目覚め
戦いの後、優しさの先。
※
意識が戻り、瞼を開ける前に両目を手で覆う。同時に、「起きましたよ」と誰かへ告げるケヤキの声が聞こえた。
「ユズリハあぁぁぁぁ!!」
勢い良く腹に追突してきた小さな存在に、身構えていなかったユズリハは思わず息を詰まらせる。
「ああっ、落ち着いて! 落ち着いて下さい!」
「これが落ち着いていられるかっ! 目を開けてくれ、私の名を呼んでくれ! ユズリハぁぁ!!」
腹の上で突っ伏して号泣する少女の声に、皆が哀れむ視線を向けながら立ち止まり始める。命の恩人、英雄である彼を悼むような仕草をし出す彼等に、これはいけない、と悟ったケヤキは「大丈夫です、意識が戻っただけです」と苦笑を浮かべながら説明を述べた。
誰もが胸を撫で下ろしていく中、ユズリハは「ちょっと時間下さい」と彼女に呟く。
「起きます……起きますんで」
「名を……名を、呼んでくれ……!」
「分かりましたから……ほら、クミンさん」
退いて下さい。手を退け、視線を合わせてそう続けた彼に、クミンはいよいよ声を上げて泣き始めた。
心配させた事は悪かったと思うが、寝覚めからこれは少々キツい。そんな不満を感じていた時、クミンの泣き声を聞いてやってきたローズマリーがクミンの肩に背後から手を置いた。
「ほら、大丈夫だっただろ? もう泣く事無いぞ」
「ローズマリー……!」
立ち上がったクミンは、ローズマリーの胸に顔を埋めてしくしくと泣き出す。「良かったなぁ、嬉しかったなぁ」と頭を撫でる彼女は、眉間に皺を寄せてその様子を眺めていたユズリハに苦笑を見せた。
「……すまない。遅くなってしまった」
「だが、生きてる。それで充分だ」
「立場上、『結果オーライ』では宜しく無いんだがなぁ」
「反省会は後ですれば良い……『弁当屋』は?」
「彼の事か?」
ローズマリーが視線を向けた先では、新しい三角巾で腕を吊り、笑顔の作業員数人と話をしているケヤキの姿がある。
数メートル離れたここからでも、彼が「よくやった」「格好良かった」「名誉の負傷だ」と称えられているのが聞こえる。
船長の声がけに振り向いたケヤキは、挨拶もそこそこにこちらへ駆け寄ってきた。
「はい、何でしょう」
「……治療を受けたんだな。腕の調子はどうだ」
「筋が切れていないので、傷が治ってしっかりリハビリすれば元通りだそうです」
「無茶しやがって……」
「お互い様、でしょう?」
にっこりと微笑む彼はどこか嬉しそうに思う。ユズリハは苦笑を漏らし、ゆっくりと頭を持ち上げ身体を起こした。
「あれから……何分経った?」
「二時間です」
「にっ……」
愕然と目を見開いたユズリハに、ローズマリーが「当然だ」溜め息を吐く。
「脳震盪を甘く見るなよ。ひどい場合なんかは、後遺症が残ったりするんだから」
「こっ……後遺症、だと……!?」
ショックを受けて彼女を見上げるクミンに、ケヤキが「彼は大丈夫ですよ」と微笑む。
「お医者様にも診て頂いてますし、心配は無いそうですので」
「医学辞典で呼んだぞ……後遺症とは、一生付き纏うものなのだろう? 身体に痺れが残ったり、動けなくなったり、軽いものから重いものまで……!」
「落ち着け、クミン。ユズ君もそんなに弱くないから。知っているだろう?」
よしよしと頭を撫でる手に、落ち着きを取り戻したクミンは唇を尖らせながらも小さく頷く。
微笑ましい少女達に、ケヤキも思わず笑みを零す。
「可愛らしい方ですね。余程ユズリハさんが大切なんでしょう」
「いや……そうでも無いと思うが」
「娘さんですか?」
「あー……」
予測はしていた勘違いに否定しようとした時、ローズマリーは「そうだ!」とクミンの頭を撫でながら嬉しそうに応えた。
「この子は私の『末娘』なんだ。可愛いだろう? 思いやりがあって、人を大切に出来る優しい子なんだ」
「ええ。僕に包帯を巻いて下さったのも彼女です。本当にありがとうございました」
礼を言われ、盛大に褒められたクミンは顔を赤くして視線を逸らす。しかし、はにかむ口元は嬉しさを抑えきれない様子で、つい堪えきれずに小さく笑った。
「もしかして、船長さんは彼の奥様なんですか?」
その勘違いを予測していなかった二人は、思わず目を丸くして驚いた。
「……い、いやいやいや、まっさかぁ! この歳で相手もへったくれも無いから! 彼も私の『息子』なんだ」
「え、それは失礼を……」
「俺はただの乗組員だ」
「んもー、またそういう事言う」
「やい、ケヤキ・コーラルよ。知ってるぞ、その『奥様』というのは配偶者の事だろう?」
「え?」と振り向いた先には、不満げに頬を膨らませるクミンがこちらに指を差している。
