切実な食事問題
毎日オムレツ、たまにソーセージと茹で卵。
※
日が昇り、再び操縦席に座り調整を行うローズマリーに、朝食の準備を終えたユズリハが声を掛ける。
「すまないな、私がもてなさないといけないのに」
「前金の額がデカいからな。貰った分は働かないと」
「前金? 幾らだ?」
「五百万」
「ごっ……それだけか?」
「は?」
「まぁでも、前金だからか……残りは任務後って事だな。バーベイン殿も厭らしい人だ」
「……は?」
その時、ハッチからリビングに入ってきたフェンネルを見つけて、彼女は「おはよう」とフェンネルに笑い掛けた。
眠い目を擦り、フラフラと歩いてくる彼は昨日と同じ服でダイニングに座る。
「おはよう。まさか寝てないのか?」
「少しは寝たよ」
「着替えてないのは、シャワーを浴びなかったからか?」
ユズリハがフェンネルの前にホットミルクを置いた。
「ちゃんと浴びたもん。洗濯の節約になるからって、『叔父貴』が言ってたから」
「……誰だ?」
操縦席から階段を上がってきたローズマリーが苦笑する。
「私の叔父だ。前に、船の諸々を手伝ってくれてて」
ああ、とユズリハが頷く。
「成る程、怪我で引退したって言ってたヤツか」
「船で水は大事なんだよ。飲み水だって無駄に出来ないんだから」
「だから、遠征に行く時は大量に肌着を用意していくんだよ。男は臭くなるの早いからな」
ホットミルクのマグを両手で持つフェンネルが目を見開いた。
「……嘘でしょ?」
「夏場なんか、自分の体臭で眠れないなんて事もザラになる。清潔は健康の基礎だぞ」
フェンネルは愕然としながら、手を洗うローズマリーに視線で助けを求めた。
「まぁまぁ、私の船で水不足は有り得ないから。二人も悠長に構えてて大丈夫だぞ」
「え……臭い? 私、臭いの?」
「不安なら着替えてくるか?」
フェンネルは三秒ほどマグの中を見つめ、「行ってくる」と席を立つ。可笑しそうに小さく笑うユズリハに、ダイニングの椅子に腰掛けたローズマリーが呆れた様子で溜め息を吐いた。
「んもー、『私の子』をあまり虐めてくれるなよ」
「戦場での致死率は、不衛生からの感染症がダントツで多い。多少脅しておくぐらいが丁度良いんだ」
確かに水は尊ぶに越した事はない。だが、それ以上に大切なものは、無茶な『節約』ではなく、制約の中で行う『工夫』だ。
それを聞いたローズマリーは、目から鱗の表情で驚く。
「……それも、『経験』か?」
「怪我が膿んで致命傷にーって話はよく聞くが、若手や未経験は実感も沸かないだろ。怪我しなけりゃ良い、では自分も仲間も殺す結果に成り得るからな。相手の立場に立って考える、ってのは、そういう理由がある」
「……そうか」
何故か満面の笑みを浮かべた船長に、ユズリハは「何だよ」と訝しげに問う。
「ユズ君は指導者としても素晴らしい才能がありそうだ。もう一度、進学試験を受け直さないか?」
「無理に決まってるだろ。『逃亡者』なのに」
「『重要参考人』の時効は五年か……待ち遠しいなぁ」
「おいコラ」
肌着どころか全て着替えてきたフェンネルが合流し、三人はローズマリーの合図で朝食に手を合わせた。
※
「ローズはオムレツばっかりでレパートリーが無い」
忙しなく船の中を移動する船長の居らぬ間に、計器類の説明書を持ったフェンネルが呟いた。
メモを取っていたユズリハは片眉を上げて振り向く。
「……おう?」
「たまにソーセージ焼いてくれる」
「そ、そうか……夜は?」
「外食かテイクアウト」
「……船長は、料理が苦手なのか?」
「うん」
数秒の沈黙。
ユズリハは、必死で彼の言葉を汲み取って理解しようとした。
「……朝飯は美味かったか?」
「うん」
「……今晩も、俺で良いなら作ろうか?」
「うん」
「昼は?」
「面倒ならレーションがあるけど」
携帯用野戦食。
育ち盛りの少年が言う単語にしては、あまりにも切ない。
「……俺が作ろうか?」
「うん」
少し恥ずかしそうに俯く姿は、自分の意見が相手に伝わった喜びを表していた。
要するに、「朝食が大変美味しかったので、給仕係になってくれるか」という『提案』だったらしい。
