『どうして?』
これが、『討伐隊』としての仕事なのだ。
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「俺もお茶欲しい」
「全員に行き渡って、余ってたら貰ってこい」
フェンネルに「間違っても並ぶな」と言われたリンデンは、そわそわしながら作業員達の行列を見ていた。
生存者は二百六十名を超える。制御室は壊滅、生存者は運良く見つからなかった一人なのに対し、ユズリハは作業員のほぼ全員を守り切った。
「……それでも、あの人は喜ばねぇんだろうな」
服に付けられていたID証を黒い遺体袋の上に乗せ、フェンネルは立ち上がって辺りを見渡した。
袋の数は四人分。小型『モルス』となってしまった四人の作業員は、身体も残らなかった。服だけが回収され、小さく畳まれて透明の密封バッグに入れられている様子を眺めていた彼は、リンデンに名を呼ばれて後ろに振り向く。
「フェンネル、お茶」
差し出されたボトルに、フェンネルは眉間にキツく皺を寄せた。
「……テメェ、並ぶなっつったのに」
「並んでないよぉ。くれたの」
「誰が」
「店長さん」
リンデンが指を差せば、クーラーボックスを片付けていたケヤキが二人に微笑み返した。
駆け寄ってきた彼の手には、更にクッキーの包みが二つ乗せられている。
「彼に事情はお伺いしました。皆さんに配っても飲み物は余りましたので、どうぞ召し上がって下さい」
片手で失礼します、と差し出されたものをリンデンが受け取り、彼はそのままフェンネルの目の前にクッキーを突き出す。
「……じゃあ、遠慮無く」
「さっき試食で貰ったら美味しかったんだよね。サクサクなのにホロホロ。分厚くて歯ごたえもしっかりあるのに優しい甘さで幾らでも食べれちゃう」
「そんなに褒めて頂いちゃって……ありがとうございます」
「食う前に手ぇ拭けよ、汚ぇな」
「やだぁ、忘れてた」
食べかけのクッキーを咥えて、ウェットティッシュをウエストポーチから取り出したリンデンに、ケヤキは小さく笑いを零す。ボトルを開けてフェンネルが「話は聞いた」とケヤキに声を掛ければ、その彼は優しく目を細めた。
「その……何だ。ユズさんを、助けてくれたってのを……」
「僕は至極当然の働きをしたまでです。彼だけに全てを背負わせるのは、我が家の名が廃りますから」
「店長さん、今度いっぱい買いに行くからね。たくさん作ってて!」
「勿論ですとも。いつでもお待ちしておりますよ」
ローズマリー達に飲み物を持っていく為、二人への挨拶も程々に彼は踵を返して去っていく。その後ろ姿を見つめ、また礼が言えなかった後悔にフェンネルが小さく溜め息を吐いた時、リンデンは隣に立つ彼の口元へクッキーを構えた。
「どうぞ」
「……テメェで食えよ」
「食べて欲しいもん。本当に美味しいから」
「…………」
さく、とクッキーに齧り付く。もぐもぐと咀嚼を始めるフェンネルに満足そうな笑みを見せたリンデンは、齧り跡が付いたクッキーを一口で頬張った。
「……あま」
「ね、美味しいでしょ」
「……うん」
その時、リンデンとフェンネルのリストベルが小さく鳴り出す。
「何?」
「通信要請か?」
しかし、その画面表記を見てフェンネルは目を見開く。
「……『検知十二パーセント』って、何だろ?」
隣で、リンデンが首を傾げた。
そんな、まさか。フェンネルがゆっくりと辺りを見渡せば、するとそこには、数本のボトルを床に落として蹲っているケヤキの姿がある。
「店長さん……!?」
「おい、大丈夫か!?」
二人が駆け寄ると、彼は包帯の巻かれた腕を抱えて震えていた。額には脂汗が浮かび、相当な激痛に苦しんでいるのが分かる。
「リンデン、彼の背中を触ってろ」
「分かった」
念の為、制御装置を付けているリンデンに手を離さないよう指示し、フェンネルはケヤキに「腕を見せろ」と三角巾を外す。
「……に、逃げて……下さい……!」
「阿呆な事抜かしてんじゃねぇ、腕を見せろ」
「この感じ……最初に、化け物が出た時と……同じで……!」
「黙ってろ」
フェンネルは包帯を解き、その傷跡を見て愕然とする。血管に沿って皮膚が真っ黒に変色し、『ライカン』の牙が入った箇所から、少しずつ『モルス』の黒い瘴気が漏れ始めている。凄まじい速さで首まで進行していく黒い線だったが、咄嗟にリンデンが首を抑えた事でそれ以上は登らなくなる。
彼の包帯は、クミンが巻いていた。だが、その時にはこの様な現象は起きていなかったのは自身も確認している。
そもそも、彼はラウリ族だ。大地の加護を受けた彼等は、『モルス』の瘴気は効かなかったのではなかったのか。
かつて『己もライカンに成り得るかも知れない』と怯えていた友人がいた。だがそれは、自身が『混ざり者』だったからで……。
「フェンネル、どうする!?」
