諦めなければ
それは忠誠でも雇用でも無い。『許し』と『導き』。
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バーベインが話を聞いたという伍長は、ユズリハが居た傭兵部隊で生まれ育った男だ。総督こそ彼の父親、伍長は見習いとして自分の二年後に入隊し、共に戦いを学んだ。
『ファーム』の作戦に違和感を感じたユズリハにも、反対する事無く付いてきてくれた。
雇い主は過激派に情報を流していた軍の将校四人の他に、過激派の幹部三人、そして自分達とは違う傭兵部隊の上官三人だ。命令は一貫して『ファーム』の壊滅。懸賞金が掛けられていたマティアス族の少年以外は、捕虜も取らずに殲滅せよとの内容だった。
その命令は、彼にとって到底許容出来るものではなかった。彼は派遣された場所から攻撃するフリをしながら、住民や店の従業員達を安全な建物や地下へと避難させた。出来る限りの事はやったつもりだが、爆撃攻撃の合図が出た事で、彼は伍長と共に本部へと向かった。
伍長に見張りを任せ、単独でテントに怒鳴り込んだ彼を上官達は嘲笑した。
『お前一人に何が出来る』
『命令は取り消せない』
「国を変えると嘯いていたのは何故だ! 革命を望んでいたのは嘘だったのか!?」
『所詮は芥溜の街』
『証言者や目撃者は不都合だ』
「攻撃命令を取り消せ! ここには市民と労働者だけだ、彼等は敵じゃない!」
『金さえあれば動く駒のくせに』
『英雄気取りが』
『何ができる』
『無力な貴様に、何が出来る』
腰抜けは家に帰って震えているが良い。大義名分も知らぬ守銭奴が、気まぐれの正義感などで幸せになれるとでも思っているのか?
その言葉に、頭の中で溢れていた『何か』が一瞬でストンと無くなった気がした。
「……そんなもの、最初から」
軍の実技試験会場で、己は『混ざり者』と蔑まれた。
ラウリの瞬足とヴァルテッリの戦闘能力を持ち、一足で傭兵部隊の上官に詰め寄った彼は下から上へ顎を殴り上げる。その腰に差さっていた護身用の拳銃を引き抜いて安全装置を外し、三発全てを撃ち尽くした。
軍将校が剣を抜くと同時に簡易テーブルを踏み台にして飛び掛かるとブーツの踵で顎を捕らえて横に蹴り回し、首を折られて膝から崩れる相手から剣を取り上げ、隣りにいた傭兵上官の胸に突き刺す。
同士討ちを誘ってテーブルの下を潜り、残る一人の背後に周り込んで顎と後頭部の髪を掴んだ。
幸せなど、最初から期待していない。孤独を強いられ、近付けば失う。気を許せば手から零れ落ちてゆく様を、何度も、何度も見てきたのだ。
同じ存在である『お前達』も行き着く先は同じ筈。だったら己に出来る事は、可能な限り大勢の塵芥を道連れにするだけ。
勢いよく回転させれば、その身体は糸が切れたように地面へと崩れ落ちてゆく。
自分の意志で、明確な殺意で、人間を殺めた瞬間だった。
「そ、曹長……っ!」
声に視線を向ければ、テントの入口に伍長が立っていた。己と同じくヴァルテッリの血を引くガタイの良い男が、顔面蒼白で自分を見つめていた。
「……伍長、ここは任せた。俺はこのまま姿を消す」
「だっ、駄目です! 今此処を離れたら、間違いなく指名手配が掛かります!」
「何なら、お前が連行してくれてもいいんだぞ。抵抗する気は無いし」
「ですが、傭兵が幹部を手に掛けてタダでは……!」
「分かってるさ」
ユズリハが笑う。伍長はフラフラと歩き出し、同士討ちで倒れた上官の拳銃を手に取った。
その銃口を彼に向けた伍長は歯を食い縛り、決意を目にユズリハを睨んだ。
「……曹長、後ろを向いて下さい」
「はは、本格的だな」
「動かないで。後ろから撃たれた事にします」
「……何?」
左肩を撃ち抜かれ、ユズリハは驚きもあって小さく呻いた。銃弾は筋肉を貫通し、伍長は取り出しておいた三角巾で素早く傷を覆い縛る。
「痛ってぇな……ビビっただろうが」
