任務まで
雇用への背景と信頼。
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フェンネルの後を追ってリビングへ入ると、少し進んだ先の向かい合ったソファにローズマリーは座っていた。
向かいにはフェンネルが腰掛け、近付いてみると、二人はテーブルに広げられた書類を眺めながら話をしている。
「おお、部屋の場所は分かったか?」
ユズリハに気付いたローズマリーは、持っていた書類を束ねて笑顔を向ける。彼は「ああ」と応え礼を述べた。
「フェンネルにも世話になった」
「仲良くなったみたいで良かった。フェノンもありがとう」
しかし、彼は何も言わずに俯いて「ふん」と鼻を鳴らす。ぶっきらぼうな彼に、ローズマリーは「すまない」とユズリハに謝罪しながらも、どこか微笑ましそうだった。
「なかなか素直になってくれなくてな」
「仲間想いの優しい子だと思う。その歳で、その賢さは脅威だな」
褒めれば、書類を手に取って顔を隠す。年相応の反応は、彼の本来の幼さや可愛らしさを際立たせた。
ローズマリーは顔を綻ばせるが、同時に、ユズリハは少々渋い表情を浮かべる。
「もう、私の事は放っといてよ。それよりユズさんは『どこ』をするの?」
「そうだなぁ」
どこ、とは? ユズリハは首を傾げる。
「配属部署の事か?」
「でも、バーベイン殿からユズ君は二週間の体験入隊を経て、本雇用にするよう言われているんだ。その間に色んな事を経験してもらって、相性のいい担当を見つけてもらおうと思ってる」
二週間以内に船を離れても良い、という話は何処へ。
ユズリハの目に、ここにいない筈のバーベインがほくそ笑んでいるのが見えた。
「『前』はどんな事をしてたんだ?」
「あー……」
言い渋った彼に、ローズマリーは少しだけ苦笑を零す。
「……重火器の扱いが出来るに越した事はないが、体力に自信はあるか?」
「まぁ……『動く』のは得意な方だ」
「なら今は充分だ。明日からの予定だけ説明しておこう」
「ねぇローズ。私は聞かなくても知ってるから、洗濯してきて良い?」
「ああ、ありがとう。少し長くなるから、洗濯が終わったら銃器のメンテナンスを頼む」
「分かった」
手に持っていた紙をテーブルに置き、フェンネルはソファを離れてリビングを出ていく。その後ろ姿を見送ったユズリハが、彼の座っていたソファに腰掛けた。
「私の事を、まだ話していなかったな」
テーブルに視線を落としたままのローズマリーが口を開いた。
「……ローゼス=メアリ女史が、こんなに幼い見目だとは思わなかったよ」
「私の事はローズマリーと呼んでくれ。その名前は学習院の教科書にも乗ってるから、目立っちゃうんだ」
訝しむユズリハに、彼女は苦笑で応えた。
「……ジャスパー三尉も、そんな事を言ってたな」
「戦争には勝利しても、結局『殺戮者』には違いない。日の目を浴びるのは苦手でな」
「だから、俺を『匿う』のか?」
ユズリハは書類に視線を落とす。一番上にある紙には、『捕獲指定箇所』と記された地図と座標が記されている。
「匿うつもりは無いんだけどなぁ」
「俺の事を聞いているなら、匿ってまで俺をこの船に置こうとする理由が無いだろ」
「いや、人手が足りないからだけど……」
「それはそうだろうけどな……」
二人で溜め息を吐く。しかし、ローズマリーがその空気に耐えられず吹き出し、ユズリハは訝しげに片眉を上げる。
「理由なんて無いさ。手伝いに来てくれていた私の叔父が怪我で船を降りて、人員不足で困っていたのをバーベイン殿に相談したんだ。そしたら、君が来てくれた。本当にそれだけなんだ」
「……信用し過ぎじゃないのか? アンタも幹部の一人なら、せめて経歴を読んだ時点で疑えよ。四人殺した相手を警戒もせずに雇い入れるのは、馬鹿がする事だぞ」
「心配してくれる相手を『疑え』と? こんなに優しい子をどう疑えと言うんだ」
