罰
それは、かつての呪い。己への罰。
※
夕食を食べ終え、ローズマリーが出してきた酒瓶を開けて二人分のグラスとアイスペールをダイニングテーブルに用意する。
「酔いが回るのが早いから」と彼女の分を極力薄くして、自分は氷に直接注いだ。
『あの日』と同じ、馴染み深い銘のウイスキーだった。
「……あの要救助者に、『家族』は居なかったよ」
ぽつりと呟いた彼女に、グラスを持つ手が止まった。
「……どういう事だ」
「君が教えてくれた名の通りなら、彼には離婚歴があった。彼は妻への暴行で逮捕、その元妻も、育児放棄で逮捕されてる」
「……子供が居たんじゃないのか?」
「それは大丈夫だ。『ファーム』北の『ガーベラ学習院』で保護している」
私の『家』の一つだから、心配しなくて良い。
そう微笑む船長だったが、やはり何処か浮かない表情でグラスに口を付けた。
「……理由なんかは、流石に分からないか」
「夫婦間の問題だろう、としか……私が調べられるのは書類上の結果だけ、彼等に何があったのかは、本人達にしか分からない」
「……だよな」
「これは気負わなくて良い事案だ、ユズ君。君は少々責任感が強過ぎる。時代が過ぎ、経験を積めば人間は変わってしまう事も多い」
「分かってる。……理屈は分かる。頭では理解してるんだよ」
グラスの氷を回し、カラリと音が鳴る。酒を呷るその姿は、まだ二十年しか生きていない青年とはとても思えない程の重厚な哀愁だった。
短期間に、様々な事を経験し過ぎたのだろう。この数日間で効いただけでも、彼は幼少期から、『手に入れては失う』を繰り返しているように思う。
ローズマリーは、ソファで眠ってしまっているフェンネルを一瞥した。
「……あの『キャンプ』に居たのは……」
ユズリハは椅子の背凭れに体重を預け、ローズマリーの言葉に虚を見つめる。
「……半分は知ってる顔だ。金に汚いクズも多かったが、大体は気前も人当たりも良い奴等だった」
『花畑』から五百メートル北へ進んだ所に、三人は密猟者のキャンプ跡を発見していた。様子からして常駐していたようで、一日に決めた量の『キュア』を無断捕獲、運送担当か誰かが運び出しているようだった。
軍関係者等が来たら、姿を隠して待機。よく考えられた方法だったが、『モルス』対策は殆ど皆無の状況だった。
キャンプ地をあの大群に狙われてしまっては、当然助かる命の方が少ない。確認出来ただけでも十五人は居ただろうが、生き残ったのは『インフェイス』登録されたあの男のみだった。
「……『モルス(死)』とは、よく言ったモンだな。奴等は本当に『命』を狩ってるのか」
「……その通りだ」
ユズリハの言葉に、船長が頷く。
キャンプでは、食い散らかされた者や踏み潰された者、引き裂かれ、四肢をもがれるなど様々な最期を迎えた者達がいた、だが一つ言えるであろう事は、『モルス』は『死体となった人間に興味を持たない』という事だった。
奴等が求めるのは、食糧でも肉でもない。つまり犠牲者達は皆、生きたまま……。
「……どんな人生を送っていれば、あんな死に方をする羽目になるんだろうな……アレが世界樹の与え給うた『末路』なら、真っ先に俺が選ばれそうなモンだが」
たった二口でグラスを空け、慣れた手付きで酒瓶からグラスへ注ぐ。その早過ぎるペースに、彼が今まで『どの様な酒』を飲んできたのか、ローズマリーは切なげに目を伏せた。
「……何故、傭兵になった?」
彼女の問いに、ユズリハは思わず笑いを溢す。
「軍に落とされたからだよ。最初から決めてたんだ、『プランB』を考えとくのは常識だろ」
「……生半可な仕事では無かっただろう?」
「はは、まぁな。一定額の給料が入る軍に比べて、傭兵はデカい仕事を当てれば一生遊んで暮らせるだけの金が入る。俺は進んで『使い捨ての駒』になった」
「曹長、と呼ばれていたな。その歳でスゴい出世じゃないか」
「……腕っ節と運があれば、簡単に伸し上がれる世界だ。どれだけクズでも、生き残り続ければ出世は出来る」