「彼等は貴方が持ち込んだ情報で口論になり、殺し合いになった。元々信頼など無く、利害だけで集まっていた輩です。事実など誰も気にしないでしょう」
「……何をする気だ」
「助けを呼びます。そのまま動かないで」
テントを出ていった伍長は、言葉通りに助けを呼び始める。負傷者が出た、誰か来てくれ、その叫び声を聞いたユズリハは、何故か突然恐怖に駆られてゆっくりと立ち上がり、テントの裏から音も無く外へと出ていった。
伍長は、彼が共に育った幼馴染と将来を約束したばかりだ。そんな彼に、嘘を吐かせてしまった。己を守るためだけに……己の罪を、共有しようとしている事に。
当然、バレればタダでは済まない。世話になった彼の父、総督の面目もある。
『こんな奴』の為に、罪を負うなどあってはならない。彼は、彼等は『幸せにならなければならない』のだ。
姿を消したユズリハを、伍長は探さなかった。現場に落ちていたユズリハの血痕も証拠に「彼は被害を受け、搬送された」と押し通し、己がその証人となる事でユズリハを守ろうと決めた。
当然、軍内部では怪しむ動きもあり、現場から一人姿を消したユズリハは『重要参考人』として捜索される事になった。
三ヶ月、山や谷を隠れ仰せ、偽名を使って狩った毛皮や持ち出した銃器を売って金に代えた。全てが底を尽き、己の命に懸賞金が掛かるのを待っていた時に、バーベインが酒場に現れたのだった。
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「……さぁ、出来たぞ。傷もすぐに塞がるだろう」
テーブルには救急箱が開けられている。包帯で覆われた滅菌ガーゼに血が滲むが、痛みは無い。
「話してくれて有難う。……つらい思いをしたんだな」
「……俺には丁度良いぐらいだ」
テーブルのグラスを片付け始めたローズマリーは「それは違う」と即答した。
「その場に私が居れば……もっと早く出逢っていたら、お前を『護って』やれたのに」
「……『もしも』の話で慰めにはならないぞ」
「これからの事なら、『もしも』とは言わせない。私にとって船員は『家族』、私は私の全てを懸けて『家族』を守る」
「……だったら、俺を見限ってくれよ……!」
頼むよ。
俯いたまま呟くユズリハは酒瓶を直接掴む。瓶から直接酒を呷る姿にローズマリーは目を見開き驚くが、彼女はそれを止めたりしなかった。
酒をテーブルに強く置いた彼の隣に、再び腰掛ける。テーブルに肘を着き、蹲るように俯いた彼の声は、少し震えていた。
「……俺を船から下ろせば、狙われる事もないのに」
「私を狙う者など数え切れない。今更だぞ」
「俺と一緒に居れば……間違いなく危険な目に遭うんだぞ」
「この仕事は、危険じゃない時の方が少ない。今日で分かっただろ」
「……お前等は良い奴だ。……傷付けたくないんだよ」
「だったら君が私達を護ってくれればいい」
「……なんで……!」
「諦めて欲しくないからだよ。私達と過ごした時間に、少しでも『幸せ』を見つけてくれたなら」
『君が、諦めなければね』。
「…………っ!」
かつて、優しくしてくれた人が言った。
地獄の中にある『幸せ』を、生きる事を諦めるなと言ってくれた。
「……間に合うか……? こんな、俺でも……!」
彼の表情は見えない。ただ上擦る声に、ローズマリーは笑みを浮かべた。
「間に合うも何も……君は二十歳だぞ。まだ始まったばかりじゃないか」
「……ははっ……!」
「上を向け、少年。取り零したものは多けれど、自分を導く光は全てを照らしてくれる」
必要なら、私がその手を取ろう。
小さな手で、大きな肩に手を置く。机に突っ伏し、背を震わせる彼にそれ以上は何も言わなかった。
彼は小さく鼻を啜り、囁くような嗚咽で「ありがとう」と告げた。
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