名を呼ばれた彼は、はっと我に返った。『モルス』体の検知率は四十五パーセントを超えている。
フェンネルは直ぐに通信要請をローズマリーに掛けた。
《どうした、フェノン?》
「緊急事態だ、すぐにドック西側まで来てくれ!」
《『安置所』にした場所か?》
「『弁当屋』の店主が汚染された!」
シャッター前で腰掛けていたローズマリーとユズリハに戦慄が走る。ユズリハが斧を手に勢い良く駆け出すが、数メートル先で足を縺れさせた彼は前のめりに倒れ込んだ。
慌ててクミンが駆け寄るが、突然動いた事で目眩が再発したのか、ユズリハは悪態を吐きながら額を押さえている。
「今リンデンが制御装置で抑えてる、この先どうすりゃいい!?」
《フェノン、それは……!》
「早く言え、検知率が五十パー超えてんだよ!」
フェンネルが通信に向かって叫びながら、ローズマリーが居るシャッター前に顔を向ける。その間、ケヤキは壁際に落ちていたドリルのような工具を手に取った。
先端にアタッチメントはなく、充電式のバッテリーやカートリッジは取り付けられているようだ。日曜大工が好きな義父が、力の無い自分に使い方を教えてくれたばかりだった。
何とか手を伸ばしてそれを手に取ると、不思議そうに見ていたリンデンにケヤキは声を掛けた。
「……僕は、ケヤキ・コーラルです……ラウリ族自治区の、丈ケ谷、という地域に住んでいます……」
「え? ど、どこ? 俺、軍用名称記号しか分かんない……!」
「……皆さん、本当にありがとうございます。妻のカエデと、生まれてくる息子……『ユズ』に、愛していると伝えてください」
その言葉を聞いたフェンネルが振り返った。
「っ待て!!」
瞬間、ケヤキは右の耳下に工具を当ててトリガーを握る。たった一本、釘打機から発射された三寸釘は彼の右顎から左側頭部へと抜け、近くにあった木製の脚立に突き刺さって止まった。
呆然と目を見開き動けないリンデンの腕に、ケヤキの身体は糸が切れたように凭れ掛かる。皮膚を侵食していた黒い瘴気は、脳が破壊された事でまるで侵食を諦めたかのように、音も無くゆっくりと消えていく。
「……クソが……っ!」
フェンネルが歯を食いしばって感情を耐える。しかし直後には、リンデンのリストベルから『危険』を知らせるブザーが鳴り出してしまう。荒くなる息が抑えられず、過呼吸になりそうな彼の背後へ回ったフェンネルは、後ろから抱えて視界を隠すと「お前のせいじゃない」と耳元に囁いた。
「……なんで、何が……?」
「何も言うな。黙って深呼吸してろ」
「……店長さんが、『どこにもいない』……気配が無いんだ。なんで?」
「俺がここに居る。だから落ち着け、な」
既にブザーは止まっている。そっとフェンネルが離せば、リンデンは大粒の涙を流しながら振り返り、フェンネルに「手伝って」と鼻を啜った。
もう自らは動かないケヤキを二人でそっと床に下ろし、体勢を整えて丁寧に胸の上へ両手を重ねる。リンデンが数メートル先のコンテナから遺体袋を持ってくるが、彼はそれを広げず、畳んだまま枕代わりにケヤキの頭部へ据えた。
まるで眠っているかの様な姿を見下ろし、ぼんやりとした表情を浮かべるリンデンは彼を挟んで真向かいに座るフェンネルに問う。
「……ねぇ、なんで? 何が起こったの……?」
「……俺にも、さっぱりだ」
その様子を見ていたシャッター前のローズマリーは俯いて袖で顔を覆い、愕然と見ていたクミンは、蹲ったまま動かないユズリハの肩を揺すって小さく名を呼ぶ。
「し、死んでしまったのか……? 何故だ? 何があったんだ? どうして、あの男が死なねば……自ら死を、選ばねばならなかったんだ?」
「……彼は『ライカン』に『汚染』された。発症すれば……助かりません」
「!……そんな……」
ユズリハはゆっくりと身体を起こす。前を向けば、仲間達が彼を弔い、寄り添っている。
「……彼は、誇り高く生きたんです。己が消えて無くなる前に、周囲の人間を……俺達の仲間を、護ってくれたんですよ」
「っしかし、他に方法はあったんじゃないのか? 助けられる方法が、見つかったかも……」
「俺は、彼の『選択』を尊重します。……彼の生き様を、否定したくはない」
斧を置き、彼等に向けて歩き出す。クミンも慌てて付いていくが、震えるほど固く握られた彼の拳を見ると、指の隙間から少しずつ血が流れ出ていた。
「……ユズリハ……」
最初のライカンが倒されてから三時間後、バーベインが派遣した部隊が後処理、聴取、現場検証、遺体回収などを行い、造船ドックは元の姿を取り戻した。
『ライカン』発生、かつ、『モルス』が自然発生するという前代未聞の大事件は、死者二十人という甚大な被害を出して幕を閉じた。
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