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僕達のマザーランド 〜全てを失ってきた僕達が、本当に帰るべき場所を見つける物語〜  作者: エムおばさん
#7『楪(ユズリハ・ダイオプテーズ)』
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悪夢

たった一人の少年が、魂を削り、心を壊した理由。

※



 ヴァルテッリ族の母は『混ざり者』だった。循環器に持病があるにも関わらず、身籠った我が子を決死の思いで産み落とした。

 結果、出産後四日で死んだ。

 母を愛していた父は、その原因を生まれた我が子に全て押し付けた。酒に溺れ、泣き叫ぶ我が子を放置し、何度もゴミ収集場に捨てた。

 その都度、捨てられた赤子を拾い上げて面倒を見ていたのが、隣家に住んでいたオリヴェール族の夫婦だった。

 ラウリ族自治区にも関わらず、ラウリ族の文化に染まり、ラウリ族の仕来りの中で生きる不思議な二人を、父は『堕ち者』と呼んで嫌っていた。


 戦争から逃げ落ち延びて来た、兵隊のクズ共め。誇り高きラウリを馬鹿にしやがって。


 口癖の様に呟いていた父の言葉は、今思えば『自分に向けた言葉』だったのではないか、と思う。

 隣の夫婦は、父親に虐待を受けていた少年を気に掛けてくれていた。二人には、少年より二つ年上の養女がいたが、ヴァルテッリ族である彼女は少年が畑から野菜を盗む毎に捕まえては、自分の家へと引き摺っていった。


「ジャガイモは生で食べちゃ駄目。お腹空いてるなら、一緒に食べようよ」


 夫婦は少年に風呂も食事も与え、規律、礼儀、畑仕事や力仕事も叩き込んだ。少年よりも上背があった娘は、彼に斧の扱いを教えた。

 栄養失調気味で細く、身体も小さかった少年は、少しずつ健康を取り戻していった。

 幾度となく、父に『養子として迎えたい』と言ってくれたらしい。だが、父は当然二人を門前払いし、その夜は酷く少年を殴った。


 お前一人、幸せにしてたまるものか。幸せになれると思うな。お前の母は、お前が殺したんだ。


 十歳になった少年を、父は酒代の担保として『ファーム』の男娼館に売った。



※



「――――――っ!」


 目を覚ますと、見慣れない空間に一瞬焦る。辺りを見回し、天井やドア、書斎机、自分のバッグを見て、やっと今日一日の出来事を思い出す。

 そうだ、今は『討伐船』に乗っているんだ。


「………………」


 深く息を吸い、長く息を吐き出す。額を押さえ、目を擦り、時刻を見ると午前二時半を過ぎたばかりだった。

 久々に見た、昔の夢。悪態を吐いたユズリハだったが、次の瞬間には小さく笑いが溢れる。

 窓の外からは、眩しい程の月明かりが部屋の中へ差し込んでいた。


「……外に出たいな」


 景色は動いている。自動操縦で、設定された座標へ向かっているのだろう。

 風に当たりたい。

 ユズリハはブーツを履き、上着に袖を通してドアを開ける。廊下をハッチへと進み、レバーを引くと重い扉が内側に開いた。

 涼しい。目の前の転落防止用の柵に肘を置き、彼はゆっくりと流れていく景色と空をぼんやりと眺めていた。



※



 母の血筋か、隣家の娘が鍛えてくれたからか……ほぼ天性の戦闘能力を買われた少年は、『ラズベリー隊』へ入隊する事になった。

 売られた彼に拒否権は無い。『仕事』で魂を削られ、『任務』で良心を殺されても、少年は決して逃げ出さず与えられた仕事を遂行し続けた。

 十四になった年のある任務で、足抜けしようとした娼婦を『処理』した。彼女の『全て』を片付けるために荒れた部屋を訪れたが、そこで同僚と共に一人の赤子を見つけて保護した。

 禄に食事も与えられず、衰弱し切っていた赤子は、抱き上げても泣く事すらしなかった。


「……あの女、自分の子供を捨てて逃げようとしたのか」


 年上の同僚が怒りを顕わにしていたが、少年には何の感情も沸かなかった。

 要らぬ子を殺す勇気も無いのか、と、嫌悪すら抱いた。

 見つけた赤子は誰に引き取られる事もなく、『ラズベリー隊』で育てられる事になった。見つけた責任と、人員確保の『保険』とされた。

 赤子はある程度成長したら、男娼として仕込まれる事になる。あの時に死んでいれば良かった、と思う未来が待っているのだと考えると、少年は助けた後悔と罪悪感に暫く苛まれた。