「生き残る事も才能だぞ。ユズ君は自分の努力と知恵で生きてきた、それの何が悪いんだ」
手の温度と常温の酒で、最初に入れた氷は随分と小さくなっている。
ほぼストレートのウイスキーを一気に飲み下し、ユズリハは彼女を鼻で嗤った。
「今日一日、ずっと思ってた。俺は、お前が『船長の器』とはとても思えない」
「むっ」
ローズマリーの眉間に皺が寄る。
「……穏やかじゃない発言だな」
「それだよ、それ。プライドが有るなら、普通はここでキレるぞ」
「私は酒の席で怒ったりしない。君の本心でない事も分かっているからな」
「簡単に人間を信用する奴は、簡単にナメられる。裏切りが出ても気付かないようでは『導きの女神』の名も堕ちたな」
「伊達に長生きしてないんだ、他人の腹の中ぐらいは読めるさ。この船に、性根の悪い人間は居ないよ」
「俺を船に乗せてる時点で、たかが知れてる」
飲み下したグラスには最早、氷すら無い。
テーブルに叩きつけるような置き方をしたユズリハに、ローズマリーは不満げに頬を膨らました。
「……自分を大事にしない奴は嫌いだ」
「だったら宣告してくれよ。『お前はクビだ』ー、って」
「私からは絶対に言わないぞ。私は君を必要としている、君に船を降りられると困るんだ」
「……俺が、三ヶ月前のテロに参加してたとしてもか?」
「そうだ」
「一般人に銃を向けた」
「発砲してない」
「彼の母親が死んだ事件だ」
「君が手を下したんじゃない」
「金目的で参加した事実は消えない。俺は傭兵だったんだ、命令通りに、手柄と金を手に入れるために人間を殺しに行ったんだよ!」
テーブルに叩き付けたグラスは、ユズリハの指を傷付けながら割れ砕ける。音を立ててバラバラになったグラスを握り締めたユズリハは、俯いて小さく悪態を呟いた。
強く握る拳からは、血が滴っていた。
「……実際、軍の幹部をこの手で殺した」
「……そうだな」
「後悔はしてないぞ」
「そうだろうな」
「……自分の上官だろ?」
「確かに、階級的には彼等が上かもな」
「自分もそうなるかも、とは考えないのかよ?」
「思う訳無いだろう。そもそも、君に私が殺せるとでも? 私をナメるのも大概にしろ、ユズリハ・ダイオプテーズ」
ローズマリーは席から立ち上がり、ユズリハの隣に歩み寄る。思わず避けるように身を引いた彼に構わず隣に座ると、「手を見せろ」と彼の握り締めていた手を取る。
振り払う事も出来た。それをしなかったのは、彼女が見せた圧倒的な『上官としての空気』とでもいうべきか。
「……君と一緒に行動していた『アンバー伍長』だが」
「!」
「今回、君を雇うに当たって、バーベイン殿が秘密裏に調書を取ってきたんだ」
食い込んだガラス片を、少しずつ丁寧に取り除く小さな手。時折眉間に皺を寄せ、舌を打つ彼にローズマリーは苦笑する。
「これくらい我慢しなさい」
「こんなの、怪我の内にも入らないだろ。俺は……あのタヌキ親父に腹が立ってんだ」
「バーベイン殿ほど、疑り深い人間も珍しい。第一印象で気に入ったとしても、その手元に置くまでに何段階も調べ上げて、相手の技術や経験、人間関係等の『人と成り』を調べ上げるんだ。きっと、君よりも『ユズリハ・ダイオプテーズ』という人間を知っていると思うよ」
「……本人に言われた」
「その『彼』が、君を紹介し船に連れてきてくれたんだ。君がどれだけ私達と距離を置こうとしても、船から離れようとしても……私が君を拒絶する『理由』なんか、何処にも無いんだよ」
「………………」
「それだけじゃない。一緒に過ごして、一緒に戦って……君ほど優しい人間を、私は久しく見ていない」
「……買い被らないでくれ」
「ユズ君は、この船に相応しい……いや、必要不可欠な人間なんだよ」
ガラスを除去し終えた彼女は、血に濡れた彼の手をアイスペールの氷で洗った。
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