『毒』と『耐性』
それはまるで、大地に舞う『戦神』の様に。
※
「『モルス』は『生』を求めて彷徨う『死』だ。奴等は失神した人間を襲わない」
ユズリハに手を引かれ、立ち上がったローズマリーが言った。
「じゃあ、あのまま放っといても良いんだな?」
「目が覚めてパニックだったら、『諦める』事も視野には入れておいてくれ」
「……了解」
ライフルの薬室をチェックし、予備のマガジンを数え直したフェンネルがチェッカーの表記を見て溜め息を吐く。
「……検知率百オーバー。囲まれちゃった」
「目視で確認。距離およそ六百メートルから接近中だ」
「了解。フェノンは狙撃から連射に切り替え、ユズ君は船で……」
「待機とか言うなよ、接近戦は俺の専門分野だ」
「何? 怪我したらどうするんだ、私達じゃ君を船に運べないぞ」
「そこの岩で援護を頼む。誤射だけ気を付けてくれ」
「誤射とかすると思ってんの!? ナメないでよ!」
「悪かったから、もう怒るな」
苦笑を零し、ユズリハは二人の数歩前に出る。
ローズマリーは呆れと感心の息を一つ吐き、フェンネルの腕を引いた。
「負傷ごとに謝罪を要求するからな! 覚えてろ!」
「シャワー中に給湯止めて水にしてやるもんね!」
「はいはい、分かったよ」
相変わらず、可愛らしい罰を叫ぶ仲間達に背中を任せ、ユズリハは地面を蹴った。
パラコードに感じる重みはいつもよりも軽い。その分飛距離は出ないが、ある程度の小回りが効いて身軽に動けた。
『キュア』の刃は予想以上に切れ味が鋭く、一振りで靄を掻き分け筋と核を顕にする。『モルス』に骨は無く、切断した時の感触は牛の筋を思わせた。
核に近いほど筋が密集しており、飛び掛かってきては腹を狙って核を砕く。ただフェンネルが言った通り、四足は『キュア』の斧で首を落としても、回復は遅けれど散る事は無かった。
斧を飛ばし、背中に突き刺して高く飛び上がる。斧が刺さる四足小型の背に着地して斧を踏み抜き、核を割ると飛び掛かってくる四足をショットガンで真上に殴り付けて怯ませる。右から走ってきた四足の前足と後ろ足を体格で撃ち抜くと、パラコードを引き上げて斧を掴み仰向けに転がった四足の胸に斧を叩き入れ、己の右脚を軸に回転すると足を撃ち抜いた『モルス』を横腹から一刀両断した。
まるで舞踊だ。フェンネルは後ろで斧を手に駆け回る彼を見て、目を輝かせた。
「『モルス』が何処から飛んでくるのか分かってるみたい。普通は、あんなに近くで避けられないよ」
「褒めるのは片付いてから! さぁ、仕事仕事!」
「はーい」
二人は、ミニガンとアサルトライフルに調整した銃で、走ってくる敵を迎え撃つ。
イヤホンから聞こえる何処か和やかな会話に、つい、頬を緩めた時だった。
「っ!」
その爪が右肩に食い込み、背中へと斜めに引き裂いていく。牙を逃れて前に転がり、一回転してショットガンを撃つ。前足を吹き飛ばし、受け身の勢いそのままに起き上がって腹を撃ち抜いた時、違和感を覚えたユズリハは片眉を上げた。
復活が遅い。腹から覗く核にクラックが入っており、ショットガンの銃床で腹を殴り付けると、核はヒビ割れた通りに砕けた。
『キュア』の斧を使っていないにも関わらず、『モルス』はサラサラと四散を始める。ユズリハは、指に滴る己の血を見た。
ラウリ族は、毒に強い。
「……まさか」
背後の気配に振り返り、左腕にその牙を受ける。腕を食い千切ろうとする頭に向けて引き金を引けば、やはり、先程よりも明らかに修復が遅くなっているようだ。
ユズリハはショットガンの銃口に己の血を塗り付け、斧で二足の脚を薙ぎ払って倒し首を落とすと、飛び掛かってきたその口に銃口を突き入れ、直接核を吹き飛ばした。
血を撒き、時に地面の花を薙ぎ、使えるものは全て使っていく。全て小型ではあったが、結局は二足十五体、四足二十八体という恐ろしいほどの大群を、彼等はたった三人で全て討伐し終えたのだった。
※
「いででで」
「ほら、謝罪は?」
「謝って!」
「申し訳ありませんでした」
右肩の後ろと左腕に負傷を受け、ローズマリーが肩の傷口に縫合針を打ち込む毎に彼は謝罪を要求されていた。
当然、フェンネルにもシャワーの給湯を止められ、慣れたものではあるが、ユズリハは仄かに温い水で汗と『キュア』のエネルギー体を流した。
その背に負った傷は明らかに『モルス』の爪痕だったが、その傷口には黒い変色も汚染症状も無く、過去の文献を確認してもラウリ族の『インフェイス』登録者は居ない事が分かった。
「ラウリ族の『毒に強い』というのは、もしかしたら本当に『モルス』の瘴気も受け付けないのかも知れないなぁ」
「お陰で、ある程度楽が出来た。借りた斧は、俺には小さかったからな」
それでも、『後輩』に傷を負わせてしまった、とローズマリーに弱音を吐いていたフェンネルの機嫌は悪かった。
「そんなの、殆ど迷信かもってぐらい確証無いじゃん。『瘴気が効かないから無茶し放題』とかいう言い訳にはならないよ」
「さすがに弁えてるさ。瘴気が効かなくても、致命傷の可能性は幾らでもある」
「ふん! 本当に分かってるのか怪しいけどね」
「ちゃんと分かってるよ。……俺も、まだ死ぬ訳にいかないからな」
伏し目がちで呟いた彼の発言に、ローズマリーが包帯を強く縛り上げた。
「何が『死ぬ訳にいかない』だ、ちゃんと生還する意志を持て!」
「いででで」
「『死にたくない』って言ってよ!」
「死に急いでんじゃないぞバーカ!」
「ふざけんなバーカ!」
「バーカバーカ!」
「おいおい、シンプルに悪口じゃねーか」
余程心配してくれていたのか、怒るローズマリーと、半べそになっているフェンネルの優しい鉄槌をユズリハは苦笑しながら甘んじて受ける。
マティアス族の要救護者は、軍立の病院へ引き渡した後で『インフェイス』登録者の名簿にその名が乗る事になった。
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