ユズリハはつい、吹き出してしまった。
「そんなに緊張するなよ」
「……してないもん」
「俺に出来そうな事は、何でも言ってくれて構わない。勿論分からなければすぐに質問するし、フェンネルの方が先輩なんだからな」
「……私が先輩」
「そうだ。堂々と胸張って命令してくれ」
「……先輩……」
余程嬉しかったのか、書類で顔を隠す姿は年相応に微笑ましい。監視台から戻ってきたローズマリーに向かって駆け寄ったフェンネルは、給仕係を引き受けてくれたと報告し、ユズリハは船長に大変感謝された。
「本当にありがとう……! 困ってたんだ、育ち盛りの子を飢えさせてしまいそうで……!」
「そ……そんなに困ってたなら別で雇えば良かっただろ」
「色々あるんだよ、この船も……! 頼りの叔父は船を降りてしまったし、バーベイン殿には『頑張れ』しか言われないし……本当に君が来てくれて……!」
固く手を握られ礼を言われては、ユズリハも「もう良いから」と照れ臭そうに彼女の手を解いた。
午前の説明と勉強会を終え、昼食は船長曰く「いつから有るのか分からない何かの肉」の周りを削ぎ落として挽き肉にし、塩分の強い調味料数本で数十分炊き千切ったものを卵のそぼろと共に皿へ分ける。
残っていた二合分の米をフライパンで炊き、その上に肉と卵を乗せ、炊飯中に作っておいたタレを上から掛けた。
「すごーい!! 美味しい!!」
「…………!!」
其々の反応を返してくれた二人に、ユズリハも堪らずはにかんで応えた。
当然、午後の仕事を終えて夕食時も同じ反応を返してくれた事は言うまでもない。
「今日で二日目だったが、船の仕事はどうだ?」
ユズリハが作ったトマトのスープパスタを食べながら、ローズマリーがユズリハに問う。
「家事は覚えたぞ」
「んんん、不出来な大人で申し訳ない……」
「誰にでも、得手不得手はあるんだろ?」
彼女が言ってくれた言葉を返し、ユズリハは不敵に笑う。
ローズマリーは少し照れた様子で「その通りだな」と笑った。
「フェノンは、今日一日ユズ君を見ててどうだった?」
「美味しい」
「ご飯が美味しいのは本当に有り難いなぁ。いつもゴメンなぁ」
「いや、メシについては分かったから。……ただ、乗組員としては、まだまだ覚える事が多過ぎる。たった二日で何が出来るんだ、とも言えるが……」
「謙遜だね」
スープを飲み干したフェンネルが、口周りを真っ赤にしたまま言った。
「船の計器確認、電力と燃料調整は完璧に出来てる。地図もレーダーも読めてるし、それに伴った目標物や目的地までの距離と移動時間の計算も狂い無しで出来てる」
「口拭け」
ユズリハに紙ナプキンを渡されたフェンネルは、口元を拭いて水のグラスに口を付けた。
「ローズ、移動ナビとコントロールパネルはユズさんに丸投げして良いかも」
「そうか、フェノンがそこまで言うなら、明日から早速……」
「いやいや、ちょっと待て」
赤く汚れ、机の上に置かれた球体の紙ナプキンを、ダイニングの下にあるゴミ箱にそっと捨てたユズリハが焦る。
「まだ二日、仮雇用の人間をいきなり重役に置くなよ。信用するのが早過ぎるぞ」
「今更?」
「ユズ君の何を疑えと?」
「えぇ……?」
何の躊躇いもない真っ直ぐな眼差しで見つめてくる二人に、ユズリハは流石に恥ずかしくなって顔を背けた。
「いや……だ、だとしても買い被り過ぎだ。俺だって何か間違うかも知れないし」
「フェノン、彼は何か間違えてたか?」
フェンネルはローズマリーの質問に首を横に振って答えた。
「謙遜も過ぎると嫌味だよ」
「謙遜じゃなく、危機管理の話をしてんだよ」
「それなら、心配には及ばないな。ユズ君が近距離戦の専門だから、誰か入ってきてもすぐ対応は出来る」
「援護は任せて」
「俺の話だと言ってるんだ。新人はまず疑えよ」
「なんで?」
「終わった話だぞ」
「………………」
駄目だ、危ない。
自分がしっかり注意せねば。ユズリハは知らず胃袋を掴んでしまった船長と少年に対し、妙な責任感に頭を抱えた。
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