微笑む彼女に、ユズリハは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……甘過ぎる。そんなんじゃすぐに『負けちまう』ぞ」
「よく言われるよ。でも、私はちゃんと書類を精査した上で『信じる』と決めたんだ」
「アンタに危害を加えるかも知れないのに?」
「本当の悪人は、自分の罪を脅しに使ったりしない。使う人間は余程自分に自身が無いか、相手を守ろうとする人間だけ……君は、後者だろうなぁ」
「………………」
「幹部を四人殺害したのも知ってる。その『理由』も調べが付いてる。仕方無いさ、今、軍にのさばってるお偉いさん共はムカつくヤツが多いから」
フェンネルと同じ事を言われ、この『親』あってのあの『子供』か、とユズリハは頭の隅で妙に納得した。
「……そんなんで許されたら軍に追われたりしてないんだがな」
「この船では関係無いさ。さぁ、明日からの説明に移ろう。お仕事お仕事」
一枚の紙を書類の束から抜き出し、ローズマリーはユズリハに渡した。
「明日から、早速『キュア』の捕獲任務に向かう。バーベイン殿から仕事内容は聞いたか?」
「『虫捕り』だとは説明された」
「そうか」
しかし、はた、とローズマリーは手を止める。
「えっ、待ってくれ。それだけか?」
「は? ああ……まぁ」
「他には何も?」
「いや……何かあるのか? この船は捕獲船なんだろ?」
「『虫取り』に行くから? 捕獲船だと? んもー、そんな怪しい話に乗っちゃ駄目じゃないか!」
「……は?」
バーベイン殿め、冗談にも程がある。
そう文句を垂れる船長に、理由も分からずユズリハは説明を求めるしか出来なかった。
「あのオッサンは何も言わなかったぞ」
「肝心な事を言ってない。この船の専門は『捕獲』じゃないんだ」
「……どういう事だ」
「『チャーチグリム号』は討伐隊第三十二班、捕獲指定箇所の周辺に出没する『モルス』の討伐が、私達の本職なんだよ」
……何、だって?
月島は思わず言葉を失う。討伐隊は、この世界で最も危険とされる仕事なのだ。
この船が討伐隊だと? これ程に古く、小さな船が?
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ユズリハは流石に慌てて問い質した。
「百歩譲って討伐隊だとしても、それをたった二人で......それも女子供だけで行っているのか!?」
「んー、女子供は余計だそ。私はもうすぐ七十を超えるベテランだし、フェノンだって実戦経験は他の隊士よりも豊富な方だ」
「そ……それは謝るが……」
「しかし、これでは騙されて船に乗せられたようなモンじゃないか……まったく、バーベイン殿はいつも説明を省くんだから」
「……いつも、なのか?」
「あの人は『現場主義』だからな。経験に勝るもの無し、がちょっと極端なんだ」
再び、ほくそ笑むバーベインが脳裏を過る。
ローズマリーは「困ったぞ」と溜め息を吐いた。
「遠征に出ると三日はここへ戻れない。どうする? 船を降りるか?」
「……それは出来ない」
「何故?」
「以前は男手があったんだろう? ソイツに比べたら、俺なんか素人も良い所だが……少しは、手助けになれるかも知れん」
貰った分は働かせてもらう。そう続けたユズリハに、ローズマリーは抑えきれない嬉しさを表情に浮かべる。
「……分かった。じゃあ、今回の遠征は一緒に来てもらおうかな。でも、絶対に無茶はさせない。君の安全は絶対に守ると約束するよ」
「使い捨て感覚で扱ってくれ。その方が気分が楽だ」
「謙虚も美徳だが、それだけは私が許さない。初仕事までは三日あるから、その間に出来る事を増やしていこうな」
とんでもない事になってしまった。お互いがそう思ったが、ユズリハもローズマリーも、その心にあるのは「己が守らねば」という想いだけだった。
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