「ユズリハの番となり、彼の子を成すのはこのわた……っ」
「はいはい、自重しようなぁ」
ローズマリーに口を塞がれ、「小説の影響で」と言い訳を話した彼女にケヤキは「多感な時期なんですね」と苦笑して受け流した。
すると向こうから、「飲み物はまだあるか」という声が響く。怪我人は既に運び出され、片付けをしていた作業員がケヤキを探しているようだ。
「はい、ただいま!」
ケヤキが叫んだ。
「……行ってやれ。ここはもう大丈夫だから」
ユズリハが笑みを浮かべた。
「そうだ、皆さんにも飲み物を持ってきますね」
「気遣い無用だ。アンタも怪我人なんだから、無理はするなよ」
「無理だなんて……僕は喜んで頂く顔が好きなだけなんです」
少々お待ち下さい、と言い残して、ケヤキは軽い足取りで移動店舗の荷物が重ねてある場所へ向けて走り出す。
「良い青年だ。ウチも贔屓にしようかな」
笑顔のローズマリーが言った。
「おい、あの二人は?」
「被害者のケアと『身元確認』をしてくれている」
「……何人死んだ?」
「……十九人だ」
ユズリハは舌を打って俯く。深い溜め息を吐く彼に、クミンがそっと傍に寄り添い、その険しい顔を見上げた。
「ユズリハ……」
「……俺は平気です。心配する事は何も……」
「制御室が十一人、この造船ドックで八人だ。ユズ君が気に病む事は無い」
「上官としては、その感覚は間違ってないだろうな。だが、犠牲者は『数』じゃないだろ」
お前なら、分かると思うが。
僅かに睨みながら、ユズリハはローズマリーを見上げる。彼女は顔を顰め、「分かっているさ」と呟いた。
「誰だって、尊い命だ。誰もが誰かの家族であり、掛け替えのない人なのだから」
「……一々、気にしてたら前には進めない……か。分かってる、八つ当たりだったな」
「ユズ君が護り切った命も、皆尊い存在だ。私は、君を誇りに思うよ」
「……俺だけの力じゃない」
ユズリハはケヤキの向かった先に視線を向ける。そこでは自然と行列が出来ており、彼は並んだ皆にクーラーボックスから出したボトルを一本ずつ手渡している。
その爽やかな笑顔に、眩しさを感じてユズリハは目を細める。
「……あいつだけじゃない。四足小型を引き付けてくれてた三人にも礼を言わないと」
「その点は大丈夫だぞ」
「何?」
「その三人、『セントハウンド』号の整備士達だったぞ。実戦は今回が初めてだったから緊張した、と言っていた」
『セントハウンド』号は、バーベインの管轄下に居る討伐船の中でも特に大所帯のビッグチームだ。
そうか、今日は彼等も討伐任務が休みだったのか。ユズリハは思わず吹き出してしまった。
「成る程。俺は少しでも、彼等の『見本』になれただろうか?」
「『名乗り出なかった卑怯をお許し下さい』って言ってたぞ」
「はっはっは! 仕方無いさ、『整備士』ってモンは普通、戦いには参加しないモンなんだから」
「ウチは深刻な人員不足だからなぁ……本当に、申し訳無い……!」
「愚痴を言った訳じゃない。俺だって身体を動かせて満足してるんだ、構わないさ」
「まぁ、君がそう言ってくれるなら……」
すると、ユズリハの腕に引っ付いていたクミンが「ちょっと待て」と言い出す。
「私だって、ユズリハの役に立てるぞ。今度の討伐任務とやらは、私も一緒に行く!」
「クミンはもう少し大きくなってからかなぁ」
「むっ! ナメるなよ、私だって……!」
「クミンさん。討伐任務に出るには、まず十三歳になってから軍立学校を出なければいないんです。貴女の見目だと、あと五、六年は待たないと……」
「そんなに待てない! 私は強いんだぞ、ユズリハに怪我すらさせるものか!」
今回、脳震盪を我慢して意識を失ってしまった事が、彼女には相当堪えたらしい。涙目で訴えてくる幼い少女に、ユズリハはその優しさを嬉しく思った。
「……ありがとうございます。では、遠隔で能力が操れるように、少しずつ練習していきましょうか」
その大きな掌で、小さな頭を撫でる。クミンは瞬く間に満面の笑みを見せ、大きく頷いた。
「さて……俺も片付けの手伝いに行こうかな」
「今日はもう休んでろ。病み上がりで急に動いて、また気持ち悪くなったら嫌だろ」
「だが、俺達は一介の討伐隊としてここへ来てるし、仕事しないと……」
「大丈夫。二十四時間は私がこの工場で一番偉い人だから」
「はは、どういう理屈で…………はぁっ!?」
ちょっと待て、と叫んだユズリハがローズマリーに理由を聞けば、後処理と始末書、バーベインへの説明と報告書で早速目眩を覚えたのだった。
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