船内へ
幼い先輩からの洗礼。
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「こっち」
バーベインが去った後、後部ハッチから船へ招かれたユズリハは二人の少女に付いていく。
リビング、と呼んでいるらしいメインデッキは、リビングの柵から操縦席が見下ろせるという不思議な構造になっている。冷蔵庫やキッチンなどの一般家電や待合スペースも一緒になっており、操縦しながら団らんが出来る造りにしているのだろう。
船長の少女とはここで分かれ、廊下から奥へは案内を任された黒髪の少女が引率してくれた。
「君は……フェンネル、だったか」
「うん」
「随分勇ましい名前なんだな」
「男だからね」
ユズリハは立ち止まる。
「……男なのか?」
「そうだよ。見えない?」
「何と言うか……可愛い、んじゃないか……?」
「はは、正直」
子供の相手などした事もないユズリハは、僅かに頬を染めて微笑む少女……ではなく、愛らしい見目をしたマティアス族の少年にひたすら戸惑っていた。
歳は、と問えば「十歳」と応える。
船長は母親か、と問えば「一応」と応える。
「里子にはしてくれてるけど、ローズは『先生』なの。だから『お母さん』じゃないよ」
「……別に『お母さん』がいるのか?」
「もう死んじゃったけどね」
「……そう か」
すると、フェンネルと名乗った少年はあるドアの前で立ち止まる。
「倉庫だったけど、取り敢えず今はここで我慢して。掃除はしてあるから」
「……何がだ?」
「部屋。朝の任務はここの片付けだった」
少女が指を差すドアを開ければ、そこには綺麗に片付けられた四畳ほどの空間が広がっていた。
その中は簡素だが、ベッドも書斎机も備え付けられている。机の上には筆記具やラジオまで備えつけられており、寝泊まりするには十分過ぎる設備が整っている。
「……何と言うか……」
「狭い? ローズに文句言ってくるけど」
「違う違う」
踵を返そうとする彼に、ユズリハはその小さな腕を引いて制止する。
「ここまでしてもらってもいいのか、不安になったんだ。今までにない程、良い部屋で驚いてる」
「……そんなに?」
「勿論」
幼いフェンネルは、俯いて「なら良かった」と呟いた。
照れる事を恥ずかしがり、素直に喜べない辺りは『年頃』を感じる。ユズリハは彼の旋毛を見下ろして微笑んだ。
「本当にありがとう。俺には贅沢過ぎるぐらいだな」
「……本当に『お尋ね者』なの?」
「ん?」
「軍の広報連絡で回ってきてた。『重要参考人で捜索中』って」
やはり。眉間に皺を寄せた彼に、フェンネルは「なんで?」と首を傾げる。
「……というか、難しい言葉知ってるな?」
「誤魔化さないで。なんで軍がユズさんを探してるの?」
「……聞いてどうする。通報するか?」
「通報はしないよ、ローズからアンタを『隠す』ように命令されてる」
「そんな命令が出てるのか?」
「ローズは何か知ってるようだった。でも私は何も聞いてない」
アンタが危険な人間なら、ローズに近付く前に『処理』しなきゃ。
「………………」
先程まで年相応な反応をしていた子供とは思えない言動に、つい言葉を詰まらせる。
顔見知りでも、危害を加えそうな人間は排除する……その考え自体は否定しないが、少年の研ぎ澄まされた鋭い眼差しに宿す、その『躊躇いの無さ』に若干の恐怖を覚えた。
マティアス族の彼に、恐らく嘘は通用しない。
「……軍の幹部を殺した」
ユズリハは眉間に皺を寄せ、小さく笑った。
脅したつもりは無く、自嘲。フェンネルは僅かに目を見開く。
「なんで?」
「……ムカついたから?」
「それで重要参考人?」
「だろうな」
「でも、それだと『指名手配犯』じゃないの?」
「見つかる前に逃げた。傭兵で派遣されてた名簿の中で、俺だけ確認出来なかったから……かもな」
「ふぅん」
フェンネルはそれ以上は質問をせず、「じゃあ、いいや」とだけ応える。
「……それだけか?」
「え? それだけだよ」
いかにも「何でもない事」の様に返されたユズリハは思わず拍子抜けして呆気に取られた。
「いや……警戒してたから聞いたんじゃないのか?」
「んー、別にいいかな。確かに軍の上層って、ムカつくヤツ多いもんね。しょうがないよ」
「えぇ……?」
「行こう。ローズが待ってる」
フェンネルは小さな背をユズリハに向けると、身軽な足取りで廊下をメインデッキへと駆けていく。「走ると危ないぞ」と声だけ掛けたユズリハは、苦笑のように鼻を鳴らしてバッグをベッドに投げ乗せると、部屋のドアを静かに締めた。
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