誇り
独りで戦う、貴方のために。それこそが、誉れ。
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「助かるぞ……!」
「もう少しの我慢だ!」
造りかけの船内で、声を抑えて男達が騒ぎ出す。しかし、ケヤキは窓の外を見て唇を噛み締めた。
正面シャッターはブザーを鳴らして注意を知らせ、轟音を上げて少しずつ動き出している。その前ではユズリハが飛び回っているが、その表情には疲労が見え、明らかに動きが鈍くなっている。ケヤキの不安はまさに的中しており、この時のユズリハは壁に身体を打ち付けた際、頭を打った事による脳震盪を起こしていた。
いつ失神するかも分からない。耳鳴りと目眩に加え、刺すような光が視界を侵してくる事で、焦りと苛立ちが頭を支配していく。
そんな中、『ライカン』は自分の手を見下ろしたり、首を左右に振ったりと不思議な動きを繰り返している。生きている者を探したり襲ったりせず、ただ自身の身体を確かめているような動きに思える。
まるで、慣れない身体を馴染ませているような。
「ふざけやがって……!」
飛び掛かってきた四足小型を横に避け、核を横腹から突き壊して倒す。これで三体目、残り一体は『ライカン』を守ろうとしている様にユズリハから距離を取って立ちはだかる。
瞬間、ユズリハは膝を付いてバールを落とす。吐き気を覚える程の強烈な目眩に、歯を食い縛り額を押さえる。
当然、相手もその隙を逃す筈はない。シャッターはまだ開かず、助けも来てはいない。
己が負ければ、身を潜めている彼等も命は無い。
「くそ……っ!」
せめて、あと一分。あと数秒だけでも、自分が『生きて』いる事で時間を稼がねば。
駆け出した四足小型に、ユズリハが悪態を吐いた。
「やああぁ!!」
その時だった。視界を横切る影と共に、黒い塊が横へと弾かれる。「大丈夫ですか!?」と聞こえた声に、ユズリハは思わず怒鳴った。
「な……何しにきたんだ……! 隠れてろと、言っただろ!!」
「軍で訓練経験のある者を募りました! お手伝いします!」
向こうでは、三人のラウリ人達が道具を壁や鉄板に叩き付けて『モルス』を呼び引き付けている。ユズリハは「よせ」と顔を歪めるが、声に引き寄せられた『モルス』が三人に向けて走り出すと、彼等も負けず劣らずの速さで駆け出し、散り散りに逃げて『モルス』を撹乱させ始めた。
「貴方の船長が、シャッターを開けてくれている。この数分だけなら、僕達だって耐えられます!」
「逃げてくれ……頼むから……!」
「僕は、ラウリ族として誇り高く生きたい。貴方を見殺しになどしません!」
暫く四足小型の動きを目で追っていた『ライカン』は、ケヤキとユズリハにゆっくり向き直ると、突然大きな咆哮を上げた。
思わず耳を塞ぐケヤキの後ろで、ユズリハも蹲って音の衝撃を耐える。その異様な気配に、ユズリハはケヤキに「逃げろ」と再び訴えた。
「何か様子が変だ……頼む、逃げてくれ……!」
「嫌です!」
ユズリハが持っていたバールを手に取り、拙くもしっかりと握る。その瞬間、『ライカン』は四足歩行の態勢を取って地面を蹴った。
凄まじい勢いで走ってきた敵に、逃げる事もせずにケヤキは腕で突進を防ぐ。その牙はケヤキの腕を捕らえ、食い千切らんとするように肉に食い込んだ。
「ぐうぅ……!」
ケヤキはバールを『ライカン』の赤い目に突き刺す。しかしその時、確かにその口角が上がったのをケヤキは見てしまった。
直後、引き抜かれたバールは『ライカン』の顎から脳天に向けて貫通する。口の中に流れ出たケヤキの血が頭部に入った事で、『ライカン』はケヤキを離して腕を左右に振り、後ろへとよろけた。
倒れそうになるケヤキを後ろから支えたユズリハは、彼を地面に座らせてヘアバンドを外すと血の流れ出る腕へ二重に巻き付け止血する。
「……無茶しやがって」
「次が来ます、僕は良いですから……!」
「お互い様だ。……本職をナメるなよ」
まだ目眩は収まらない。だが、それでも彼を守るために再びこちらを向いて怒りに唸っている『ライカン』を見据えた。
しかしその刹那、大きな黒い頭を何かが貫通し、『ライカン』は身体を仰け反らせた。更に一回、また一回と仰け反り、後ろに一歩ずつ後退していく。
ユズリハとケヤキが振り返る。そこには高い天井の鉄骨に腰を下ろし、ライフルを構えるフェンネルの姿があった。
「助けが……?」
ケヤキが呟いた時、天井にいる彼がボルトを引きながら「ユズさん」と叫んだ。
「四足小型、討伐! 早く斧を!!」
直後、シャッターの向こうから別の男性が叫ぶ声が響く。
「ユズさああぁぁん!!」
彼が斧を高く投げた時、『ライカン』もまた地を蹴り駆け出す。ユズリハは近くにあったコンプレッサーの機械を足場に飛び上がり、身体を捻ってその爪を避ける。同時に斧の柄を掴むと、その勢いのまま回転を付け、『ライカン』の後頭部へ斧を横薙ぎに斬り付けた。
その刃は太い首の骨や管を全て断ち切り、ユズリハが着地した頃には、首は完全に身体から離れていた。
大きな頭は音を立てて地面に落ち、身体は人形のように地面へ倒れ込む。瞬間、斧を落として膝から崩れ落ちたユズリハに、慌てて立ち上がったケヤキが駆け寄った。
同時に走ってきた若い青年はケヤキを見て「誰!?」と驚く。
「こんちわ!」
「あ、え? ど、どうも……?」
「リンデン……死傷者多数、救護の応援をローズマリーに……」
「生存者の人は? 皆、どこに居るの?」
「あの……船の中だ」
ユズリハが指差す方向には、建造途中の巨大な船がある。
「……『もう大丈夫だ』って、教えてやってくれ」
「分かった!」
リンデンが背を向け、走り去った後でユズリハは地面に横たわる。心配するケヤキの声を横目に、ふと彼の背後に目をやれば、そこには首を切断されたマティアス族男性の姿があった。
「……疲れたな」
「ありがとうございます……ユズリハさん」
「五分経ったら起こしてくれ。ちょっと、休ませてもらう」
「分かりました」
ユズリハは目を閉じる。どこか遠くの方で、己の名を叫びながら泣いているような少女の声を聞いた。
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