※



「どうした、こんな所で」


 監視台から降りてきたローズマリーに見つかって、ユズリハは表情を変えず「別に」と応えた。


「明日も早いぞ。少しでも寝ておかないと……」

「眠れない夜もある。お前には、無いかも知れないがな」

「…………」


 夢見の悪さから、少々荒れた態度を取ってしまった事に顔を顰める。だが彼女も、ユズリハの言葉が全く本心ではない事に気付いているのか、「そうだなぁ」と彼の隣に並んだ。


「フェンネルは?」

「多分寝て……たら、良いなぁ」

「何だ、そりゃ」

「あの子も不眠症だ。目を閉じている間に、この船が撃墜されたら怖いらしい」

「……攻撃を受ける事が?」

「無い無い」


 ローズマリーは手を降って笑った。


「夜は静かだから、特にエンジンや風の音が響く。……『音』は、以外と忘れられないものだ」

「……良い母親だったんだろうな」

「ん?」

「俺は顔も知らない。……父親の事も、殆ど『知らない』に等しい」

「…………」


 ユズリハは眉間に皺を寄せ、広げては握る己の手を見下ろす。

 脳裏にちらつく光景を嘲り、僅かに口角を上げた。



※



 十五の冬。ラウリ族の彼は急に身長が伸びた事で、客が取れなくなった。

 借金の返済が済むまでは『ファーム』からは逃げられず、稼ぎが無いと、『ラズベリー隊』として貴族や軍に派遣される事になる。

 媚びを売るのが苦手な彼としては、その方が楽だと思っていたが。


「ユズリハ、お前の身請けが決まった」


 大金を支払ったのは、隣家に住む夫婦だった。五年間、この日のために金を貯めていたらしい。

 娘の進学資金すらも手放した夫婦を、彼は恨んだ。

 自分の様な人間のために、自身の子供を犠牲にして欲しくなかった。

 身請け日、迎えに来た夫婦にそう怒鳴ったが、直後、一緒に来ていた娘に頬骨が折れる一撃を食らった。


「私が出したの。使ってって言ったの。特待生になんかならなくても、勉強は出来るもの。私をナメないで」


 重い一撃は、彼の壊れた心にすら喝を入れてくれた。

 それから彼は、身請け金を返す為に彼は夫婦の下で働いた。畑を見回り、家の力仕事を全て引き受け、酪農の仕事も積極的に手伝った。

 する事が無くなっちゃう、と、娘が笑っていた。

 ……だが、幸せな日々は半年で終わりを迎えた。息子を売った金を使って出ていった筈の父が戻ってきたのだ。

 自分の事を何処からか聞き付けた父は、銃を持って隣家へと乗り込んできた。幸いにも家には自分一人だったため、彼は父を捕らえて実家へと連れて帰った。


 どうしてお前が生きているんだ。どうして、のうのうと暮らしているんだ。幸せになるなど許さない。お前に関わった全ての人間を許さない。

 あの夫婦の娘を犯して切り刻んで、ムカつく家の前にバラ撒いてやる。


 その後は、覚えていない。

 強烈な殺意は一瞬で全身を支配し、気付けば、血だらけの拳を振り上げていた。

 馬乗りに組み敷いた父は既に動かない。息もしておらず、外は既に黄昏が空を染めていた。



※



「……そう、だったんだな……」

「まさか、知らなかったのか? ジャスパー三尉が話しているものだと思ってた」

「……いいや、初めて聞いた」

「そうか」


 外は白み始め、星達は姿を消している。

 月だけが、まだ明るく輝いていた。



※



 半時間掛けて、家の裏にある母の墓標を掘り返した。

 簡素な棺が顔を覗かせ、その上に父を乗せて埋め直した。

 父は、母を心から愛していた。だが愛していたからこそ、たとえ我が子であろうと、母の死の切っ掛けとなった息子が許せなかったのだろう。

 恨む気持ちも分かる。だが、何も知らない隣家の少女を手に掛けようなどと、絶対に許容出来るものではなかった。

 そして、同時に気付いてしまった。醜い己が、決して抱いてはいけない『淡い想い』を。

 父は、見抜いていたのかも知れない。


「………………」


 これで良かったのだろう。己に待ち受けていた結果だとしたら、妥当だとも思った。

 しかし、自分の面倒を見てくれた隣家の家族には、最悪の裏切りを働いてしまった事には違いなかった。

 男はそのまま家に火を放ち、家を、村を、自治区を出た。

 必要最低限の荷物だけを持って、『中心街』へと逃げ出てきた。

 幸いにも、読み書きは出来る。体力にも自身はあるし、戦闘経験は『ラズベリー隊』で鍛えられた。

 そして軍の編入試験で大立ち回りをかまして失格し、バーベインに見つかったのだった。



※

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