう事だ……?」
振り返ったユズリハは若干涙目になっている。その様子に、ローズマリーもつい頬を緩めた。
「本当に何かあれば、あんなに嬉しそうな様子は見せない筈だ。子供にとって『そういう行為』は悪夢そのもの……君と彼女では『体格差』もあるしな」
「……気色悪い事を言わないでくれ……」
「ユズ君の反応が誠実で良かった、お陰で確証になったよ」
「絶対、無い。これだけは、何があっても『間違い』はないから」
背凭れに顔を埋め、深い深い溜め息を吐くユズリハの背を軽く叩く。「疑って悪かった」と苦笑交じりに謝罪の言葉を投げた。
その時、ダイニングから賑やかな声が響く。得意げに「秘密だぞ」と目尻を下げるクミン、リンデンが目を輝かせ、頬を赤らめて「大胆ー!」と叫んでいる横で、フェンネルは苦虫を噛み潰したような顔でユズリハを睨み付けてくる。
「……本当なんだよな?」
「絶っっっ対、無いっ!!」
正直なリンデンのお陰で完全に疑いは晴れたが、ユズリハは今後絶対に自棄酒はしないと固く心に誓った。
「……そういや、ユズさんって年上美女が好みでしたっけ」
「もう放っといてくれ!」
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