初任務
正義だけでは、回らないものもある。
※
「あと一時間で目的地に着く。今日の『狩り場』はU地区C8域だ」
「『霧越峠』?」
「ここは二人共が初めてだな」
「うん」
「……『外』自体が初めてなんだが」
「Z地区に比べたら、ここは樹立公園とそんなに変わらない。見晴らしも良くて綺麗な場所だぞ」
朝食と『取り調べ』の後、三人はソファで書類を囲み、今日のミーティングを行った。
船長からは『キュア』の捕獲に必要最低限の事柄と注意を教えてもらい、あとは整備室にてフェンネルが詳しく説明してくれた。
「今回の峠は『モルス』の目撃情報が小型だけだって。密猟者も少ないから、仕事は楽かも」
フェンネルは一番小さなサイズの防護服に身を包み、マガジンに虹色の弾頭が付いた弾薬を一つずつ入れ込んでいる。
その隣で、ハチェットの柄に穴を開け、パラコードを結わえ付けていたユズリハが「詳しいな」と感心の声を漏らした。
「下調べは何処から?」
「大体は過去の討伐報告書。真っ黒のもあるけど」
「……黒塗りにされてるって事か?」
「原本見たけど、血で濡れてただけだったよ。軍はケチだから、カラーで印刷してくれないもん」
ユズリハは苦虫を噛み潰した顔で「成る程」と答えるに留めた。
「しかし、やっぱり密猟者はいるのか」
「お金になるからね。ちょっと前に、『狩り場』の枯渇があったってニュース、知ってる?」
一昨年、永遠だと思われていた『キュア』の花畑が一つ消失した。
その事実は国内全域に強い衝撃を与え、以前から見られた密猟者を急増させる切っ掛けとなった。
「国に潤いと豊かさを与えていた資源が『有限』だった……安定的に供給されていたエネルギーが、突然『超高級品』だからな。『中心街』の外でも、事件や詐欺が増えたモンだ。よく知ってるな」
「新聞のバックナンバーに書いてあったの。だから、軍は『キュア』使用の刃物や弾丸を徹底的に制限したって」
『キュア』製の刃物や弾丸は保存方法がかなり特殊で、定期的にエネルギーも補填し続けなければ、白く濁り効力を失ってしまう。
そのエネルギーの保管場所も軍は厳しく規制し、現在では軍の本部と、小型の物は一部の鍛冶、銃砲火薬店にあるのみとなっている。
当然、許可の無い一般の人間が扱える代物では無い。
「弾薬を制限して密猟を禁止しても、人間ってのはアホだから金の匂いに群がる生き物だからな」
「密猟者の死者も毎年スゴいんだよ。密猟が禁止されてる理由の一つ」
「……『モルス』に遭ったら死ぬしか無い、か」
「そう」
フェンネルは散弾銃と実包の入った箱をユズリハに渡す。
「もしものため。通常弾が二ダース入ってる」
「鉛玉じゃ倒せないんだろ?」
「倒せなくても、怯ませる事は出来るよ。肉が無いから、散弾なら『飛ばせる』」
「前足を吹き飛ばせば、時間は稼げるって訳か」
受け取ったユズリハは箱の中を確認し、八発をショットガンに入れ込むと、残りをウエストポーチに入れた。
「修復はするのか? 速度は?」
「関節と目が一分弱。『キュア』の弾頭だと五分ぐらい。胴や頭はノーダメージだと思ってた方が良い」
「そうか……こっちの斧では?」
ユズリハはハチェットをベルトに差して構える。
「二足は頭を潰すか首を落として。四足は前足の間に核があるから、立ち上がらせないと難しいかも」
「了解。もし、密猟者を見つけた場合はどうしたらいい?」
「一応、生かして捕まえるのがベストらしいけど」
「……随分フワッとしてるな?」
「私はまだ見つけた事ないもん。でも、自分の安全が確保できてる状態で救える命があるなら、取り敢えずは見捨てないかな」
電動ライフルの準備が終わったフェンネルは、予備の弾薬と手榴弾もチェストリグのポーチに差し込んだ。
「見捨てないだけ、優しいな」
「余裕無かったら自分を優先するけど。ユズさんも、そこは徹底してね」
「肝に命じとくよ」
準備を終え、立ち上がると同時にローズマリーの声が船内スピーカーから響く。
《もうすぐ目的地に到着する。二人共、準備は良いか?》
「いいよ」
「こっちも準備完了だ」
《ありがとう。今から着陸態勢に入るから、揺れに備えて何かに掴まってなさい》
「了解」
ユズリハが壁に備え付けられた手摺りのポールに掴まり、小さなフェンネルの肩と腰を左腕に抱える。数秒後に船が震えながら小刻みに揺れ、船長のカウントダウンが始まった。
間もなく、大きな揺れが二人の身体に響く。すると完全に揺れは収まり、ユズリハはフェンネルをそっと離した。
「大丈夫か」と問えば、彼は照れたように頷く。
「……平気なのに」
「この方が早いだろ」
《目的地到着確認。ハッチを開けたら私もすぐに降りていくから、ちょっと待っててくれ》
音を立て、後部ハッチがゆっくりと外側へ開いていく。その間に、防護服を着てきたローズマリーが合流し、フェンネルが調整をし終えたミニガン『グロキシニア』を彼女に渡した。
「……重装備だな」
「見た目だけだ。ユズ君も、出来るだけ長袖を脱がないようにな」
「『キュア』はエネルギー体だから、長時間肌に触れてると爛れるよ。直接触ったら必ず洗い流してね」
「心得た」
「さぁ行こうか。ようこそ、我等が『美しき花園』へ!」
足を踏み出せば、底は虹色に輝く美しくも危険な花畑だ。ユズリハは、意を決してハッチから外へと歩き出した。
※




