初対面
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「……俺が来ない場合は考えなかったのかよ」
隣を歩くバーベインに、呟くように問う。
「それは無いな。君は絶対に『約束を守る』人間だ」
「……どうして、そう言い切れる?」
「おや、『説明した方がいい』のかな?」
ユズリハは、見透かしたようなこの不敵な笑みを苦手だと思った。
「……別にいい」
「君は『自身の人生』に大変不満があるだろうが、私は『だからこそ』今の君が存在すると考えている。大丈夫、君程の男なら幾らでも幸せになれる」
「………………」
見た事もない母。
酒に溺れ、何度も殴ってきた父。
幸せ? どの口が『それ』を言うのだろうか。
「さぁ、着いたぞ」
飛行船の停泊所へとやってきた二人は、道なりに進んで奥を目指す。バーベインが「ここだ」と案内した先には、周りの船よりも一回り小型の飛行船が停泊していた。
それでも、昨日居た酒場の店舗よりは六倍ほど大きいだろうか。
「……立派な船だな」
「見目は古いが、私個人が所有する船では一番のテクノロジーを搭載した有能な船だ。飛行船『チャーチグリム号』へようこそ、ユズリハ君」
「墓守犬ね……」
穏やかな名ではない。だが、『守る』という意味を考えると似合っているのだろう。
入口のハッチに近付けば、そこには二人ほど人影が見える。……否、人影、というにはあまりにも『小さい』。
「……子供?」
「見目で人を判断してはいけないよ。彼等も優秀な『乗組員』なのだから」
「は?」
ユズリハが問おうとした時、バーベインは大きく手を上げ二人に声を投げた。
「御機嫌よう、二人共!」
声に気付いた二人はこちらを向き、オリヴェール族なのだろう、明るい色の髪をした少女は大きく手を振り返した。
元気に駆け寄ってくる姿は、更にその幼さが目立つ。
「バーベイン殿! 今日は連絡ありがとう、楽しみにしていたんだ」
「久しいな。相変わらず麗しいようで何よりだ」
「んもー、絶対馬鹿にしてるじゃないか」
「まさか、私はいつも変わらないよ」
「だから言ってるのに」
随分と親しげに話す二人を訝しげに眺めていたユズリハだったが、ふと、彼女の背後に隠れるもう一人の子供に気付く。
じっと、警戒するような眼差しをこちらに向けてくる長い黒髪の少女に、彼は思わず一歩だけ下がる。
「おや、どうした?」
「いや、別に……」
「そうだ、この子は『初めまして』だったな」
隠れていたその子を前に押し出し、逃げないように両肩をガッチリと後ろから捕まえたオリヴェールの少女は「紹介しよう」と黒髪の少女に告げた。
むすっと不機嫌そうな彼女は、二人の男達をじっとりと見上げて小さく呟いた。
「……ンネル」
「声が小さいぞ、フェノン。これからお世話になる人達なんだから」
「フェンネル! ローズも、『フェノン』って言わないで」
まるで、人間を毛嫌いする子猫の様だ。ユズリハがその子供に抱いた、第一印象だった。
「フェンネル、私はバーベイン・ジャスパーだ。嫌われる仕事ゆえに慣れてはいるが、話を聞いてくれると嬉しいね」
「……ふん」
「で、彼が今日から船に乗るユズリハ君だ」
何の準備も無く紹介され、ユズリハは思わずバーベインを見る。
「正式に決まった訳じゃ……」
「それでも、一日以上は乗船するんだから間違いではないだろう?」
何だか揚げ足を取られた気分で、ユズリハも苦虫を噛み潰したような顔で少女達に名乗った。
「……ダイオプテーズだ。好きなように呼んでくれて良い」
「名は『ユズリハ』と言ったな。ユズ君と呼ばせて頂こう」
「ユズリハ・ダイオプテーズ……」
じっと見上げてくる視線が、警戒から探るものになる。子供と言えど妙な居心地の悪さに、ユズリハはその視線から逃げるように顔を背ける。
「フェノン、ユズ君だ」
「……年上だから『ユズさん』にする」
「んもー」
素直じゃないなぁ、と黒髪を撫でる姿は、まるで姉の様だ。そんな彼女に、バーベインが「では」と声を掛ける。
「紹介も済んだし、私はこれで失礼するよ」
「!?」
「分かった。今日はありがとう、バーベイン殿」
「おい、ちょっと」
「ん?」
バーベインの腕を引き、少女達に背を向ける。ユズリハは小声でバーベインに「どういう事だ」と再度問い質す。
「まさか、この二人が『乗組員』だなんて言わないよな? もう帰るなら、せめて他の船員や船長に会わせるか、業務内容を説明してから帰ってくれ」
「何を言うんだ、これ以上説明する事はないぞ。欠員が出たから雇いたいと言ったじゃないか」
「いやいやいや、欠員どころか少な過ぎるだろ! 船長は!?」
「そこに居るじゃないか」
「はぁ!?」
バーベインが指し示す先へ振り向けば、こちらから視線を話さない黒髪の少女と、彼女に何かを話している様子の明るい髪の少女が立っている。
「……冗談だろ?」
「ローズマリー・アイオライト船長。聞いた事ぐらいあるだろう?」
その名を聞いたユズリハは思わず目を見開く。
革命戦争後、人知れず姿を消した『英雄』は、名を変え姿を変えて『中心街』で暮らしている、と聞いていたが。
「コイツが、『導きの女神』……!? まだ子供じゃないか!」
「オリヴェール族の『特性』を知らない訳ではないだろう? どんな人物を想像していたのかは知らないが、彼女は正真正銘の『女神』その人だぞ」
「そもそも、アンタよりずっと年上の筈だ。なんでそんな気易いんだよ」
「彼女は上流曹長、私は三尉で階級は上。私は彼女の直属の上司だからな」
「それにしたってだな……!」
「年功序列を重んじるのは好ましいが、それを受け付けない者もいる。彼女がその最たる存在だと伝えておこう」
背を軽く叩かれ、ユズリハは戸惑った様子でバーベインを睨んだ。
「ほら、二人がお待ちかねだぞ。私の役目は終わったのだから、頑張ってきなさい」
それじゃ、また会う日まで。
そう笑顔で去っていく『上司』の後ろ姿を、ユズリハは最後まで恨んでいた。
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